本日、2016年7月23日から、夫と共に、山梨県内の武田家関連の史跡と温泉を廻る内容の旅行である、「盛夏の甲斐路・史跡と温泉を廻る旅紀行」に出掛けます。
 
交通手段は「夏の「青春18きっぷ」シーズン」と被る為に、在来線の乗り継ぎで向かう事になりますが、起きる時間が5時45分とかなり早い時間になります。
 
もう、後、5時間と少しで、起きて出掛ける準備をしますが、昨日、7月22日の昼に疲労で3時間程度の昼寝をしているだけに眠気がまだ出て来ないです。
 
私の実年齢が20代であるのなら、中途半端に早朝起きの行動なら前夜は徹夜の扱いにして何らかの作業を行って時間を過ごしますが、現在は年齢的な面と住居事情の面で、どうしても夜の寝室を作らなければならない為、仮に、作業を行う場合でもiphoneからの入力の作業しか出来ないだけに、眠気が出て来るまでの隙間作業の扱いになります。
 
ともあれ、真夏と言う季節ではありますが、史跡廻りと温泉廻りで楽しむ旅行になりますので、十分に楽しんで参ります。
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いよいよ、明日、2016年7月23日に迫っている「盛夏の甲斐の史跡と温泉を廻る旅紀行」の旅程が確定する事になりました。
 
1日目:(2016年7月23日)
 
早朝に自宅最寄り駅から、在来線を乗り継いで塩山駅まで移動して、塩山駅南口から大菩薩峠に向かうバスに乗って、雲峰寺の拝観を行って、その後には時間的な都合上でタクシーにて雲峰寺から恵林寺に向かって恵林寺の拝観を行います。
 
恵林寺の拝観が終わるとタクシーを呼び出してから、再度、塩山駅に行ってから、在来線を乗り継いで下部温泉駅に向かいます。
 
下部温泉に到着してからは、タクシーにて、「下部温泉元湯旅館大黒屋」にチェックインしてから、温泉を愉しんで、夕食を食べてからゆったりと宿泊します。
 
2日目:(2016年7月24日)
 
「下部温泉元湯旅館大黒屋」にて朝食を食べてからはチェックアウトをして、下部温泉駅まで行って8時の在来線の列車で身延駅に向かいます。
 
身延駅に到着した後はロープウェイに乗って身延山に行って、日蓮宗の総本山である久遠寺の拝観を行います。
 
昼頃には身延駅に戻ってからは、再度、在来線の列車で善光寺駅まで行って、甲斐善光寺の拝観を行います。
 
甲斐善光寺の拝観が終わると、タクシーにて甲府駅前まで移動して、専用のシャトルバスに乗って、「積翠寺温泉要害」にチェックインしてから、温泉を愉しんで、夕食を食べてからゆったりと宿泊します。
 
3日目:(2016年7月25日)
 
「積翠寺温泉要害」にて朝食を食べてからは先に積翠寺を拝観を行ってから、「積翠寺温泉要害」に戻ってチェックアウトして10時のシャトルバスで、途中に通る武田神社にてシャトルバスを下車します。
 
その後に、武田神社の参拝を行ってからは、甲府駅前に向かうバスに乗って、昼食として、甲府駅前北口の「小作甲府北口駅前店」にておざらを食べます。
 
「小作甲府北口駅前店」で食事が終わると、甲府駅から在来線を乗り継いで自宅最寄り駅に戻って、旅程が終了する事になります。
 
食事で具体的な内容が書かれていない物に関しては当日に決めますが、出来る限り、料理に関しても愉しんで行きたいと思います。
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本日、2016年7月22の午後の事になりますが、義実家の墓がある東京都内の寺院の行事に夫と義母との3人で出掛けていましたが、この日は朝から体調が悪かったのか、眩暈やふらつきが収まらずに、寺院の行事に参加をする事になりました。
 
