シーズーとチワワとトイプードルと。

シーズーとチワワとトイプードルとの
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ウールーをお空にお返しして、
初めての月命日を迎えようとしています。
 
我が家も少しずつ日常に戻りつつあります。
 
決して忘れることはないけれど
 
ウールーが亡くなるまでのこと、
ここへ綴っておきたいと思います。
 
ウールーとの最期のオハナシです。
 
 

ウールーの様子がおかしいな。と感じたのは8月末。

 
それまで跳ねるように歩いていた散歩で

立ち止まる事が増えた。

 
それまですごく喜んで食べていた、
残す事なんてなかったゴハンを食べない事が増えた。
 
たまたま最初に買ったフード(主原料:ニシン)がなくなって、
同じメーカーの主原料が鴨肉の物に変えたタイミングだったので
 
気に入らないのかな?と
最初のニシンが主原料のフードを買いなおした。
 
それでもあまり食は進まず、
その後粘膜便が出ていたのもあって
 
涼しくなったりしたから、お腹壊したかな。
ぐらいに思っていた。
 
手術から1ヶ月が過ぎ、
一度血液検査しましょうと院長とも話していたので、
 
フィラリアの薬をもらうついでに血液検査を受けました。
 
その時、最近少しお腹が張ってる気がしたので
エコーをしてもらうと…
 
既に肝臓の機能がされていないほど、
肝臓のほとんどがガンに侵されていました。
 
保護した時から貧血もあり、
 
でも手術をしてからは舌の色も白っぽい日もあったけど、
きれいなピンク色をしている日も多かったので、
 
そこまで気にはならなかったのですが、
 
検査当日の2~3日前にはかなり気になる程、
舌の色が悪かったのを覚えています。
 
やはり貧血もかなり進んでいて、
その日の数値だけを見ると輸血が必要なレベルでした。
 
手術の際に転移は見られなかった肝臓が、
たった1ヶ月半で腫瘍は肝臓のほとんどに広がっていた。
 
と言う事は、
脾臓の腫瘍が悪性の血管肉腫だったという事を意味します。
 
あまりにも速い進行。
 
これが血管肉腫の恐ろしさなんだそうです。
 
でもここまで速いとは……
 
 
その日、2度目の余命宣告をされてしまいました。
 
ウールーに残された時間はわずか1ヶ月。。
 
 
気付いてあげられなかった・・・
 
 
気をつけていたつもりだったのに、
全然気がつけられてなかった。
 
もっと早くに気付いていたら、何か手立てはあったのか。
 
思わず聞いてしまっている自分がいました。
 
もしも気付いていたとしてもウールーは
もう手術には耐えられないこと。
 
例えできたとしても術後がかなり大変な物となること。
 
だからといって抗ガン剤治療も
ウールーに耐えれられる体力はないだろうということ。
 
院長はいろんな話をしてくれ、
 
最後に、やっぱり脾臓を取っておいて良かったです。
 
破裂する事を考えたら、
破裂の方がウールーにとっては辛く苦しい最期になる。と。
 
 
それから週に一度の点滴に通う事に。
 
 
これはあくまで延命目的ではなく、
ウールーの最期が穏やかなものになるように。の意味で。
 
それと並行で、肝臓の働きを助ける飲み薬が始まりました。
 
 
ウールーの事、書かなくちゃと思いつつ
なかなか指が動かず、
 
シニアの、しかも病気を抱えた子の保護を決めた時点で
うちの子だったんだから、闘病してる姿を出さなくても・・・
 
と思う自分もいました。
 
 
日に日にウールーの体調も悪くなり、
 
お尻と耳にあった腫瘍も自壊しました。
 
週に一度の予定で始めた点滴通院は週に二回、
そして毎日とすぐに増えていき
 
点滴にビタミンとステロイドは毎回、
強い吐き気止めを入れてもらう事も増えました。
 
 
その頃には血便も出始めた。
 
恐らく、中で出血があったのだと思います。
 
通院する度に点滴中は院長といろんな話をしながら、
 
でも自分の中ではやっぱり気付いてやれなかった事が
引っかかっていました。
 
それでも、やれる事は全てやって頂いてますよ。
本当よくやってくれてると思います。
 
最期、ウールーが少しでも楽に逝けるように
点滴だけは続けましょう。と言って下さいました。
 
正直その言葉に救われ、最期までできる事をしてやろう。と
少しだけ前を向く事ができていました。
 
 
フードは一切受け付けないけど、
歯ごたえのある煮干しやササミのチップ、
 
私の作る鶏のだんごやいわしのつみれ、
 
人用のスィートポテト、カステラなどは
ムラがありつつも食べてくれました。
 
 
時には猫用として売っている魚も。
 
それでも昨日食べていた物が今日は食べなかったり。
 
余命宣告を受けてから、
10日程で食べ物は全く受け付けなくなり、
 
それでもササミジャーキーや、
 
父ちゃんが釣ってきたいわしやあじで作ったジャーキーは
少しだけ食べてくれる日もありました。
 
 
 
