今朝、書いた記事。

音声入力ソフトを使ってとはいえ

久しぶりに今の自分の言葉で書いたら

ますます書きたくなって

先ほどトライしてみたんですが

今日は腕の調子がイマイチで。

 

くじけてしまったのでまた後日にします…。

 

 

音声入力は「ドラゴンスピーチ」というのを

使っているんですけど

漢字の変換がうまくいかないことが多く。

 

それらの修正を

音声だけでコントロールする方法が

まだ、というか、ずっと、というか

できないままで放置してしまっています。

もっと自由に書けるように練習しよう。

 

 

というわけで、今日も過去の愚痴記事を

ご覧ください。

 

今日もお越しくださってありがとうございます。

また、いつもそっと押してくださっている

「いいね」にもとても励まされています。

ありがとうございます。

 

 

――――――――――――

 

明日、娘を丸一日、
デイサービスに放り込むために、
今日は時間刻みのスケジュールでした。


塾と習い事教室も夏休みがあるので
振替があり、それらの予定の一部を
今日にまとめて動きました。

まさかのセラピーまであるわ、
送り迎えだけでも

人気アイドルのマネージャー並の忙しさ。
もうクタクタだ。


娘と離れる時間を確保するために、
丸一日、娘にへばりつくというこの矛盾。


今日、
習い事教室の帰りに、レンから
「ビデオみていい?」と言われ
つい、
「宿題やったらいいよ」だなんて
言ってしまったものだから。

 

 


今は


「宿題、何したらいいか分からなくなった!!」
「なんで(宿題が書いてあるプリントが)ないのっ?!」

「なんで

(お母さんは、宿題が何なのか、

プリントがどこにあるのか)

教えてくれないのっ!」

とキレています。


全く何も手につけないままに
時々、おもちゃの類を見つけては脱線し

「もう明日にして寝たら?」といえば
宿題をやろうとしていたことを思い出し。


……。
今は泣きわめきながら床に仰向けになっています。

忙しい子だ……。

発狂はしていませんが
一般的には発狂レベル。
 



「おかあさんっ」
「ねえ、おかあさんっ」
と鳴き(泣きと書く気にさえならない)、
「なあに?」といえば

「あああああっ」と
察しろよ! という愚図り。

 

これ以上の悪化を避けたいためだけに

床に転がる娘を放置し

意識をパソコンに向け

仕事をしているフリをしながら

必死に耐えております。


ここで寝室に行けば
後はなんとかなるようになってはきましたが、
 

(同じ空間にいても改善が見込めないときや
私が限界を感じるときは、クールダウンのために
私が寝室に入ります。レンはこれをとても嫌います)

 

それに逃げてばかりいても、

彼女の傷は永遠に癒えないので。

冷静が保てるところまではと
こっちも必死です。

 



「レン-。好きだよーっ!!怒」
「レンっ! 大好き―――っ!!怒怒怒!」



黙って耐えていたら気が変になりそうなので
とりあえず私も絶叫してみました。


すでに全然、冷静なんて保てていませんでした。
 


とりあえず、めんどくさいけどフォローしてみます。

あーあ。ほんとに私、
なんで「(ビデオみて)いいよ」なんて
言ってしまったんだろう。



観せさえしたらこの修羅場は治まりますが、
自分に都合のいいことは確実に身に付けるので
宿題しないなら観せません。

 

恐らくは私も もうそう長くは持ちません。

 

故に寝室行きは免れません。
そこで再度の修羅場は確定。
 

負けてたまるか。


 

 

ーーーーーーーーー

ランキングに参加しています。

励みになるのでどうぞ

以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。

 

よければこちらもお願いします。

 

ツイッターやっています。

よかったらこちらにも気軽に声かけてください。

 大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

AD

いつも読んでいただきありがとうございます。

今日は過去記事ではなく

音声入力ソフトを使って書いています。

 

 

{11A8C3AC-6071-45FB-B972-391F2E7A2575}

アメブロに設定されている「アクセス解析」からすると

このブログのアクセスは「スマートフォン」が8割を占めるようです。

 

 

とすると、 PC画面で常時ヘッダーに載せている文章がご覧いただくことができないのだと気づきました。

ヘッダーには以下のように書いています。

 

 

「親族の子を5歳から養育。満身創痍の日々を綴っています。

初めてお越しの方は「はじめに」をご覧ください。

アメンバーご希望いただける際は必ず該当カテゴリーをご確認の上申請ください。

もう卒業している娘の、小学校時代の話です」

 

いくつかの形で折に触れ、説明して来たつもりではありましたが

うまくお伝えすることができず

現在の記事は、それぞれにリアルタイムの話だと

私が誤解をさせてしまっている部分が多くあるように感じます。

 

