親父

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親父がそろそろ危ない。

もう半年は生きないかもしれない。

親父の人生は幸せだったんだろうか?

金沢で育ち、優等生で、親の期待を一身に背負い大学に進学。

超難関校で勉強し、大学院にまで進み、そして有名企業に就職。

子供にも恵まれ、一軒家を静岡に構えたが、出世には恵まれなかった。

仕事の終盤ではまともに働けなくなってしまって、

恥ずかしい姿を見せたこともあったのかもしれない。



親父は格好つけマンだった気がする。

イヴサンローランのブーツを買って、とっても大事そうに履いてたっけな。

サイドがゴムになってるハイカットブーツだったんだけど、

ゴムがベロベロになっても大事そうに磨いてた。



とにかく物を大事にする人で、おれが静岡で買ってきた

小銭入れをプレゼントしたときもすごく喜んでたっけな。

一枚革から作ってる小銭入れなんて初めて見たって言って。



それから小学生の頃はよくキャッチボールをしてもらったっけ。

土日の晴れてる日はほとんど毎日一緒に付き合ってくれた。

容赦を知らないから、全然優しくない教え方だったけど、

嫌とは絶対に言わなかったな。愛されていたのかな。



よく食事の仕方が汚いとか、姿勢が悪いって叱られたな。

晩御飯で覚えてるのは、ステーキとスパゲッティは親父の担当で、

よくブランデーかなんかを肉の入ったフライパンに入れて、

着火してたけど、あれは半分以上遊んでたんだろうなと思う。

おれもそうだから。




人付き合いは本当に下手っぴで、全然人と絡みたがらない。

飲み会も誘われてやっとって感じ。

おかんのキャラで誘われてたようなもんかな。

でもあんまり孤独そうでもなかったのはなんでだろう。

慣れていたのかもしれないなぁ。




親父は本当に姉貴と仲が良くて、いろんなところに行ってたっけ。

スキーに2人で行って、成人式前に目を怪我して散々おかんに怒られてたっけ。

今となっては笑いごとだけど当時は大変な事件だった(笑)




晩年は病気が進んで苦しそうだったな。

おかんにも怒られるし、姉貴にも怒られるし、とても悔しいときを

過ごしたんじゃないかと思う。

おれは仕事が大変だったこともあり、あんまりその状況を教えてもらえず、

気付いたときには結構進行が進んでいた。

まぁでも知らされていたっておれにできたことなんてなかったんだけど。

おれにできることと言えば、おかんの気持ちを慰めたり、

顔を出すことぐらい。と言っても半年に一回ぐらいかな。

まぁ、親父もおれの顔を見たってどうも思わないだろうと思っていた。





でも、最近は嬉しそうな顔をする。

素敵な顔をするなと思う。

なによりも、おかんととても仲が良くなった。

仲が良くなったという表現は適切ではないかもしれない。

もう既に対等な関係ではなくなってしまっているから。

でも親父は、おかんが病院にお見舞いに来ないと、

妻がいないと言って、普段は歩かないのにベッドを出て

探しに行こうとするらしい。



求められているおかんもまんざらではなさそう。

素敵な夫婦になったじゃない。

そう思うと、親父の人生は幸せだったのかもしれないなと思う。




まだ親父は生きてる。

おれにできることはなんだろう?

楽しかった思い出が詰まったグローブでも持ってお見舞いに行こうか。

今週は2回も静岡に行ける。



親父に会いに行こう。
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