お友達の誘いで、
劇団四季「春のめざめ」を観にいきました。
舞台上に設置されたステージシートで、です。
ステージシートは、開演15分前までに劇場入りし、
まず、スタッフの人から説明を受けてロッカーの鍵を渡されます。
舞台上には手に何かを持ってあがることができないので、
すべて、ロッカーに入れ、鍵を手首につけておきます。
舞台の階段前に行くと、係の人が席に案内してくれます。
で、その係の人も上演中はステージシートに座っています。
上演中、席を立つことは全くできませんが、
気分が悪くなったら、片手を上げれば対処してくれるそうです。
実は、初見ではステージシートはあまり向いていません。
常に斜め後ろから見る感じになり、
キャストの表情やダンスなど、見えないものが多いからです。
その点では「キャッツ」のジェリクルシートに似ています。
私は舞台で見るのは初めてでしたが、
テレビの特集で主なナンバーの様子を観ていたので、
わりとイメージを持つことができました。
その代わり、臨場感がすごいです!
ステージシートは何箇所か空いていて、
アンサンブルのシンガーや、
出番待ちのキャストが座ります。
ステージの中央の演技やダンスも、
手が届きそうな距離です。
"Bitch"のナンバーなんて、こめかみの血管切れるんじゃないか、
って迫力です。
物語は、19世紀末のドイツ、
保守的な社会的価値観の中で、
息が詰まるような毎日を送る少年少女。
けれど、若いエネルギーの爆発は抑えようもなくなっていく。
その中で起こる悲劇的な事件と、
それをも乗り越えて生き続ける若者の姿を描いています。
でも、私は、
若者を抑圧する社会や大人が悪い、ということを
訴える作品とは思いませんでした。
エジプトのピラミッドに「最近の若者は」と書かれているように、
若い世代と、大人たちの確執はいつの時代もあることです。
ストーリーの中で起きる悲劇は、
確かに大人の保身や、対応のまずさも要因の一つではあるけれど、
若者の考えの浅さや衝動から起きたともいえる。
ラストナンバーにも「春の嵐」という歌詞がありますが
若さの暴力的な力が渦巻く中では、
折れてしまう花もある。
河合隼雄氏の「昔話の深層」に、
「トルーデさん」という昔話が紹介されています。
http://easyurl.jp/tem
親が静止を聞かず、
魔女のトルーデさんのところに出かけた娘の行く末を語る、
この昔話を読むと、
親の守りを外れる時期の若者は大きな危険にさらされているのであり、
単純に自由を与えればいい、というものでもなく、
だからとってベンドラの母親のように、
彼らの欲求をはぐらかしていても、そこをすり抜けていくものもいる。
こういうことはきっと、なくなりはしないのでしょう。
私自身は、主人公達に思い入れるよりも、
そのすさまじい季節を潜り抜けてこれまで行き続けてきた
自分自身の命を大切で、いとおしいもの、と
改めて感じました。
演出上、1点気になったのは、
男女1人ずつの俳優がすべての大人役を演じることで
ステロタイプ的な大人を表現しているのですが、
ときどき、
今ペンドラの母親なのか、メルヒオールの母親なのか、
分からなくなるところがありました。
あるいは、その境界をぼかすことで、
一見理解があるように見えても、
若者にとっては「大人」はみんな同じ、
ということを表わしていたのかもしれません。
かつて、若者だった大人たちに、
今嵐の真っ只中の子供達に、
自由劇場、という濃密な空間での
「ライブ感」を体験してほしいと思います。
<8月15日のキャスト>
ベンドラ : 林 香純
マルタ : 勝間千明
テーア : 有村弥希子
アンナ : 玉石まどか
イルゼ : 石塚智子
メルヒオール : 柿澤勇人
モリッツ : 三雲 肇
ハンシェン : 一和洋輔
エルンスト : 竹内一樹
ゲオルグ : 白瀬英典
オットー : 加藤 迪
大人の女性 : 中野今日子
大人の男性 : 志村 要
【男性アンサンブル】
玉井晴章
南 晶人
【女性アンサンブル】
松田佑子
浦壁多恵