いつかの秋のお昼ごはん。 食事は体が欲する季節のものを食べます。 お味噌汁の出汁は日高昆布とかつお。 甘みとコクを出したい時はあご出汁。 ご飯はお鍋で炊いておひつに入れます。 調味料は正しい製法で作られたものを。 食材は真面目に素直に作られたものを。 素材の味を引き立てるシンプルな調理で。 化学調味料、コンソメ、市販のドレッシング、たれ、つゆ、なんとかの素、ルー、は使いません。自家製たれ、つゆは混合節か椎茸出汁と醤油とみりんで作ります。牛乳、白砂糖、チューブの薬味、不自然なもの、使いません。 調理オイルはオリーブオイル、ごま油。揚げ油は菜種油。ドレッシングにはオリーブオイルかエゴマ油。すべてオーガニックのものを。 地元のものをたくさん使って。 手早く、基本を守って、美味しく、体が喜ぶ季節のものを。 旦那さんの家族に驚かれたけど、でも。食事のこだわりはやっぱりゆずれません。だって、不自然なものって平べったい味で美味しくない。 食事は体と心を作るから。体と心に向き合って、きちんと頂くのです。エネルギーのこもったいのちを頂きます。それが一番の薬。滋養です。 #お料理 #体に良くて美味しいもの #地産地消 #フードマイレージ #旬のものは薬 #薬膳 #発酵食 #滋養強壮 #蔵元嫁レシピ #食育 #食育インストラクター #能登暮らし #ヤマト味噌 #足立醸造 #無農薬無科学肥料の米 #ゆめうらら #金沢大地 #天然塩 #能登 #まごはやさしい #さしすせそ #staub #gioprodact #輪島塗 #おひつごはん #季節のごはん #いただきます

shihori928さん(@shihori928)が投稿した写真 -

AD

思いやりの想像力

テーマ:
久しぶりの更新になりました。
お越し頂き、ありがとうございます。
***


今日は想像力のはなし。


唐突ですが、
優しさや思いやりは想像力だと、
この一週間、考えることがありました。


心を寄せる時、
どんな気持ちだったか
どんな風に感じたか
どんな景色が見えていたか
相手の心の中に入り込んで想像する。

想像できなければ
痛みや悲しみや
こうしてほしいという要求さえ
汲み取ることはできない。


当たり前の日常を根こそぎ奪われてしまった東北の被災地を歩きながら、
どれだけ心を寄せられるかと思った時、
自身の想像力を自分自身に問われるような感覚になりました。

想像を超える被災地の景色を目の当たりにして、自分の想像力の行き止まりが見えてしまうようで、とてももどかしくもありました。

心を寄せようとすることは、想像力そのものだと痛感したんです。



思いやりや優しさってなんでしょう。
そもそもどうやって身につくんでしょう。

それらは全部、つまりは想像力から生まれていて、いかに相手になれるか、
ということです。

さりげない優しさも
ほんの少しの思いやりも、
相手になってみることが出来たら
ちっとも難しくはない。


泣かせちゃったあの子や
笑ってくれた誰かの
感情に触れる実体験ももちろんだけど、
小さい頃に読んだ絵本のいろいろや
涙した映画や抱きしめた小説の
それぞれの擬似体験が、
誰かになるという想像力を育んでくれると思います。



優しくなりたい。

時々そう呟いて自分の短気や足りなさを反省することがあります。

後になってから
こんなこと言っちゃった、とか
ああしてあげたらよかった、とか
悔やんだりすることも。


いつでも誰かになれる優しさを持ちたい。
気持ちの分かる人間になりたい。
そうなれたら、いつも心地良い自分でいることができる。
そう思います。


だからいっぱい笑って
いっぱい泣かなくちゃ。

優しくなりたいなら
想像力です。
想像力。つけなくちゃ。




***
AD

美しい眼

テーマ:
お越しいただきありがとうございます*


小学生高学年になって読んだ
灰谷健次郎さんの『兎の眼』。
それまでまともに本を読んだことのなかった私が出会った最初の本です。

もう、
わんわん泣いて
ぐしゃぐしゃになった。

鉄三が小谷先生が、愛おしくていじらしくて、たまらなかった。


そこに出てくる「美しい眼」
その言葉に全身が痺れたのを覚えています。

人間が持つ優しく
たおやかで本質的な美しさ。
誠実や野性や無垢や慈悲を集めて、
ひとつに合わせたような、
美しいだけではない、美しさ。

本に出てくる描写はけして綺麗なものではなく、むしろ薄暗く怖いくらいの色彩だったけど、その中で生きるそれぞれの命の真剣さを通して、人としての善悪を教えてもらったように思います。

そのあとに書かれた『天の瞳』にも、もちろん夢中になりました。


あの日から十数年たった今も
美しさへの渇望はそのまま、
ぐるぐる回されても、
それだけは変わってないのに。

信じる強さが鈍ったり、くすんだり、落ち込んだりするのは
大人になったからなんだろうか。
色んなものが見え過ぎてしまうからなんだろうか。
それとも、何も見えなくなってしまったのかな。


世界は溢れているから、
大切なものが見えなくなってしまいそう。

そんなに多くは抱えられないのに、
たくさんのことが大切に思えて、
手を広げたら
腕の間からこぼれてしまいそう。


大切なものはなんだろう。
私は欲張りだな。

もっと本質に向き合ったら
衝動的になれるだろうか。
美しい眼を携えたい。
走り出したい。


耳を塞いで眼をつむって立ち止まっても
自分に向かって突き止めなきゃいけないことがあるはず。


もう一度、思い出したいな。
鉄三と小谷先生に会いたいな。


***
AD