そして余命宣告から17日目。
 
我が家に来て2ヶ月と12日。
 
ウールーとの短い、
でもとってもとっても濃い夏は終わりを迎えました。
 
 
 
家では絶対おトイレしなかったウールー。
 
気分転換にもなるからと連れ出して
亡くなる前々日までお外でおしっこしてました。
 
その頃には貧血で常に舌の色は真っ白。
 
絶対しんどいはずやのに外に出ると少し歩いてくれてました。
 
せっかく元気になったから、
寝たきりになるのはもったいない!って思ったのかな。
 
さすがに亡くなる前日はムリさせるのもかわいそうで
点滴のついでに病院で少し絞ってもらいました。
 
亡くなった日の前夜。
点滴から帰って久しぶりに3時間程ゆっくり休んでくれました。
 
亡くなる直前まで完全に寝たきりになる事はなく、
 
筋肉がすっかり落ちてしまった自分の足で
水を飲みに行ったり、
 
部屋でのトレーニングも少ししていました。
 
転移が分かった後もいつも笑顔を見せてくれたウールー
 
最期までほんと手のかからないコだった。
 
会社の個別で取れる夏休みをずっと取っていなかったので、
たまたまこの日と次の日を休みにしていた。
 
私が休みの日を選んでくれたんやね。
 
まさかこんな事になるとは思ってもみなかったよ。
 
もっともっと手を掛けてくれてよかったのに。
 
転移に気付いてやる事もできなかったし、
この短い間で私は何もしてやれなかった。
 
せめて最期ぐらいワガママ言ってもいいのに。
 
ワガママ言って私を困らせて欲しかったな。
 
多少痛みはあったはずなのに、
『痛いよぉ』って鳴き声をあげることすらなかった。
 
何もしてやれないまま
逝かせてしまいました。
 
でもウーたん、かっこよかったよ!  男前!!
 
あなたの生き様は私がしっかり見届けたからね。
 
私にはもったいないぐらいの相棒でした。
 
でもね、やっぱり急いで逝き過ぎやわ。
 
夜はしばらく2時間おきに目が覚めた。
 
ウールーが使っていたサークルも未だに片付けられない。
 
ウールーを思い出して、ウールーの最期の話をすると
いつまでもメソメソしちゃう。
 
何だか私の気持ちだけが置いてけぼりで、
付いて行ってなかった。
 
それもようやく落ち着いてきました。
 
 
亡くなる2日程前誰も来てないし、物音もしないのに
パウダー(トイプー)がいつも以上にやたら吠えていた。
 
ミント(チワワ)はウールーが寝ているところでも
顔を踏みつけてまで暴れていたのに、
 
ウールーに全く近付かなくなった。
 
かれん(シーズー)はゴハンを食べなくなった。
 
今思えば、その時にはお迎えが来てたのかな。
 
そして亡くなるほんの少し前、
 ウールーを横向きに寝かせた。
 
横向きで寝るのはしんどかったようで、
 
横向きに寝かせてもすぐ自分でうつ伏せになっていたウールーが
横向きで大人しく寝ていた。
 
あ、もうそろそろかも知れない。なんとなくそう思い
ウールーと手を繋いで、ずっと声を掛け続けた。
 
もう頭を上げる事さえできなかったウールーが、
 
自分で頭を持ち上げ、天井を見渡す。
という動作を何度か繰り返していた。
 
その後、どれぐらいかな?
時間にしたら十分ぐらいやったんかな?
 
 
私とおてて繋いだまま
苦しむ事なく逝きました。
 
わんこ大好きなウールーやから、
たくさんのわんこがお迎えに来てくれて、
 
喜んで付いてっちゃったんかな。
 
身体も軽くなって、元気に走って行ったかな。
 
 
『hrureux(ウールー)』
 
フランス語で『幸せな』という意味を持ちます。
 
私はあなたに少しでも幸せを感じられる日々を送って欲しい。
 
そんな願いを込めてウールーと名付けました。
 
名前負けしなかったかな?
 
