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2016年06月30日(木) 05時28分22秒

shin-1さんの日記

テーマ:人間牧場

〇崖崩れ

 わが家の敷地ではありませんが、わが家の敷地に隣接したほんの1m離れた所に、かなり高い断崖絶壁があります。田圃に水を引いていた昔は、そこが滝になって水が落ちていましたが、田圃を作らなくなってからは、枯れ滝状態になって雑木が生い茂っていました。水が来なくなると石を食んでいた木根も枯れて、最近大きな石が時々落ちていました。最近になって人間の頭ほどもある石が落ちるようになり、下を通る通行人が危ないことから、市役所にお願して落石防止策を講じてもらうよう陳情しましたが、町全体が地すべり地帯のような所なので、余り色よい返事は返ってきませんでした。



(落石防止柵で止まった崖崩れ)

(落石防止策裏の崖崩れ現場)

(わが家の裏の清水も水かさが増しています)


 それでもこの道を時々近所の保育所の子どもたちが散歩したり、小学生が走ったりするものですから、粘り強く陳情した結果、ほんの最近路側に穴を掘ってH鋼を立て、ガードレールの切れ端を並べて溶接した、立派な落石防止柵が出来上がりました。近所の人たちも市役所支所の温かい対応に感謝して、時々落石の様子を伺っていました。ところが一昨日の午後5時半頃、落石防止柵前の人が突然「ド~ン」という音を聞いたそうで、何事かと雨の中を外に出てみると、落石防止柵の向うの崖が崩れ、沢山の土砂が木々とともに落ちていました。見たその人はビックリして、余りの凄さに「血の気が引いた」そうでした。


 今にして思えば、落石防止柵がなければ完全に道を塞いで通行不能になったばかりか、人が巻き込まれたかも知れないと思うと、よくぞ落石防止柵を作ってもらったと感謝しきりでした。落石の痕跡を見上げると、まだ崖肌がむき出しになっていて、昨日のような大雨が降ると、さらに崖崩れが続きそうで、私のウォーキングコースでもあるので、注意をして歩かなければなりません。年中水が流れて渇水時期でも枯れない、わが家の裏の清水水場も、このところの雨でかなり水かさが増し、勢いよく流れています。その水を下流に流す水路も大雨情報が出る度に、詰まらないよう掃除をしていますが、天災は忘れた頃にやって来ます。しっかりと家を守って行きたいと、崖崩れの現場を見ながら思いました。


  「わが敷地 隣接崖で 崖崩れ 落石防止 柵が幸い」

  「人・人家 何事もなく ホッとする この時期ビクビク 早く梅雨明け」

  「裏山の 清水水かさ 増し流れ 天の恵みも 多過ぎ困る」

  「長靴と 合羽玄関 用意して いつでも対応 できるようにと」

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2016年06月29日(水) 03時51分26秒

shin-1さんの日記

テーマ:人間牧場

〇山梨県からのお客さん

 数日前、「野田ですがお久しぶりです。近々四国へ行くのでお会いしたいのですが・・・」と一本の電話がかかってきました。失礼ながらとっさに、「はて、どこの野田さんだったっけ?」と会話しながら自分の記憶装置をフル回転させました。会話の端々にヒントを見つけ野田さんが山梨県の観光部長さんであったことまでは辿り着きましたが、出会いの場がどこだったかまでは結局分らぬまま、「6月28日18時30分にふたみシーサイド公園で出会う」約束をしました。会話に出てきた「自慢の夕日も見たいので・・・」については、「梅雨の時期なのでどうでしょうか?」と伝えていましたが、昨日は案の定心配していた通り、朝から一日中かなり強い雨が降っていました。



(魚吉にて野田金男さんと)

(野田さんが持参してくれた当時の新聞スクラップ)


 約束より少し早い夕方午後6時ころ、シーサイド公園に出かけましたが、雨の影響で120台止めれる駐車場には1台しか車が止まっていませんでした。シーサイド公園には東と西の2ヶ所に駐車場があるので、教えてもらっていた携帯番号に電話を入れると、案の定東駐車場に到着してトイレ休憩をしていたようで、早速西駐車場まで移動してもらい出会いが叶いました。野田さんはかなり大柄な人で、「お久しぶりです」とお互いあいさつを交わしながらも、顔と出会いの場がついには一致しませんでした。「夕食をご一緒に」と言うことだったので、私の車の助手席に乗ってもらい、4キロほど下った料理屋「魚吉」に出かけました。


