• 19Apr
    • うつの手前にいる人へ。

      過去記事です。―――――――――――――――レンのことも日々それなりに出来事は続き、夫はネガティブモード中。挫けそうになる日も少なくないけど、応援に力を頂いて、負けるもんかって気合いをいれます。本当に本当にいつもありがとうございます。さて。今日も夫の話です。月末ではないけど月曜日。魔の月曜日。月曜は、携帯の着信に気を付けます。夫から電話がかかるから。「土日で完全にオフにしてしまうから、反動がくるんだよ。急な坂道をローギアで無理やり登ってるみたいにキツイ」そう言って、昼に1時間ちょっと最寄駅に帰ってきて、一緒に食事をして、「次のアポがあるから」と、また電車に乗って行きました。昨年、1月。主治医から、完治目標10ヵ月と言われたけど、もう少しかかりそう。春くらいまでになんとかなったらいいな。母は重度だったから。そしてその状態を見ていた私だから。夫の状態に過剰には心配せずにいられている気がするし、でも、足りているかはわからないけれど理解もできているのだと思います。夫の、うつ特有のネガティブさにイラつくことは殆どありません。キツイんだろうな、と可哀そうにはなります。病気になってしまった彼に原因について「言いたいこと」は、ない。なってしまった病気のことをイチイチ、渦中で反省する必要はないしうつという病気の性質上、ただでさえクヨクヨする病気なんだからそれ以上、自分を責めないことが大事だと思う。でも私はやっぱりこの病気は憎いから。うつの手前にいた当時の彼になら、言いたいことはあります。病気は理不尽なものでもあるから語弊もあるけど誤解を恐れずに言うなら避けられる病気は避けようよ。どうあがいても仕方がないことだって少なからずあるけれど、その一線を踏み越えるか越えないか。自分で選択できる場合については、いいトシになってきたらやはり気を付ける必要があるんじゃないか。自分の変化に気付かないふりをせずに。周囲への責任感で彼はうつ病になってしまったけれど自分自身を大事にするという意味の責任感こそ人は生きていくうえで必要なのではないかと思う。仕事をすることが家族への責任と考えてくれるのであれば自分自身を大事にすることも家族への責任だ。疲れたら休み、体力をつけてまた立ち上がれるように。先日、私は、夫にそれなりに優しい自分のことを「優しいと思う」と書きました。うつだった母のことなーんにも分かってあげられなかったくせに。最悪の事態になるまで、苛立ちを持ちながら、ほったらかしてしまった私のくせに。そんなオマエが偉そうに言うな、と言われるかもしれないけどしかし、経験してしまった以上偉そうでも言わせてもらう。「俺はウツになってよかったと思ってるよ。でなきゃ、あのままの生活を続けていたと思うし。もうあんな怖い思いは勘弁、って気持ちになれたもん」なんて夫はのんきに言うけど。それは、初期の段階で、(私に)病院に強制送還され、今も、投薬中で波があるとはいえ、最低限の日常が取り戻せているから言えること。あんなに「休んで」と訴えた私を無視し続けた夫自身も、昨年からこのままじゃ彼が病気になると、助けを求めた時、「(病気になったらなったで)仕方がない」と言った義父母も、本当にうつになるなんて思っていなかったんだと思う。だから本当のことを言えば、この部分に関しての私自身の気持ちをつきつめれば、私は内心で怒っている。夫の場合は私が気付いていたという意味で、ならなくて済んだかもしれない病気だから。少なくとも私が警笛は鳴らし続けていたから。なってしまえば、戻ってくるまでにそれ相当の時間がかかる。なる前だったら、回復も早い。人間ってそこそこ強い。平均80年前後も動いてくわけだし。そんなに簡単にポキッっと行くものではなくて、大概はある程度しなりがあって持ちこたえられる。だから、ついなめてしまうけど、一度痛めてしまったら、やっぱりそこは治っても痛みやすくはなる。だから言いたい。うつ病には気を付けよう。本気で気を付けよう。心配してくれる家族がいるのなら、どうかその言葉に耳を傾けて。心配してくれる家族がいないのなら、どうかより一層、自分自身の不調に目を向けて。誰でもなる病気だから。目に見えない病気だから。そこそこ、ギリギリで生きているような私が言っても説得力、まるでないかもしれないけど。