優しい方々に温かい言葉をかけていただくとき

お一人お一人に現在の話ではないとご説明したくなるのですが

持病で、キーボードが思うように叩けず

満足に返信することができません。

 

今現在は記事のような状態では無いことをお伝えするとともに

いただく温かいお気持ちはしっかり私に伝わっており

現状においても励まされている事をお伝えさせていただきます。

本当にありがとうございます。

 

 

アメーバ申請につきましても

今現在、常時、 80名を超える方々から

申請をいただいておりますが

勝手ながら承認の条件とさせていただいている

コメントをいただくことができず

2週間で自動的に消えていき、

日々新たな申請をいただいている状態が続いています。

せっかく読もうと思っていただいているのに

本当に心苦しいです。

 

 

限定記事とはいえ

最低限のプライバシー保護には普通に気をつけておりますし

ですから大した事もお伝えできていないのに

高飛車な条件を付けるなど、恥ずかしい気持ちもあります。

 

 

ですがアメーバ限定記事は私にとって

徹底できないまでも、応援してくださる方たちにのみに

こっそりとする内緒話というようなものです。

承認ができないことで大きくなっていく申し訳なさや心苦しさに負けず

承認の条件はこれからも一線をを引いていきたいと考えています。

申し訳ありません。

 

 

心苦しさを解消させていただくために

今日は書かせていただきました。

ご承知の方には失礼いたしました。

 

 

本日もどうぞ良い1日をお過ごしください。

いつもありがとうございます。

 

 

はじめに

 

※現在アメンバー申請中の方、及び申請を考えてくださる方へ

 

 

※ぺちゃさんへ

アメーバ申請のコメントについては、申請承認と一緒にコメントを承認しています。ここ数日何度か確認していますが、同じお名前での申請が見当たりません。

これ以上、コメントをいただいた日にちと申請の日にちがずれてくると確認が容易ではなくなってきますので、大変恐縮ですがコメントは先に承認させていただきます。嬉しかったです。どうもありがとうございました。しかし、完全に記憶にとどめておく自信がありませんので、アメーバ申請いただく際は一言で結構ですので、 「私だよ」と、私が思い出せるように再度コメントいただきますようお願いします。

 

 

ーーーーーーーーー

ランキングに参加しています。

励みになるのでどうぞ

以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。

 

よければこちらもお願いします。

 

ツイッターやっています。

よかったらこちらにも気軽に声かけてください。

 大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

AD

過去記事です。

 

―――――――――

 

海より深い母の恩。
自画自賛にて、海よりの私。



寝室に逃げ
完全に干上がっています。


夫がいたらお利口で、
宿題の算数ドリルも
姿勢良くやって、しかも満点って
どういうことですか?


彼が家を出た途端、
態度は悪いは、
口は悪いは、
言うことは聞かないは、
あげくに愛犬ナナに八つ当たり。


私が何かしましたか?
ナナが何かしましたか?


きっかけさえなしで
突然に始まる愚図り喚き。
うっとうしすぎるレンに
物凄くムカついています。


ええ、ええ。
わかっています。


彼女は今朝から、
とても頑張っていましたから。
それは、夫と娘の間に入る私にとっても、
とても助かることですから。
我慢の反動だとよくよく分かってます。


相手が私だから、
安心して愚図れるんです。
がんばっていい子してたもん。
レンだって吐き出したくなる感情
分かるよ。

でもね。分かっていても、
こうまで違う態度に
がんばる気持ちも萎えますわ。


甘えの愚図りならまだしも
こんなに敵意を剥き出しにされて、
私にはなんの救いもないよ。

 


被害者意識は大嫌いだけど、
彼女といると、
嫌な自分を思い知らされて
悲しくなるのかもしれない。

 


「こっちをみてよ」と怒鳴られて、
見たら顔をそむけられ、
「抱っこしてよっ」と怒鳴られて、
手を伸ばしたら体を離され激しく拒否。


なんとか状況を変えたいと
声かけながら手を差し伸べても
強く振り払われて。



私に笑顔が消え、怒っているのを感じると
今度は気持ち悪い位にべたついてくる。


私の素足に頬をよせてスリスリしたり、
腕に両手を絡ませてぺっとりとべたつく。
いやらしい触り方、と
表現したら分かりやすいかも。
生理的に嫌になります。



もちろん私は女優ですから?
嫌悪感は態度に出さず耐えますよ。
なされるがまま
「ねぇえっ」とまとわりつかれるのを
振りほどかずに。



相手をしても、無視しても。


こうなった彼女は私が寝室に行くまで
それを続けずにいられません。
 



悶々とします.

