2011-04-22 19:08:35

ケネディ大統領「平和の戦略」演説(全文+和訳)その①

テーマ:英語情報,社会学,歴史

The Strategy of Peace Speech by John F. Kennedy at American University in Washington DC. On June 10, in 1963



It is with great pride that I participate in this ceremony of the American University, sponsored by the Methodist Church, founded by Bishop John Fletcher Hurst, and first opened by President Woodrow Wilson in 1914.

1914年にメソジスト教会による協賛をうけ、ビショップ・ジョン・フレッチャー・ハースト氏によって設立され、ウードローウィルソン大統領によって開校された、アメリカン大学のこの式典(1963年卒業式)に参列できることは、私にとって誠に光栄なことであります。



This is a young and growing university, but it has already fulfilled Bishop Hurst's enlightened hope for the study of history and public affairs in a city devoted to the making of history and the conduct of the public's business.

この学校は新しく、成長期にある大学ですが、すでにビショップハースト氏によって啓発された、都市における歴史と公的事業の研究という理念は、歴史の形成と、そして公的な事業へ捧げられることによって実現されています。



By sponsoring this institution of higher learning for all who wish to learn, whatever their color or their creed, the Methodists of this area and the Nation deserve the Nation's thanks, and I commend all those who are today graduating.

学ぶことを望む全ての人々へ高度な教育を施すこの施設を支援することによって、その学ぶ人々の肌の色や信条に関わらず、この地域のメソジスト宗徒と国は、国家的に賞賛を受けるに値します。そして私は、本日卒業する学生全てに賞賛の意を表します。



Professor Woodrow Wilson once said that every man sent out from a university should be a man of his nation as well as a man of his time, and I am confident that the men and women who carry the honor of graduating from this institution will continue to give from their lives, from their talents, a high measure of public service and public support.

ウードロウ・ウィルソン教授は、かつて、大学から送り出した全ての人々は、自分の世代のみならず自分の国家の人間にならなければならないとおっしゃいました。、そして私は、この大学から誇りをもって卒業する男性たち、女性たちが、自分たちの人生と自分たちの才能から高いレベルの公共への献身と支援を実行し続けるであろうという自信に満ちています。



"There are few earthly things more beautiful than a university," wrote John Masefield in his tribute to English universities--and his words are equally true today.

「地球上で大学以上に美しい物は稀である」。ジョン・マーシュフィールド氏は自身のイングランドの大学への賞賛の中でこう記しました--そして、彼の言葉は、等しく本日においても真実としてあてはまります。



He did not refer to spires and towers, to campus greens and ivied walls.

彼は(大学における)塔の形状や、キャンパスの緑や、ツタに覆われた壁のことを述べたのではありません。



He admired the splendid beauty of the university, he said, because it was "a place where those who hate ignorance may strive to know, where those who perceive truth may strive to make others see."

彼は大学が持つ固有の素晴らしい美しさを賞賛したのであり、彼は、その理由を「そこは無知を忌み嫌い、知ることを探求する人々の場所であって、真実を認識し、そして他者の目を見開かせるように努めるであろう人々の集う場所」だからである、と述べています。



I have, therefore, chosen this time and this place to discuss a topic on which ignorance too often abounds and the truth is too rarely perceived--yet it is the most important topic on earth: world peace.

そこで私は、時として無知が蔓延り、そして真実が認識されることが極めて稀な話題でありながら、しかしこの地球上で最も重要な話題である:世界平和について討議するために、この時、この場所を選んだのです。



What kind of peace do I mean?

私が心に描く平和とはどんなものでしょうか。



What kind of peace do we seek?

私たちが追い求めている平和とはどんなものでしょうか。



Not a Pax Americana enforced on the world by American weapons of war.

アメリカの戦争兵器によって世界に強要されるパックス・アメリカーナ(アメリカの安定;特に20世紀以降のアメリカの支配下での平和と安定)ではありません。



Not the peace of the grave or the security of the slave.

それは墓場による平和でも、奴隷の安全でもありません。



I am talking about genuine peace, the kind of peace that makes life on earth worth living, the kind that enables men and nations to grow and to hope and to build a better life for their children--not merely peace for Americans but peace for all men and women--not merely peace in our time but peace for all time.

私は、真の平和について述べています。それは地球上の人生を生きるに値するものにし、また人々や国家が成長し、更に希望を抱いて、その子供たちのためによりよい生活を築くようにすることを可能にする平和です。--それは単にアメリカにおける平和ではなく、全ての男性、女性たちの平和であり、--単に私たちの世代のみならず、全ての時代における平和です。



I speak of peace because of the new face of war.

私が平和について述べるのは、新たに直面する戦争の存在が理由にあります。



Total war makes no sense in an age when great powers can maintain large and relatively invulnerable nuclear forces and refuse to surrender without resort to those forces.

列強が、巨大でしかも相互に使用できない核兵器を保有することができ、そしてそれらの兵器の使用に訴えること無しに敵に降伏することを拒否できる時代において、全面戦争は無意味です。



It makes no sense in an age when a single nuclear weapon contains almost ten times the explosive force delivered by all the allied air forces in the Second World War.

一発の核兵器が、第二次世界大戦において、全ての連合国の空軍によって使用された爆弾の爆発力の総和の約十倍の破壊力を備えている時代に、全面戦争は無分別以外の何物でもありません。



It makes no sense in an age when the deadly poisons produced by a nuclear exchange would be carried by wind and water and soil and seed to the far corners of the globe and to generations yet unborn.

