2012-05-06 05:59:39
イライラの原因は…
テーマ:世間のこと
またまたずいぶんと休んでしまいました。実施図に追われている期間はなかなか文章を発信する気持ちになれないんですよね。申し訳ないです。
さて、いつも色んな場面で気になることは、「論点がずれる」ということ。
政治にしても経済にしても、それを伝える報道にしても、普段の家族の会話や子供まで、とにかく違った目的のことを言い争っていて、その噛み合なさにイライラします。
もっとも大きなことでは原発問題でしょうか。
賛成する側は「電力が足りない」。反対する側は「危ない」。
この二つを天秤にかけられることが多いのですが、そもそもこの二つはまったく違う話ですよね?
電力が足りるか足りないかは、日本はどのくらいの電力消費をする国にするのか という話がまずあって、それに対して電力量が足りるのか足りないのか という話につながるわけですよね。
発電の種類は関係ないわけなんですよ。
一方で、発電の種類はなにが一番良いのかという別の問題があって、原発なのか太陽光なのか地熱なのかというところの議論になるわけなんです。そのとき出すべき情報は、
原発→一カ所で多くの発電ができるが、事故がおきると長期間にわたって周辺の国土を失う。
太陽光→天気に左右されるし広い面積が必要だが、事故になっても人が近寄ることはできる。
地熱→安定しているが一カ所での発電量は小さい。地下水が枯渇するかどうかは不明。
というような比較になるわけなんですよ。
ようするに、一ヶ月でいくらお金を稼がなければならないのか という議論と、なんの職業につくのか という議論で戦っているような感じで、いい大人がなにを言ってるんだろう と思ってしまいます。
実際外国(特に英語圏)ではどうなんだろう?
僕は、こういうことの原因は日本語の特性のような気がしています。
特に、文法上主語が無くても文章が成立するということと、結論を最後に言うということ。
(主語)+目的、原因+結論
という順番のため、目的と原因を話しているうちに結論があやふやになってしまう性質があるんじゃないかと。
英語などでは
主語+結論+目的、原因
という順番ですよね?結論を言ってからその理由や目的を言うので、まずは結論を伝えることが優先された性質があるますよね。
言語の問題だからしょうがないというわけではなくて、それを踏まえる必要があるということなんです。
つまり、きちんと文章で会話をしましょうということが第一歩。
「母さん、お茶」で通じるんだけど、本来はお茶がどうなのかは不明なわけなんです。ニュアンスで伝わるでしょ ということをあえて踏み込んでみましょう。
子供の気持ちを汲み取ってあげることが親の愛情だと、僕自身も思ってましたが、
汲み取って先回りしてしまうと、それが子供の思考力を低下させるんじゃないかと最近は考えてます。
みなさんはいかがでしょうか?
さて、いつも色んな場面で気になることは、「論点がずれる」ということ。
政治にしても経済にしても、それを伝える報道にしても、普段の家族の会話や子供まで、とにかく違った目的のことを言い争っていて、その噛み合なさにイライラします。
もっとも大きなことでは原発問題でしょうか。
賛成する側は「電力が足りない」。反対する側は「危ない」。
この二つを天秤にかけられることが多いのですが、そもそもこの二つはまったく違う話ですよね?
電力が足りるか足りないかは、日本はどのくらいの電力消費をする国にするのか という話がまずあって、それに対して電力量が足りるのか足りないのか という話につながるわけですよね。
発電の種類は関係ないわけなんですよ。
一方で、発電の種類はなにが一番良いのかという別の問題があって、原発なのか太陽光なのか地熱なのかというところの議論になるわけなんです。そのとき出すべき情報は、
原発→一カ所で多くの発電ができるが、事故がおきると長期間にわたって周辺の国土を失う。
太陽光→天気に左右されるし広い面積が必要だが、事故になっても人が近寄ることはできる。
地熱→安定しているが一カ所での発電量は小さい。地下水が枯渇するかどうかは不明。
というような比較になるわけなんですよ。
ようするに、一ヶ月でいくらお金を稼がなければならないのか という議論と、なんの職業につくのか という議論で戦っているような感じで、いい大人がなにを言ってるんだろう と思ってしまいます。
実際外国(特に英語圏)ではどうなんだろう?
僕は、こういうことの原因は日本語の特性のような気がしています。
特に、文法上主語が無くても文章が成立するということと、結論を最後に言うということ。
(主語)+目的、原因+結論
という順番のため、目的と原因を話しているうちに結論があやふやになってしまう性質があるんじゃないかと。
英語などでは
主語+結論+目的、原因
という順番ですよね?結論を言ってからその理由や目的を言うので、まずは結論を伝えることが優先された性質があるますよね。
言語の問題だからしょうがないというわけではなくて、それを踏まえる必要があるということなんです。
つまり、きちんと文章で会話をしましょうということが第一歩。
「母さん、お茶」で通じるんだけど、本来はお茶がどうなのかは不明なわけなんです。ニュアンスで伝わるでしょ ということをあえて踏み込んでみましょう。
子供の気持ちを汲み取ってあげることが親の愛情だと、僕自身も思ってましたが、
汲み取って先回りしてしまうと、それが子供の思考力を低下させるんじゃないかと最近は考えてます。
みなさんはいかがでしょうか?









