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2005年07月14日 19時28分10秒

『時代はブログる!』目次

テーマ:目次

第1章 ブログの何がすごいのか?


1 ホームページを持たないヤフープロデューサー


2 ブログなら自分ひとりで情報発信できる


3 いきなり4つのブログを立ち上げる


4 ブログ中毒で家庭崩壊!?


5 誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話


6 家庭でもない、会社でもない、自分主催のサロン



第2章 あなたが「ブログる!」理由


1 暮らしの中に自分が主役の舞台がありますか?

2 友達のできない子供はブログを持とう


3 ニートの若者はブログを持とう


4 負け犬女性はブログを持とう


5 会社人間はブログを持とう


6 年金生活者はブログを持とう


7 ブログサービス運営者5人が語る「これがブログの魅力」



第3章 巨匠に聞く人気コンテンツの作り方


1 「俺はこれがやりたい!を徹底的に極めてみる」秋元康さん


2 「あなたの毎日は、実はすごくおもしろい」おちまさとさん


3 「書けば書くほど次のネタが生まれる」中谷彰宏さん


4 「ブログを書いて脳を鍛えよう」和田秀樹さん


5 「年収300万円時代のネット副業とブログ」森永卓郎さん


6 巨匠ではないけれど、僕が考えるブログのヒント



第4章 次のヒット作品は、あなたのブログ


1 調査数字が証明する活字離れのウソ


2 『電車男』がヒットするまで


3 ブロガーから作家をつくる出版社  


4 『実録鬼嫁日記』出版交渉同行記


5 作家山川健一からブロガーへの招待状



第5章 ブログは21世紀のメディアになれるのか?


1 ブログで起きたある衝突事故


2 「情報発信における個人と組織の問題」共同通信社小池新編集委員


3 「僕が考えるメディアのあるべき姿」ライブドア堀江貴文社長


4 「ネットメディアの限界と可能性」木村剛KFi代表


5 「ブログとの連携から生まれる新しい報道」ジャーナリスト木村太郎さん


6 ブログは「たかが選手」発言が通じない時代の新メディア



第6章  広告の未来とブログ


1 1998年、カンヌで僕はネット広告に出会った


2 インパクト広告から関係構築型広告へ


3 テレビがまだまだ、インターネットよりも優れている点


4 全チャンネル全番組録画時代のテレビコマーシャル


5 カツラメーカーがスポンサーなのに番組内で「ハゲ!」は意図的?


6 「意見広告なら新聞全国紙」は今後も続くか


7 発行部数の少ない雑誌『LEON』が元気な理由


8 広告で大稼ぎするブロガーが出現する



さいごに 

自分メディアが日本を元気にする。



参考文献 



著者略歴

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2005年07月14日 19時11分11秒

1-1 ホームページを持たないヤフープロデューサー

テーマ:第1章 ブログの何がすごいのか?

ブログの話をする前に、まずブログ登場以前の時代に、個人がホームページを持つことがどんなに手間のかかることだったか、僕自身の体験から説明します。


2000年1月1日付で日本最大のインターネットポータルサイトを運営するヤフー 株式会社に入社した僕は、その前日の1999年12月31日付で約8年間勤務した博報堂 を退職していました。大学卒業後ずっと生業としてきたテレビコマーシャルの仕事を辞めて、インターネットを職業とする選択をしたのです。


業界が変われば必要とされる知識も変わります。撮影機材のことや映像の合成技術に関する知識はもはや必要とされません。しかし今度はコンピュータのプログラム言語やネットワークに関する知識が求められるのです。30歳を超えてもう一度、新人に戻った気持ちで勉強しなければなりません。そこで予習をかねて、博報堂での有給休暇消化期間だった1999年12月の某日、ホームページというものを作ってみることにしました。


最初は少しばかりの自己紹介と、自分が好きな何冊かの本と、何本かの映画を紹介するサイトから始めて、徐々に手をかけて成長させ、ひょっとしたらとんでもない人気サイトになったりするかも!?という野望というよりむしろ妄想を胸に抱きつつ、マニュアル本片手に冬の午後の約2時間を費やして作業しました。しかし、2時間かけてインターネット上に誕生したホームページらしきものは、「これはすだしんのホームページです」という何のクリエイティビティもない名前と「ヤフージャパンへのリンク」と1行だけ書かれた、到底ウェブサイトとは呼べないような代物だったのです。


「うーむ・・・・」僕は思わず腕を組んでうなってしまいました。この「ホームページ」を育てていって将来的に何か成果があがるとは到底思えませんでした。2時間あれば映画の1本も見ることができますし、本だってそこそこ読めます。人生の貴重な2時間の過ごし方としてはあまりに不毛な方法だと思いました。そして「まぁ、ヤフーで働くようになれば、きっと何とかなるのではないか」と、今回もこれまでの僕を支えてきた「現場に行けば、なんとかなる」という極めて楽観的な人生観が作用したのです。しかし結局ヤフーを超える人気サイトになるはずだった「これはすだしんのホームページです」はその後ただの1度も更新されることのないまま、押入れの中の作りかけのプラモデルのように、僕の意識からは「無かったこと」として消し去られてしまったのでした。


