さっきTwitterにも書いたのですが、大人になってからの友人関係って「ハッピーの互助会」という性質ってすごくあると思うのです。

 

というのは、人って常に「100%上手くいっている」なんてのはないわけだし、色々なことに巻き込まれること、そして「なんか最近色々なことが全然上手くいかないんだよね。ハハッ(渇いた笑い)」が起きたりするじゃないですか。

 

その時に「仲間内の誰かがハッピーでいること」ってけっこう「歯止め」として重要な意味を持ってくるのです。自分がハッピーでいることって、自分自身のためでももちろんあるのですが「あんなにテキトーで何とかなるんだから、もうちょっと自分を信じてやってみよう」という助けを、知らない間に他の人に出しているのです。ハッピー万歳。

 

これは僕の持論なのですが、何か世の中に対してその人にしかできない成果を残している人って、その人の友人関係で

 

「いいじゃんいいじゃん、やっちゃえよ」

 

と良い加減にアドバイスしている人ってかなり高確率でいるはずなのです(笑)

 

「楽観的で、ほがらかで、そして常に自分自身に対して覚悟を決めている。何を選んだ、どう振る舞ったということに関しても、それは“私がそうしたいから、した”。だから常に腹は決まっている」

 

そういう態度を持っている人って、本当に貴重だし、もっと言うならば、そういう人がいわゆる「幸運」って持ってくるのだと思うのです。

 

「幸運」って性質として軽い。だって、幸運の反対の“重さ”って「ずっと悩み、ずっと考える」ということでしょう。もちろんそういう時間も人間だからあるし、その状態を否定しているわけではないです。

 

でも、結局何かをやっていくしかないし、何かを作っていくしかないし、何かを決めていくしかない。

 

それはやっぱり「自分がそうしたかったこと」を優先すべきで、そういう「そうしたかったら、そうした」を常に自分の中心に持っている人って軽いのです。フワーッといつの間にか行動して、誰にも真似できない距離まで行ってしまっている。

 

「深刻」って未練を残そうとする態度から発生します。そして「未練」って他人の顔色が主役になってしまうとすごく発生しやすいです。

 

では「深刻」とか「未練」を残さないようにするためにはどうすれば良いか。

 

それはちょっと厳しい言い方になるし、自戒を込めて言います。

 

自分の行動を、誰か他の人のせいにしないこと。「あいつがこうやったから、自分はこうなってしまった」という考え方から、「したいことができる」という自分と一線を引くこと。「それはそれ。これはこれ」という考え方。それはね、もちろん痛みを伴います。簡単にできることじゃないです。

 

でも、「私はそうさせられた」という時間から「こうしたかった!」という時間を回復していくこと。

 

それはすごくシンプルで、仕事の合間にコーヒーを飲むにしろ、「ハーッ」てため息をついて飲むのではなくて「コーヒーを飲みたかった!飲むぞ!」とその時間に自分が「そうしたかった」という性質をきちんと紛れ込ませること。

 

 

 

 

 

AD