• 07 Nov
    • チェルノブイリと震災復興

      11月19日午後6時から午後9時まで、田町の女性就業支援センターで、「リーダース勉強会」です。ゲストスピーカーは、小林一さん(元UR、現NPO法人アジア起業村推進機構)先日訪問したチェルノブイリと、現在活動されている復興支援(福島、岩手における活動)などのお話をしていただきます。震災復興はまだ終わっていません。放射能や原発はどうなるのでしょう?私たちは何を、どう、考えたらいいのでしょう?小林さんはいまごろはベトナムにいらっしゃるはず。アジアの起業や発展についても、お話がうかがえると思います。小林さんのほかに、茨城県でウエディング・ビジネスと補正下着の販売をしている女性起業家 山本恵さん、岩本江以子さんの「顔ヨガ」ミニ講座もあります。参加費 3000円男性、起業家以外の方も大歓迎です。女性就業支援センターの地図はこちら> http://www.joseishugyo.go.jp/shisetu/access.html

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  • 03 May
    • 大友克洋GENGA展

      大友克洋さんといえば「AKIRA」が有名だけれど、私は「童夢」をはじめて読んだときの衝撃を忘れることができない。その後、「ヘンゼルとグレーテル」のような、一見かわいいけれど、実はシュールな「コミック」作品などを発表されたりしたときも、どきどきわくわくする気持ちになったものだ。私はかつて、寺沢武一という漫画家の著作権管理やプロデュースを担当していた時期があった。大友克洋さんと寺沢武一(と江口寿史さん)は皆同学年で、「漫画」というジャンルを超えた作品づくりに取り組む姿勢にも似ているところがあった。大友さんが「AKIRA」を連載しているころ、寺沢は「コブラ」に続き「ゴクウ」という作品を描いていたと思う。「コブラ」や「ゴクウ」をアメリカで出版したころ、大友さんは「AKIRA」をアメリカでオールカラー・バージョンで販売したし、私たちが「コブラ」や「ゴクウ」のアニメ・ビデオをヨーロッパで販売しているときには、「AKIRA」のプロモーションが欧米で展開されていて、どこへ行っても大友さんと歩んでいるような気になったものだ。そういえば、「ゴクウ」のアニメーションの打ち上げかなにかのときに、大友さんが来てくれて、一緒に飲んだこともあった。とにかく、そのころは、大友さんと寺沢武一はライバルみたいな感じだった(と私たちは思っていた)それから何年もたって、私は寺沢先生の仕事から離れ、大友さんも大きな活動は耳にしなかった(私だけかもしれないけれど)そして、今回の「原画展」眠っていた巨人が起きた、というくらい、びっくりするニュースだった。GWのちょっと前の平日、昼すぎに行ってみた。「チケットは予約制で、当日券は買えないかも」と聞いていたけれど、買えました。並んだけれど。そして、平日の日中なのに、かなり混雑していて、大友さんのファンがいかに多いかと思うと同時に、漫画家さんたちの寄せ書きがたくさんあって、それらを見るにつけ、大友さんの人望もすごいのだなあと改めて思ったり。いやいや、そんなことはどうでもいいです。本当にすごいのは作品なのだから。カラーの作品は、息を呑むほど美しく、緻密。恐ろしいばかりのデッサン力とデザイン力。そして「AKIRA」の全原画のすばらしいこと!担当編集者は、この作品1ページ1ページを手にしたのかと思うと、羨ましくもあり、恐ろしくもあり。会場は2時間入れ替え制になっているのですが、その理由は行ってみるとわかります。1枚の絵の前に何時間でも立って見ていたい。そんな絵が、何百枚もあるのです!たったひとりの作家が、こんなにたくさんの、こんなにすごい絵を描いているなんて!!!会場で配布されるフリーペーパーに、大友さんが、「なぜ原画展を開催するに至ったか」という理由を書いている。驚くことに、この素晴らしい原画展は、なんと、東日本大震災の復興チャリティー企画で、「どうせやるからには、全部の原画を展示しなくちゃいけない」という大友さんの強い意思があったということがわかり、ただただ感動。入場料の3分の1が被災地支援に使われ、しかも「どこに支援したいか」という支援先を選ぶこともできる。とにかく、徹底している。大友さんの作品の1点1点が芸術だと思いました。とにかく「すごい」です。「大友克洋GENGA展」は、千代田区にある廃校利用のアートスペースである@3331で、5月30日まで開催されている。GENGA - OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES -/大友克洋原画展 実行委員会¥5,040Amazon.co.jp大友克洋アートワーク KABA (OTOMO KATSUHIRO ART WORK)/大友 克洋¥5,775Amazon.co.jpOTOMO KATSUHIRO ARTWORK KABA2 (OTOMO KATSUHIRO .../大友 克洋¥6,825Amazon.co.jp童夢 (アクションコミックス)/大友 克洋¥830Amazon.co.jp

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  • 11 Jul
    • 泣いても泣いても涙がとまらない・・・

      電車に乗ったら、その人がいました。ハンカチを、目の下に当てて、うつむいています。髪の毛をオシャレに結っているところから、たぶん、20代後半か、30代か。持っているバッグや、なんとなく時代にそぐわないパフスリーブの服などから、その人はどんな仕事をしている人なのだろうかとか、どこへ行くのだろうかとか、考えてしまいます。その人は私が見ていようといまいとおかまいなしに、ハンカチを目にあてたまま、ときどき、すすりあげて泣いているのですが、わあわあと泣くわけではなく、ほろほろとなくわけでなく。ただ、目の下にハンカチをあて、落ちて流れる涙を、肩で受け止めているかのようでした。仕事で悔しい思いをした・・・わけではないでしょう。友達とケンカをした、というよりは、きっと、好きな人との別れではないでしょうか。思い切ってオシャレして、うきうきと出かけたら、新しい彼女を紹介されたのかもしれません。肩をたたいて、「大丈夫。大丈夫」と、言ってあげたくなるような、なんだか悲しい様子が、ずっと続きました。15分ほどして、私は電車を降りましたが、彼女はまだそのまま、ハンカチを押さえたまま、電車に乗っていってしまいました。いったい、どんな悲しいことがあったのでしょう。今日は、元気になっているでしょうか。

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  • 12 Jun
    • 三陸に仕事を!プロジェクト

      浜の女性たちが、漁網を使って、ミサンガを創り、販売しています。1100円のうち、890円が女性たちの収入になるそうです。以前、広告代理店が仕掛けた詐欺まがいの白いバンドと違い、こちらはきちんと三陸の女性たちにお金が届く仕組みです。