実際、ヤフーに入ってみると何とかなってしまいました。当時のヤフージャパンは社員の数がようやく100人を超えた程度の規模で、全社員の顔と名前を一致させることはそんなに難しいことではありませんでした。業界を超えてやってきた素人に対して、オフィシャルな「研修制度」はゼロでしたが、現場のスタッフが技術的な知識をはじめとするさまざまなフォローをしてくれたので、覚悟していたような努力もなしに、プロデューサーらしき仕事ができるようになっていきました。この背景には社員が少なくまだ家族的な雰囲気が当時のヤフーにはあったのと、もうひとつの大きな理由として、僕が学生時代にアメリカへの交換留学と帰国後にNHK報道局で通訳・翻訳アルバイトをして培った英語力がありました。エンジニアたちから技術的なことを教えてもらうかわりに、彼らがアメリカのヤフーのエンジニアたちと英語でコミュニケーションする際のさまざまな橋渡しをするという、フィフティ・フィフティな関係がつくれたのです。英語の苦手なエンジニアに代わって、アメリカに電話をかけて同時通訳をしたり、技術的なことに関する質問のメールを英語で代筆したりしました。そのバーターとして、プロデューサーとしての僕の業務で必要な技術的なことでは彼らにずいぶん助けてもらいました。CMプランナー時代はあまり使う機会のなかった英語力が、インターネットという未知の環境で僕を救ってくれたのでした。


さらにインターネットユーザーと有名人を結んでつくる新しいタイプのエンターテイメント「ネットライブイベント」の企画を考え、大勢のスタッフの協力を得た結果『ヤフーチャット・ライブイベント』というネット番組を立ち上げることができました。しかも僕は企画だけでなく、自らそのイベントのMC(司会)までやりました。サッカー日本代表だった前園選手 。癒し系女優として人気の井川遥さん 。当時の民主党代表の鳩山由紀夫議員 。映画監督の岩井俊二さん 。『ヤフーチャット・ライブイベント』の初期のキャスティングを含む企画とMCに携われた経験は、僕にとって貴重なものであり、何よりも楽しいものでした。


仕事の場で自分の「モノづくりの欲求」が満たされていたので、とりたてて個人としてホームページをつくりたいという気持ちには正直なりませんでした。もちろん仕事という一定の制約は常に存在する場所以外での情報発信への興味が、ゼロだったわけではありません。ただ記憶から抹殺した「これはすだしんのホームページです」の不毛な2時間を思うと、再びチャレンジしようという気持ちにはなれなかったのです。それよりもプライベートな時間は、本や映画を楽しむために使いたいと思っていました。


当時は、ヤフージャパンのコミュニティ系サービスを担当するプロデューサーとして雑誌や新聞などの取材を受ける機会も多く、そのたびに記者の方から「ところでインターネットのプロである須田さんはプライベートではどんなホームページを運営されているのですか?」と質問されるのではないかと、内心ヒヤヒヤしていました。幸いにしてその恐怖の質問を実際にぶつけられる機会には遭遇せずにすみましたが、そんな情けない恐れを抱えながらも、自分の人生の限られた時間をホームページの更新作業に何時間もつぶしてしまうことはどう考えても嫌だったのです。


このように僕はヤフーという職場にいたからこそ、面倒な技術的手続きを自分ですることなく、会社のリソースを使って情報発信できました。それは、2002年にサイバーエージェントに転職してからも同じでした。僕は常に「企画者」「プランナー」であり、アイデアを実現するには周りの協力が不可欠だったのです。そんな僕ですら、ひとりで企画から最終アウトプットまでできてしまう情報発信ツール、それがこの本の主役であるブログなのです。

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2005年07月14日 19時09分39秒

1-2 ブログなら自分ひとりで情報発信できる

テーマ:第1章 ブログの何がすごいのか?

マスメディアにパイプを持たない一般人が、自分の体験やアイデアなどを広く発表することは、これまで難しいことでした。例えば、テレビや新聞といったマスメディアに自分の書いたものが取り上げられることは、多忙を極めるプロデューサーや編集者に発見されるという幸運がない限り、まずありえないのが現実です。ミニFM放送局を持つことや自費出版などの方法も存在こそするものの、電波法や取次ぎなど、個人には越えるのことの難しい壁が立ちはだかってきました。


1990年代に入ってインターネットが普及しはじめ、個人のホームページがブームになりました。しかし一定の技術的な知識が必要で、一般の個人が誰でも手軽にというわけにはいきませんでした。また作った後にホームページの中の情報を追加したり更新したりする作業の技術的な手続きもまた煩雑で、僕自身もできなかったように、ホームページを作って日々更新する作業を実行できる人は僅かです。また、単にホームページをつくっただけでは、なかなか訪問者を増やすことはできません。広告などのプロモーションを実行する予算を組める企業ならまだしも、個人がお金かけずにアクセスを増やすのは難しいのです。


口の悪い人などは「インターネットとは作ってはみたけれど、その後更新されなくなったホームページの墓場と同義語である」とまで言うくらいです。


そんな中で昨今、誰もが簡単に情報発信できるツールとして注目を浴びているのが、ブログです。


ブログとは、もともとはウェブログと呼ばれていました。ウェブログとは、ウェブ(=インターネット)とログ(=記録)の2語を組み合わせた造語で、直訳すれば「インターネット上に書かれた記録」のことです。


