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 アメリカは、旧大陸から見ると「新世界」である。ヨーロッパを最初の留学先に選んだ私にとっては、アメリカはいつまでも「新世界」で、それだけにアメリカに行くと、大きな発想の転換ができるのである。私が、アウトドアが大好きで、ラブレスのナイフを愛用しているのも、子どもの頃からアメリカ開拓時代に大きな理想を描いていたからである。ラブレスが東京に来たときには、ナイフ談義を越えて世界のこと日本のことを語り合ったが、残念ながら鬼籍には入ってしまった。

 『トムソーヤーの冒険』や『大草原の小さな家』と並ぶ私の愛読書がH.D.ソローの『森の生活:ウォールデン』(1854年)である。ハーバード大学で学んだソローは、同大学の先輩であるR.W. エマソンに傾倒し、その仕事を手伝う。彼らは、ハーバードで学んだが故に、知識人の集う都市を嫌い、自然と田園を愛するのであり、都市化するアメリカが民主主義を堕落させることを危惧するのである。神の恵みを感じることができ、宗教心を涵養する自然こそが称えられるべきだという考えには、反知性主義の要素を見ることができる。

 「文明は家屋を改良してきたが、そこに住む人間まで同じ程度に改良したわけではない。」、「貧しい分だけ、諸君は軽薄な人間にならなくてすむわけだ。物質的に低い暮らしをするひとも、精神的に高い暮らしをすることによって失うものはないにもない。」

 このように主張するソローはまた、国家は、国民が平和に暮らすための道具にすぎず、もし国家が個人の自由や良心を抑圧するようなことがあれば、個人は抗議する権利を持つと、「市民の反抗」を訴えた。

 私が、日本国憲法改正・自民党第二次草案が「個人」を「人」に書き換えようとしていることに反対なのは、国家の対抗概念が「個人」なのであり、「人」の対抗概念は犬や猫のような動物だからである(拙著『憲法改正のオモテとウラ』参照)。立憲主義ということを理解していれば、このような致命的な誤り犯さないはずである。アメリカのようにキリスト教が人々の生活の中に根付いている「新世界」でも、「個人」を「人」に変えるような愚は犯さない。信教の自由をはじめとする個人の自由が最大限に尊重される民主主義社会だからである。

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