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  • 10 May
    • 「ぼらんてぃあ」

      今日は、朝から、渋谷区の高齢者福祉課の方と、地域包括センターの方と電話。詳細は、プライバシーに関わることなのではぶくとして・・・高齢者といっても、いろいろな高齢者がいて、だんだん「あの世」に近くなるにつれて、神様とか仏様に近くなる人もいれば、この世にしがみついて鬼のような面相になる人もいるのだなあということ。なにごとも、しがみつくとか、執着とか、依存とかしない、というのではなく、上手なしがみつきかたとか、上手な依存のしかたとか、上手な人の頼り方とか、そういう術をわきまえた老人になりたいものだと思うが、果たして自分がそんないさぎよい年寄りになれるのだろうかとも思う。福島の原発で作業している20代の建設業の男性は、日当3万円で、かれこれ3ヶ月、200人が雑魚寝する体育館で寝泊りして、作業しているという。将来白血病になっても訴えないという念書を人材派遣会社と交わしたというが、私が聞いている話では「日当」は「40万円」であるから、37万円は途中でどこかが搾取しているということになる。ウソか、本当か、わからないけれど。「仕事がない」から「未来」よりも「いま」の危険地帯で働きながら、「誰かの役にたてるなら」と、その青年が言っていた。未来が遠い先にあると思うからこそ、無謀なこともできるのかもしれない。永六輔さんの「ぼらんてぃあ」は、阪神の震災後のいろいろなボランティアの人たちのことや、高齢者や障がいを持った人たちとの交流やコミュニケーションについて書かれた本。たまたま、うちにあったので、さらりと読んでみた。「二本ある手のどちらかは、誰かのために使えるように」と、帯にある。「無償(ただ)」の仕事 (講談社プラスアルファ新書)/永 六輔¥714Amazon.co.jp「日本のためにケーキを焼こう」というサイトを教えてもらった。日本は、こんなに愛されているんだな。

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  • 07 May
  • 06 May
    • 飯館町の「までいの力」

      までいの力/SEEDS出版¥2,500Amazon.co.jp飯館町は、小さな町なのにとても独立心があり、いろいろな工夫で、独自の町づくりに取り組んでいた。311の前に出版が進んでいたという記念すべき一冊。収益はすべて、寄付されるとのことです。福島在住ライターの武田さんに教えてもらいました。私も買います。

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  • 03 May
    • 釜石~百聞は一見にしかず

      赤城山麓で牛を飼っている小堀くんが、釜石まで震災支援に行きました。彼のTwitterでも活動の様子はわかった人はわかったかもしれないけれど、私は今日、知りました(ごめんなさい)そしたら、彼から電話もらいました(ありがとう)釜石の避難所では、物がすでに余っていて、衣類はほとんど焼却処分になるほどであるとのこと。しかも、避難できる若い人たちはすでにどうにかすることができていて、年配の人たちが多数。よって、衣類も大きなサイズでないとダメで、これからの春夏ものの需要はある。「古着はダメ」というのは仕分けをしている人たちの意見であって、現地では、古くてもサイズが合うもの、着ることができるものなら喜ばれる。案外、想像外で喜ばれたものが「鍋」で、やわらかいものしか食べることができないお年寄りが「これでやっと、やわらかく調理できる」と喜ばれた。洗濯機と柔軟剤よりも、洗剤は必要とされた。ペットフードはすぐに貰い手があった。観光客気分のボランティア(ボランティア気分の観光客?)がいて、ハラがたった。避難所では食事はほとんどあるとはいえ、毎日同じものばかりが出ていたりもする。(毎日カップラーメンばかりとか)避難所と避難所をつなぐ「足」がないので、物資が余ったり不足したりしてもうまくいきわたらない。なんといっても「情報」がいきわたっていない。などなど。お年寄りが多いところでは、iPadがあったとしても何の役にも立たない(わけじゃないけれど、ほとんどの人が使いこなせないから意味がない)とも。「でも、被災地に行った人は、これからの人生が変わると思う」と、彼は締めくくりました。いろいろな理由があって、自分の家や、地域から離れることができない人もたくさんいるようです。まだまだ、いろいろな形で、助け合っていく必要があります。渋谷の街にも、いろいろなスローガンを見ることができますが、生活そのものはあまり変化がありません。牛乳や水が一時期店頭に並ばなかったことがあるけれど、いまではふつうに手に入るし、トイレットペーパーも、雑誌も、食品も、枯渇することはありません。とはいえ、じわじわと、影響はあり、国産タバコがだんだん品薄になっています。(紙がないとのこと)震災後、選挙活動もあって、なかなか一緒にいてやれなかったせいか、チビタはますます甘えん坊になり、私が家にいるときはかたときも離れずにいます。

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    • 原子力の専門家・東京大学大学院教授の小佐古敏荘氏の記者会見