日本では「インターネット上の日記ツール」と言われることが多いのですが、ブログは単なる日記にとどまらない、すべての人を世界に向けて発信する個人放送局にしてしまう程の可能性を秘めたパワフルなツールです。しかもこのツールは、操作が簡単で、メールが書けてインターネットで情報検索をする程度のスキルさえあれば、十分に情報発信ができるのです。これまでのホームページ更新が薪から火をくべて風呂を沸かす作業とするならば、ブログの更新は蛇口をひねってお湯を風呂に溜める程度の作業に過ぎないのです。


これに加えてもう一つのブログの特徴が、トラックバックから生まれるポジティブコミュニケーションにあります。トラックバックとは、他人のブログの記事に、自分のブログの記事へのリンクを表示させる機能のことです。一番のポイントは、他の人の書いた記事に対して、その人のブログではなく、自分のブログ上で、自分が感じたことや考えたことを書くということ。相手ではなく自分の居場所に書くことにより自制が働き、掲示板のような無秩序・無責任な書き込みが起こりづらいのです。なので、著名人のブログなどは、掲示板化する可能性のあるコメントの投稿は受け付けず、トラックバックのみOKというケースが多く見られます。(またコメントであっても、掲示板では自分に対する誹謗中傷などを見つけた場合、掲示板の運営者に削除依頼を出さなければならなかったのですが、自分のブログへのコメントの書き込みは、自らのクリック1つで削除することができます)


trackback


このトラックバック機能によって、これまでネガティブに転びやすいといわれたネットコミュニティにおけるコミュニケーションが、ポジティブに働くケースが出始めています。チャットや掲示板での感情的スパイラルから、トラックバックによるオープンかつ冷静な意見交換へ。ブログから発生するコミュニケーションが、新しい価値を生み出そうとしているのです。


インターネットユーザーを自社に囲い込むためのサービスとして、ブログを提供するポータルサイトやインターネットサービスプロバイダーが、この1年で急速に増えました。また独立系と呼ばれるブログサービス運営会社もかなりの数にのぼります。それらブログサービスの多くが無料でユーザーに提供されています。簡単かつ無料で始められることで、ブログは今、急速に広がり、「ブロガー」と呼ばれるブログを自分で書く人たちが増えているのです。パソコン教室でブログを開設するための講座が登場したり、書店に並ぶブログに関する書籍もかなりの数にのぼっています。


インターネットが登場した当時、これが発展すれば誰もが新聞社・雑誌社になれる、と言った人がいます。しかしホームページの作成と運営は手間がかかりすぎて、忙しい一般の個人には縁遠い存在でした。そこへブログが登場しました。しかも現在のブログはまだテキストと写真などの静止画像が中心ですが、これからは音声ファイルや動画映像ファイルにも対応するようなブログサービスが出てくるでしょう。そうなれば、誰もが「新聞社」だけでなく「放送局」まで作れる時代になるのです。

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2005年07月14日 19時00分10秒

1-3 いきなり4つのブログを立ち上げる

テーマ:第1章 ブログの何がすごいのか?

サイバーエージェントの『アメーバブログ』が2004年の9月にサービスを開始しました。自分の仲間が立ち上げたこの後発のブログサービスを、なんとか盛り上げるために協力したいと思った僕は、同時に4つブログをアメーバブログ内に立ち上げました。


この4つのブログをスタートさせる際に、ブログの文章を書く以外の技術的な作業には10分もかかりませんでした。数年前の「これはすだしんのホームページです」の時とはここが大きく違います。それほどブログというのは、テクニカルな手間がかからないのです。もちろんそれぞれのブログの文章を書く作業は、簡単ではありません。しかしこれまでと違って「コンテンツをどうやってネット上にあげるか」に時間をとられることがなくなり「いかにいいコンテンツを書くか」のみに集中できるようになったのです。これは大きなストレス軽減で、ブログを頻繁に更新することを可能にしました。


では僕がこの時開設した4つのブログを簡単に紹介しましょう。


僕がつくったブログその1「誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話


これは僕が好きな作家のポール・オースターが、この手の話の収集家であり『トゥルー・ストーリーズ』というエッセイ集のタイトルにもしていることに触発されて始めたブログです。僕自身のこれまでの人生の中にも、偶然と呼ぶにはあまりにできすぎの不思議なことがありましたし、他の人の話を集めるなら書籍よりも双方向性のあるブログのほうが向いているのではないかと思ったのです。


僕がつくったブログその2「眠れない夜に眠くなるためのブログ


不眠は現代病とも言われますが、僕も過去に眠れなくて困った時期があります。その悩みをみんなで一緒に考え、眠れなくった時の対処方法を提示していくことで、夜中にアクセスが集中する人気ブログに育てようという企画です。


僕がつくったブログその3「あるアリの物語


このアイデアは『チーズはどこへ消えた?』や『グッドラック』のような大人のための寓話をブログで連載して人気を得てから出版すれば、大ベストセラーになるんじゃないか、という思いからスタートしました。僕は童話を書いたことはありませんが、芥川賞狙いの純文学は無理でも、経済学者が書くくらいの「お話」なら書けるのではないか、という正直かなりナメたイメージを持っていました。


