ほっこり 知恵袋

三軒茶屋の歯医者さん 下馬デンタルクリニックのブログです。詳しくはこちら⇒http://shimouma-dentalclinic.jp/


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認知症の父と家族の10年に渡る、心温まる物語。
家族とは何だろう?お互いに持ちつ持たれつのバランス関係を保っている不思議。支えてつもりが支えられることもある。ふとした瞬間にホロッとくる。
本文では認知症を、少しづつ記憶が遠のく病気の表現として「長いお別れ」と言っている。なるほど、そういう言い方もあるものだと思った。
在宅介護の現実のドタバタと、時にきゅんとくる切なさをユーモラスに描いている。ほろ苦いコーヒーを飲んでいるような気分になる。
記憶と愛着、時間と共に失われていくその人の体験。
時代を行き来する中で、本人はどう感じているのだろう?
さ迷いながら何を求めているのだろう。
謎を残しながら、読者へ問いかけているようだ。小説のよいところは、読者の想像力を掻き立ててくれることだ。微妙なニュアンスと表現。
「さあ、あなたならどうする?」そう問いかけている。
読者によって感じ方がまちまちになることも、面白い。
楽しむための読書として、オススメしたい。



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昨日、サービス付き高齢者住宅リレ府中にて、NPO多摩の医療健康増進フォームさん共催でイベントを開催しました。代表の芝祐信先生にご協力頂きました。

がんにかかる方は若年層から高齢まで様々です。
がんの告知は当たり前になり、治療技術も向上しました。がん=不治の病という印象はなくなりました。しかし、がんの治療を続けながら生活している方も多く、がんになっても安心して生活していくためのサポートは必要です。
緩和ケアと聞くと、末期と勘違いしてしまう人も多いようです。
がん当事者の方も数名ご参加頂きました。時代によっても異なる価値観、医療者と患者はどのように歩みよっていけばよいのかヒントがたくさんありました。

痛みについて
「痛い」と医師や看護師に伝えるには、どうすればよくわかってもらえるか?
自分の言葉で痛みの程度を伝えるのは難しい。
▪持続性の痛みなのか、突発的か?
▪鈍い痛みなのか、鋭い痛みか
▪痛む場所を図で書いたり、指で指したりする。
▪痛みの持続時間は「いつから」「いつまで」
▪痛みがある時間帯はいつ頃が多いか?
▪頓服薬を使用して、痛みは止まったか?薬の持続時間はどのくらいか?
診察時間中に的確に答えられる人はなかなかいない。
しかし、簡単なものでよいので以上のことをメモでよいから、医師や看護師に渡しておいてもよい。



30年前は…。
「痛み」は余程のことでない限り、我慢するものと思われてきたようだ。
戦争を生き抜いてきた世代、80代90代の方に多い。
なぜ我慢してきたか?→わがままと思われてしまうから。
しかし…
「痛み」を我慢することで、支障を来すことが多かった。
▪家族への不安
▪日常生活の不便さ
▪職場での不安

緩和ケアとは
告知から家族も含めて考える痛みのケアである。痛みには、身体的、精神的、社会的な痛みなどがある。つまり、治療も含めた生活を支えるためのケアである。



「痛み」についてのディスカッション
体験者の方
病院のスタッフは忙しそうで、痛みを伝えたくても言葉が出てこなかった。
誰かに聞いてほしくて病院じゅうを歩いていたら、緩和の緩という文字のバッジを着けた看護師がいた。もしかして話を聞いてくれるかも知れないと思い、話しかけた。聞くところによると、緩和ケアの講習を受講した看護師だったようだ。
聞いてもらえて嬉しかったが、その後の医療連携が今一つだったらしい。
チームで患者の情報を上手く共有できていないことがあるそうだ。
チーム連携が大きな課題だ。

職種を越えた連携はできているのか?
繋ぎ役が必要なのではないか?
もしかしたら、体験者かもしれない。
80代の体験者がこう言われた。
「私の体験で良ければ、誰かのために話してあげたい。」と。
「上手く話はできないが、苦痛を共有することはできる。」
医療者が多忙なのはわかっている。一人あたりに時間を避けないのも分かっている。それならば、他の力を借りたい。体験者や市民団体であってもいいのではないですか?

ホスピスってなに?
緩和ケアとホスピスは同格ではない。緩和ケアのほんの一部の終末期に、あえて積極的治療をしないで、その人らしい生活のなかで最期を迎えるまでの居場所です。治療の場ではなく、生活の場であること。
どちらかといえば、自宅療養である。

生活を支える場として
「在宅」か「ホスピス」か?
どちらも同じ意味である。家族との話し合いやご本人の意向が反映される。
介護力やお金の問題もある。

生活相談窓口がホスピスや在宅ケアには必要だと思う。
気軽に相談できる人は、病院ではなくもっと普通の生活の場にいる住民ではないか?