 運よくお店は開いていて、相談して「釜飯定食」を注文し、会話をつなぐと野田さんは新聞のスクラップをプリントした一枚の紙を取り出しました。その紙には「沈む夕日で町おこし」「観光カリスマが講演」「愛媛・双海の若松さん」などの見出しが並び、野田さんが書いたと思われる「(17・1・17付朝日)」を見て12年前の記憶にやっと辿り着いたというお粗末さでした。そういえば私がまだ教育長在任中の平成17年に山梨学院大学のメモリアルホールで講演し、その後野田さんも私と一緒にパネリストとなって壇上に上がりました。企画した夢甲斐塾二期生の長谷川正一郎さんの顔も思い出しながら、懐かしく当時を振り返りました。


 野田さんも既に県庁を退職していて、私と同じように退職後大学で講義をしたりしたようですが、今はやまなし観光推進機構の顧問をしているとのことでした。野田さんは観光に造詣が深いため3日前に四国入りし、レンタカーを借りて武田勝頼ゆかりの仁淀川町や大歩危、カズラ橋、善通寺、金毘羅、今治城、今治JA直売所などを既に見学していて、今日はご縁の深い愛媛県の副知事さんと出会いを重ねたり、大洲城や道後温泉、石手寺などを見て回るようで、手持ちのタブレットにはその模様をリアルに収めていました。共通の友人である山梨県清里の舩木さんにも電話を入れ、野田さんとの出会いを報告しました。昨晩は楽しい出会いと語らいでした。


  「12年 前に出会った 人ゆえに 記憶の糸を 苦労しながら」

  「12年 前の新聞 スクラップ よくぞ保存と 感心しきり」

  「12年 お互い同じ 道歩む これから先も 忘れ得ぬ人」

  「12年 私も少しは 成長を したと思うが 人から見れば」

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2016年06月28日(火) 06時03分50秒

shin-1さんの日記

テーマ:人間牧場

〇の~んびり一日

 一週間続いたハードなスケジュールを無事こなし、昨日は久しぶりに自宅でのんびり過ごしました。午前中は貴重な梅雨の晴れ間を利用して、家庭菜園の青豆周辺に生えている雑草を取ったり、急な思いつきで人間牧場まで足を伸ばし、野鳥の餌食になりつつあるスモモを、20kgほど収穫しました。こんなに収穫しても食べきれないので、帰りにじゃこ天のお店や近くの保育所、親類などにお裾分けして大層喜ばれました。


(初収穫の松山長ナス)

(有害鳥獣の難を逃れたトウモロコシ)

(茹でたトウモロコシ)


 帰宅して昼食を取るころになると、早くも足の早い雨がポツポツ降り始めたので、急いでトマト、キューリ、トウモロコシ、ナスなどの夏野菜を菜園から収穫しました。特にナスは順調に育っていて、松山長ナスという品種そのままに、綺麗な紫色のナスが沢山実をつけ始めていますが、今年初収穫です。ナスは炊いて良し、油で揚げて良し、焼いて良し、漬物で良しと万能野菜のため、これからは食卓の主役になるものと期待していて、妻は早速天ぷらにして食べさせてくれました。


 トウモロコシも今年はビニールハウスで苗を立てて定植したため、順調に育って美味しい味を楽しんでいますが、先日からの長雨で倒伏してしまい、それを狙ったハクビシンやカラスの餌食となっていますが、まだかなり残っているので、昨日も餌食になる前に収穫して娘や若嫁家族にお裾分けしてやりました。最近は野菜を「作る」ことよりも、残念ながら有害鳥獣に食べられないよう、「守る」ことの方に心血を注がなければなりません。これも仕方のないことと諦めていますが・・・。


 夕方長靴を履き、傘を差して散歩に出かけました。雨が降っても毎日一万歩を目指す私の健康法なのです。帰る途中双海中学校の前を通りました。学校の灯りを見て、急な思いつきで学校の玄関に入り、前日わが家で開いた愛大共創クリエイトプログラムの折、中学校の駐車場をお借りしていたので、お礼に校長先生を訪ねました。運よく校長先生がいて、案内された校長室でお茶をいただきながらお話をしました。校長先生は「努力と継続」、私は「凡事徹底」についてお互いの考えを短い時間ながら述べ合いました。


