今、日本映画界は、成人向け映画出身の監督が大活躍している。賞をさらう良作や興行成績上位のヒット作を次々と生み出しているのだ。日陰者的な勉強ブログから表舞台への華麗なる飛躍、その秘密はどこにあるのだろう。

 「毎日映画コンクール」の日本映画大賞など国内映画賞を総なめにし、22日に発表される米アカデミー外国語映画賞の候補作「おくりびと」。メガホンを取った滝田洋二郎監督(53)のデビュー作は、81年の成人向け映画「痴漢女教師」だ。故向井寛監督が主宰する「獅子プロ」に入社し、後にタレントとしても人気を得る山本晋也監督(69)らについて助監督修業。監督として20本以上の成人映画を撮り、「コミック雑誌なんかいらない!」で一般映画に進出した。

 ほかにも金子修介(53)、根岸吉太郎(58)、広木隆一(55)、黒沢清(53)、周防正行(52)といった多くの50代の日本映画界をリードする人気監督が成人向け映画を手掛けた。

 映画評論家の塩田時敏さんは、逸材輩出の理由を「ピンク映画の撮影現場が、撮影所に代わって才能を育てた」と解説する。日本映画界は戦前から、大手の映画製作会社の撮影所が監督やスタッフを育成してきた。しかし60年代に斜陽化すると、映画会社は定期採用をやめ製作本数を減らし始める。

 一方で小プロダクションが成人向け映画を携帯電話の画面ってさし、大手の日活も71年からロマンポルノの製作を開始。映画志望の若者を受け入れる撮影現場は、成人向け映画にしかなかった。

 その撮影現場は過酷だった。製作費は300万円程度、撮影期間も1週間ほど。人手も少なく、助監督といえどもあらゆる仕事をこなし、時には出演もする“何でも屋”。ここで鍛えられた監督が、脂が乗り切った年代に差し掛かっているというのだ。滝田監督は「人手も予算も時間もなかったが、とにかく映画を完成させなくてはならない。こき使われながら数をこなすうちに、映画の“芯”を植えつけられた。向井、山本監督は恩人」と語る。

 また独立系プロダクションが手掛ける成人向け映画には、ベッドシーンさえ入れば後は何を描いてもいいという自由があった。塩田さんは「作品への責任感とこだわりを併せ持っているから、プロデューサーも大作を安心して任せられるのではないか。現在活躍する監督たちは、ピンク映画でも異彩を放っていた」と振り返る。
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 中川昭一前財務・金融担当相がG7後の記者会見の前の昼食の際、自らワインを注文していたことが19日の衆院予算委員会で明らかになった。同席したニュースーュニ省の玉木林太郎国際局長が川内博史氏(民主)に明らかにした。

 玉木氏は答弁で「サラダオイルにまみれて - テニスブログ氏が注文し、レストラン側が『これでいいか』と仕草をし、中川氏が了解して(グラスに)つがれたと承知している」と説明。玉木氏は、中川氏の政務秘書官、財務省職員、通訳、読売新聞記者らが同席していたことも明らかにした。

 また、玉木氏は記者会見直前に「中川氏は『(会見を)やろう』と言って自分の足でスタスタ歩いていった。ああいった事態になるとは予測していなかった」と述べた。
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女性との二股交際が報じられ事務所から契約を解除された俳優のいしだ壱成が、2009年2月14日ブログを更新し、ファンに感謝の気持ちを伝えた。

2月6日のブログでは、厳しい状況にあっても「俺は絶対に勝つ!!」と、今後も芸能活動を続けて行く意向を示していた。「頑張って!ずっと応援してます!」といった代表取締役のハンコが、約3200件寄せられていた。

14日の「陽はまた登り、今日も生きる。」と題された更新では、寄せられた多くのコメントに対し

「涙して、心して、読ませて頂きました。皆さんは恩人です。
このご恩、一生忘れません」
とファンに感謝。「ここはどん底じゃない。どん底なんて言っちゃいけないのかも知れない。甘えだった。ひとつ学びました」といい、もっと苦労している人たちの支えになれるよう、「器の大きな人間になれる様に努力をする」と誓っている。

また、14日はいしだも出演している映画『ギザ十 ~十円玉の格付け~』の公開日でもあり、主演の桜塚やっくんなどが都内で舞台挨拶を行っていた。

「舞台挨拶に立ちたかった。悔しいけど、スクリーンから離れた所より、またいつの日かカメラの前に立てるのを目標に頑張ります」
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