最初が講談師の方を御招きされての講談が開始されましたが、ふらつきが次第に酷くなって、夫に腰をさすって頂きながら講談の場面が終わりました。
 
講談に対しての感想と言えば、やはり、江戸方の言葉での講談が東京都内の寺院らしいと言う感じでしょうか。
 
講談が終わった時にはかなり体調が悪化していましたので、それ以上の行事の参加は難しいと夫と義母に心配される形で先に自宅に戻って、3時間程度の昼寝をする事になりました。
 
流石に、栄養ドリンクを飲んで、それだけの昼寝をしたのか、こちらの記事を書いている時には体調もある程度回復しましたが、夫と義母には申し訳無いと言う気持ちで一杯であります。
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明日、2016年7月23日から出掛ける事になる「盛夏の甲斐路・史跡と温泉を廻る旅紀行」では、当初は、衣装体験も計画していました。
 
ただ、衣装体験の場所が河口湖の近くにあると言う事を知って、今回の旅程に合わせようとすると時間的に無理が掛かる関係で仕方無しに衣装体験は諦める事になりました。
 
衣装体験の内容は洋装のドレスで、背景も適度に良いのですが、こちらに関してはまた、別の機会の愉しみにしようと思います。
つい、先程の話になりますが、本日、2016年7月21日の午前中に証明写真BOXにて撮影を行った、パスポート申請用の写真を地元のパスポートセンターに行って再提出の作業が完了しました。

服装としては、着物姿になりますが、髪の毛をを纏め髪にした物と垂らしている物と2種類の髪型で撮影を行いました。 実際に、パスポートセンターの窓口の方が言われるには、撮影を行った写真の背景の色が薄い関係で、顔の輪郭が見えやすい物の方が良い事を言われて、顔の輪郭が髪の毛できちんと見えている髪の毛を垂らしている物の写真を選んで再提出すると言う事になりました。

幸いにも、パスポートの受け取り日に関しては、7月27日で変更が無いと言う事で、その日が来た時点で出来る限り早く受け取って、何らかの機会に格安航空券が発売される事がありましたら、今度こそは、その格安航空券を購入して台湾への旅行に行ってみたいと思っています。

海外旅行と言う面では、数える程度しか行っていないのですが、今まではツアーの形式での海外旅行ばかりでしたので、旅行の申し込みの当日にパスポートが必要と言う事が無かったのですが、航空券を直接購入する場合は、パスポートの番号が購入を行う作業の時に必要になるだけに、何時でも手元に置きたいと言うのがあります。
昨日、2016年7月20日に提出したパスポートの申請書ではありますが、やはり、写真が気になりましたので、地元のパスポートセンターの担当者の方に電話にて事情を話して、申請用の写真の再提出の作業を行って頂く事になって、本日、7月21日の午前中に、ナチュラルメイクを施して再度、撮影を行う事になりました。

急ぎでの作業と言う事もあって、自宅から徒歩5分程度で行く事が出来る証明写真BOXを使用しての撮影になりましたが、適度に自然で良い画質の写真の撮影が出来たであろうと思っています。

本日は、12時から14時の間に、荷物の到着が1件あると言う事で、実際に荷物が届けられる時間までは自宅から動く事が出来ないのですが、その荷物が届けられた時点で、再度、地元のパスポートセンターに行って、窓口に電話を行った事や事情を話して写真の再提出の作業をしたいと言うのがあります。

昨日の記事で、助言のコメントを下さった方には本当に感謝しています。
さて、無事に、「真夏の京都路・幻の平安装束を求める旅紀行」が終了しましたが、旅行記の制作は、こちらの本家ブログでは行わずに、現在、容量的な面で作業中の状態になっている旅行記に特化しているウェブサイトの方に掲載を行う予定です。

当然の事ながら、容量的な問題が出て来ているだけに、原稿とウェブサイトに掲載する予定の写真を別に作成して、旅行記に特化しているウェブサイトの課金月を定めてから然るべき時期になって掲載を行う予定にしています。

「真夏の京都路・幻の平安装束を求める旅紀行」の内容に関しては、衣装体験を行う事自体が幻になってしまったとある店舗での衣装体験の項目が無くなる扱いになりますが、その事以外の変更は現時点では、神社や仏閣を訪問場所が、若干、増えたと言う形になります。