      サムライ社長のブログを転載します。長文ですが、がんばって読んでみてください。東京電力福島第一原子力発電所の事故への対応に当たるために、先月、内閣官房参与に任命された、原子力の専門家で東京大学大学院教授の小佐古敏荘氏が、記者会見し、「政府の対策は法にのっとっておらず、場当たり的だ」として、内閣官房参与を辞任することを明らかにしました。記者会見で辞任の理由について説明した資料を全文掲載します。*文中の下線は、原文のままです。平成23年4月29日内閣官房参与の辞任にあたって(辞意表明)内閣官房参与 小佐古敏荘 平成23年3月16日、私、小佐古敏荘は内閣官房参与に任ぜられ、原子力災害の収束に向けての活動を当日から開始いたしました。そして災害後、一ヶ月半以上が経過し、事態収束に向けての各種対策が講じられておりますので、4月30日付けで参与としての活動も一段落させて頂きたいと考え、本日、総理へ退任の報告を行ってきたところです。 なお、この間の内閣官房参与としての活動は、報告書「福島第一発電所事故に対する対策について」にまとめました。これらは総理他、関係の皆様方にお届け致しました。 私の任務は「総理に情報提供や助言」を行うことでありました。政府の行っている活動と重複することを避けるため、原子力災害対策本部、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、文部科学省他の活動を逐次レビューし、それらの活動の足りざる部分、不適当と考えられる部分があれば、それに対して情報を提供し、さらに提言という形で助言を行って参りました。 特に、原子力災害対策は「原子力プラントに係わる部分」、「環境、放射線、住民に係わる部分」に分かれますので、私、小佐古は、主として「環境、放射線、住民に係わる部分」といった『放射線防護』を中心とした部分を中心にカバーして参りました。 ただ、プラントの状況と環境・住民への影響は相互に関連しあっておりますので、原子炉システム工学および原子力安全工学の専門家とも連携しながら活動を続けて参りました。 さらに、全体は官邸の判断、政治家の判断とも関連するので、福山哲郎内閣官房副長官、細野豪志総理補佐官、総理から直命を受けている空本誠喜衆議院議員とも連携して参りました。 この間、特に対応が急を要する問題が多くあり、またプラント収束および環境影響・住民広報についての必要な対策が十分には講じられていなかったことから、3月16日、原子力災害対策本部および対策統合本部の支援のための「助言チーム(座長:空本誠喜衆議院議員)」を立ち上げていただきました。まとめた「提言」は、逐次迅速に、官邸および対策本部に提出しました。それらの一部は現実の対策として実現されました。 ただ、まだ対策が講じられていない提言もあります。とりわけ、次に述べる、「法と正義に則り行われるべきこと」、「国際常識とヒューマニズムに則りやっていただくべきこと」の点では考えていることがいくつもあります。今後、政府の対策の内のいくつかのものについては、迅速な見直しおよび正しい対策の実施がなされるよう望むところです。1.原子力災害の対策は「法と正義」に則ってやっていただきたい この1ヶ月半、様々な「提言」をしてまいりましたが、その中でも、とりわけ思いますのは、「原子力災害対策も他の災害対策と同様に、原子力災害対策に関連する法律や原子力防災指針、原子力防災マニュアルにその手順、対策が定められており、それに則って進めるのが基本だ」ということです。 しかしながら、今回の原子力災害に対して、官邸および行政機関は、そのことを軽視して、その場かぎりで「臨機応変な対応」を行い、事態収束を遅らせているように見えます。  とりわけ原子力安全委員会は、原子力災害対策において、技術的な指導・助言の中核をなすべき組織ですが、法に基づく手順遂行、放射線防護の基本に基づく判断に随分欠けた所があるように見受けました。例えば、住民の放射線被ばく線量(既に被ばくしたもの、これから被曝すると予測されるもの)は、緊急時迅速放射能予測ネットワークシステム(SPEEDI)によりなされるべきものでありますが、それが法令等に定められている手順どおりに運用されていない。法令、指針等には放射能放出の線源項の決定が困難であることを前提にした定めがあるが、この手順はとられず、その計算結果は使用できる環境下にありながらきちんと活用されなかった。また、公衆の被ばくの状況もSPEEDIにより迅速に評価できるようになっているが、その結果も迅速に公表されていない。 初期のプリュームのサブマージョンに基づく甲状腺の被ばくによる等価線量、とりわけ小児の甲状腺の等価線量については、その数値を20、30km圏の近傍のみならず、福島県全域、茨城県、栃木県、群馬県、他の関東、東北の全域にわたって、隠さず迅速に公開すべきである。さらに、文部科学省所管の日本原子力研究開発機構によるWSPEEDIシステム(数10kmから数1000kmの広域をカバーできるシステム)のデータを隠さず開示し、福島県、茨城県、栃木県、群馬県のみならず、関東、東北全域の、公衆の甲状腺等価線量、並びに実効線量を隠さず国民に開示すべきである。 また、文部科学省においても、放射線規制室および放射線審議会における判断と指示には法手順を軽視しているのではと思わせるものがあります。例えば、放射線業務従事者の緊急時被ばくの「限度」ですが、この件は既に放射線審議会で国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告の国内法令取り入れの議論が、数年間にわたり行われ、審議終了事項として本年1月末に「放射線審議会基本部会中間報告書」として取りまとめられ、500mSvあるいは1Svとすることが勧告されています。法の手順としては、この件につき見解を求められれば、そう答えるべきであるが、立地指針等にしか現れない40-50年前の考え方に基づく、250mSvの数値使用が妥当かとの経済産業大臣、文部科学大臣等の諮問に対する放射線審議会の答申として、「それで妥当」としている。ところが、福島現地での厳しい状況を反映して、今になり500mSvを限度へとの、再引き上げの議論も始まっている状況である。まさに「モグラたたき」的、場当たり的な政策決定のプロセスで官邸と行政機関がとっているように見える。放射線審議会での決定事項をふまえないこの行政上の手続き無視は、根本からただす必要があります。500mSvより低いからいい等の理由から極めて短時間にメールで審議、強引にものを決めるやり方には大きな疑問を感じます。重ねて、この種の何年も議論になった重要事項をその決定事項とは違う趣旨で、「妥当」と判断するのもおかしいと思います。放射線審議会での決定事項をまったく無視したこの決定方法は、誰がそのような方法をとりそのように決定したのかを含めて、明らかにされるべきでありましょう。この点、強く進言いたします。2.「国際常識とヒューマニズム」に則ってやっていただきたい 緊急時には様々な特例を設けざるを得ないし、そうすることができるわけですが、それにも国際的な常識があります。それを行政側の都合だけで国際的にも非常識な数値で強引に決めていくのはよろしくないし、そのような決定は国際的にも非難されることになります。 今回、福島県の小学校等の校庭利用の線量基準が年間20mSvの被曝を基礎として導出、誘導され、毎時3.8μSvと決定され、文部科学省から通達が出されている。これらの学校では、通常の授業を行おうとしているわけで、その状態は、通常の放射線防護基準に近いもの(年間1mSv,特殊な例でも年間5mSv)で運用すべきで、警戒期ではあるにしても、緊急時(2,3日あるいはせいぜい1,2週間くらい)に運用すべき数値をこの時期に使用するのは、全くの間違いであります。警戒期であることを周知の上、特別な措置をとれば、数カ月間は最大、年間10mSvの使用も不可能ではないが、通常は避けるべきと考えます。年間20mSv近い被ばくをする人は、約8万4千人の原子力発電所の放射線業務従事者でも、極めて少ないのです。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです。年間10mSvの数値も、ウラン鉱山の残土処分場の中の覆土上でも中々見ることのできない数値で(せいぜい年間数mSvです)、この数値の使用は慎重であるべきであります。 小学校等の校庭の利用基準に対して、この年間20mSvの数値の使用には強く抗議するとともに、再度の見直しを求めます。 また、今回の福島の原子力災害に関して国際原子力機関(IAEA)の調査団が訪日し、4回の調査報告会等が行われているが、そのまとめの報告会開催の情報は、外務省から官邸に連絡が入っていなかった。まさにこれは、国際関係軽視、IAEA軽視ではなかったかと思います。また核物質計量管理、核査察や核物質防護の観点からもIAEAと今回の事故に際して早期から、連携強化を図る必要があるが、これについて、その時点では官邸および行政機関は気付いておらず、原子力外交の機能不全ともいえる。国際常識ある原子力安全行政の復活を強く求めるものである。以上

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  • 02 May
    • 断捨離しなくてよかった!?