夫みたいに怖くなれば
私は楽になるかもしれないって思うから。

でも力づくで彼女を変えても
彼女は救われないと知っているから。


結局、貫き通せない私は、
最終的には自分をクールダウンする為に
寝室へ逃避しました。



それは私の、彼女に対する暴言に
引火させてしまわない為の私なりの防御です。


昨日まで、
レンの悲しい境遇を書いているので
そこはオトナが頑張れよと、
仰られるのも重々承知。
すみませんね。こんな程度です。



「子どもへの愚痴と悪口言い放題ブログ」
タイトル変更もよぎります。


 

おかげさまで、
レンに言えないことを
グダグダここに言い放ったら
すっかり落ち着いてきました。
すみません。毎度こんなんで。


また明日もあるからな。

がんばります。

 

ーーーーーーーーー

ランキングに参加しています。

励みになるのでどうぞ

以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。

 

よければこちらもお願いします。

 

ツイッターやっています。

よかったらこちらにも気軽に声かけてください。

 大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

AD

続きの記事です。

よかったらこちらからお読みいただければ幸いです。

なぜ愛着障害になったのか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

レンの実母が亡くなりました。

一週間で納骨までを終えて。


母の遺品も妹の遺品もそのままに、
私は一旦、
ともかく夫と共に自分の家に
帰りたくてたまりませんでした。

皆が逝ってしまった今、
一刻も早く誰もいなくなったその家を離れたかった。



黄疸を取る手術のためだけの
10日程度の熊本滞在予定は、

そのまま、妹を看取るまでの
3ヶ月を超える滞在になっていました。


レンはママが亡くなってから
その週のうちに
0歳から通っていた保育園を退園し、
私たちと東京に来ることになりました。




レンは、幼少期を
重度の鬱病患者(祖母=私の母)に育てられたのみならず、


この時までのたった一年間のうちに。

育ててくれた祖母を失い
最愛の母親を失い、
お友だちと別れ、
たくさんのおもちゃと洋服

見慣れた家具や日用品を捨て
住んでいた家と、
住んでいた土地を離れ、

言葉も周囲の環境も、
一緒に暮らす人間さえも違う
東京に来たのでした。
 


おもちゃはレンが選び、
その細い腕に持てるだけとしました。


レンが住んでいた家は借家でした。



母や妹の遺品で処分しきれないものや
レンの春夏秋冬の衣類、
身の回りの物だけで
相当な量になります。

夫婦二人のマンションに持ち込むには
限界がありました。
 

 



四十九日法要に
レンを熊本に連れ帰ってから

友人の手を借りながら遺品を一気に整理。


レンはこの日から

おねしょと夜泣きが同時に再発。
小学校入学目前まで
オムツは取れなくなりました。


 

 

 

私が嫌がるようなことをわざとして、
私の顔色をうかがい、
どんな反応をするか試す
「試し行動」も激しく。

 


彼女の泣き喚く動画は
スクールカウンセラーの先生に見せた時は
「私は研修の児童養護施設で見たことがありますけど
普通の人が見たらびっくりするでしょうね」
と言われ、


レンの小児科で医師に見せた時は
私に安定剤が処方されそうになりました。



それらの言葉から、
彼女の愚図りは
一般的ではないのだろうと
推測されます。



こうして紆余曲折を経て

レンは病院で

「ADHD」に加え、「愛着障害」と
診断をうけることになったのでした。



セラピー治療を受け始めた当時、
レンの愛着問題の原因は
上記のことが全てだと思っていました。
 



でも。セラピー治療を通して、
また私との面談の中で、
Nさんに一つの仮説が生まれます。
しかもそれは私も納得のいくものでした。


レンの心の中では、もっと複雑なものが
渦を巻いているようでした。

それも昨年のセラピーの話に合わせて

追ってしていきたいと思います。


さて。簡単ではありますが
レンがなぜ愛着障害になってしまったのか

その背景をお話ししました。

 

 

長い記事にお付き合いいただき

ありがとうございました。

 

 

ーーーーーーーーー

ランキングに参加しています。

励みになるのでどうぞ

以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。

 

よければこちらもお願いします。

 

ツイッターやっています。

よかったらこちらにも気軽に声かけてください。

 大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

いつだったか、

妹のことを映画にしたいとブログに書いたことがあります。

(生前の妹とそんな会話をしていたからです)

 

 

ちょっと普通ではない妹だったので

エピソードには事欠きません。

 

実に面白い妹でした。

あんなにわがままで自由な末期がん患者はいませんね。

 

 

若くして子を残して死ぬなんて

悲劇としか言いようがない悲しい出来事ですし

私が個人的に経験した介護という観点からは

これ以上ない過酷な時間でしたが

 

それでも、私もたちが過ごした末期は

それに匹敵するほどに

幸せで笑いの絶えない日々でした。

 