僕がつくったブログその4「異常気象ブログ」(現在は消去されています)


2004年の夏が記録的な猛暑や台風上陸数といった異常気象だったので、これはちゃんと記録しておく価値があると考えました。それと僕は前から「地球にやさしい暮らし方」という言葉に違和感をおぼえていました。地球は、恐竜が絶滅したり、大地震があったり、隕石が衝突したり、過去にもさまざまな変化を経験してきた「タフ」な存在です。今の異常気象だって、人間などの地球上で現在生息する生命体には耐えられないものかもしれませんが、地球にとっては過去にもあった単なる新陳代謝のサイクルのひとつなのではないでしょうか。つまり「地球にやさしい」ではなく、正しくは「人間にやさしい」ライフスタイルを「自分たちのために」送らなければならないところに、僕たち人類は来ている。そんな風に感じていたため、このブログを始めました。


4つのブログは簡単に立ち上がり、日々の更新手続きもシンプル。しかし、肝心の文章を書く作業は、クリックひとつというわけにはいきません。ちゃんとアイデアを考え、それを文章にして、推敲して、ようやく完成するのです。これを4つのブログ全てに対して行うのですから、どれほど大変な作業なのか、ブログをやったことの無い方でも想像してもらえるのではないでしょうか。


これは早晩破綻するかもしれないと当初から思っていたのですが、それでも僕の頑張ろうというモチベーションを支えたものがありました。


それが「ランキング」です。


ランキングとは、アメーバブログの中の全ブログを、訪問者数、更新頻度、コメント数、トラックバック数などの複数の要素から算出した数値によって順位付けしたものです。(著者注:現在はランキングの算出方法が変更になっています。)すべてのブログの中でのランキングと、自分のブログの所属しているジャンル内でのランキングの2つがあります。アメーバブログの中には全部で21のジャンルがあって、例えば「誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話」は「ニュース」ジャンルですし、「眠れない夜に眠くなるためのブログ」は「美容・健康」ジャンルです。


最初はアメーバブログの総ブログ開設数が少なかったので、少々内容が薄くても頻繁に更新をしてちょっと文章に工夫をすれば、ジャンル1位を獲得することもできました。4つすべてはキツイなと思いながらも、ランキングを見れば自分の手がけている4つのブログすべてがランキング上位に来ているのです。このランキングという麻薬に酔わされた僕は、やがてブログにどんどんのめり込んでいったのです。


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2005年07月14日 18時56分17秒

1-4 ブログ中毒で家庭崩壊!?

テーマ:第1章 ブログの何がすごいのか?

4つのブログを立ち上げてまだ間もない2004年9月中旬に僕は夏休みを取得して、妻と二人でインドネシアのバリ島へ出かけました。僕たち夫婦は子供のいないいわゆるDINKSカップルで、日ごろはそれぞれの仕事が忙しくすれ違いがちなので、時折いく海外旅行はバケーションであると同時にお互いの現在位置をきちんと理解しあう貴重な時間でもあります。


ところが今回の旅行へ僕は4つの生まれたばかりのブログを更新するために、ノートパソコン持参で出発しました。インドネシアのホテルの通信環境はあまり良いとはいえない中、日中はプールで泳ぐ妻を横目にパソコンに向かい、夜も妻が寝た後で一人パソコンを立ち上げてブログの更新を続けました。とにかく毎日更新するのだ、ランキング上位をキープするのだ、という思いがバカンス中も僕の頭を独占して、せっかく妻が楽しみにしていた旅行も今思い出すと、ノートPCのキーボードを叩いていた時間のほうが長かったような気がします。もちろんブログばかりやっていたわけじゃなく、買い物にも行ったし、ケチャダンスも見たし、スパトリートメントも受けました。


しかし4つのブログを毎日更新するためには、常にその日のネタをグルグル考えている必要があるので、会話は少々上の空。さらに夜中に長時間パソコンに向かっていたので、昼間は生あくびを連発。という具合に、ブログ更新が中心の旅行になってしまったのは否定できません。


これが新婚旅行だったら成田離婚(死語かな?)になったかもしれませんが、10年近く一緒にやってきて、ひとつの方向に走り出すと周りが完全に見えなくなる僕のバランスの悪さを理解している妻からは、たいして文句も言われずに旅を終えることができました。


しかし、9月はアメーバブログのスタートダッシュの大事な時だ、という勝手な責任感で自分を鼓舞し、帰国後も毎日ブログを更新して、さらにブログのナビゲーションなどの使いにくい部分をアメーバブログのスタッフに連絡したりしました。アメーバブログのスタッフからは、かなり煩い存在だったかもしれません。


月が変わって10月になり、今度は週末を利用して妻の実家に出かける機会がありました。妻の実家は鳥取県の大山のふもとにあり、義父は牛や馬といった大動物専門の獣医をしながら、自分でも小さな牧場を経営しています。今回の帰省にも僕はブログの更新のためにノートパソコン持参で出かけました。ところが妻の実家には、牛はいてもインターネットの接続環境はありません。仕方がないので町の日野町図書館に出かけて、図書館のパソコンからブログにアクセスして更新作業をしました。