      心月さんのブログに「断捨離してはいけないもの」というお話。古きよき時代、というだけではなくて、古いものは長生きなものが多い。みんな、ものを大切にしている証拠です。被災した友人のひとり、Kさんは、根っからの断捨離アン。徹底的な合理主義派で、彼女の頭の中はコンピュータみたいに理路整然としています。ところが、彼女のお母さんはまったく反対。なんでもとっておくタイプで、ものがいっぱい。昭和ヒトケタの女性は、たいていそうですよね。「でも、今回ばかりは母のおかげで私は生き延びたわ」と、Kさん。一番助かったのは、かねてよりバカにしていたトイレットペーパーの山だったとか。「冷蔵庫を開けると常備菜がたくさんあるし、缶詰も1年分くらいはあって、私たちは食べ物にはちっとも困らなかったの。ありがたかったわ」ところで、被災地は、3日もたてば食べ物も衣類もいろいろ集まって、さほど困るものはないというけれど、私自身はどんなボロでももらえるものはうれしいというタイプなので、不安に思いながらも、身の回りのものをおすそ分けで送る。「伊藤さんからいただいたもの、届けてきました」と、電話が来て、「あんなもので、よかったでしょうか・・・・ごにょごにょごにょ・・・」だって、新品のものは半分くらいだったし、季節外れかもしれないものもあったし、人から見たらボロみたいなものもあったかもしれないし・・・電話をしてきてくれたSさん。「伊藤さん、疲れてますよ。考えすぎです」そうでしょうか。疲れてますか、私(笑) Sさん見抜いてますか。どうも、人に何かをさしあげることに気を遣いすぎてしまって、結局あげなかったりしちゃうタイプなのです。「実は、送ったもののなかに、ジグゾーパルズがあって、あとで気がついたら、1ピース落ちてたんです。どうしよう」「それもまた、楽しいじゃないですか」被災地のことをあれこれ考え、悩むよりは、1度、足を運ぶとよいと、Sさんに言われて、思い出したのは、阪神の震災のときのこと。震災が起きて1か月くらいたったときに、「とにかく来てください」と言われて、こわごわ新幹線で行くと、途中まではごく普通の景色だったのに、屋根のブルーシートがひとつ、ふたつ、と増えて、着いた町は1か月たっても、街路樹が捻じれ、建物がななめになっているなかで生活している人たちがいたっけ。今回は、あまりにも広範囲で、しかもあまり話題にならないようなところでも(たとえば千葉や茨城でも)被害があり、放射能においてはもう、わけがわからないところまでも広がっていて、幸い、私はもう55歳でもあるので、食べ物などにおいてはそうそう怖いものはないのだけれど、これからだんだん、国産の食物が減っていくのではないかしらと思ったり、農家の方たち、漁業をしている方たちのご苦労にはとてもとても想像が追い付かない。とにかく、みなさん、お元気で、としか言えないところで、私自身は、隣家のクレイジーなおばあさんのことばかり考えている。隣家のクレイジーおばあさんは、毎日何回か電話をかけてくるので、めんどくさいので電話をオフにしてある。15年も店子としてお世話になっていて、そんな冷たい隣人でよいのだろうかと思う反面、赤の他人なのにあれこれ頼られても困るし、責任だって持てないじゃん、と思ったりしながら、今日は、書類整理日の予定が、予定外の廃品回収業者の車がやってきたことで、急きょ「断捨離」日となる。あれもこれもと、2トントラックがいっぱいになって、それでもまだ、部屋のなかにはまだまだものがたくさんあって、悲しくなる。大津波が来たら、あれもこれも、いったい、どのくらいのものが流されるのだろうか、とか。こんなときに、大変顰蹙(ひんしゅく)ではあるけれど、大津波にあったつもりで、なにもかも捨ててしまえばすっきりとするのに、とか思ったりもするけれど、なかなか気前よく捨てることができないんですね、私。でも、Kさんのお母さんのように、ため込んだものがきっといつか、役立つときが来る、かも?先日久々に会った、Iくん。「伊藤さんと僕じゃ、枚数が違うだろうけど、僕は名刺は絶対に捨てない。ほとんどの人は、いまではその名刺のところにいないけれど、名刺を見ると、自分がどんな仕事をしてきたのかということを思い出すんだよね。だから、スペースの問題もあるかもしれないけれど、名刺の整理は最後の最後でいいよ」とも。いろいろな理由をつけては、あれもこれもとため込んでいますが、思い切って捨てて気持ちよくなる人もいる一方で、捨てれば捨てるほど切なくなる人もいるっていうことかな、とも思ったりもしています。今日捨てたもののなかで、すでに未練がある(笑)「捨てない」生き方/橋本 英夫¥1,680Amazon.co.jp捨てない贅沢―東京の里山発 暮らしレシピ/アズマ カナコ¥1,365Amazon.co.jp

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  • 30 Apr
    • 【転載】蔵王ありが豚応援サポーター募集

      ───────────────────────────────────【特別臨時号】東日本大震災農家応援プロジェクト始動!!         ~蔵王ありが豚応援サポーター募集開始いたします。~─────────────────────────────────── 今回の東日本大震災を受けて、私たち農家のこせがれネットワークでできることは何か考えながら、六本木農園やヒルズマルシェなどで活動してきました。 そうした中で、私たちの原点である農家支援をこれまで通り行っていくことが大切だと考え、私たちの知る範囲の仲間で、大きな被害を被った農家さんを応援していこうと、今回のプロジェクトを始動しました。 第1弾は、宮城県白石市で「蔵王ありが豚」を生産する高橋さんご一家の応援です。高橋さんの農場は、仙台空港のすぐそば(沿岸部から数百メートル)の場所にあり、今回の津波により壊滅的な被害を受けました。2,000頭いた豚も津波で流され、生き延びたのはわずかに93頭。豚舎は基礎部分を残して全てが流され、農場にいたお父さんは命からがら数メートルの高さがあるコンポストにのぼり生き延びました。 しかし、生き延びた豚の育成や農場の再建を完全に行うためには、一億円以上の金額がかかるそうです。保険や保証がいつどれくらい支払われるかも見えていません。そんな中、私たちが少しでも応援、ご協力したいなと思いました。※現地の写真や高橋さん家族からのメッセージをご覧いただけます。【詳細・申込】http://arigaton.my-farmer.jp 応援方法は、1口1万円の応援サポーターへの参加です。ただ単に義援金としてではなく、応援金として皆様からの応援の気持ちを届け、そしてありが豚が無事に再建をしていく中で、おいしく育ったありが豚を皆様のもとへとお届けいたします。<1万円の内訳>義援金:3千円=今、目の前に山積みの問題である【復旧】作業に活用します。応援金:7千円=ありが豚を【復興】させておいしい豚肉をお届けいたします。※こちらには事務手数料・送料なども含まれております。また、お肉が届く以外にも、☆養豚場と地域の復興状況をお届け・・・ありが豚の循環型養豚でできる良質なたい肥を、津波後の塩害の残る地域に提供します。サポーターの皆さまから頂いた支援を、地域に還元しながら1日も早い地域全体の復興を目指します。その復興の様子を皆さまには随時お知らせいたします。☆応援サポーター限定の交流イベントの開催・・・応援サポーターの皆様と農家が交流できるBBQを定期的に開催します。サポーターのみなさまとありが豚が直接交流し、おいしい一時を一緒に過ごしながら、感謝の気持ちを伝えます。■ 応援している方の顔が見える■ その後の皆様からの応援による復興過程が分かる■ 農家さんと直接つながることができるそんな応援サポーターを募集します!!【詳細・申込】http://arigaton.my-farmer.jp

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    • 【転載】4月30日銀座で「気仙沼レポート」

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「被災地支援シンポジウム」~あなたの美味しいが、被災地域を元気にします!~日 時:平成23年4月30日 13:00~15:30参加費:無料【プログラム】第1部 被災地からの報告(13:00~13:50) ・現地報告「気仙沼レポート」岩手佳代子氏 (仙台市在住、フリーアナウンサー)気仙沼出身の岩手さんより、被災地の現状報告と復興に向けた熱い想いを語っていただきます。 ・須賀川市(福島県)  現地生産者 ・大子町(茨城県)現地生産者及び、大子町役場農林課藤田貴則氏 ※震災報告は当日変更する場合が御座います。第2部 食品安全委員会からの報告 (13:50~14:30)    長野麻子氏 (内閣府 食品安全委員会事務局 総務課課長補佐)    農林水産省からの報告    ・農林水産省第3部 首都圏に住む我々の出来ること(14:30~15:00)報告&パネルデスカション    千葉ロッテマリーンズチャリティーマルシェ(菊地氏、牧野氏)    食べることで銀座から被災地支援 (白坂亜紀氏)    松屋緊急支援セール       (松屋銀座 吉田氏)司会:西経子氏 (農林水産省 農林水産技術会議事務局 総務課 総括課長補佐)*シンポジウム後、3000円会費で交流会、 ~あなたの美味しいが、被災地域を元気にします!~を開催します。茨城や福島の宮城の食べ物やお酒で今後の決意を語り合いましょう!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【参加費】 シンポジウム 無料       交流会 3000円【定員】   60名     【会場】   シンポジウム  紙パルプ会館3F会議室       (東京都中央区銀座3-9-11 TEL03-3543-8111)       銀座線「銀座」駅より徒歩2分(A12の出口)         【http://www.kamipa-kaikan.co.jp/access.html】       交流会     紙パルプ会館1階 ラウンジパピエ        (東京都中央区銀座3-9-11 TEL03-3543-8111)       銀座線「銀座」駅より徒歩2分(A12の出口)         【http://www.kamipa-kaikan.co.jp/access.html】【主催】 『NPO法人銀座ミツバチプロジェクト』   【企画】 『有限会社 アグリクリエイト』【お申し込み方法】以下の内容をご記入の上、メールまたはファックスでお申し込みください。お申し込みは、4月28日(木)までにお願い致します。●お申し込み先  Email: tanaka@aguri-tokyo.co.jp     FAX  03-3562-0127・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     4月30日(土) 「被災地支援シンポジウム」申込書  ◎シンポジウム       参加 ・ 不参加  ◎交流会          参加 ・ 不参加   1.氏名   2.所属(会社名等)   3.TEL&FAX   4.メールアドレス   5.紹介者(所属ML等)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【お問合せ】 『銀座食学塾』事務局 有限会社アグリクリエイト(内)   TEL:03-3562-0126  FAX:03-3562-0127

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    • 【転載】5月14日丸の内で「東日本大震災復興会議」イベント

      お知らせ転送します。連携カフェ2011 「私設・東日本大震災復興会議」2011年5月14日(土曜日) 昼12時~14時場所:Bar Centro 1916 丸ノ内店地図:http://www.cafedocentro.com/shops/map_marunouchi.html 震災復興に「連携カフェで出来ることを決める」との若者から呼びかけを受けて、皆さんに是非お集まりいただき、今年度第1回の活動と、震災支援へのとりあえずの一歩を踏み出してみたいと思います。 すでに、メール等でお知らせしご存知の方もおられますが、私自身偶然3月一杯滞在した群馬県片品村の支援組織「片品村むらんてぃあ」(http://d.hatena.ne.jp/Mulunteer/)の設立に関わったり、設立準備中だった地元・埼玉県新座市のNPO法人「地域の力」で数人のメンバーが、宮城県石巻市、福島県南相馬市、宮城県岩沼市の被災者支援に関わっていて支援強化の協力要請を受け、石巻にはすでに2回8日間の炊き出し・支援物資配送活動に従事しています。(http://ameblo.jp/power-of-earth919/) 当日はそうした、体験と実際の支援の現場レポートを聞いて頂きながら、当連携カフェの目的の一つである「私設省庁」の第1弾として「私設・東日本大震災復興会議」を開催したいと思います。 是非、ご出席ください。連携カフェ2011 「私設・東日本大震災復興会議」2011年5月14日(土曜日) 昼12時~14時場所:Bar Centro 1916 丸ノ内店 出席申し込み・メッセージフォームhttp://renkei-cafe.info/index.cfm

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  • 27 Apr
    • 人の言うことを全部聞いていてはダメ

      今朝、被災地の方からの電話。「何が必要なの?」と聞くと、「伊藤さんが送ってもらうものなら、なんでもいい」「新品じゃないとっていうけど、私自身はお古でも大丈夫な人なんで、新品ぽいお古でもいいの?」「伊藤さんが着れる服なら、新品じゃなくても大丈夫」「送ってもらったものは、必ず、誰かが欲しいはずだから、あれこれ考えすぎないこと」と、その人は言った。「いろいろな人が、いろいろなことを言って、それをいちいち考えていたら、自分の心が折れてしまう。だから、人がなんと言おうと、自分を信じてください」まったく、なんでいつも、最後に、被災した人に励まされてしまうんでしょうね。どっちが励ましているんだか、わかりません。ということで、午後にでも、ちょっとだけ、おすそわけを発送します。気持ちが届きますように。

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    • 「元気!」 BYNP OF CHICKEN

      「パブリック松涛」のブログで紹介されていた、東日本大震災応援動画。改めて、東日本のこんなに多くの町村が被害を受けたことを確認する。自分たちができること。買占めをしない。食べ物は分け与えよう。献血をしよう。夜、1人でいないこと。そして、東京でできること。元気。私は、渋谷区議会議員に立候補しました。選挙期間も短かったし、インターネットで公約を発表することもできませんでした。私はずっと、地域が元気になるお手伝いをしてきました。地域活性化、地域情報化、地域ブランドづくり、農商工連携、販路拡大・・・結果として、東京が元気になれば、地域だって元気になる。渋谷は、日本の情報のどまんなかにあり(NHKだって、サイバーエージェントだって、Usenだって渋谷にある)、地方出身の若者が学ぶ学校や、専門学校、そして、サロン(美容院)と小さなアトリエ(洋服屋さん)の多いことなど、元気になる要素がたくさんある街です。区議会議員候補としては、地元の人たちに直接利益になることにつなげた口約束はなにひとつできなかったけれど、これまでやってきた仕事や、出会った人たちみんなのために、渋谷区をもっともっと若い力、元気にすれば、地方だって絶対に元気になる。日本も元気になる。「渋谷の元気を、日本の元気に」ちょっと抽象的ですが、それが私の想いでした。中小企業支援から、零細起業やフリーランス支援。創業やコラボレーション支援のための東京都10年ガイドラインとの連携。教育機関、IT企業、自治体との連携。渋谷区のホームページを見てみてください。旧態依然として、しかも情報もわかりにくい。1900年代後半には「ビットバレー」と呼ばれた街の区役所のホームページ(と情報化)をなんとかしようと、思う人はいないのでしょうか。BUMP(バンチキ、と女子大生は呼んでいたけれど)のこの映像には、「元気」という言葉が出てきます。私たちは、元気になりたい。選挙期間中、ブログを更新することは公職選挙法で禁止されています。(犬猫の話とかごはんを食べたとかいうくらいならいい、と言われましたが)「立候補します」ということは、選挙前には書いてはいけないし、選挙後は更新ができない。ということで、私が立候補したことを知っている人は、私が個人的にお知らせした人や街頭などで偶然出会った人だけです。私は区議会議員になる、と思った期間は短く、「そのための」準備活動はしていませんでした。2年前、ある党の党首から「立候補するなら、いつでも公認する」と言われたことがあるけれど、私が所属したいと思われる党はどこにもありません(いまでも)「勝てばいいのだから、そのときだけ、どこかの党に所属すればいい」といった人もいるけれど、それこそ、有権者に失礼なことだと思います。(党を支持して、応援する人もたくさんいるのですから)残念ながら(当然ながら?) 私は落選しましたが、理念・思想を曲げるつもりは毛頭ありません。また、なにかの役職を手に入れるがために、姑息なパフォーマンスをするつもりもありません。私は、元気になりたい。そのために、誰が、どこで、どんなことを、どうするか。それを考えていくことはやめません。報道の自由、インターネットの利活用(ICT活用)についても、さらに学んでいきたい。東日本のダメージは、ボディーブローのように、じわじわと都市の人たちの生活をも変えていくはずです。自分たちさえよい、という考え方ではいけない、と、切に思いますが、一方、自分たちがサバイバルしなくては、他人を助けることもできない、とも思っています。みんな、元気になろう。元気を手に入れよう。元気を伝えよう。

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  • 16 Apr
    • 釜石津波てんでんこ

      なぜか北海道新聞の震災の連載。古くから津波に苦しめられてきた釜石の小中学校では、「津波が来たら、教師の指示など待たずに、自分の判断でできるだけ高いところに逃げろ」と教わり、週1時間は防災訓練、年3回は避難訓練を行った結果、今回ひとりの被害もなかったそうだ。残念ながら亡くなった子どもが5人いたが、ほとんどが自宅などでのことだったということもあわせて考えると、やはり「学校」という場所で「てんでんこ」(てんで、ばらばらに、という意味らしい)であっても、「全員によるてんでんこ」になるのかもしれない。ちょうど数日前、渋谷区の某小学校の話を聞いたばかりだった。震災が起きたときに、その学校には備蓄食糧があるにも関わらず、出すことができず、教師たちは近所のコンビニなどに走りまわったが、ろくなものが手に入らなかったという話。津波のてんでんこと意味が違うけれど、「てんでんこに決断する」ということができないのはおかしい。自分がよいと思うこと、正しいと思うこと、あるいは、正しくなくても行ってしまうこと。すべては「自分の責任」なのだと思う。それにしても、釜石のてんでんこの記事はよかった。みんなが助かった、という明るいニュースは、「●●人死亡」というニュースよりは目を引く人は少ないかもしれないけれど、暗い話ばかりではだめだと思う。失敗や、ダメなことを活かすには、何度か訓練も必要かもしれない。

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  • 09 Apr
    • 福島県郡山市役所周辺レポート

      福島在住のライター武田さんが、郡山市役所周辺をブログにレポートしている。福島市で、私が講演の仕事をいただいたときに、わざわざ駆けつけてくださり、ご自身が取材した、郡山市の魅力たっぷりの本をくださった。きれいな写真を見ながら、歴史をひもとき、四季折々の風景写真に、福島が大好きになっていくような魅力をたくさん紹介している本だ。そんな武田さんが、今回は震災をレポートしている。復興へのメッセージのなかに、武田さんの青春の思い出のかけらがある。ああ、まったく・・・・でも、武田さんのブログのタイトルは「復興の兆し」だ。少しずつだけれど、復興は進んでいるということだろう。頑張れ、福島。

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  • 08 Apr
    • 福島県いわき市「スパリゾートハワイアンズ」週刊SPA記者の泣ける実話

