心の扉を開けて

好きなものは手相、神社、スピリチュアル、そして小説創作! 放置状態だったけど復活。

ようこそ。廿日草(はつかぐさ)がパワースポット、スピリチュアルについてお話していきます。小説創作もボチボチやってます。


勝手ながら明らかに宣伝目的のコメはスルーしています。


追記;2015年8月ブログ名を「心の扉を開けて」に変更。


うちのお奨め記事は「幸せになりたければテレビを見るな」です。ニュースは心にネガティブ思考の種をまくので見ません。


すみません。アメブロの機能をよく把握していないので、返信等が遅れる場合があります。

現在web公開中の自作小説は……(古いものから順に)


一緒に暮らそう
」(完結) 203P 一流大学卒のエリート理系君と高卒のワケあり彼女の、年の差&格差ラブストーリー。作品情報はこちら


スノーフレークス」(完結) 83P 都会からやってきた転校生が遭遇する不思議な出来事。雪んこファンタジー 作品情報はこちら


ロング・ディスタンス」(完結) 283P 20代後半OLの不倫と友情の物語。作品情報はこちら


叶わぬ恋の叶え方
」(完結) 121P 二十代後半の工員咲子は入院先で年上の医師坂井に出会う。二人の境遇の違いを考えれば、恋になんか発展するはずのない関係なのだが……。


その男、傲岸不遜につき 」(連載中) 女子大学を卒業したばかりの絵梨香と不動産投資会社の若きイケメン経営者、礼の契約関係から始まる恋。某フィフティシェイズ・オブグレイのファンフィクです。作品情報はこちら


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さて、前回の記事の続きです。
 
太平洋戦争へ従軍した経験のためトラウマを抱いていたDさんのお父さん。日本嫌いのお父さんが、ある日突然それまで購入しなかった日本製品を買いました。その話を私に語っていた友人は、「お父さんは何を買ったと思う?」ってきいてきました。何を買ったかなんて、私はノーアイデアですよ。
 
お父さんは日本や戦時中のことに対するわだかまりをきっぱり絶つために、日本製品を買おうと考えたのです。どうせなら大きなものがいいと、日本車を購入しました。これまで一切日本製の物は買わなかったのに、また一気に大きく出ましたね。
 
オーストラリアにある日本車メーカーのディーラーは日本人スタッフでした。お父さんがお店のカウンターで日本語の単語を口にすると、スタッフが「あなたは日本に来たことがあるのですか」とたずねてきました。もちろん、お父さんは日本になど来たことなんてありません。戦時中に、日本軍の捕虜収容所に収容されていただけです。
 
私の友人がまた「その時、Dさんのお父さんは何て返したと思う?」とたずねました。やっぱりノーアイデアですよ。あんなに辛い過去のある人がそんな質問をされてどう答えるかなんて、想像できません。
 
お父さんはその日本人スタッフに「前にちょっと、ジャパニーズクラブに属していましてね」と答えました。ああ、こう言ったらなんだけどなんという粋な応答。
 
戦争体験のPTSDですよ。日本製品を買うだけでトラウマが断ち切れるなら安いものです。彼はわだかまりを断ち切るために、製品を買うと同時にある行動をしました。
 
「日本への怨恨を手放すためにお父さんがしたことは、一体何だと思いますか」
友人が私にそう質問してきました。
 
自分の恨みつらみを一切合切日本人とか日本政府にぶちまけるのかな? それとも宗教に救いを求めたのかな? ああ、でも私たっだら一生許せないかも。…なんて私は思いました。
 
続きは3で。 
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先日、オーストラリアから里帰りをしにきている友人に久しぶりに会いました。その人はかの地の研究機関で研究者として働いています。 私たちは和食レストランで食事をしました。日本に里帰り中の人にとっては、なんといっても和食です。
 
久しぶりに会った友人は、これまでの出来事を語ってくれました。先日、東京で携帯電話に関する最新技術を開発した研究者に会ったという。友人は文系なので、理工系の学者と仕事がらみで付き合うことはまずないです。
 
そんな引っ掛かりもすぐわすれるほど、すぐに話は変わりました。友人はオーストラリアの職場でとある同僚と出会った話をし始めました。
 
ある日、友人のいる研究室へ、他分野の研究者がたずねてきました。「ちょっと時間はあるか」というので、何かと思って彼にイスをすすめました。そのオーストラリア人研究者をDとします。
 
Dさんは60代の男性でしたが、彼の父親は第二次世界大戦時に従軍した経験がありました。その時すでにDさんのお父さんはなくなっていましたので、彼は故人の思い出話を日本人である友人に語ったのです。
お父さんには戦時中に日本軍の捕虜となり、ボルネオにある日本軍の収容所に収容されていた経験があります。日本ではそんなに知られていない話かもしれませんが、同地の捕虜は非常に過酷な生活を強いられ、生還できたのは2000人の捕虜の内たったの8人でした。Dさんのお父さんが生きていたのはまさに奇跡的なことだったのです。
当時の日本には「生きて虜囚の辱めを受けず」という考え方があり、劣勢の兵士は投降などせずに自害せよと教えられていました。だから、投降してくるような敵兵の扱いは想像に難くありません。
 
戦後も、お父さんはひどいPTSDに悩まされました。日本という国、日本人をいつまでも恨んでいたし、当時の辛い思い出が頻繁にフラッシュバックしていました。町で日本製品を見かけても絶対に買いませんでした。その話を聞くと、日本人として身につまされる気持ちになります。
 
ですが、お父さんはその経験談を少しもDさんたち子供に語ることがなかったというのです。それも驚きです。ずっと自分の胸にしまっていたのですね。
 
ある日突然、そのお父さんがどういう風の吹き回しか、日本製品を買おうと言い出したのです。その時初めて、息子であるDさんはお父さんの戦争体験を知ることとなりました。長くなったので、彼が日本製品を買おうとしたのは何故か、そして何を買ったのかは2に続きます。
 
 
 
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あれはもう10年近く前のこと。

 

私は就職活動で長野市に行きました。就職活動はいつ終わるとも知れぬキャラバンのようでした。

 

面接の後、折角ここに来たのだからと、私は善光寺詣でをしました。その後、市内にあるバーに一人で入り、夕食をとりました。

 

おしゃれなバーのカウンターに座っていると、少し離れた所に20代の若いカップルが食事をしていました。女性が話す声が否応なく聞こえ、またそれが突飛なものだったので、私は失礼ながらもその話に耳を傾けました。

 

お姉さんは少し前にモデルかタレントを目指して、東京でオーディションを受けていたそうです。でも、結果は芳しくなかったよう。あるオーディションでは、審査員の一人にお尻を見せるように言われ、後ろを向いてパンツを下げたなどと、実にざっくばらんな話をしています。曰く、あの世界に入るにはハイティーンがギリギリのチャンスだったとか。他愛無くもざっくばらんな話です。

 

お顔をちらっと拝見すると、可愛いけど女優になるほどきれいじゃないという感じ(私が言うのもえらそうですが(;^_^A)

 

彼女は突飛な話を続けます。時々家で小さなおじさんを見たという話をしていました。何度か会ううちに「ヨッ!」と挨拶したそうです。いわゆる妖精の類と言われていますが、リアルでそういうものを見たという人に会ったのは初めてでした。

 

でも、世の中には虚言癖のある人もいることですし、彼女のような突飛な話が得意な人のことです。ことの真偽は謎ですけれどね。

 

 

 

 

 

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