二日目の晩に妻の兄の家で鍋パーティをやるから来てくださいという誘いを受けて、僕たち夫婦は米子市内の家へお邪魔しました。僕たちの他に妻の姉夫婦も来ており、にぎやかな集いになるはずでした。しかしこの義兄の家に高速のネット環境が整っていたことが、僕を暴走させてしまいました。せっかくの鍋パーティそっちのけで4つのブログの文章を書いて更新する作業に夢中になってしまったのです。さすがにこの愚行には妻に呆れられてしまいました。(当然です)


羽田空港から自宅へ戻るクルマの中、窓の外を見ている妻からぽつりと「お兄ちゃん、あなたに飲ませるんだって、わざわざ九州に注文までして焼酎を取り寄せてたり、いろいろと準備してくれていたのに・・・・」と言われてようやく我にかえりました。振り返ってみて僕の行為は、失礼であると同時に滑稽で、自分がブログと人生の折り合いのバランスを失ってしまっていることを認めざるを得ませんでした。


東京に戻ってまもなくして、僕は自分の日常を異常にしつつある「異常気象ブログ」、睡眠時間を削って書いていた「眠れない夜のためのブログ」、自分を不幸せにしかねない寓話「あるアリの物語」の3つのブログを休止させました。この3つのブログの休止を境に、僕はブログと実生活の折り合いを、徐々につけることができるようになっていきました。


唯一「誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話」だけは、続けることにしました。このブログが、自分が一番やりたかったアイデアでしたし、受け皿としても一番大きく、休止した気象ネタや睡眠ネタもここで取り上げられることもできます。そして何より、このブログを介しての読者とのコミュニケーションが一番刺激的だったからです。

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2005年07月14日 18時34分25秒

1-5 誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話

テーマ:第1章 ブログの何がすごいのか?

僕が現在も続けているブログ「誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話 」は、次のような第1回の記事 から始まりました。


あまりに偶然すぎて、誰も信じてくれない、だけど本当に起きた話。あなたは遭遇したことがありますか?作家のポール・オースターが、この手の話の収集家であることは有名で、エッセイ集のタイトルにもなっています。


僕も、これまでの人生の中で、偶然と呼ぶにはあまりにできすぎの、不思議なことに出会ったことがあります。このブログでは、私自身と身のまわりの人々が体験した、信じられないような本当の話を、紹介していこうと思います。もちろん、このブログを今読んでくださっている皆さんの人生におきた話も、ぜひ送ってもらえればと思います。たくさんの不思議な話の中から、何か新しい真実が見つかるかもしれません。


まず最初に、僕が体験した不思議な出来事を紹介します。これは正真正銘、ほんとうの話です。


それは、僕が大学3年生の夏休み。友人たちと出かけたドライブの帰りのことです。高田馬場の喫茶店で3時間ほど話をした後に、友人と別れ、神奈川の自宅へ戻るために高速に乗ってまもなく、アイスコーヒーの飲みすぎが原因と思われる激しい尿意に襲われました。


なんとか高速を降りるまで我慢しようと思ったのですが、どうにも耐えられなくなり、路肩に車を止めて用を足しました。車に戻り、エンジンをかけ、ルームミラーで後ろを確認し、ギアをドライブにシフトし、ハンドブレーキを解除して、アクセルを踏んだ瞬間のことです。突然、クルマがエンストをおこし、ストップしてしまいました。


その時、僕が乗っていたのは親の所有する日産ブルーバード2000CCオートマティック。週末にしかハンドルを握らない親に代わって、暇な大学生活のパートナーとして、僕は毎日乗り回していたのですが、それまで発進させようとしてエンストを起こしたことなど、一度もありませんでした。おかしいな、そう思った瞬間です。僕の右側を、黒いポルシェが猛烈なスピードで、駆け抜けていったのです。後方を確認する際は、ルームミラーではなく、必ずサイドミラーで行わなければ死角が発生すると、教習所で習ったのにウッカリしていたのです。もし、クルマがエンストを起こさずそのままスタートしていれば、大事故になっていたかもしれません。僕のハンドルを握る手からは、汗が噴き出し、頭が真っ白になりました。


やがて落ち着きを取り戻した僕は、サイドミラーだけでなく、振り返って目視で後方を確認し、クルマをスタートさせました。今度は、ツインカム・エンジンが軽快に吹き上がっていきました。


その後も、およそ10年、ブルーバードは実家の愛車として活躍し、買い替えの際に下取りされていくまでの間、僕だけなく、家族のだれもそのようなエンストを経験することはありませんでした。唯一のエンスト、それが、僕の命を救ったエンストだったのです。


下取りに引き取られてしまう日の朝、僕はブルーバードで家の近所を一周し、自動車評論家から安っぽいと酷評されたプラスチックの目立つダッシュボードに手を当てて、感謝の気持ちを伝えながら、別れを告げたのでした。


あなたの話を聞かせてください。


あなた自身に、あなたの身の回りにおきた、信じられないような本当の話を、教えてもらえないでしょうか。ご一緒に、摩訶不思議な真実の世界を、旅しようではありませんか。
(以上、「誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話」第1回の記事より)


