自問自答の方法

ここに辿り着いたあなたは幸か不幸か
『普遍的な自分』ではなくなり、『考える自分』なってしまいます。
おおいに迷いましょう
そして見つけましょう。
本当の自分を


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ようこそ

 

このブログでは、

”人生とはなにか?” 

生きている意味?”・・・等

様々な難問に対し、

私自身の『答え=定義』を作り

応用していく過程を公開する事で

 

ご覧になった方々が

”悩みを解決"

"幸せになる"

"強くなる"

”『自分の人生』を歩む"

”世界を理解する"

 

その他様々な場面で必要になる

 

"『考える力』を養う" 

それらを目的に作成します。

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【リンク】(ブログをご覧になる前に)

ブログのテーマ

『考える力』とは?

『私の定義』とは?

私のブログの読み方 (※自問自答の方法 記載)

 

成長とは?【拡大する事】

①成長限界に向けて成長 

②型に向けて成長

型の基準?【立場により異なる】

     【型は無数に存在する】

ーーーーーーーーーーーーーーーー

私は以前の記事でこのように定義を作成していきましたが、

詳細についての説明をしていきます。

 

(『考察編』は考える力を養う事を目的としていますので、定義のみ興味ある方は飛ばしていただいて結構です。)

 

 

自問自答の流れについては、覚えていらっしゃいますか?

お忘れになった方は、

私のブログの読み方

をご参考になって自問自答をしてみてください。

 

 

 

 

では、早速考察編を始めます。

 

 

毎度の事ですが、Wikipediaや辞書などから成長の定義を探してきます。

 

 

成長(せいちょう、: growth)とは、生物や物事が発達し大きくなることをいう

引用:Wikipedia

 

 人や動植物が育って大きくなること。おとなになること。

 物事の規模が大きくなること。拡大。

引用:辞書

 

今回は、ほぼ辞書やWikipediaと私自身の定義は変わりありませんね。

 

ほぼ辞書を見た段階でしっくりきました。

しかし、しっかりした定義を作成するため、いつもの工程をたどっていきます。

 

子供が成長する

植物が成長する

経験が人を成長させる

仕事で人間として成長がしたい。

成長して見返してやりたい。

職人が成長する

 

経済成長 

 

 

今回はいきなり仮説段階でしっくりきました。

成長とは?

仮説 『成長とは拡大?』確定

これ自体しっくり来る。(矛盾した感じがしない)=確定

 

仮説2『成長とは成熟へと向かう拡大』

成熟というのがなく成長し続ける物が存在するため、

成熟へ向かう事=成長ではない。

 

よってx 

 

 

仮説3『①目標のない成長 ②目標のある成長がある』確定

成長には2種類あると考えると、

成長=拡大 ととらえてもしっくり来る。

 

ここで定義確定 

成長とは?【拡大する事】

 

仮説3

『目標、と言うより成熟に向かう成長の成熟=型とすると、

型は人によりもちろん異なる。』 確定

(   子供の成熟  その社会での大人 成熟の型

    職業の成熟  その職業人の常識  成熟の型

    自己実現      理想の自分という 成熟の型)』 

 

つまり、文化・場所・人・組織により、

成熟という型として求められる能力や大きさは異なる。 

 

 

 

型の基準?【立場により異なる】

     【型は無数に存在する】

 

今回の定義作成はとても簡単な考察ですみました。

 

この世に辞書や社会の定義が自分の本質観にしっくり来る場合、

とても助かりますね。

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このお題は日本に住む社会人であれば、
誰もが一度は考えるものではないでしょうか?
 
以前の記事でお題としましたが、
いかがお考えでしょうか?
 
 
さっそく私の定義を紹介したいと思います。
 
成長とは?
拡大する事
 
①成長限界まで大きくなる成長
②型(成熟)を目指し拡大する成長
 
①は主に、物理的成長など
②は、各々の型に向けての成長
   例 能力 人格 人間像 組織  存在 職人 ・・
   型に向けて成長していく。
 
例えば
どんな人間になりたいか?
=型(成熟)は、人により異なる
 
どんな人が大人か?
型(成熟)は、文化や社会により異なる
 
どんな人が一人前の大工か?
=型(成熟)は、業界や国により異なる
 
 
つまり、型は自由に形成される。
 
主に人々は
職業で求められる型
住む国の社会人として社会から期待される型
はまるため成長しようとする。
 
それ故に悩んだりもする。
自分のなりたい姿ではない事もあるから。
 
(この違和感については、今後のべていきます)
 
 
型(成熟)の基準?
立場により異なる
よって
型は無数に存在する
 
 
 
 
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ようこそ

このブログでは、
人生とはなにか?生きる意味は?
など、人類の難問に正面から
私自身が問いを投げかけ【私の定義】を作成し、公開する事により

人類の子孫(人類の後輩)たちが
・人生の早い段階で世界を解釈し
・自分自身の『意見』を形成し
・後悔のない人生を歩むために
・料理(作品)の食材(知性)として、誰かの役に立つために・・etc
作成します。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
【前書き】(ブログをご覧になる前に)
ーーーー

{0A936AA9-6153-4A9C-94DE-9A37C2C7855E}



今回は、善・悪という、大きなお題ですが、
皆さんはこのお題をいかがお考えでしょうか?

私の定義にはしっくりくる方もおりましたでしょうか?
毎度の事なのですが、重要なお題なので、

『私の定義』とは?をご覧になっていない方もおさらいとして以下応用編の説明をしますね。

”善” に対する定義を考える時に、
アウグスティヌスの告白ですとか、
プラトンのイデアですとか、

そういうものから引用しても、
そうとしか言いえない原理は知る事ができても、
あなたの主観で捉えた世界観・本質観というのは全く違うはずです。

そして、あなたの主観で捉えた世界こそあなたの目にうつっている世界の筈です。


動物にとって、世界はカラフルではありません。
人間に紫外線・赤外線は見えません
   超音波は聞こえません
子供にとって、モスキートーンは聞こえない音ではありません

世界はカラフルなのか?単色なのか?眩しいのか? 騒がしいのか?静かなのか?

どれが”本当”の”それ=定義”なのか?
それははっきりわかりません。




それぞれの立場からそれぞれ実感できる事こそあなたの見ている世界です。

”外”からいくら情報を得ても、私の定義をご覧になったとしても、
その定義に納得ができていなければ、あなたの定義は違います。

しかし、納得ししっくりきているようであれば、その対象物に対する見ている世界が
近いということでもあります。


あなたの思うように。あなたが定義づけるように世界は存在し、
あなたが思うように、あなたは悩みを抱えたり、喜んだりします。

故にあなた自身の答えを持つことは、あなた自身を知ることにつながり、
あなた自身の世界観を知る事は、世界を理解する事に繋がるのです。 


なんだか、書いていて壮大なお話に見えますが、とても、単純な話です。





それでは毎度の説明を終えて、
今回の定義

善・悪とは何か?の応用をしていきたいと思います。 


今回の私の定義はこちらです。
善とは?
【各々のルールの範囲内】
悪とは?
【各々のルールの範囲外】

【善悪の基準は無数にある】
【立場により善悪は異なる】

ーーーーーーーー
悪人とは何か?

解釈
悪人とは私の定義によると、
ルールの範囲外の人】となります。

悪人と言われるには、自問自答は省略しますが、
①内心
②行動 
それぞれが悪(ルール違反)の場合とがあります。
よって
悪人とは?
ルール範囲外の欲求を抱く 又 行動する人間】となります。

世間一般で言われる悪人と判断する為のルールは、『法律(主に刑法)』 だと思います。

具体的に言えば
例①強姦したいという欲求を抱く人(内心) 
 ②強姦するという行動をする 人(行動)
このような人を悪人と呼ぶ。

ここは注目して欲しいのですけれど、、
ルール違反とされる欲求を抱くだけで、彼は悪人なのです。

他人が勝手に決めた法律を、超えた欲求を抱いた時点で悪人であり、 
それを行えば犯罪者と呼ばれるわけです。


なぜこの世には犯罪組織が堂々と存在しているのか?

解釈
悪人を定義づけしているとわかりやすい問ですね。

悪人とは『法を超える欲求を抱く者』でもあると言いましたが、
法を超える欲求をどうしても抱いてしまう人間に”欲求を持たせない事”は可能でしょうか?

考えてみると、そう簡単ではありませんね。
チョコを食べたい人にチョコを食べたいと思わせない事。 
これは教育・社会の構造の問題でどうにかする他ないと思います。

しかし、その間にも悪人は常に生まれてくるのです。


彼らは肉食獣のようなものだと思っています。
生まれた時から肉食なのか否かはわかりませんが、
肉を食わなければ(犯罪となる事をする)、
ストレスでやってられない。


だから、国に我が身を守ってもらい世話してもらいながら
国の法を破る外道として、この世に存在していく事になる。 


その時、制御するのはもちろん国による拘束・懲罰でありますが、

目の届かない場所でこそこそと肉を喰らう者たちがいて、
そこには、同じような肉食獣たちが集まったとします。

その肉食獣は
暴力・脅迫・強奪・強盗・○人・強姦・薬物・詐欺・ぼったくり等を繰り返し、
様々な悪人たちによる無法地帯が生まれます。

そこには人間の歴史上、暴力や威圧により、支配する欲求を持つ者(国家)が登場しますよね。
自らが利益などを独占しようとし、その他のものがその犯罪的な欲求を満たそうとすれば
他を威圧、暴力により支配しようとする。

これが犯罪組織ですね。
つまり、犯罪組織は国のようなものだと考えています。


国側からすると、
どうしても生まれてしまう悪人を全て捕まえていてもキリがない。
捕まえず始末してしまうと考えたとしても
これもやたらと、始末してしまい抑圧する事は、他国や国民の反発を招き、
国民の支持を得るべき国の信用が傾きかねないし、コストもかかる。
(犯罪組織との決定的な国の違いは
国民の支持があるか、ないか。でしょう

犯罪組織とは、ずーっと昔の国家の姿そのものなのではないか?
と考える事もできます。)
 
そこで、自分(国)より弱い 
悪人達を支配する力があるならば、利用する他ない。

よって、教育・社会の構造が改善されるまで、
全国各地に国による取り締まりが行き届くまで、
国民の法律を超えた欲求が世界からなくなるまで、

悪人を支配する悪人の存在の肯定したほうが手っ取り早かったという事でもあると思います。 


故に全国各地の取り締まりが強化されてきた今、彼らを残す必要がなくなり、一斉に取り締まったのではないかと、このように推測する事もできますね。


『人類全員が幸福になればいい?』

解釈
ここまで、幸福とは何か?
【継続的満足(継続的欲求達成)】
悪とは何か?
【ルール範囲外】
と考えてきましたが、

私にとってこの言葉は
言葉足らずである事がわかります。

深く考えなくとも、
悪人全員の欲求が継続的に叶う事が悪人の幸福ですが、
それを望む事はありえないですよね。

『人類全員が幸福になればいい。』というのは
当然のように、悪人が入っていない事になりますね。
それは人類全員ではない。

つまりこの言葉は、矛盾してます。



人類全員を幸福にするのなら、

①自発的に抑える
全人類がそれぞれの国の法
又は
世界に1つの法
以内の欲求しか求めない教育の整った世界

②強制的に抑える
上記ルールを超えた欲求を持つものは捕まえて更正させるような仕組み
(アニメ:『サイコパス』のような感じ)

など方法は限られてきますね。


ーーーーーーーーー


長くなりましたが、


今回も応用編はいかがでしたでしょうか?

このようにして、様々な形で定義は利用可能です。

ぜひあなたも、作成してみてください。


お役に立てるよう、一つお題をだしますね。




あなたにとって、
『成長とはなにか?』

ご覧いただきありがとうございました。




おまけ

私がネットを見ている時に
毎日寝る前に、一つの物事についてお題をだして、考えるようにしている。
という方がいました。

まさに私のやっている事はそれですね。
その行いがいかに大事か。

これを幼い頃から繰り返しておけば、
更に思考も洗練されていたのではないか。

そう考えて今、ブログを書いています。


これからの若者に、今生きる大人達に、
どうか、定義を作成して欲しい。

そして、もっと充実した自分の人生を歩んで欲しい。命を使い切って欲しい。

そう願います。

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・人生の早い段階で世界を解釈し
・自分自身の『意見』を形成し
・後悔のない人生を歩むために
・料理(作品)の食材(知性)として、誰かの役に立つために・・etc
作成します。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
【リンク】(ブログ読む前提記事)

f:id:shin-910710:20170315112107j:plain

大きいテーマですね。



さっそく私の定義を紹介します。

善とは?
各々のルールの範囲内
悪とは?
各々のルールの範囲外

・各々?
     = 法律
団体 = 規則・教え・社則・契約
個人 = 信念・倫理観・欲求の達成・防御


もう少し説明

・1人の人間しかこの世にいない場合。
①本人にとって善いと思う事が善

・3人のABCがこの世に存在する場合。
①Aにとって善いと思う事がAの善
②Bにとって善いと思う事がBの善
③Cにとって善いと思う事がCの善
④世界(ABC)
3人で善いと(公平・対等に)定めた事や慣習が世界の善
⑤国(AB)
2人で善いと(公平・対等に)定めた事や慣習がABが住む国の善
⑥個人・法人・その他団体(C)
Cが善いと思う事がC社の善
そして、
それらの各々の範囲外(害すれば)は

以上から
善悪の基準は無数にある
そして、
立場により善悪は異なる
(CにとってBの善やABの善がCの善と一致するとは限らない。Cから見れば悪になりうる。)



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・自分自身の『意見』を形成し

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ーーーーーーーーーーーーーーーー

【リンク】前書き

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『考える力』とは?

『私の定義』とは?

私のブログの読み方

ーーーーーーー

 

 

いきなりですが、

これから記事を書くにあたって、

私の定義に”しっくりきた方”を『同観の人』と名付ける事にします。

(同じ世界観の人という意味でもありますし、同じ本質観という意味でもあります。)

 

 

 

早速本題の応用編には入ります。

 

私の定義をご覧になっていただいた際に、しっくりこなかった方のため、

仲間とは?』の定義の応用としての例を出しておきましょう。

 

・趣味仲間 ・地元仲間 ・共闘仲間 ・職場仲間 

 

このように様々な形の”仲間”が存在します。

 

全てある目的のため、協力する関係にある。というのが私の定義です。

 

 

この定義を使っていくと、世の中の言葉について、

どんな意味合いで使われているのか、

私の世界観、本質観から見ていくと、このように捉える事ができます。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

①戦友って?

 

解釈

 一緒に戦った仲=敵を倒すという同じ目的を持ち、協力し合った人物

 つまり、私の定義では、【『戦友』=『仲間の一例』】という解釈になる。

 

 

 

②困った時に助け合うのが本当の友達?

 

解釈

 これは、私の定義では『仲間』であって、『友達』ではない。

 『人生を善く生きる等・・他 のため、協力しあう。』地元仲間のようなものだろうか。

 

 

③友達なんかいらないって  引用:タモリ(名言)

 

解釈

 タモリさんの言うところの友達は知らないが、

 この言葉に対する私の解釈は 

 『利害関係(友情)の繋がりはいらない、真の友がいればいい』と取る事ができるし、

 『利害関係の繋がりはいらない、ただの利害関係にとらわれるな』ととる事もできる。

 いずれにしろ、名言であるから文が少なく、言葉たらずとも言える。

 

 

④友達とは、遠慮せず相手の過ちを指摘できる人。引用:ー

 

解釈

⒈本音を言い合える価値 

⒉相手を正しい方向に修正できる価値  のある人を友達と捉えているようだ。

それは私の定義で言えば、

本音を言い合える存在として相手に価値を感じているだけの、

『友達の一例にすぎない。』よって、この人は私から見れば、本質観の違う人である。

 

⑤人々は悲しみを分かち合ってくれる友達さえいれば、悲しみを和らげられる

引用:シェイクスピア

 

解釈

悲しみはわけあう事ができる。 という新たな懐疑が出てくるが、

悲しみを分け合える友情価値があるという事は、内面の価値であるだろうから、

”本当の友達”の場合だろうとも言える。

 

⑥友人はあなたのためでなく、自分の利益のために忠告する。 引用:トルコ諺

忠告して友人を止めるパターンには色々ある

①道を踏み外していると思うから、そこから救おうと忠告するパターン

 (つまり、仲間 兼 友人である場合)

②遠くにいってしまう気がする、または置いていかれる気がするパターン

 (友人の場合)

・・

 

確かに、どちらも自分のためだ。

悪い方に向かう友人を止めるのは、友人のためになるかは結果論である。

しかし止めないと自分が許せないのだろう。自分のためという事になる

遠くに行くから止めるというのは足を引っ張ろうとする者の典型である。

もちろんこれも、自分のためという事になる。

 

確定的ではないが・・

『忠告』という行為は

”相手のために行う事は人情的に少ない”という諺なのだろう。

というような解釈

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

以上で今回の応用編を終える事にします。

 

 

 

 

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