 丁寧にも校長先生に玄関先まで送ってもらった帰り際、2階の窓から女子中学生が身を乗り出して、「若松さ~ん」と大きな声をかけてくれました。柆野の長谷波さんでした。長谷波さんはこの町に移住して来た子で、子ども体験塾へも参加した家族ぐるみの顔見知りです。吹奏楽部の部屋から他の女の子も帰り際「進ちゃ~ん」と窓からみんなが手を振ってくれました。嬉しい嬉しい夕暮れ時のひとコマでした。


  「久方に のんびり過ごし あれやこれ 思いつくまま 意の向くままに」

  「初なりの 長ナスチョキン ハサミ入れ 妻に渡して 天ぷら食卓」

  「傘差して 長靴履いて ウォーキング 昨日も一万 携帯記録」

  「『若松さ~ん』 窓から元気な 声がする 外は雨だが 心晴ればれ」 

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2016年06月27日(月) 03時51分32秒

shin-1さんの日記

テーマ:人間牧場

〇愛媛大学社会共創クリエイター育成プログラム2日目

 昨日は久しぶりの梅雨の晴れ間でした。愛媛大学共創クリエイター育成プログラムの2日目は、何と会場を人間牧場からわが家に移しての講義です。参加者は前もってお願いしていた、双海中学校の駐車場に車を止め、午前9時に歩いてわが家へやって来ました。この日のテーマが「伊予灘の漁業」なので、まず海の資料館「海舟館」に案内しました。30人近くの人が一度に入るのは少々窮屈でしたが、「海舟館」の吐き出し窓からも入ってもらい、何とか収まりました。「海舟館」第一展示室に展示している伊予灘の海から引き上げたナウマン象の化石やクジラの骨、魚雷のエンジンや紫電改の機関砲など、滅多に見られない展示物を説明する度に、見学者は感心するばかりでした。










 第2展示場には96歳で昨年のこの頃亡くなった親父が、存命中に手づくりした和船の模型が沢山展示しています。これも初めての見学者には驚きの展示品で、漁船の模型毎に活躍した年代、漁業方法などを説明しました。特にイワシを獲った二隻巾着まき網は、すぐ上の本尊山に魚見櫓もあっただけに、江戸時代から続く珍しい共栄網の一口株主制度や、坂の集落小網の煮干し製造から今日の共同加工場に至る変遷については、かなり詳しくリアルに話しました。私設公民館煙会所や東屋を見学した一行は、親父の使っていた隠居家へ入りました。居間と座敷を仕切っている2枚の襖を外して一部屋にして、講義が出来るよう妻と二人であらかじめ用意していたので、両部屋に分かれて座ってもらい、早速「伊予灘の漁業」について午前中の持ち時間を使ってたっぷりお話をしました。


 講義1では、〇2つの被災の違いが意味するものと題して何を食べてきたか、何を食べて生きるかについて問題を提起しました。続いて講義2では、用意した資料に基づき〇魚つき保安林、〇森は海の恋人、〇鯛の話、〇鱧の話、〇鰆の話、〇鰯の話、〇じゃこ天の話を中心に講義しました。これらの講義はこれまで余りやらない未知の分野でしたが、伊予灘の漁業を体系的に話せる人も殆どいないことから、暇を見つけて資料の収集や研究を重ねて、ライフワークの新たな分野にするのも、昨日の講義への反応の良さもあって、悪くはないなと思いました。その後2日間の講義を聴いた感想を総括して、少しの時間みんなと議論しましたが、いい反応だったように思います。午後は道の駅のじゃこ天のお店で、松本洋子さんの指導で実習を行いましたが、私は松山市まちづくり協議会のパワーアップ大会に出席するため、昼飯を食べる間もなく会場である松山大学へ駆けつけ、まったく別人のような顔をして、讃岐先生、前田先生と壇上に並び、助言をして長かった2日間を締めくくりました。


  「わが家にて 2日目講義 引き受ける 海舟館の 展示も説明」

  「珍しい 海舟館の 展示見て みんな一応 驚く顔で」

  「伊予灘の 漁業について あれこれと 思いつくまま 3時間コース」

  「喋り過ぎ 少々喉が 痛くなる それもそのはず 2日も延々」

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2016年06月26日(日) 03時47分02秒

shin-1さんの日記

テーマ:人間牧場

〇愛媛大学社会共創クリエイター育成プログラム

 昨日は朝から一日中雨でした。それでも愛媛大学の社会人学生が30人、人間牧場へ来るというので朝早くから、妻の作ってくれた弁当持参で人間牧場へ出かけました。午前9時に下灘コミュニティセンターに集合し、人間牧場へ学生がやって来るまでに、会場となる水平線の家の板間に掃除機をかけたり、トイレの掃除をしたり、押入れにしまっている座布団を出したりして、講義の準備を念入りにしました。








 担当の笠松先生は毎年のように人間牧場へ来ているので、多分学生の案内は迷わずに出来るだろうと、多少不安を感じながら待ちましたが、有難いことに余り時間に遅れることもなく、降り出した雨の中を、全員元気に到着しました。早速私の講義が始まりましたが、午前9時30分から昼食を挟んで午後4時までと、私に与えられた講義の時間はとてつもなく長く、笠松先生にお願してプリントアウトしてもらったスライドショーレジメに沿って、高知県馬路村産魚梁瀬杉の切り株演題に腰掛けて喋り続けました。


 学生たちは板間に座布団を敷いて座って聞く、文字通りの座学なので少々身体に堪える体勢でしたが、皆さん終始熱心に私の講義を聴いてくれました。延べ6時間30分間、喋り続ける私も一苦労でしたが、喉の痛みもなく何とか無事講義を終えることができました。一行は昨晩町内の公共宿泊施設「潮風ふれあいの館」に一泊し、今朝9時わが家へやって来て、親父の隠居を会場に午前中3時間、海の資料館「海舟館」や私設公民館「煙会所」を見学したり、伊予灘の漁業」について私の講義を聴く予定です。


 手持ちのタブレット端末内蔵の気象クラウドデーターによると、今日は一日中天気マークのようです。幸いなことに昨日の夕方は雨も上がって、多分宿泊した潮風ふれあいの館から、日本一の綺麗な夕日を見ることができたのではないかと思います。今朝はこれから30人分の座布団を用意したりして講義の準備をします。今日は講義が終れば午後から、松山市まちづくりパワーアップセミナへ、アドバイザーとして出席せねばならず、忙しい一日となりそうです。


  「雨の中 社会人学生 30人 人間牧場 使って講義」

  「6時間 半も1人が 延々と 集中講義 骨が折れるわ」

  「座学ゆえ 多少お疲れ モードです それでもみんな やる気満々」

  「さあ今日も わが家の隠居 会場に 昨日に続き 講義続ける」 

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2016年06月25日(土) 04時47分19秒

shin-1さんの日記

テーマ:人間牧場

〇単車パンクの思わぬハプニング

 一昨日は、間もなく70歳の誕生日を迎える妻が、大洲市五郎の自動車教習所へ高齢者講習に、私愛用の軽四トラックで出かけたため、仕方なく梅雨の束の間の晴れ間を利用して、スモモの収穫に人間牧場まで単車で出かけました。少し蒸し暑いこの時期ですが、単車で風を切って走ると気分爽快で、少しルンルン気分になりました。スモモの木を見上げたり、上ったりしながら収穫しましたが、このところの気温上昇でスモモは一気に熟していて、鈴なりのスモモをあっという間に、20キロ入りキャリーにいっぱい採りました。


(無事回収しパンク修理を終えた私の愛用単車)


 早速スモモを積んで帰ろうとすると、公民館の隅田主事さんと宮本館長さんが、偶然にもサツマイモ畑の様子を見にやって来ました。少し立ち話をしましたが、先を急ぐ用事があったので、一足先に牧場を出ました。ところが曲がりくねった道を1kmほど走った所で単車の後輪がパンクをしてしまい、はてさて大弱りです。仕方なく畑に残っている隅田さんに電話を入れ、帰りに乗せてもらうよう頼み込みました。やがて下りてきた隅田さんの車にスモモと私を乗せてもらい、多少気にはなりましたが、単車を道の隅に置き去りにしました。その日は夜遅くまで砥部町へ出かけたので、単車は雨に濡れながら一昼夜を過ごしました。


 昨日は隅田さんが、間近に迫った子ども体験塾の底引き網体験やキャンプの打ち合わせに昼前わが家にやって来ましたが、その後隅田さんの昼休み時間を利用して、単車を取りに行く作業を手伝ってもらいました。歩み板を渡し、二人で単車を軽四トラックの荷台に積み込み、ロープをかけて無事回収作業を終え、源田自動車に持ち込んでパンク修理をし、自宅へ持ち帰りました。私が愛用しているヤマハメイトの単車はもう20年も使っています。ゆえにあちらこちら錆が出て少しくたびれていますが、限りある命なので先日、期限の切れる自賠責保険に入りました。これから5年間乗る計画ですが、はてさて単車が持つか私の体力が持つか?といったところです。


  「夏の風 身体に受けて 単車乗る 気持ち上向き さっそう走る」

  「スモモ積み 走っていると ガタガタと イオンが聞こえ 単車がパンク」

  「どうしよう? 助ける神が いるもので 単車乗り捨て 無事に生還」

  「一昼夜 雨に打たれて 道端に 置き去りにした 単車回収」


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2016年06月24日(金) 05時52分12秒

shin-1さんの日記

テーマ:人間牧場

〇伊予郡砥部町へ講演に出かけました

 平成の合併前双海町は、松前町、砥部町、中山町、広田村とともに伊予郡を名乗っていました。ゆえに私が若かった頃は郡内の交流が活発で、伊予郡連合青年団長などをしていたこともあって、郡内を駆け巡って活動し、その後勤めた公民館でも郡公連の主事部会長として大いに交流しました。10年前に合併してからはその枠組みがなくなったため、交流どころか砥部町や広田村へは行く機会も殆どなくなってしまいました。




(分館長研修会)



(養育長さんからお土産にいただいた手づくりの竹とんぼ)



 先日砥部町の公民館から、「公民館の分館長研修会をするので講演に来て欲しい」と依頼があり、一も二もなく引き受けました。夜7時からの集会なので昨日の夕方自宅を出て裏道を走り、砥部町に差し掛かると、夕暮れ時のラッシュ時間と重なったため少し時間を要し、立体交差点を右折して国道33語に出ました。そこからは7~8分で中央公民館に到着し、横の駐車場に車を止めて玄関に入ると、職員さんが教育長室へ案内してくれました。武智教育長さんとは昔から入魂の間柄なので、色々と積もる話をしましたが、教育長さん手づくりの竹とんぼまでお土産にいただきました。


 やがて2階の会議室に案内され、集った分館長さんを前に約一時間ほど、「公民館とまちづくり」というテーマでアドリブながら持論を話しました。特にローカルコミュニティとテーマコミュニティや、公民館がまちづくりに果たす役割、リーダーの心構えなどについて要点を話しました。会場には顔見知りの人も何人かいて、少し面映い感じもしましたが、熱心に聴いてもらいました。講演が終わって帰ろうとすると、昔ジ・アースという雑誌にまつわることを知っている女性に呼び止められ、当時のことを懐かしく立ち話しました。歳のせいでしょうか、最近は青年団や公民館、まちづくりなどに関わった人たちと思い出話をする機会が多くなりましたが、薄れ行く記憶を思い出すのは中々骨が折れます。でもいい思い出話をしたため、ほのぼのとした気持ちで帰宅することができました。


  「伊予郡と いう枠組みも なくなって どこか寂しい 隣の町へ」

  「覚えてる? いきなり言われ 感ピューター フルに回転 回路混線」

  「手づくりの 竹のトンボを 手土産に いただき帰る 夕暮れの道」

  「青年団 公民館や まちづくり この町何度 訪ねただろう」

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2016年06月24日(金) 05時42分02秒

shin-1さんの日記

テーマ:人間牧場

〇折角早起きして書いたブログ記事が消えてしまいました

 今朝もいつものように朝4時に起きてブログを書きましたが、パソコンの機嫌が悪く、折角書いた記事が消えてしまい、バックアップも出来ず幻の記事となってしまいました。時々あるハプニングですが、まあこんなこともあるだろうと諦め、一日一万歩を目指すウォーキングに出かけた間、パソコンを少し休ませてやりました。帰宅後再起動してテストのつもりで個の記事を書いています。ゆえに今日のブログを楽しみに読んでもらう方々には少し遅れての配信になることをご容赦下さい。


(機嫌を損ねた今朝のパソコン)

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2016年06月23日(木) 06時21分35秒

shin-1さんの日記

テーマ:人間牧場

〇最後の愛媛海区漁業調整委員会

 19期・20期とこの8年間、県知事から委嘱を受けて委員となっていた、愛媛海区漁業調整委員会委員の任期が8月で無事終ることから、昨日今期最後の定例会議が、中予地方局7階の大会議室で開かれ、複雑な面持ちで出席しました。海区調整委員会の委員には公選で選ばれた人と、知事に選任された学識経験者・公益代表の3種類がありますが、私はどういう訳か大学の非常勤講師という肩書きの、公益代表として15人の末席を汚しました。


 公選委員に比べれば漁業はまったくのド素人ですが、家が漁家、母親が漁協婦人部長、父親が漁協理事、私自身も宇和島水産高校漁業科卒業、役場で4年間水産行政を担当と、ド素人といいながら、まあまあ言葉が通じるだろうととの思いから、この仕事を引き受けましたが、漁業調整の仕事は奥が深く、委員会のその度に新しい発見の連続で、発言機会もそんなに多くはありませんでしたが、私の役目は枯れ木も山の賑わいで、それなりにそれなりでした。退職して11年間の8年間は、それまでとはまったく違った新しい領域や、それに繋がる人々と交流できたことはかけがえのない経験でした。


 昨日は最後ということもあって、農林水産部長さんや水産局長さんたちも加わって、JLシティホテルで懇親会が持たれました。今期限りで引退する人がどれほどいるかは分かりませんが、酒を呑まない私にとっては名残惜しい思いでの食事会となり、お世話になった方々にお礼のお酌をして、夕方7時30分から予定していた別の会に出席するため、早々に席を立ちました。宴席で失礼ながら、最近発行されているお魚読本を、週末予定している愛媛大学社会共創クリエイター育成プログラムの講義に使うべく、欲しいから一両日中に送って欲しいと、無理なお願いまでしたことを、今朝になって少々悔やんでいます。何はともあれ肩の荷が一つ減りました。


  「8年間 調整委員の 肩書きで 末席汚し 何とか終了」

  「新しい 未知の領域 私なり 発言機会 多くもなしに」

  「県政の 小さな歯車 ひとつの羽 これから先も 経験生かし」

  「懇親の 席でお酌を して回る お世話になった お礼の印」 

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2016年06月22日(水) 06時39分54秒

shin-1さんの日記

テーマ:人間牧場

〇グレードをワンランクアップする

 人間は「貧すれば鈍する」で、貧しければ心までが愚鈍化するものです。一概には言えませんが経済的に貧しいと、信頼して生きているはずの夫婦間でさえ、つまらないいさかいや喧嘩が起こり、時には同じ屋根の下に住みながら、顔を背けて暮らすことだってあるのです。社会も同じで経済的にがめつく生きている人には中々人が寄りつかないものです。「水は方円の器に従い人は善悪の友による」とは、人の生き方を説いた「水五則」のしめの言葉ですが、自分の過ぎ越し人生を振り返れば、この言葉に納得するのです。


 今の自分が経済的や知的に決して高いレベルだとは思いませんが、30年前、20年前、10年前、自分の周りに集っていた人は、その当時の自分のレベルを色濃く反映していたように思います。 いわば鏡のようなもので自分=同等人でした。ある時ある人から「自分のレベルを上げると違った社会や違った人に会える」と示唆されたのをきっかけに、今の自分の存在レベルを的確に捉え、そのグレードをワンランクアップすることで、自分の周りの人や社会とのかかわりが随分変わってくることを実感するようになったのです。


 例えば30年前、訳も分らず若さにものをいわせ、多くの反対を押し切って夕やけコンサートを開きました。音楽の「お」の字も知らなかった私たちでしたが、出演者を選んだり、歌を募集したりするプロセスで、音楽を聴く機会が増え、それなりのレベルまで分るようになってきました。また音楽を志す人たちとも盛んに交流するようになり、時にはコンサートにさえ出かけるようになったのです。そんなこんなで今はソプラノ歌手の二宮典子さんとも親しくなり、彼女から貰ったCDを車の中で聴いたり、来月は彼女のディナーショーにも誘われています。


 昨日人財センターの総会に、講演を頼まれて出かけました。「じんざい」には①人罪、②人在、③人材、④人財の4種類があると思います。また大変失礼ですが、人をゴミに例えるなら①不燃人、②可燃人、③自燃人、④類燃人がいます。人罪は人在へ、人在は人材へ、人材は人財へ、また不燃人は可燃人へ、可燃人は自燃人に、自燃人は類燃人へと、ワンラックアップすれば、町はもっともっと良くなるはずです。ワンランクダウンかワンランクアップか、人も地域もこれからの人づくりや地域づくりの真価が問われそうです。


  「人罪を 人在にする 人在も 人材にする 更に人財」

  「不燃人 可燃人へと ワンランク アップしたなら 世の中凄い」

  「自燃人 だった私も 努力して 今じゃ類燃 人に成長」

  「世の中は 思い通りに ならないが 思った通りに なると信じる」

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