核戦争によって作り出される死の毒が風や水、土壌や種子によって世界の隅々まで拡散され、更にまだ生まれていない世代にまで影響を及ぼす時代に、全面戦争は意味を持ち得ません。



Today the expenditure of billions of dollars every year on weapons acquired for the purpose of making sure we never need to use them is essential to keeping the peace.

今日、私たちが核兵器を使用する必要性が絶対に生じないという確信を形成する目的で、その兵器の取得のために毎年費やされる数十億ドルという支出が、平和維持の基礎となっています。



But surely the acquisition of such idle stockpiles--which can only destroy and never create--is not the only, much less the most efficient, means of assuring peace.

しかしながら、そのような遊休在庫の取得--その保管物は破壊を生みだすだけで、何物も創造し得ない--は、平和を保障する唯一の手段ではありませんし、いわんや最も効果的な手段でないことは確かなのです。



I speak of peace, therefore, as the necessary rational end of rational men.

したがって、私は、良識を備えた人間として、必要かつ良識的な結論を準備しつつ、平和について語ります。



I realize that the pursuit of peace is not as dramatic as the pursuit of war--and frequently the words of the pursuer fall on deaf ears. But we have no more urgent task.

私は、平和の追及が戦争の追及のようにドラマチックなものではないことを理解しています。--そして(平和の)追及者の言葉はしばしば貸す耳持たず、という態度でとられることが多いのです。しかし、私たちにこれ以上緊急性の高い仕事はないのです。



Some say that it is useless to speak of world peace or world law or world disarmament--and that it will be useless until the leaders of the Soviet Union adopt a more enlightened attitude.

ある人は世界的平和や世界的秩序、あるいは世界的軍縮を語るのは無駄なことであり、--少なくともソビエトの指導者たちがもっと開明的な態度を受け入れるまでは、無駄なことであると言います。



I hope they do.

私は彼らがそのようにすることを望んでいます。



I believe we can help them do it.

私は、彼らがそのようにすることを私たちが手助けすることができると信じています。



But I also believe that we must reexamine our own attitude--as individuals and as a Nation--for our attitude is as essential as theirs.

しかし、私は私たちが自分たち自身の態度--個人として、そして国家として--を再検討する必要があるとも信じています。なぜなら、私たちの態度は彼らの態度と同じくらいとても重要だからです。



And every graduate of this school, every thoughtful citizen who despairs of war and wishes to bring peace, should begin by looking inward--by examining his own attitude toward the possibilities of peace, toward the Soviet Union, toward the course of the cold war and toward freedom and peace here at home.

そして、この大学のすべての卒業生、そして戦争に失望し平和を実現しようと望んでいるすべての思慮深い国民は、内側を観察すること--実現可能性のある平和、ソビエト、冷戦の成り行き、そして自国における自由と平和に対する自分たち自身の態度を再検討すること--から始めるべきです。



First: Let us examine our attitude toward peace itself.

最初に、平和そのもに対する私たちの態度を検討してみましょう。



Too many of us think it is impossible.

私たちの中のほとんどが、それが不可能であると思っています。



Too many think it unreal.

ほとんどの人々は、それを非現実的であると思っています。



But that is a dangerous, defeatist belief.

しかし、それは危険な、敗北者的発想です。



It leads to the conclusion that war is inevitable--that mankind is doomed--that we are gripped by forces we cannot control.

そのような発想の行きつく先は、戦争の回避は不可能であって、--人類は滅亡し、--私たちは制御できない力によって支配されている、という結論だけです。



We need not accept that view.

私たちが、そのような物の見方を受け入れる必要はありません。



Our problems are manmade--therefore, they can be solved by man.

私たちの問題は人間が作り出したものです。--ですから、それらは人間によって解決できるはずです。



And man can be as big as he wants.

そして人間は自分たちが欲するよりも偉大になりうるのです。



No problem of human destiny is beyond human beings.

人類の運命に関する問題で、人類の英知を超えるものはありません。



Man's reason and spirit have often solved the seemingly unsolvable--and we believe they can do it again.

人類の理性と精神は、時として解決不可能と思える問題を解決してきました。--そして私たちは、人類には再びそれを成し遂げることができると信じるのです。



I am not referring to the absolute, infinite concept of peace and good will of which some fantasies and fanatics dream.

私は、ある人々が幻想しているような、平和と良心に関する完全無欠で途方もない考え方について述べているのではありません。



I do not deny the value of hopes and dreams but we merely invite discouragement and incredulity by making that our only and immediate goal.

希望や夢の価値を否定するつもりはありませんが、私たちにとって唯一のそして早急な目標を定めることは、私たちに単なる落胆と不信を招くだけになってしまいます。



Let us focus instead on a more practical, more attainable peace-- based not on a sudden revolution in human nature but on a gradual evolution in human institutions--on a series of concrete actions and effective agreements which are in the interest of all concerned.

その代わりに、より現実的な、より達成可能な平和--人間性の性急な革新に基づくのではなく、人間の習慣における漸進的な改善に基づき--すべての国々に関係する関心事における一連の具体的な行動と効果的な合意へ焦点を当てようではありませんか。



(・・・その②へ続く)

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コメント

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1 ■ありがとうございます

読みたいものがすぐに手に入るいい時代になりました。

多くの共感出来る人とコミュニケーションできるようになりました。

平和という夢が現実により近くなった気がします。

現実には、無知と貧困と不正がはびこっています。
でも、過去から光り輝く言葉と知性が今でも知ろうとする人にきちんと伝わっています。

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