思い立ったように、陣羽織のデザインと案が出て来ましたが、気持ちが高揚しているうちに、材料になるであろう中古品の袋帯を購入しようと思います。
 
希望の色目としては、黒色と紫色の片身変わりでの設定になりますが、他にも、私が今までに持っている陣羽織に無い色目の物であれば考えたいかなと言うのがあります。
 
上記の理由があって、これから、東京都内の店舗へ出掛けますが、良い収穫を得られたら嬉しいです。
 
見本になるような写真は色々とiphoneにデータとして入れているだけに目標の物が見付かると良いと思います。
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とあるゲームの女性の戦士系の登場人物で、紫色の衣装を身に付けられていたのがありました。 私は、アニメ作品やゲーム作品のコスプレイヤーではありませんのでその影響ではありませんが、自前の紺糸総縅当世袖二枚胴の甲冑に、私が所持している十二単の唐衣のような古代紫色の陣羽織が欲しくなって来たと言うのがあります。

表地が古代紫色で、裏地が黒色と言う感じでしょうか。 安く制作をするのであれば、自力での制作になりますが、現状では、制作の途中になっている白色の袖付きの陣羽織があるだけに、出来れば、業者に注文したいと言うのがありますが、恐らく、特注扱いになって、とてつもなく高い料金になるであろうと予測されます。

理想は、袖付きの陣羽織ですが、色さえ合えば、袖無しの陣羽織でも良いかなと言う感じです。

ああ言った、古代紫色の帯地や打掛地の入手が困難を極めますが、材料の生地と出逢うのは一期一会ですので、資金的に余裕がある時に実店舗を含めて色々と調べたいと言うのがあります。

打掛の生地であるのなら、楽天市場の和装関連の店舗か婚礼衣装関連の店舗になりますが、金襴系の生地で実店舗であれば、日暮里繊維街であったり、浅草橋人形店街であったり、蒲田のユザワヤと言った都内の大規模の店舗に出掛けたら見付かる事もありますので、頑張って探したいと言うのがあります。

雰囲気的には、十二単の唐衣や細長のような感じの物に仕上げたいです。
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2016年7月の活動予定。

ブロガーとしての立場で半ば惰性的に続いて来ている毎月の活動予定の発表ですが、2016年7月になりましたので、今月の活動予定を発表させて頂きたいと思います。

~「真夏の京都路・幻の平安装束を求める旅紀行」~

2016年7月16日…「ステーションホテル京都」にて十二単の衣装体験。(かつらと一部の衣装を持参予定。)
2016年7月16日…「西陣織会館」にて十二単の衣装体験。(モデル用の十二単の衣装体験を行います。)
2016年7月17日…「黒田装束店」にて物具装束の衣装体験。(天冠付きのかつらを被っての衣装体験を行います。)
2016年7月17日…「黒田装束店」にて汗衫の衣装体験。(かつらを被っての衣装体験を行います。)
2016年7月17日…「雅ゆき」にて夏物の束帯の衣装体験。
2016年7月18日…「雅ゆき」にて黒色の袍の衣冠の衣装体験。
2016年7月18日…「雅ゆき」にてロイヤルプランの十二単の衣装体験。(釵子と日蔭の糸を付けて頂きます。)

2016年7月23日から7月24日…夫との山梨県への旅行。(史跡廻りの内容で検討中。)

以上、日程としては、5日分でしょうか。 今月は、歴史祭への参加の予定はありませんが、「真夏の京都路・幻の平安装束を求める旅紀行」での衣装体験の内容がかなり充実しているだけに、衣装体験ではかなり良い物が体験出来るであろうと思われます。
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私の周辺では平安装束の衣装体験を行っている趣味の方々が多くおられますが、上の方の世代になると「平成ロイヤルカップル世代」の時期に影響されて京都の観光ガイドや情報番組を知られて平安装束の衣装体験をされた方々もいます。

私は、その世代の時には、年齢的には15歳前後でしょうか。 平成のロイヤルカップル、雅子皇太子妃殿下や紀子妃殿下の成婚日までは思い出せませんが、丁度、年齢的には中学生から高校生位の頃であろうと思われます。

私も、情報番組には記憶があったのかもしれませんが、私の両親がとてもではありませんが、「衣装体験の為にわざわざ金額を支払ってまで。」と言う考えではありませんので仮に希望をしていても衣装体験をさせてくれませんでした。 前の方の記事にもありますが、両親は私を極端に世の中に目立たせようとしない考えの持ち主でしたので、仮に機会があったとしても連れて行ってくれなかったと言うのが正解と言う感じです。

その頃から、衣装体験を積極的にさせて下さる両親であれば、前回の記事での「バブル・チルドレン」とも記念写真の面で言えば同じ土俵で勝負が出来たと思います。

それで、「平成ロイヤルカップル世代」の後で平安装束が流行する事になるのが2008年の「源氏物語千年紀」の前後になりますが、その頃には、アルバイトで繋いでいたとは言え、自分自身である程度の余裕が出て来ましたので、その頃になって、少しずつ、平安装束の衣装体験を行い始めたと言う感じでしょうか。

平安装束の流行期と言う意味では、「平成ロイヤルカップル世代」と「源氏物語千年紀世代」との2つの世代に大別させられますが、御互いの世代での約15年の年月の差は大きいと言うのが感じさせられます。

特に、私の場合は、背伸びすれば、その時代に両親に強請れば「平成ロイヤルカップル世代」に追い付く事が出来ただけにその事が人生での最大の後悔になります。
この言葉は、複数の友人や知人から聞いた事になるのですが、1990年前後に生まれた現在、25歳前後の方々は俗に「バブル・チルドレン」と呼ばれていて、子供の頃から何不自由の無い暮らしをしていて、習い事も自由に習えて、とにかく高尚な趣味を持たれています。

私の友人にも、丁度、その年代の方々がおられて、その頃に生まれた世代の方々が子供の頃から子供写真館的な物も全国各地に出来ていたのか、子供時代の写真で子供写真館で衣装体験を行った写真も持たれている方がいたりします。 また、その世代の方々は、歴史祭の課金役柄は勿論の事、高額な体験料金の衣装体験にも良く行かれる傾向にあります。

流石に、そう言った子供写真館で、袿のような衣装が出て来たのは、「源氏物語千年紀」の頃ですので、その「バブル・チルドレン」の世代の方々で時代衣装姿の写真まで豊富に残っているのは少ないのですが、それでも、洋装ドレス姿の記念写真を持たれている方々が多いのか、やはり、そう言った育ちの良い世代の方々と一緒の土俵で、書類選考のある歴史祭に応募をすると、年齢的にも育ちの環境的にもまずは勝てないと言う感じです。

事実、そう言った所に応募をしても、年齢と、写真を見て、志望の動機と言った文章の内容は完全に無視されて、半ば、出来レース的な書類選考をされて落選通知を受けるか当選しても端役しか頂けないかのどちらかになる事が多いです。

こう言った現象は、「バブル・チルドレン」の世代の方々が歴史祭への応募の資格を得てから顕著になって来ています。 それ以前の時代ではそれ相応の良い役柄を頂ける事がありましたがこちらに関しては時代の流れでしょうか。

どちらにしても、私の場合は、歴史祭への応募は年齢に制限の無い役柄か、年功序列型の配役で恩恵を受けるしか道が残されていないようです。

衣装体験の世界では、何とか、同じ土俵に立てても、それ以外の世界では到底、「バブル・チルドレン」には勝てません。
私の周囲の同性の友人は、どちらかと言えば年下の方々が多いのですが、それらの方々の多くは、子供の頃から歴史祭の稚児役での参加歴があったり、10代の頃から衣装体験をさせて頂いていたりと言う感じで、良い環境で育っている方々が多いです。

私の場合は、住んでいる場所が場所ですので、そう言った稚児行列の情報が出る事もありませんでしたし、年代が年代なので、インターネットの環境も無い時代の世代ですので、外部の稚児行列の情報を集める事が出来なかった関係上、物理的にそう言う機会に恵まれずに、しかも、そう言った人前で目立つ事を極端に嫌う両親の元では仮にそう言う事があったとしても参加させてくれる事は無かったと思います。

時が過ぎて、私が1997年から5年間、京都市内で一人暮らしをしていましたが、せめてその時代に、アルバイト代で洋服や御洒落に注ぎ込まずに、その半額の金額でも良いので衣装体験に充てていればと思うと後悔する事ばかりになります。

その当時は、洋服代にアルバイト代の全てを注ぎ込んでいたと言う感じで、月に最低でも50000円以上は洋服と言った御洒落に予算を掛けていました。

その時に、もし、衣装体験の店舗の情報を知っていたらと思うと悲しいばかりであります。 一例として、その当時から存在していた、「ステーションホテル京都」の前身の場所や「西陣織会館」、「時代や」や「東映太秦映画村時代劇扮装の館」位には行きたかったかなとも。

上記の店舗以外での当時の京都市内の衣装体験の店舗は舞妓の衣装体験の店舗が殆どでしたが、仮に、その舞妓の衣装体験の内容であったとしても、1997年から2002年までの5年間で1年に1回でも行っていたらと思うと悲しい限りです。 上記の予算の半額を衣装体験に注ぎ込んでいたらその時代から、それ相応に衣装体験の人生経験が積めていたと思います。

今は、その失われた5年の月日を取り戻す為、いや、10代の頃に手に入らなかった物の全てを取り戻す為に、日々、生活を切り詰めては、衣装体験の為に予算を貯めている状態です。

流石に、38歳と言う実年齢がありますのでそれに反した事は行いませんが、衣装体験の世界では、大人の体格である限りは金額さえ出せば年齢の上限が無い状態で平等に権利が受けられるだけにその世界だけでも満足に生きて行きたいと言うのがあります。
つい、10日程度前に、2016年11月の「秋の山城路・神仏と歴史を求める旅紀行」の内容も確定する事になった旨の記事を書きましたが、衣装体験の内容の変更で一部の旅程が変更になりましたので、再度になりますが、2016年11月に出掛ける「秋の山城路・神仏と歴史を求める旅紀行」の内容を発表させて頂きます。

1日目:(2016年11月4日)

自宅最寄駅から東京駅までを京浜東北線に乗って、一度、東京駅の改札を出て東京駅八重洲南口バスターミナルから大阪駅前バスターミナル行きの夜行バスに乗って、車中泊。

2日目:(2016年11月5日)

前夜の東京駅八重洲南口バスターミナルからの夜行バスに乗って、早朝に、京都駅烏丸口バスターミナルで下車、下車した時間によりメイクを施すか朝食を取るかで前後しますが、その後は、京都駅から地下鉄烏丸線に乗って地下鉄丸太町駅に行って9時に「黒田装束店」で直衣布袴と縹色の袍の衣冠の衣装体験を行います。

衣装体験が終了すると、裁判所前のバス停から京都市営バスに乗って岡崎道のバス停を降りて、昼食を行ってから、徒歩で移動して「エスペラント心」にて「新花魁ブランB」の古式花魁の衣装体験を行います。

衣装体験が終了すると、徒歩で移動をして夕食後、「旅館はりま屋」にチェックインして和室にて宿泊します。(「エスペラント心」と「旅館はりまや」の距離が中途半端な為、徒歩での移動にするのが良いのかもしれません。)

3日目:(2016年11月6日)

「旅館はりま屋」をチェックアウトしてからは、一度、京阪丸太町駅に行って、京阪電鉄に乗って京阪出町柳駅まで行ってそこから、徒歩にて、下鴨神社に行って、下鴨神社を参拝して、その摂社や末社を含めて参拝してからは、京都市営バスに乗って上賀茂神社前に移動して、上賀茂神社を参拝して、その摂社や末社を含めて参拝します。

その後は、京都市営バスに乗って、再び、京阪出町柳駅に戻って、京阪電鉄を乗り継いで京阪宇治駅に行って、平等院を拝観して、宇治神社を参拝して、宇治上神社を参拝してからは昼食を取って、最後に、宇治市源氏物語ミュージアムに行って展示物を色々と見てからは、宇治駅に行ってJRで京都駅に戻って、京都駅 周辺の店舗で夕食を食べてから、新幹線にて東京駅に向かってからは地元最寄り駅に帰ります。

以上になりますが、2日目の午後の衣装体験の予定を宿泊施設の地理的な条件に合わせて変更を行ったと言う形になります。
「2017年1月の兵庫県内への衣装体験旅行」(仮称)」で希望している日程(土曜日で2週間分、金曜日の宿泊施設は2週間分で確保済み。)で神戸市内の宿泊施設を予約する事で苦労しています。

まだ時期がとても早いのか、新しい候補の場所が出たと思ったら予算よりもかなり高い高級ホテルに分類される場所か、予算よりも安いと思えば女性では泊まる事が出来ないカプセルホテルになります。

やはり、東横インの会員での予約枠が出る宿泊予定日の6箇月前まで待つと言う感じでしょうか。

2016年7月に入ると、その宿泊予定日の6箇月前の日程に入って行くだけあって、東横インだけならず、色々な宿泊施設の情報が入って来るのではと思います。

ちなみに、何故、2週間分で確保しているのかと言えば、「小野市立好古館」での十二単と束帯の衣装体験の予約を確実に2枠分の時間で取りたいと言うのがあります。

あと、もう少しですが、じっくりと粘りながら予算内に抑える為に探してみます。
2016年6月ももうすぐ終了になりますが、Instagramの写真を、2016年5月分までの歴史祭での写真や衣装体験の写真の内容で掲載の作業が先程完了しました。

2016年5月分の写真は、歴史祭への参加の写真も存在していて、衣装体験の写真は2016年5月に関してはかなりの内容の物が行えましたが、その分を全て掲載すると言う事が出来ました。

次回の作業は、2016年7月に2016年6月分の物を掲載しますが、見て下さると幸いで御座います。
以前、と言っても、3年前の話になりますが、知人の方に郵送で頂いた、とある歴史祭の宣伝チラシの写真を掲載した時に、匿名で裁判沙汰にすると言う脅しのメールが届けられた事がありました。

確かに、そのチラシはその歴史祭が開催される地元でしか配布されていなくて、その当時でも、現在でも、遠方に在住している私には物理的に入手出来ない物ではありましたが、ネット上ではそのチラシと全く同じ写真が宣伝されていていましたし、そのチラシを郵送して下さった本人にも連絡を取りましたが、許可を得ましたので大丈夫であろうと言うのがありましたが、一部の人々から見たら、内部資料を公開されたと思われたのか悪印象を抱かれたようです。

結果的には、そのチラシを掲載していた記事を削除しましたが、裁判沙汰になるどころか、削除依頼も何も来なくて、単なる脅しの話で終わっていたようです。

その後には、私が、以前に掲載していた、歴史祭参加記のどの記事であるのかを特定せずに、「裁判沙汰にして、弁護士を通して話を作って行って頂いている。 然るべき手段を取って頂いているから気を付けた方が良い。」と知人に言われて、顔出しの可否が完全に確認が取れていて、旅行記の中の記事となっている2015年度「斎宮行列」以外の歴史祭参加記の記事を全て削除すると言う形になりました。

結果的には、削除した事が良かったのか、単なる脅しであったのかは分かりませんが、削除依頼も来ませんでしたし、内容証明や特別送達と言った物が届けられる等の裁判沙汰の前段階になる事も無く平穏に過ごしています。

ただ、どうしても、見えて来るのが、私が扱っているウェブコンテンツの大型化を恐れてなのかと言う内容の裁判沙汰を脅しにした妨害活動であったと言う事は確かです。 他に言える事としては、歴史系の同業他者のブログよりも高い順位にいる事もあってそのブログの読者の方々からの嫌がらせと言いますか。

そもそも、一般人が日常の雑記を書いていても、有名人の日常の雑記と違って、アクセス数の増加には繋がらないのですよ。 その事もあって、何らかの情報に特化した内容にしなければ、大成出来ないと言う事で運営しているのですがそれが出来ない方々が私のウェブコンテンツを見ていて気に入らないのか、裁判沙汰に出来そうな題材があれば片っ端から掴んで行くと言う感じになるのですよ。

一応、権利に掛かりそうな歴史祭系の写真の掲載は、今後は、Instagramにのみ、それも、許可を得られた方以外の顔は掲載しないと言う形で運営しますので、肖像権と言った権利でどうのこうのと言われる事は無いと思いますが、この事が、少なくとも、私が以前程、歴史祭に熱を上げて参加したいと思うような気持ちになれなくなったと言うのがあります。

歴史祭への参加の写真が撮影出来ない、撮影を行って頂く為には撮影者の知人を連れて行かなければならない、仮に撮影した写真のデータを持っていても自由に掲載出来ないともなれば、参加する気力も何もかも半減になります。

話の本題に戻りますが、とにかく、私のウェブコンテンツを縮小化させるが為に、あるいは消滅させるが為に一部の周囲の人々が動いていると言うのは事実の話であります。