 

 

私はずっと小林麻央さんのブログは読めなかったし

いまだに、海老蔵さんのニュースがテレビに出ると

慌ててチャンネルを変える臆病者ですが

 

時折ネットニュースで見ていた

お二人の

「幸せを感じる」言葉は

素直に(幸せなんだな)と思っていました。

 

 

こういう究極に直面すると

ささやかな幸せが

本当に幸せなのだと気づくことができ

心からそれを堪能できるようになります。

 

もちろん、だからといって

悲しみを乗り越えられるかどうかは

また別の問題ですが。

 

 

 

 

ともあれ、「妹、映画化」の話には

当時、多くの方々に「応援します」と言って頂いて。

その反応にとても驚きました。

 

もっと小バカにされると思っていました

意地悪なことを言われると思っていました。

でも、読者のみなさんが優しかった。

 

 

 

だけど実際には、

妹のことを、

その時のことを書くことができなくて

向き合うのにまだ少し時間がかかることがわかって

未だ書けてはいません。

 

 

 

書けない理由はそれだけではなく

私は3年ほど、腕を痛めていまして(^_^;)

 

今書いているこの文字も

音声入力ソフトを使って書いています。

 

そのため、調子が良い時でないと

コメントの返信もできなくて

申し訳ないなと思っています。

 

 

 

いつか私たちのあの時間のお話が

できるといいなと思っています。

 

 

では続きを。

今日もお越しいただきありがとうございます。

 

 

続きの過去記事です。 

よかったらこちらからお読みいただければ幸いです。

  なぜ愛着障害になったのか。

 

 

―――――――――――――――

 

余命はひと月と言われたものの
緩和ケアで痛みからも解放されていき
妹はその期間の多くを
末期患者としては異常な元気で
3ヵ月を生きました。

 

 


最期の日が近づくにつれ
妹はその殆どを眠ってすごす状態になり、
レンは何度も私に

「ママ、しんだの?」

と聞いてきました。
その度に私は少しだけ笑います。

 

「しんでないよ。
ねんねしてるだけだよ」


死期が迫ったそのような状態の時に
往診の看護師長Oさんがレンに、
やがて訪れる事実を話そうと
試みて下さいました。


お絵かきしているレンのそばで何度も
「あのね」と話しかけるOさんの言葉を
レンは完全無視。


お絵かきの話ばかりをしていました。

 

 

遂には話をすることを諦めたOさん。

 

「私がなにを話すか、
子どもは分かるんです。
子どもながらの逃避行動なんです」

 


妹がこん睡状態に陥った日のうちに、
飛行機で夫と、夫の両親が

駆けつけてくれました。


妹が息を引き取ったとき。


……ここはまだちょっと書くのは
しんどいですね。
詳細は省きます。
 

 



レンは、私に
「ママしんだ?」と聞きました。

私は唇を噛んでようやく頷きます。

 

レンは、そこにいた全員の一人一人に
「ママしんだ?」と聞いて回り
一人一人に
「そうだよ」
と頷かれました。


皆に、ママは死んだのだと聞かされて。

レンは私を見ると、照れたような顔で、
「めがいたい」と言うと、
片方の腕を大きく使って、
ぐいっと目をこすりました。


時々「めがいたい」と
目を両手の甲でもこすりながら


泣いている大人たちの間を
あっちに行き、
こっちに行きして、その顔を覗き込みました。

その姿は
まるではしゃいででもいるようでした。



あまり記憶が定かではありませんが、
私は静かに泣いていたのだと思います。

 

ですが、Oさんに
「泣いていいんですよ」
と声をかけられたのを引き金に、
私はOさんにすがって
大声を上げたような気がします。


後に夫に、その時の私の様子を聞いたら
しばらくの沈黙の後、頷きながら

「気が触れたようだった」
と表現しました。


そんなふうに泣いた私を見たレンは。


 

昨日まで毎日世話をしていた私に
全く近寄らなくなり、

 

それは通夜、葬儀を
終えるまで続きました。
私が近寄ると本気で逃げました。

 

 

今思えばですが。

幼い彼女には
私が別人に見えたのかもしれません。


お風呂に入れると
「シェリナナちゃん、キライ!」
「シェリナナちゃん、イヤだ!」

大きな声で泣いて私を拒絶しました。

だらんと両腕を下げたまま
顎を上げて大泣きする彼女の体を、
私は黙って洗いました。
 

 

 

続きます

(この一連の記事は次で終わります)。

 

ーーーーーーーーー

ランキングに参加しています。

励みになるのでどうぞ

以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。

 

よければこちらもお願いします。

 

ツイッターやっています。

よかったらこちらにも気軽に声かけてください。

 大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter