官僚をやっていると何度となく出くわす仕事だが、自分達が所管している施策について事実誤認のある報道(しかも影響が大きいもの)が世に出た場合には、事実関係についてメモを作成して、周囲への周知を図る。加えて、電話等で外部から問い合わせなどがあった場合に備えて、どこの係の者でも一応の事は答えられるように想定問答を作成する。

 要するにマスメディアの流す情報というものは往々にして間違っているということだ。しかも、大ポカをやらかして間違えてしまったというのではなく、故意にということが多い。「こんなことも知らずに勉強不足ですよ、マスコミさん」という批判の文章を見かけることも少なくないが、勉強不足から間違えているのではないこともかなり多いのである(まぁ批判している方も分かっていて馬鹿にしていることが多いのも承知)。

 先日などは、とあるテレビ局の記者(かなり偉い立場の方)から取材を受け、とある法律の内容について説明を求められ、これについて色々と手間をかけて内容を教えたにもかかわらず、誤った内容をテレビで喋られた。取材中のやりとりでは、「こういう理解ではまちがっていますか?」と聞いてきたので、「少し違います。こうです」と正しい理解を示し、「法律の内容ですし、これから関係者にも周知を図っていく必要があるのでここで誤った情報が流れると誤解を招いて困ります」と伝えたにもかかわらずである。相手は「まぁ完全に間違いでなければいいですよね」とか、「それではニュースとして面白くないので、何とかこの内容で」とか粘ってくるのだが、結局は無視して押し切られた形である。

 事実に反することを流して番組が中止に追い込まれた例について、非常に話題になったばかりなので皆さん記憶に新しいことと思うが、それと何も違わないのだ。政府機関にわざわざ取材をして、事実を確認しておきながら、面白いニュースになるからと誤った情報を流すのは「捏造」である。残念なことに非常にこうした手合いが多い。ニュースとして面白くなく、流す価値がなければ流さなければ良いのである。間違った情報を流されるよりはよっぽどマシだ。

 役人の言うことなど、とりあえずの確認として聞いておけば良い。世の中に流してしまえばこっちのものだ。こんな考えなのかもしれないが、しっかり責任をとってもらわねば困る。政府に対する批判だとか、考えや立場の違いの表明なら全く問題ないが、紛れもない事実を捻じ曲げるのは問題のきわみである。

 ニュースの価値というものは、水とダイヤモンドの関係に似ているという。水かダイヤモンドか、人にとって欠かせない重要なものは?と問えば答えは明らかだが、貴重かつ需要があるのはどちらか?と問えば、これも明らかだ。本当に必要なものであっても、それがありふれたものであればニュースとして出てこない。それがためにメディアリテラシー、マスメディアの流す情報の真偽、質を判断できる能力が求められている。

 ちなみに、上で批判したテレビ局は「面白さ」などよりも、「正確さ」にプライオリティーを置くべきとされており、それがために視聴率などを無理矢理稼がなくても済むようなシステムをとっている局である。
当然、その方には二度と情報を提供することは無いし、伝えておいた方が良いと思われる既知の方々には「こういう方がいて、これでは信用を失いますよね」と伝える措置をとる。

 

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