私なりに、この「線」には気を付けているつもりです。ヤバイ、と思ったら病院に行くし「私、おかしくないですか」と信頼できる第三者の意見を聞く。まだ本格的にうつに入る手前で。自分をコントロールできるうちに。私が今、生きてこうして能書き垂れていられるのは、それぞれの場所に、心から信頼できる仲間がいたからで、この友だち、仲間がいなかったら、この場所に立っていられた自信はない。こんなに大事な人たちがいる以上、自惚れるわけでなく、自分もまた誰かの大事な人であることを知っていようと思う。そんな自分を病気になんてしちゃいけない。そしてうつ病は自分が苦しいよ。きっとものすごく。だから。これだけは宣言します。他の病気はともかく。私は絶対、ウツ病にだけはなりません!だけど。もしも、もしもなってしまったら。それは。それは私自身が、自分で思っていた以上に誠実で思いやりがあって素直で従順で繊細で頑張り屋で若くて美しくて可愛くて(ん?)。そして、とんでもなく優しい人間だったということです。うつは誤解もされやすく、その分、傷つくことが多い病気です。どうか、無理をしないで。うつ病になんてならないで。優しい人がそれ以上、傷つくことがありませんように。心からそう願います。※コメントありがとうございます。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      NEW!

      390
      2
      テーマ:
  • 18Apr
    • 「死にたいと思いますか」

      過去記事です。記事内に12月という期日が出てきますがこの記事を書いていたのは9月です。すっかり今と季節が違っていて分かり辛くてすみません。―――――――――――――――さて、夫の話の続きです。レンのセラピーの先生、Nさんはネットで検索するところによると、心理療法士、心理技師、大学教授等色々な肩書をお持ちのようです。面談時、夫の状態も気にかけて頂いていました。通院は始まったものの、彼の帰宅は相変わらずの深夜続き。一向に改善する気配もないまま、投薬のみ、行われていました。「本来、ご主人のことは私が口を出す筋合いのものではないんですが、私のクライアントはレンちゃんで、ご主人は、そのレンちゃんに大きくかかわる存在なので」ご主人が望まれるのであれば、面談しても構いませんよ、と、言っていただきました。夫はNさんの講演を聞いたことがあり、(こういうところでも彼なりにレンへの歩み寄りは見せてくれています)9月のその日、時間を調整して、彼はその場所にやってきました。レンのセラピー後、NさんとWさん、筆記の方に私といういつものメンバーに加わった夫。小さなテーブルを挟んでNさんに対面する夫と私。Nさんは、いくつもの質問を夫にし、夫はそれに答えていきました。生活環境、心理状態、レンについての感情、と、色んな角度からいくつも質問をされて最後に「死にたいと思いますか」と聞かれ、彼は「いいえ」と答えました。全ての質問を終え、夫の返答を確認したNさん。「断言しますが」はい。「このままでは確実に悪化します」……。「うつ病は、一に睡眠、二に休息。三、四がなくて五に投薬です」「そして睡眠ですが、これは時間帯が何より大事です」Nさん曰く、午後10時から午前2時まで睡眠がとても大切だとのこと。脳内物質がリセットされるそうです。今、私はその時に控えた、自分の手帳を見ながらこれを書いているんですが、何がリセットされるかは書いていませんでした。役立たずですみません。「今日一日のあれやこれ」というところでいいんではないでしょうか。時間帯が大事なので例えば午前2時から8時間寝てもダメ。頭がリセットされない。睡眠導入剤を使ってでも寝るように。「このままでは倒れます」Nさん曰く、夫は過労によるうつ病で「メランコリー親和型」とのこと。「メランコリー親和型」とは、なんのこっちゃらとスルーしていましたが、この記事を書くにあたって調べてみました。健康用語辞典から、「メランコリー親和型性格」を参考に。うつ病になりやすいといわれる性格のひとつで、主な特徴は几帳面、完璧主義、責任感が強い、他人に気をつかいすぎるなど。昇進や異動に伴う仕事の環境の変化や、結婚、出産、近親者との死別などにより、うつ病を発症することがある。…だそうです。典型的な性格といえそうな。