この第1回の記事に呼応して、ある読者の体験談 が寄せられました。


私も似たような体験があります。高校生の時、学校から帰ってきたら、自転車のサドルが一番下まで下がっていました。一瞬「はぁ?」って思ったんですけど、元の高さに合わせてそのまま乗って帰ったんです。ちゃんとネジは締めたはずなんですけど乗っている途中にまだサドルが下がってきたんです!すごく不恰好な乗り方になっちゃったんですが、面倒だったのでそのまま乗っていました。いつも通っている下り坂をスピードを出して下っていると、何かが髪の毛に当たりました。針金でした。誰かのいたずらか、たまたまか、黒い針金が道をさえぎるように渡してあったのです!もしサドルがいつもの位置だったら、首が・・・。かなり怖い経験でしたが、いまだになぜサドルが下がったのかは分かりません。友人、家族、みんなに話しても「たまたまじゃん?」で終わってしまいます。でも私は「たまたま」じゃないと思っています。みんな聞いてくれませんでしたが、こちらにいいブログがあったので、投稿させて頂きました。
(以上、読者の方が寄せてくれた体験談)


意外な展開に僕自身、すごく驚きました。


このつながっていく感じこそが、ブログなんだと思いました。


また別の時に、僕はこんな記事 を書きました。


「そういう運命だったんだよ」「それが定めというものさ」なんて、誰かに軽く言われると、ムッとしちゃいますが、時々、「これって、ずっと前から、こうなるようにあらかじめ決まってたのかな?」と思うようなことってありませんか?


そう思うからといって、別に「じゃあ努力なんて全部無駄じゃん」というわけではなく、自分が頑張ることまでが「既にそう行動するようになっている」と感じる不思議な感覚です。


ちょっと話がそれますが、ある経営者が、社員候補の面接で必ず聞く質問が「あなたは自分のことを運がいいと思いますか?」だそうです。なんとなく、わかる気がします。自分は運がいい、と思える集団のほうが、その逆にくらべてビジネスもうまくいきそうに思いませんか?
(以上「誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話」9月17日の記事より)


その翌日、僕は前日の自分の記事から生じたある疑問をそのままブログに書きました


昨日の話の続きになりますが、あの記事を書いた後で、昔見た映画を思い出しました。タイトルを覚えていないのですが、ポール・ニューマン主演の映画です。


ポール・ニューマン演じる主人公は、貧しいボクサー。だけど彼の口癖は「空の上の誰か(すなわち神のこと)は、俺がお気に入りなのさ」。


いろいろな苦難があるのですが、この口癖とともに、チャンピオンへの階段を・・・・。という話です。
題名をご存知の方、教えてください~

(以上「誰も信じてくれない、本当にあった不思議な話」9月18日の記事より)


翌日には、読者のwatさんから答えが届きました。


『傷だらけの栄光』ですね。1956年度の作品です。(wat)


こうして僕は自分の感じた疑問を、ブログに書くことによって解決したわけです。もちろんヤフーやグーグルの検索をうまく使えば同じ答えを得ることもできます。ですから疑問が解消したこと自体には、それほど価値はないかもしれません。


しかし「会ったこともない、しかし確実に存在して生活を営んでいる誰かに、自分のブログというバーチャルな場で、助けられ、教えてもらった」という感覚は、ヤフーやグーグルの検索では得られないものです。こうした「誰かとつながる」経験を通じて、僕は「ブログってホントにおもしろいな」と思うようになりました。この時感じたおもしろさが、今も僕が毎日せっせとブログを更新する理由のひとつです。


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2005年07月14日 18時32分32秒

1-6 家庭でもない、会社でもない、自分主催のサロン

テーマ:第1章 ブログの何がすごいのか?

ブログを持つことは、自分主催のサロンを持つことに近いと言えます。大勢の人が足を運んでくれて、いろんなことをディスカッションできるサロンです。時には人のトラックバックやコメントがグサっと心に刺さって傷つくこともありますが、逆に勇気づけられることも多くあります。インターネット上なのでお茶の一杯も出すことはできませんが、それがかえって気楽でいいのかもしれません。


家庭や、会社、学校に自分の居場所がない、と感じる人が現代社会には多くいます。しかし不満ばかり言っていても事態は変わりません。だったら、新たな自分の居場所としてのサロンを開いてみませんか。


それがブログです。


ただしネット上の居場所とは言っても、誰も来る人のいない完全に自分ひとりの閉じたものではだめです。それでは、いつのまにか自分自身の足までも遠のいてしまいます。やはり人間はコミュニケーションがないと生きていけない生物なのです。だからドアの閉じた個室ではなく、あなたの部屋でありながら他の人も立ち寄ることのできるサロンであることが大切なのです。


ブログを書いていろんな人と意見交換すると、自分が固執していた価値観が必ずしも絶対的なものじゃないと気づかせてくれることがあります。すると不思議なことに「くだらない連中だ」とか「自分とは相容れない人間だ」と決め付けていた周囲の人たちがなんだか急にいとおしく思えてくるのです。


そんな周りの人たちに自分のブログを紹介してみます。


実は彼らだって心の中であなたのことを「つまらない人間だ」と思っていたのが、あなたの日常や内面に触れることで、新鮮な発見をして驚くのです。その人が自分で書いた文章は嘘をつかないし、読めばその日のバイオリズムや気分までがすべてさらけ出されてしまいます。それって最初は怖いことかもしれませんが、ちょっと頑張って続けると新しい扉が開かれます。