現状では、これ以上の事を書くのはどうかなと言うのがありますが、旅行記に特化しているウェブサイトの容量の増設の作業が完了した時点で、掲載を行う考えにありますのでその点を見て下さると幸いで御座います。
昨日、2016年7月19日に東京都内のとある区役所に戸籍抄本を貰いに行って、本日、7月20日に地元のパスポートセンターに行ってパスポートの申請を行って参りました。

書類の殆どが問題無い状態ではありましたが、パスポート用の写真のメイクが濃い目になっているのかその点で質問を受けて、一応は申請の形を行っていますが、メイクの件で、再度、ナチュラルメイクの状態にしての撮影の取り直しを行う可能性も出て来ています。

無事に、パスポートの申請が通ると、7月27日には結婚後の現在の名前でのパスポートが完成しますが、果たして無事に完成するのであろうか。

仮に、完成したとしてもメイクの面でパスポートを使用する時にはある程度のメイクを施さなければならないだけにその点では気になっていたりします。
先日、行った「真夏の京都路・幻の平安装束を求める旅紀行」ではありますが、一定以上の現金を残している状態で自宅に戻って来る事が出来ました。

その事もあってと言う事になりますが、パスポートの申請の作業を行おうと思った次第であります。

私の場合は、自宅は埼玉県内にありますが、本籍地は東京都内にありますので、パスポートの申請ともなると、その東京都内の区役所に行って戸籍抄本を頂く必要が出て来ますが、その作業に関しては、昨日、2016年7月19日に完了しています。

後は、地元のパスポートセンターに行ってのパスポートの申請の作業が残っていますが、必要な物と言う事では全て揃えているだけに、出来る限り早く申請の作業を行って、手元にパスポートを持っている状態にして、格安航空券が何時でも購入出来るようにしたい物であります。
私は、衣装体験の一環として漢服の衣装体験も行っています。 ところが、その事が、大阪市内に住んでいた時で、且つ、10年以上前に関係を解消したとある団体の方と時々同一視されていて困惑している事があります。

確かに、15年位前に、その団体の代表の方に漢服、と言っても、とある中国ドラマの登場人物の衣装ではありましたが着付けて頂いた事があります。 その当時では、その団体では、皇帝の衣装と軍師の衣装があったかなとは思いますが、恐れ多くも、皇帝の衣装を着付けて頂いて、その団体の代表の方に「武則天みたいだ。」と言われた事があります。

確かに、その当時には、漢服を扱っている業者も極めて少ないと言う事もあってその団体の方々には御世話になりましたが、私としては、その団体とは対等的な立場での付き合いを求めましたが、団体側がその事を拒否した関係で10年以上前に絶縁宣言を出させて頂きました。(私が「歴史祭参加記」のカテゴリーの記事を全て削除したと言う事にはこの団体の代表の方やその団体に所属されている方々に対しての配慮の面もあります。)

それに、私が漢服を購入し始めたのが2011年頃からになりますが、その団体に対して絶縁宣言を行ったのが2000年代半ばに対して、漢服がネット通販されるようになった事が2010年代に入ってからですので、単純に見た目が似ているからと言って、私がその団体と直接的な関係を持たれると言うのは正直言って抵抗感があります。

現在でも漢服に関しての問い合わせのメッセージを頂いた時に、その団体の方々の写真の事を基準に色々と聞かれたりと言う感じで返答するのに困る事も出て来ています。

漢服を持っていても、漢服を持つ意義に関しての考えが明らかに異なりますし、私としても同一視される事は嫌な事になります。 その団体の代表の方も同一視される事で恐らくは困るであろう事になりますので、その点の御理解の面は御願いしたいと言うのがあります。

こう言った見方をされて、結果的には、活動拠点を変える為に、私が遠距離恋愛での婚活を求めるようになって関東地方に政治亡命的に引っ越す形になっただけにその点の配慮はして頂きたい物です。