Nさんの「休職は考えられませんか」という問いに対しては、「考えられないですね」夫、即答。現在のポジションを失うことも怖いそうです。「では」週2日でいい。午後10時には帰り0時までには寝るのを目標にしましょう。毎日というのは、これまで出来なかったわけだから無理でしょうし。で、それがやっぱり出来ないようなら6か月間程度の休職を考えましょう。夫「わかりました。やってみます」私「夫はこう言っていますが、私は早く帰ってくるとは信用していません。今の状態がどのくらい続いたら休職を考えるべきですか」そうですね。12月くらいまで(※3か月後)様子をみていいんじゃないですか。「帰っていても寝ない人なんですが」どうしても寝ないならミズグスリですね(笑)「ミズグスリって?」睡眠導入剤です。わかりました。強制睡眠ですね!このあと。長年に亘って、ほぼ、0時前後以降の帰宅だった彼はようやく、夜10時台に帰宅する日が出てきました。私が救急車で運ばれる事態でも帰ってこなかったのに!(← しつこいよ、私は)平均するとNさんが目安に下さった週2程度にはなるかもしれません。まずはともあれ、です。帰宅時間は改善したものの夫はTV好きなので、フラフラしながらも、TVを付けたがり、寝ることを拒みます。寝たらすぐ朝になるのがどうしても嫌だそうで。目安の12月は目前。体の疲れがある上に睡眠時間は少ないので、取りあえず今は、頭を枕に付けさえしたら即寝するのですが。頭をフラフラさせながらも必死の抵抗で、薄目を開けて記憶にも残らないTVを見ようとするバカ夫。治したいならとにかく頭を枕に付けろ!毎晩深夜0時過ぎ。TVのリモコンを取り合ってたまに本気のケンカに発展しそうになるバカ夫婦です。ちなみに時間は今0時。彼は今夜も、まだ帰っていません。……いい加減にしようか。(-_-)/~~~画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      421
      7
      テーマ:
  • 14Apr
    • 身に染みて。

      過去記事です。-----------------今日は夕方18時過ぎまでお友だちがきてくれたおかげで。まー、楽なこと、楽なこと!!連日連夜、私にのみ向けられる、あのひっきりなしの怒涛の口撃が全部、子ども同士の笑い声に変わるのですよ。時々、私の所にきて飲み物お代わり出せの、おやつをくれだの、言うのが多少うるさくとも基本的には私に話しかけない!歌わない!なんて幸せな時間でしょう。どれほど、日頃、この時間帯、彼女が眠りにつくまでの間、際限なくその声を聞かされているのか身に染みて分かりました。ギャン泣きせずとも、これは相当のストレスを受けているものと思われます。私の友人Hちゃん親子のおかげで久しぶりに穏やかに過ごすことができました。また来てね❤さて、夫の話の続きです。レンのセラピーの先生、Nさんはネットで検索するところによると、心理療法士、心理技師、大学教授等色々な肩書をお持ちのようです。レンのセラピーでの面談時、夫の状態も気にかけて頂いていました。夫は、通院は始まったものの、帰宅は相変わらずの深夜続き。一向に改善する気配もないまま、投薬のみ、行われていました。「本来、ご主人のことは私が口を出す筋合いのものではないんですが私のクライアントはレンちゃんで、ご主人は、そのレンちゃんに大きくかかわる存在なので」ご主人が望まれるのであれば、面談しても構いませんよ、と、言っていただきました。夫はNさんの講演を聞いたことがあり、(こういうところでも彼なりにレンへの歩み寄りは見せてくれています)その日、時間を調整して、私と待ち合わせしたその場所に彼はやってきました。続きます。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      464
      7
      テーマ:
  • 13Apr
    • 「おれはやっぱりうつ病なんだなあ」