またブログを書いていると、同じ時代を生きている同士感というか、不思議な連帯感のようなものを感じることがあります。例えば「こんなこと考えてるの俺一人だろうな」ということを書くと、思いのほか反応があります。逆にテレビや雑誌で読んだ内容のようなことをそのまま書いた時には反応が薄かったりします。


それはブログを読む側にまわった時のことを思い出すとよく理解できることです。ブログには書き手の素顔が出やすい。思いや感情を、毎日そのまま書くことで、整理されていないがゆえの細かな感情の揺れが読み手にも見えるし、そこにものすごくリアリティがあるのです。


「ああ、なんかこういう感じ、すごくわかるな」と共感しやすいのです。


自分のブログに対して「私もあなたの考え方に似ているような気がします」と言われてその人のブログに行くと、たしかに感性というか、世の中への視線が近いように感じることがあります。


「そうか、こんな風に考えているのは俺一人じゃないんだな」と思うとなんだか気が楽になります。会ったこともない相手にブログを介して親しい気持ちになる。それは同じ電車に乗り合わせて、同じ夕陽を見ながら「このお菓子、おひとついかがですか」と誘われたようないい気持ちに似ています。昨今の満員電車の、腕が当たったの当たらないので殴り合いが始まるような殺伐とした雰囲気とは異なる車内です。家族や会社、学校がコミュニティとしての機能を急速に失いつつある今、ブログが精神の救いの場を担うのかもしれません。


文学作品に魂が救われる時代があったように、ブログに救われる時代がすぐそこまで来ています。

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2005年07月14日 18時28分59秒

2-1 暮らしの中に自分が主役の舞台がありますか?

テーマ:第2章 あなたがブログる理由

引きこもりと言われる若者がいます。


会社にリストラされてうつ病になる中高年がいます。


濡れ落ち葉と呼ばれるお年寄りがいます。


本屋には、幸せ探しの本が溢れています。


いつからこうなってしまったのでしょうか。


もちろんそこには、ひとつに括れない、いろんな理由があるのでしょう。


ただ現代の日本では、なかなか自分が主役という実感が持ちにくいのは事実なのではないでしょうか。


かつて、家族のため、会社のため、国の復興のため、頑張ることがイコール自分のため、と信じることができた時代がありました。そこではみんなが使命感と同時に、自分が主役であると、心底信じることができたにちがいない。


しかし今や、家族のため、会社のため、と思っていても、突然、会社からリストラされてしまったり、家族がバラバラになってしまったり、といった事態が、そこかしこで日常茶飯事のごとく発生しています。


上司に叱られ、家族に無視され、自分の人生なのに自分が主役の気がしない。なんだか自分がひどくつまらない人間に思えてくる。


だけど、待ってください。


あなたは、本当につまらない人なのでしょうか?


これまではきちんと発表する機会がなかっただけで、何も語るべきものがないわけじゃない。


いろんな経験や、ユニークな視点、アイデアだってある。


努力して成功したこともある。


迷ったこともある。


人に言えないような失敗をしてしまったこともある。


日本経済新聞社から『私の履歴書』の執筆依頼が来ないからといって、語るべきものがあなたの中にないわけではない。あれも、これも、いろいろあるはずです。


そんなありのままを、外に向かって表現してみましょう。


あなたに共感してくれる人が必ずいます。


あなたから発信される次の「ニュース」を心待ちにする人たちが出現します。


それは、すごく楽しいことです。


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2005年07月14日 18時25分44秒

2-2 友達のできない子供はブログを持とう

テーマ:第2章 あなたがブログる理由

大人になって振り返ると学校って、とても狭い社会だったなと思います。だけど自分がその中にいる時って、その外にある社会の存在に気づくのは難しい。


学校がすべてになっちゃうから。


たまたま今いる学校の中で、友達がいなかったり、友達はいても自分が思っている本当のことを言えなくて悩んでる子には、ブログを持つことをすすめます。


気のあう同年代なんていない、と決めつけてしまう前に、ブログに書いてみる。先生のこと、部活のこと、進学のこと、好きな人のこと、じゃんじゃん書いてみる。


ただし自分も含めて、個人が特定できるような情報には注意しながら書くようにする。ブログは便利な道具だけど、悪用しようという悪い奴も世の中にはいるから注意が必要なのです。


ブログに書いたことに対して、やがて日本中の、いや世界中のブロガーから、反応が返ってくるかもしれない。同じ悩みを抱えている同年代のブロガーもきっと見つかる。かつて同じような悩みをもった大人からも、いろんな声が集まってくる。


なんだ世間は広いじゃないか、と実感することができるはずです。すると逆に、自分の近くのクラスメイトや先生、親との関係も楽になったりするものです。


明るい話題だけではないかもしれません。


ドラッグ。援助交際。いじめ。両親の離婚。


ひとりで抱えちゃうには、かなりヘビーなことが、今の学校生活の周りにはいっぱいあります。


それを誰にも言わず自分の中に押し込めておくのは、すごくツライこと。


書くことですこし楽になるし、誰かが聞いてくれることで、もっと楽になる。


僕は大阪に暮らしていた小学校1年生から2年生にかけて日記をつけていました。どういうきっかけで始めたのか、正直記憶がはっきりしません。ただ、憶えているのは、毎日必ず日記を書いて、竹井先生という担任のおばあちゃん先生に提出して、コメントをもらっていた事です。