それだけが気がかりです。
 
でもね、我が家にいた2ヶ月と12日。
 
我が家に来るまでどんな生活で、
愛されていたのかは分からないけど、
 
我が家でよかったのかは分からないけど、
 
我が家でのウールーは間違いなく愛されたよ。
 
いっぱいいっぱい愛してあげたよ。
 
父ちゃんも珍しくすすんでウールーのお散歩行ってくれてたし、
 
しんどくなってからも、たくさんお世話してくれたよね。
 
ウーちゃんは賢いわ!っていつも褒めてたよね。
 
ただ、いつも『ふーちゃん』って呼んでたけどな(笑)
 
お母さんは来る度にウールーの写真撮ってた。
 
みんなみんなウールーの事が大好きやよ。
 
愛された記憶だけ持って行って欲しいな。
 
 
9/18に琵琶湖に遊びに行こうねって、ずっと前から決めていて
この日を目標に頑張ってきたのにな…
 
先生もカート移動でムリさせない程度であれば
気分転換にいいと思いますよって、OKくれたのに…
 
みんな一緒に最初で最期のお出掛けしようねって
予定してたのに、
 
台風で行けなかった。
 
私が雨女なばっかりに、こんな日に限って台風こんでいいやん!
 
9/22には行けるかなーって思ってたのに、
それも叶わなくなっちゃった。
 
でも、ウーたんは私の中にいつもいるから。
いつも一緒だもんね。
 
これまで行けなかったお出掛けも、
これからはいつも私と一緒。
 
 
悔しくも、9/20は去年パウダー(トイプー)が寝たきりになった日。
 
私、シルバーウィークは大嫌いになりそうだよ。
 
 
最期まで付けていたウールーの迷子チョーカー、
付けて行かせようか悩んだけど、
 
ウールーの生きた証を何か遺しておきたいな。と思って、
 
少し前にfabDさんに私とわんこ4匹お揃いで作ってもらった服
 
結局一度も袖を通す事はなかったけど、
お揃い服と暑い日に着せていたクール素材の洋服と一緒に
 
ウールーの祭壇に飾る事にしました。
 
他の洋服、レインコートは全て持って行かせました。
 
 
迷子チョーカーなくても私達はきっとまた出逢えるよね!
 
生まれ変わって、今度は迷わずおいで。
 
私、絶対見つけるから!!
 
 
ウールーの背中の❤︎マーク。これが目印だね。
 
ウールー 私に保護させてくれて、ありがとう。
 
平日でみんな仕事だったので
私一人で送り出す予定だったけど、
 
最初にウールーを見付け、私に話を下さったAさんが
 
忙しい中、お店から引き抜いてきた状態のお花を
両手にたくさん握り締め、斎場へ駆け付けてくれた。
 
ウールーの棺はお花だらけになり(笑)
笑いあり、涙ありの賑やかなお葬式になりました。
 
 
 
本来であればお空にお返しし、
土にお返ししてあげないといけないのだろうけど
 
やっぱりまだもう少し近くにいて欲しくて
我が家に連れて帰ってきてしまいました。
 
しばらくお家で供養してあげようと思います。
 
ごめんね、もう少し私とうちのコらと一緒にいてね。
 
骨壺のカバー、
斎場で頂くのはいかにも。でどうしても苦手。
 
ウールーが亡くなった後、
 
何かに没頭していたくて無心になって刺繍し、
ウールーだけのカバーを作った。
 
『hrureux(ウールー)』の『H』と、
 
その下には『Bonne nuit』 フランス語で『おやすみ』
と刺繍しました。
 
 
お花もたくさん頂きました。
 
お花の事は全く分からないけど、
 
ウールーのお世話だと思って
分からないなりに毎日お世話させてもらってます。
 
私が準備したお花は、最期一緒に持って行かせたのですが
皆さん時間差で送って下さったので、
 
亡くなった日以来初めて私がお花買いました。
 
愛してるよ。の気持ちを込めて、バラの花束にしました。
 
 
お花をたくさん飾っていると
なぜかウールーがとっても近くに感じられます。
 
父ちゃんもお花買って来てくれたりします。
 
毎朝お花のお世話をし、
お光とお線香炊いて、ウールーとお話しています。
 
 
 
ウールーの事、気に掛けて下さった方々
ありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
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