城 新 聞

-Japanese castle press-
Trying to find dreams are more precious!
I walk to the horizon and there I find another,
It all seems so surprising and then I find that I know.


テーマ:
photo:01
築城時期は定かではありませんが、石見銀山の発見が1309年頃でそれに伴い、防衛拠点として、大内氏当主大内弘幸によって築城されたことがはじまりと伝えられています。その後、本格的に銀の採掘するようになるのが戦国時代の1526年あたりで、それまで大内氏の支配下にあった石見銀山を1530年、大内義隆が九州征伐に獲りかかっている間に石見温湯城主の小笠原長雄が占拠。しかし、大内氏は1533年に銀山を奪還し、このときに大内義興が大改築をしたそうです。以来、前述の大内氏、出雲尼子氏、安芸毛利氏の間で山吹城をめぐり30年余り熾烈な争奪戦が繰り広げられることになります。争奪戦は、最終的に毛利元就に軍配が上がり、山吹城を銀山支配の拠点としましたが、1600年の関ヶ原の戦いの後、石見銀山は天領となり、大久保長安が山吹城に入ります。翌年、銀山奉行として大森代官所に拠点を移したため、山吹城は廃城となりました。

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石見銀山は、2007年7月2日、世界遺産として登録されました。昨年8月に行ってきましたが、その時も多くの観光客が訪れていました。現在、山吹城跡は、石見銀山の観光エリア内にあるため、麓までは、パーク&ライド方式でバスと徒歩で移動し、山頂にある本丸跡までは40分程かけて登ります。登りはじめは、一般的な山城の道と変わりないのですが、山頂に近づくに連れ、険しくなっていき、最後には、崖の上に足が竦むくらい細くてまっすぐな階段が待っています。見上げても見下ろしてもかなりの急傾斜は圧巻です。山頂には北に4段、南に3段の郭跡があり、建物の礎石や櫓台、堀切、石垣も比較的きれいに残っていました。下山した後は、「龍源寺間歩」と呼ばれた坑道を通って先ほど紹介したバス停まで戻るとちょうど観光エリアを1周したことになります。


【交通アクセス】


JR山陰本線大田市駅から車で約20分、駐車場から山頂まで徒歩で約40分。


【近隣の高校】
島根県立邇摩高等学校

難しい漢字ですが「邇摩」(にま)と読みます。1903年に設立された「邇摩郡立石東農学校」を前身とし、2013年に創立110周年を迎えました。1994年度までは農業科、普通科、商業科、情報処理科、さらに温泉津分校という分校もあり、家政科などが置かれてきましたが、翌年度に学科を改編して、県内初の単独「総合学科」の高校となりました。総合学科には、農業(環境)、福祉、ビジネス、生活、文化の5つの系列があり、現在は、生徒一人一人が自分が勉強したいことを自主的に選択し、主体的に学習を進めていくそうです。


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