ある時実家の部屋の整理をしていたら、その日記帳が出てきました。僕は掃除をすっかり忘れて読みふけりました。小学校低学年時の日記なのに書いている内容はもちろん、文章のリズムまで、今とあんまり変わっていません。


老眼でメガネをかけている竹井先生にイジワルをしようとして、わざと細かい字で書いた日のことは、よく憶えています。コメントに「今日は小さな字ですね」と書かれていて、それを読んだときすごく後悔したことも。当時の自分の性格や行動のすべてが、そこに残っています。


なぜ始めたのかもわからないものが2年近くも続いたのは、読んでくれる人がいたからでしょう。東京へ引越して読んでくれる人がいなくなったので、僕は日記をやめてしまいました。しかし、今またブログという場を得ました。


今回は大勢の読者がいます。今度引越したとしても、インターネットでつながっているので大切な読者を失うことはありません。


それと、ブログを毎日書くと、作文がうまくなります。知らない漢字や表現方法を使いこなせるようになります。それは人とコミュニケーションする楽しさをおぼえると、もっとうまくコミュニケーションしたいという欲が出てくるからです。


自分の感じたことをピッタリの言葉で表現するために、自分の中の表現方法習得レーダーが動き出します。人のブログを見て、「あ、この表現うまいなぁ」とわかるようになります。


退屈に思えた国語の授業に出てくる文豪の作品に「スゲェなあ」と、プロ野球選手の投げるボールを見たときのように感動できるようになります。


まずは難しく考えすぎないで、キャッチボールをするくらいの軽い気持ちから始めてみませんか。

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2005年07月14日 18時22分07秒

2-3 ニートの若者はブログを持とう

テーマ:第2章 あなたがブログる理由

ニートの人たちって、いろいろ考えている人だと思います。いっぱい、いろんなことを考えるから、逆に動けなくなっちゃう。


だったら、今思っていることを、ブログに書いてみることから始めるのはどうでしょう。きっと頭の中が整理されます。絶対にゆずれないと思えていたことに、そんなに縛られなくなります。ブログは自分の中のものを外に出して気楽になるためのいいツールでもあるからです。


だけど、何回か書くときっとネタにつまるでしょう。頭の中で考えていることって、意外とすぐに空になっちゃうからです。そうなったら、ネタ探しと称して、外に出てみましょう。


最初はサイバースペース上の他の場所へ。


そして少しずつ、リアルワールド上の場所へ。


就職情報誌を買ったり、ハローワークへ行ったり、面接を受けたり、何かのきっかけをつかんでとにかく行動してみましょう。だけど忘れてはいけないのは、それはあくまでもブログのネタ探しだということ。


だから別に自分の一番やりたい仕事じゃなくたって構わないのです。履歴書がなかなか書けなかったり、自分の写真うつりの悪さに呆れたら、それをブログのネタにすればいい。面接に落ちたって、ブログのネタがまたひとつ増えたと思えばいい。


いざ内定を獲得して会社に入ると、鬼のように厳しい上司や、ヘンな同僚に会うかもしれません。これまでの君なら「あー、嫌だなぁ。この職場も長くないかもなぁ」と思ったかもしれません。でも、ブログを持っている今は違います。


「オイシイ。この人、ネタになる」


テレビの潜入取材番組と同じです。すべては自分のブログのための潜入取材だと思えばいいのです。


もちろん、労働契約上の守秘義務や個人情報保護法に抵触するようなことは書いてはダメ。ブログで獄中生活を書くのは、ネタとしてはかなりの上級者向けですから。それに近頃のアメリカでは逮捕されないまでも、ブログに会社の業務内容に関わることを書いて解雇されたケースも出ているようなので、日本でも注意が必要です。もちろん変わった行動をする上司の観察日記だったら大丈夫。


「そんなヘンな上司の下で働く君に同情するよ。だけど僕のところの上司も、すごくてさ」なんてコメントやトラックバックに救われるでしょう。


コツは、まわりの人の「おかしなところ」と同時に無理にでも「100万歩譲れば、好きなところ、いいところ」を書くこと。どんな大変な時にも、ユーモアのセンスがあれば、まわりの共感も得られるし、自分も楽しいですから。


悪意に満ちた文章は、そのネガティブな力が、いつの間にか自分にも降りかかってきてしまいます。ブログというフォースをうまく使えばいろんな可能性が広がるけど、『スター・ウォーズ』が教えてくれるように、ダークサイドに落ちないように注意しましょう。


「えー、この会社、ラジオ体操あるの!?」なんて思ったときも、さっそく、ラジオ体操第1なのか第2なのか、はたまた社長が考案したオリジナル体操なのか、あなたのブログの読者はきっと知りたいはずです。


ネタは、君の部屋の外に転がっています。


ブログのネタ探しに、社会へ出てみてはどうでしょうか。

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