天体色数協会代表ゆみっちです
先日は理事長とアシスタントと私の計3人でご飯に行きました
その時にアシスタントの幼少期の話からヒーリングって大切だねーと話してて。
私は今はトレーナーだからヒーリング講座の受講は出来ないんだけど、母とのヒーリングしたいなぁと話してました
受けれないから、どんな事があったのかなど話したんですけど。
アシスタントの人がすごく驚いてくれて受けとめてくれて
なんだかそのリアクションがすごく嬉しかったなぁ
ヒーリング講座は受けれないけど癒されました
話すは放つだね
母とのやり取りで失望したエピソードを何個か話したんだけど、
その中の1つの私のエピソードで、
10歳の冬、漢字のノートが切れてしまい、買いに行かなきゃいけなくて
冬の18:00はもう真っ暗。
母は夕飯作りに忙しく、
一緒に買いに行ってくれるという考えも
当時の私はなかったので、
自転車で文房具屋さんに向かいました。
その帰り、前方に覆面を被った怪しい大人の男性を発見
怪しい
だけど、私の前を走っている人はそのまま通り過ぎていったので、
大丈夫かも、と思い、
私も後ろをついて自転車を走らせたら
覆面の男性は突然近づいてきて、
一瞬で私の自転車の後ろに座り、私の腰に左手を回し、
ハンドルを持つ私の右手をホールドし、
ハンドル操作を支配されました
大人の男性の力は凄まじく、あっという間にハンドルを取られ、
自転車ごと、グイグイと人目のない細道へ連れていかれました
止まったかと思うと、
その瞬間後ろから片手でひょいと抱きかかえられ、
もう一方の手で口を塞がれ、
更に人目のない芝生へ連れられそうになりました
恐怖で固まっていた私ですが、
口を塞がれた瞬間に必死に声を挙げ、足をばたつかせました
声を出した時の私の開いた口に、男性の小指が入ったので、思いきり噛みました
その声と痛みに驚いた男性は、慌てて逃げていったんですね
ほんとセーーーフ
助かったーーー
ブルブル震えながら、
散らばった小銭やノートも置き去りに、
必死に恐怖で震えるハンドルを取りながら、
ペダルを漕ぎ、フラフラでハァハァいいながら
文房具屋さんに戻りました
泣きながら文房具屋のおばちゃんに事情を話し、
電話を借りて、家に電話しました
1人で帰るのが怖かったんです
またあの道を通るのが怖かった
まだあの男性が待ち構えているかもしれない
でもノートもお金も拾わなきゃ
お母さんが来てくれたらノートもお金も拾える
でも1人は怖いなぁって
1人で帰れる気がしなかった
怖くて帰られへんから迎えに来て欲しい。
だけど母は断りました
今、夜ご飯作ってるから無理だと。
母は迎えに来てくれなかったけど、
当時19歳の姉が迎えに来てくれました
結果的に姉が迎えに来てくれたし、
ノートもお金も無事だったから結果オーライだったんですけど。
自分が親になり、
もし娘が(いたとして、息子はいるけど)
同じ状況で電話をかけてきたら
私なら夕飯作りより、迎えに行く方を優先するなぁ
と思うようになりました。
なぜ母は夕飯作りを優先したのか、
母の生い立ち(人生脚本)を知れば理解はできます
だけど当時10歳の私は、きっと悲しかったし、不安だったし、
姉ではなく、お母さんに迎えに来て欲しかっただろうな
私より夕飯作りが大切なの!?
私の事はどうでもいいの!?
私は愛されてないの!?
って怒ってたのかもしれないな
当時は、覆面の男に襲われた恐怖が上回っていたけど、
もしかしたら、母に断られたということの方が実はショックで、
無意識に心の奥に閉じ込めたのかもしれない、
そんな風に思いました
そしてその事を母はすっかり忘れているという、
本当に、どこまでいっても、母は母だ
頼れる姉がいたから頼んだだけくらいに思ってたと思うから記憶にも残ってないんだと思うけど。
今になって思い出せたということは、
10歳の時、無意識に心の奥に閉じ込めた「母は私を愛していないのかもしれないというショック」がオープンになったからなのかな
当時10歳の私
あの時受けとめられなかった気持ち、
大人の今の私が受けとめてあげたからね~~~
安心せい、私
これからもあなたと共に生きていく。
最後まで読んでいただき感謝です。
~今日もあなたがあなたで在ることを心より祝福しています~
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