NPO多摩の医療増進フォーラムを主宰されている芝先生は、地域の皆様のお力を是非お貸しくださいと仰っていました。正に、そのための地域活動です。
市民と介護を考えるカフェ「オリーブの木」も発足して2年経ちます。市民の皆様に医療、介護へ関心をもち、自ら関わって欲しいと願っています。
地域の医療介護を支えるのは地域住民のちからです。

今回、サービス付き高齢者住宅にお住まいの皆様や関心を持ってお集まり頂いた皆様方に、感謝します。そして大事なことは、次の一歩をどう踏み出すかです。
市民協働を目指しましょう。





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2017年3/12(日)、リレ府中白糸台(サービス付き高齢者住宅)にて、貧困をテーマにシンポジウムを開催した。主催は「子どもの居場所@府中」と「市民と介護を考えるカフェ『オリーブの木』」共同主催である。共に府中市のボランティア団体として活動している。
❰シンポジウム開催のきっかけ❱
「子どもの居場所@府中」では、子ども食堂を毎月第4(月)に片町や美好町の公会堂などで定期開催している。少しづつ府中市で認知されるようになってきている。子ども食堂は誰でもこれる場所になっている。食事をみんなで食べることで、孤食になる不安を取り除き、子どもが安心して居られる居場所のひとつになればよいと代表の南澤さんは言ってる。
子ども食堂=貧困ではない。貧困とはなにか?貧困を作り出している背景は何か?それを知るために、今回シンポジウムを開催することを企画した。「市民と介護を考えるカフェ『オリーブの木』」でも、貧困をテーマにした回があった。「子どもの貧困」「認知症と貧困」である。介護が必要になったとき、介護家族やお一人様の場合も貧困にある可能性があるという視点から考えたテーマであった。


❰シンポジウムの目的❱
貧困になる背景を知り、貧困が及ぼす影響を3つの側面、健康、教育、社会的居場所から考えてみたい。市民として貧困支援にどうようの関わっていけばよいのか、参加者の皆様と話し合いたい。
❰ゲスト❱
健康面からは医師の岡村先生、教育面ではスクールソーシャルワーカー
の長汐先生、社会的居場所は宗教家として中村先生にご講演頂いた。

岡村毅先生
東京大学医学部卒業、東京大学医学系大学院にて医学博士取得。精神神経学会専門医・指導医、老年精神医学会専門医・指導医、精神保健指定医。現在、東京大学医学部附属病院精神神経科助教として臨床と教育に従事する。東京都健康長寿医療センター研究所非常勤研究員として認知症の研究、上智大学グリーフケア研究所非常勤講師としてグリーフケアに関する人材育成、大正大学地域構想研究所非常勤所員として仏教者による終末期ケアの研究をする。またNPO法人ふるさとの会の顧問として、ホームレス支援のお手伝いもしている。

長汐道枝先生
府中市立教育センター スクールソーシャルワーカー(略SSW)
2008年~日本社会事業大学 社会福祉学部 非常勤講師
千葉大学教育学部卒、日本社会事業大学専門職大学院卒
臨床発達心理士、社会福祉士、精神保健福祉士
専門は障害児教育、障害児の就学権保障と共に、都立養護学校で教員を務め、退職後は卒業生や家族と就労や生活の場を作る活動に携わってきました。府中市でのSSWから、子どもの育つ環境にある複雑な問題と向かい合うこととなり、たくさんの深い学びの中で、試行錯誤しながら活動している。

中村邦介先生
立教大学大学院及び聖公会神学院、英国ダラム大学(大学院)卒 専攻 は社会・牧会神学(Social and Pastoral Theology)
現在 、聖公会神学院専任教員及び立教 大学兼任講師 職歴は聖路加国際病院チャプレン、立教女学院(院長)聖マルコ教会牧師など

❰第1部 「貧困とは?」❱
健康面から見えること
岡村毅先生
山谷のホームレス支援団体、NPO法人ふるさとの会を手伝っている。
☆ホームレスの方の特長
▪精神疾患が多い
▪幸福度が低い
▪自殺リスクが高い
▪認知機能低下が多い
幼少期に両親の別離、育児放棄があったり、集団就職で上京した経験のある人がいた。

❰健康面での特長❱
様々な生活習慣病(糖尿病、高血圧、脂質代謝異常、不整脈、肥満など)
脳梗塞があり、体が不自由→塩辛いもの、甘いものを好んで食べる。何にでも醤油をかける。
精神疾患→感情の起伏が激しく、支援を受けることが苦手

生まれながらの貧困、終末も貧困

❰スタートが貧困❱~幼少期まで
不適切な発育環境により、栄養不足、肥満が起きる。

❰学童期、思春期❱
親の精神疾患、不適切な養育環境(頻繁な引っ越し、頻繁な養育者の変更)により、愛着障害が大きくなる。

愛着障害はさらに行為障害へと発展する。具体的には、非行、暴力、薬物など。精神障害を経て、失業。または犯罪、刑事施設から生活能力の欠如からホームレスへ。

❰成人期❱
生活習慣病から脳梗塞、外傷、身体機能低下、認知機能低下、失業、貧困からホームレスへ。❰終末も貧困❱

貧困がどこから来るのかをライフステージ毎に見事に分析している。
健康面への影響は、環境因子が大きいことが言える。発育に関する問題、や精神的な問題が大きい。


心の貧困、社会的居場所について
中村邦介先生
子どもの頃の同級生の話
クラスでも暴力を振るう男子が、お昼になるといなくなるという。
こっそり追跡したら、なんと豆の袋をポケットからだし、食べていたそうだ。お腹が空いているから、怒りっぽいと感じたそうだ。
仲間を作り、クラスのみんなと持ちよりの食事会を企画した。
全員参加の為一緒に参加せざるを得ない。恥ずかしいことはない。
共に食べ、雑談して楽しく過ごしたそうだ。それから、暴力を振るう男子は変わったそうだ。気持ちが落ち着いたらしい。

暴力という行為で、心の不安をぶつけていたことになる。
食べ物を一緒に食べる人がいて、話すことで自分が周囲に受け入れられる。韓国の詩人、金 芝河の「飯は天です」という詩がある。
飯は天です天を独りでは支えられないように
飯は互いに分かち合って食べるもの
飯は天です
天の星を共に見るように
飯はみんなで一緒に食べるもの
飯は天です
飯が口に入るとき
天を身体に迎えます
飯は天です
ああ飯は
みんなが互いに分かち合って食べるもの

Johan Galtungの「平和と暴力の概念」より
平和とは暴力の不在である。
人間の現実における身体的、精神的自己実現の状態が、その潜在的な実現性以下に抑えられるような影響を受けているならば、そこには暴力が存在する。
ここで暴力とは、潜在的実現性と現実、あるいは達成され得たはずのものと実現の状態との原因と定義される。暴力とは、可能性と現実との距離を拡大し、またこの距離の縮小を妨げるもの。
「構造的な暴力」の不在を「積極的平和」と呼ぶことにする。

牧師としての経験から
やくざで生活破綻者との出会いから体験談
わがままや暴力の本心は、自己肯定と安心感の欠乏だった。
正面からその人を受け止めた時から、態度が急変した。牧師に同行して役に立とうと学びだした。人との距離感がわからない、コミュニケーションの仕方がわからない等の不便があった。

自己肯定感を与えるには?
自己存在の確認、受け止めてくれる人の存在、コミュニケーションの仕方、他人との距離の取り方。当事者を支える相談支援、地域でのセイフティーネットの構築。



スクールソーシャルワーカーとして現場から見える貧困
長汐道枝先生

最も大切なことは、子どもの尊厳を守ること。
貧困であると認めたくない気持ちを組む。
些細な気づきを大事にし、さりげないサポートを心がける。
差別されること、特別扱いされることはしないこと。

学校を休む頻度が増えた→学校行事など費用がかかることは避ける。
急に元気がなくなった→家庭内に問題があるかもしれない。
怪我が多くなった→虐待を受けている可能性あり。またはいじめの可能性あり。

親の精神疾患などで愛着障害が起こる。両親離婚、虐待や育児放棄などで自己肯定感の欠如、恐れや不安が大きい。対人恐怖症など。
安心できる居場所や信頼できる人がいることが大事。

❰第2部 貧困を身近なこととして気づくには? 私たちにできること❱
大阪市堺市の地域共生ケアなど
学生の地域参加を促す(地域の祭り、イベント参加、学習支援など)
居場所として困ったときの駆け込み寺、教会など。民間や行政の相談窓口など。
緩いつながりをもつ。
地域のお節介なおばさん、おじさんなど。
「ちょっと、あそこの家、新聞たまっているわよ。」「ゴミが多い。」「最近、見かけないわね。」など。民生委員や保健師など地域の見守りをする人に繋げるなど。
病院や介護施設などの話、連携もヒントに。
宅配便、郵便、ガスの点検など全部含めて、人づてのネットワークをつくること。


❰まとめ❱
岡村先生に提示して頂いた「ライフステージによる貧困❰生まれながらの貧困❱~❰終末も貧困❱」が分かりやすい。不適切な発育環境、養育環境が大きな陰を落としている。もはや家庭内では解決出来ない問題である。地域で見守る仕組みをどう作るかが大きな課題である。
子どもの居場所として、子ども食堂は素晴らしい。「子ども食堂@府中」代表の南澤かおりさんは、府中市の各地区に子ども食堂ができることを望んでいる。府中市の公共施設の利用で、文化センターが使用できることが望ましい。現在の規定では、団体メンバーに限られた使用になっている。ボランティアで独自にお店などで始められている方もいる。大いに広がって欲しい。














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