      震災当日、休暇をとって家族旅行中だった本誌記者は、福島県いわき市の「スパリゾートハワイアンズで被災」。そこで記者が見た「スパリゾートハワイアンズ」スタッフの「プロフェッショナルな姿勢」とは? 3月11日。運命の日。記者は福島県いわき市にある「スパリゾートハワイアンズ」で被災した。久々にとった有休休暇。家族サービスと称し、妻と2歳10か月の息子を連れ、無料送迎バスでホテルに到着し、わずか1時間半後の震災だった。知らない土地、さらには水着のままの避難という、非日常的な状況下での悲劇ではあったが、ここで被災したことは不幸中の幸いだったのだと、今にして思う。それも、特上の。 まず、ここはガス、水道、電気という、いわゆるライフラインがすべて生きていた。そのため、さまざまなメディアで報道されている被災地のように、寒さに震えたり、暗闇に怯えたりすることが一切なかった。しかも、食料の備蓄があり、東京に帰ることになる日曜日の朝までの計5食、すべて十分な量を提供してくれた。しかも、ビュッフェ形式で。これは、2歳児を抱える家族としては、とてもありがたいことだった。 震災当日はバスが動けないことが判明したため、被災者たちは大会議室、あるいはロビーや廊下で雑魚寝となった。眠れぬ夜が明けて、土曜日。記者は、とある従業員にふと、聞いてみた。「このホテルのほかは、どんな状況ですか?」 すると、彼は表情を強張らせて、静かに答えた。「はっきり申しまして、このホテル以外は全滅です」 聞けば、周囲一帯、すべてライフラインが止まっているとのこと。そうか、記者たちはラッキーだったんだな、と思った数秒後、気付いた。……じゃあ、彼らの家族は一体どうなんだ? 親戚は? 友人や恋人は? 恥ずかしながら、記者はこの時まで、本当にこの瞬間まで、彼らも"被災者"であることを忘れていたのだ。それも、我々よりもはるかに厳しい環境下にあるのだ。恐らく、これだけ震源地に近くて、家族全員無事というのは考えにくい。連絡が取れない、友人、知人が山ほどいるはずだ。そして、何よりも自分自身が1秒でも早く、帰りたい場所があるだろう。しかし、彼らはそんなことを態度にはまったく出さず、自らの職務をまっとうした。その行為は、我々の体ではなく、心を救ってくれた。 トドメは日曜日だ。朝6時に、起床のアナウンスが流れ、朝食が始まった。ひと段落したところで、支配人が拡声器を片手に、静かに話し始める。「本日、皆さんを東京駅までお送りできることがわかりました」 満場の拍手が沸き起こる。その中で、さらに支配人は続ける。「昨日、弊社の従業員を実際に、東京駅に向かわせたところ、"走行可能"という判断を下しました」 その瞬間、巨大な拍手が会場を包んだ。常識では考えられないほどの大きな余震が続くなか、まったく安全が担保されない道を、被災した「お客様」のために走る。それは、命がけの行為だ。拍手で手が痛い。ジンジンと響き、熱くなる手のひらを見つめ、記者はこのとき、拍手には大小のみならず、軽重があることを知った。 それから、12時間を超える長旅を経て、記者は今、東京で原稿を書いている。そして思う。絶望の淵にある人を、真に救うのは「情報」でも「言葉」でも、ましてや「法律」や「ルール」などではない。「行為」だ。何をすべきかを論じているだけでは、誰一人救えないのだ。我が身の非力さを、これほど嘆いたことはない。 いつか、スパリゾートハワイアンズが営業を再開したら、また家族を連れて、遊びに行かせてもらうつもりでいる。それも、できれば毎年。そして、その都度、息子にこう言うつもりだ。「このホテルで働いている人は、みんなお前の命の恩人なんだぞ」と。そう笑って言える将来がきっと来ると、記者は強く信じている。 彼らの、1日でも早い営業再開を心より、祈りたい。

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    • ボランティアが足りているというのは幻想です。西條剛央さんのブログ

      早稲田大学大学院商学研究科専任講師 西條剛央さんのブログを転載します。今になってよくわかる。自分は甘えていたと。やれるのにやらない。間違っていると思っているのに見過ごす。書けるのに書かない。言うべきなのに言わない。そういうのはもう止めにした。*4月2日今もって大好きな伯父さんは行方不明。子ども(いとこ)は震災翌日から現地でずっと探し続けている。伯母さんや伯父さんの妹(母)は病院や遺体安置所を回っている。グランディ21の遺体安置所。首や手足ももげた遺体が多いため、直接遺体をみることはできない。だから遺体と持ち物の写真が貼られている。仙台市消防局の兄は、カラスが集まっているところを捜索するといっていた。だから遺体は陸上海中にかかわらずいろいろな動物に食べられている。酷い話で書いているだけでも胸が苦しくなってくるが、これが現実。*ボランティアに、タバコや酒はよくないと考える人がいるかもしれないが、現地の人の気持ちをわかっていない。そういうものが少しあるかないかではまったく違う。自分だって飲みたいのに、なぜ被災地の人には禁止するのか。阪神大震災のことを持ち出して、避難所ではお酒がダメだとか、アル中になるとか言っているひとがいるけど、完全に的が外れている。南三陸町だけでも生き残った半分の人が生活しているのだ。僕らが送ったところで、一人が大量に飲めるわけもなく、せいぜい一口ずつ飲めるかどうかだ。過去から学ぶのは大事だ。しかし過去は過去であり今ではない。同じところもあるだろうけど、違うところもある。人類が体験したことがない災害だ。頭でっかちな、お役所的な思考は現場の支援の妨げになる可能性がある。今、そこの場で、何が必要か想像力を働かせ、自分の頭で考えなければならない。テレビでやっているようなメジャーな避難所の人は困っていない。むしろ物が余っているのだ。何にマイナーな避難所には回ってこないらしい。賞味期限が二日切れたおにぎりだけがくるといっていた。佐藤さんは、被災して以来おにぎりとおしんこしか食べておらず、「昨日はじめてサバの缶詰を食べて、うまかったなやぁ」といっていた。*仙台市の行政には怒りを覚える。仙台市のメジャーな避難所には物が溢れているのだ。それで東京都庁で物資の受け付けをやっていて物凄い集まっていたのに、仙台市はもう要りませんと断ったのだ(それで都庁も受け付けをやめた)。なぜ同じ宮城県で困っている地域に分配しようと考えないのか。現地のボランティアが余っているなどというのは幻想だ。今回は余震や原発の関係もあってボランティアはまったく足りていない。特に僕らが回った6箇所の避難所には1人のボランティアもいなかった。ただ、公式のボランティア登録とかすると、メジャーな避難所にしか割り当てられず、自由に活動することができない。今、物も人も一部に偏っている状態なのだ。南三陸町だけじゃなく、実質上孤立していて本当に困っている避難所はたくさんある。有志が支援物資を持って現地に行った方がよい。そこの人と話をして、物資のないところを案内してもらえばよい。間違ってもテレビで報道されたメジャーな避難所にもっていってはいけない。そこは空から陸から物資は補充される。テレビに惑わされないで欲しい。物資も人もまったく足りていない。テレビに映っている人たちは恵まれている人たちなのだ。田舎には高齢の人が多い。若い人は少ない。漁師さん達がやられている。ネットで情報を集めるなどということはそもそも発想にすらない。ネットできることもある。しかし、今回の津波に襲われた主被災地の多くはネットとは無縁だ。現地に行って直接話を聞いてはじめてわかることがあまりに多い。ボランティアをしたいという人は万全の準備を整えてぜひマイナーな避難所を探して行って欲しい。必ず力になれる。これをみている人はネットができる強みを活かして欲しい。ぼくらは現地に行って、そこの地域の人々に信頼されている魚屋さんとつながりを持つことができた。その人に窓口になってもらい、僕らはネットで必要な物資の募集をかけて、全国からそこに送ってもらう。仙台市の行政は何を考えているのだろう。この期に及んで、必ず役所を通してください、食中毒になったら困るのでとかとぼけたことを言っている。苦情の電話が殺到ししたりしないと変わろうとすることはないだろう。*昼過ぎには物資募集かけましょう(RT=[以下に対する返信という意味です] 北川さん@TKHDKTGW みうらさんの避難先の近くにあるヤマトの営業所が生きているので、営業所留めで物資を届け、みうらさんに配ってもらうという約束をする。そのためのサイト「ふんばろう南三陸プロジェクト」は今日スタートする予定(スタートしました)。考えてみて欲しい。津波で壊滅した地域は、家もお金も何もないのだ。物資が足りているわけがない。缶詰やレトルト食品など日持ちがするものはいくらあっても困ることなどない。あるリーダーの女性は「靴も逃げてきたとき履いていたこれしかないから困っている」とおっしゃっていた。リーダーが「ボールペンもこれ1本しかないんです」といっていたので、北川さん(@TKHDKTGW) が自分のものをあげていた。そこには100人以上の避難民がいる。避難所は津波で破壊されたため、工場が避難所になっていた。雪降る中、毛布にくるまり肩を寄せ合ってしのいでいたという。南三陸町は人口の半分の人が亡くなった。現地の人の心情は計り知れないものがあるが、雰囲気は意外に明るい。田舎は地域のコミュニティの力が根付いている。みんなで励まし合っていきている。だから現地に行って顔がみえる形でネットワークを作ってくれば貢献できる。*僕らは南三陸町の一部の地域を支援することに決めた。それぞれがマイナーな避難所の後方支援力となれば、行政にできない柔軟なサポートができるはずだ。その方法は、現地に行ってそこで顔が広くて信頼されている人(そこの行政のトップではなく、避難所のリーダーとか)とつながりを持つ。必要な物と数を聞いて、それをサイトに掲載する。Twitterで募集をかけて全国から送ってもらう。充足したらサイトで打ち切りにする。現在、かなり深刻な被害を受けた地域でも、宅急便は近くの集配所までは届くようになっている。僕らが後方支援できる体制が、今ようやくできたのだ。ボランティアのタイミングを考えていた人は今こそ動くべきだ。今マイナー避難所が必要としているものを参考までに。缶詰、レトルト食品はいくらあっても困らないです。□お菓子(避難所にはお年寄りや子どもも多いみたいなので)□リップクリーム,ハンドクリーム,化粧水,化粧品といったコスメ関係(被災地では意外と稀少)□下着。□風船,しゃぼんだま,カードゲーム,花札,落書き帳といった子どもの遊び物関係。100円ショップで大量に買いました(露天商のように子ども達に好きなものを選んでもっていってもらえたらと)。□養命酒(温まるし健康にもよい。これはいくらあってもよいと思っています)。□カセットコンロのボンベ(主被災地はガスが止まっているところが多いのでこれもいくらあっても困らない)□ウエットティッシュ(あるリーダーの方はお風呂に入れないため大変重宝します、初めて手に入れることができました)といってました。□下着類(新品のパンツ・靴下、ヒートテック)。子どもがいるところはミルクや離乳食。□生理用品,紙オムツ(大人用・子供用)。田舎は高齢者が多いということを念頭においてください。*募金先はよく考えた方がよいと思う。赤十字は巨額な義援金が集まっているが、本当に効果的な運用ができるのか疑問。あしなが育英会とか、もっとその地域にダイレクトに届くように、個人にカンパするような気持ちで募金した方がよいと思う。仙台市では南中山とか全体からみればほとんど軽微な被害のところにお金を配ろうとしている。本当に大変なところにお金がいくようにしなければ意味はない。阪神大震災のときはボランティアが余って云々という話があるが、今回はまったく事情が違う。福島原発と余震、そしてあまりにも広範囲が甚大な被害を受けているため、マイナーな避難所にはボランティアなど一人もいない。ボランティア志望者は、公式機関を通さず、有志を募って個人で動くべき。仙台市はそうみたいですね。戦力を最大化させてほしいですね( RT[以下に対する返信という意味] @TKHDKTGW ただ、消防署でも事務職とかはやることがなくて時間をもてあましているらしいので、そういう人を遊撃隊にしちゃえば良いと思うのだけど、やっぱり役所はそうもいかないらしい。)ノウハウもまとめていきましょう! (RT @TKHDKTGW 今回の最大の収穫は三浦さんと知り合えたことだ。「みうらホットライン」で今、何が南三陸で足りないかを知り、それをダイレクトに届けることができるように。そうした活動のノウハウは、孤立しているほかのエリアにも役立つに違いない。)*津波で壊滅した地域で放射能を心配していた人はいなかった。あの惨状を目の当たりにしたら東京で微量過ぎる放射能を気にすることは(子どもは除く)、骨折している人を目の前にして、蚊に刺された自分を気にするようなものだ。@TKHDKTGWさんも激しく同意されていた。仙台市の人、ライフラインも復旧してきて、急速にガソリンも充足されてきた今、立ち上がりましょう。行政が弾力的に動けるように声を上げて、圧力をかけましょう。北部沿岸の大変なところに支援物資を運んで、地元の人とつながりをもって特定の箇所と連携しましょう。仙台市は東北のリーダなはずです。物資も集まってきている。東京は遠いです。仙台市が北の復興拠点になるべき。ガソリンがなくて今までは動けませんでしたが、これからは動けるはずです。待っている人はたくさんいます。今こそ立ち上がりましょう。壊滅した地域の避難民は高台で無事だった家で共同生活しています。そういう人には物資が行き渡っていないのです。物資を運んで、露天商のように「必要なものをもっていってください」拡声器で声をかけるだけで、十分に貢献できます。僕は実際に自分の実家を拠点として、物資を募集したところ、学生達がたくさん送ってくれました。午後も陸の孤島となっているところに運びに行きます。昨日も行こうとしたのですが巨大な橋が落ちていていけなかったので別ルートでいきます。ネットで全国から自宅に送ってもらうのです。ブログにリンクを貼って随時更新すれば物資が集まりすぎることは防げます。それを海岸線を走っていって、北部の物が行き渡っていないところに運ぶのです。地元の人に話をきいてもよいと思います。これからまた支援物資積んで現地にいってきます。------(早稲田大学大学院商学研究科専任講師 西條剛央)

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  • 27 Mar
    • 3月27日プライム前13時から16時 国生さゆりさんによる被災地支援のお知らせ

      国生さゆりさんからの呼びかけのようです!ご存じの方もいるかもしれませんが3種限定だそうです①『カイロ』②『生理用品③『おむつ』(大人用、子供用)*新品未開封のモノに限ります*1つでも受付いたします日時と場所は3月27日(日曜日)東京都渋谷区道玄坂2-29-5渋谷プライム1Fエントランス(渋谷109隣)13時~16時予定です。集まった物資は都庁の東京都福祉保健局を通じて被災地に届けます!

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プロフィール

伊藤淳子@A-Girl Creative

性別:
女性
誕生日:
2月21日生まれ
血液型:
O型
お住まいの地域:
東京都
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【プロフィール】 『だいじょうぶ。ニャンとか生きていけるよ』『天職が見つかる 女のお仕事バイブル』...

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