      過去記事です。前回からの続きです。私はここで「夫の不調や、ネガティブ全開に対しての苛立ちがありません」と書いています。実際、そうでしたが。苛立ちはなかったかもしれないけれど私の心身はそれなりに堪えていたことをこの2年後だったかな?彼の寛解によって知ります。「もう薬を飲まなくていい」と主治医に言われたと夫から聞かされた時に私は大泣きするのです。自分で意外でした。泣くほど堪えていたとは思っていませんでした。ただ、私自身が鬱の波に呑み込まれないように引きずられないように自分を律したりコントロールしたり上手く逃げたりはしていました。日常は日常として続いていますから当然毎日、レンにコテンパンにやられている最中でしたし今思えば、よくあの時期を修羅場化せずに乗り越えられたものだと思います。※Kちゃんへ承認しないとコメント欄に返事が出来ないからここに書くね。来年は桜を見なければいい。目を逸らすことはできるよ。深呼吸しようか。心療内科も悪くないよ。安定剤だしてもらうだけで少し安心できるかもしれない。しっかり眠ることと、食べること。できなくても意識してやってね。ゆっくり休める夜が一日でも多くありますように。-------------------------うつの夫に対して優しいとお褒めをいただいたりもしています。優しいと思います。私。まるで私じゃないみたいです。夫の不調や、ネガティブ全開に対しての苛立ちがありません。でも、それは夫が私に感謝もしてくれ、うつ病患者なりには、気も遣ってくれている部分に助けられてもいるからできているのではないかと思います。どちらが先かは、鶏と卵。でも、これらの、彼や病気への理解は、私という人間が優しいからというのではなくて、私の母にかかるところが大きいでしょう。私の母は重篤なうつ病患者でした。昨年末の彼をもってしてもあれは初期であり、とても軽度だと感じるほどの重篤な。どこまでを初期、軽度と言っていいかは分かりませんが。母の状態を見ているのでそう感じます。夫をサポートしながら、私はよく、あの状態の母を放っておけたものだと、自分が信じられない気持ちになります。そして母がどんなに孤独で苦しかったのだろうと、思いを馳せてしまいそうになります。ここを深く追求するのは避けますが。当時、私は、現実から目を背けていました。私は弱い人間だったと思うけど、闘病中の妹を抱えて、あの頃、それ以上のキャパは到底なかったし。その意味で、「仕方がなかったんだ」と思います。「仕方がなかったんだ」と自分に言い聞かせ、過度には自分を責めないように気をつけています。あまり、考えません。話したこと、ありましたか。「考えてもしょうがないことを考えていてもバカになる」そうです。本にそう書いてあり、物凄く腑に落ちました。だからあまり考えません。まだ。母のおかげで夫を早めに病院に連れて行くことができましたし、夫も受診してくれました。今日の夫は、「地獄の会議」がある日なので、今頃は「針の山」を登らされているか、「釜茹で」にされていることでしょう。ともあれ、今日が終われば、今月の最難関は通りすぎることになります。ちなみに、うつを発症した昨年は、関東地区で彼の部署は、全体で最下位でした。で、今年は3位とのこと。報奨金も出ました。上手くいきませんね。今年の彼はうつ病中なのでそんなものがあったからって「地獄の会議」は「地獄」のままだそうです。朝から、身支度をしながら、私の側にきては「うつ病だぁ~。うつ病だぁ~」と暗く呟いている夫。あまりに頻度が多いので可笑しくなって笑ったら、「ひどい。笑ったっ!」小声で非難されたので「え? 本気で言ってたの?」「本気だよ」「笑わせようと思って言ってるのかと思った」「思ってないよ」あらあら。それは失礼。「ごめん、ごめん。思わず呟いちゃうの?」「あー、おれはやっぱりうつ病なんだなあ、って自覚してんの」だそうです。今夜は彼の夕飯不要です。少し、楽になって帰ってこれるといいね。さて、今日のレンちゃんはお利口です。ずっと歌い続けている鼻歌は相当にうるさいですが、学校の宿題も塾の宿題も、明日の準備も終え!(算数なかったし!)なぜなら同じマンションのお友だちMちゃんが遊びにきてくれるから!Mちゃんのママ、Hちゃんは私の友人でもあり、このHちゃんと打ち合わせてのことです。…先ほど来てくれました。レンちゃん、ご機嫌炸裂です。これなら穏やかな夜になるところ。しかし油断は禁物、禁物。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      527
      2
      1
      テーマ:
  • 12Apr
    • 「うつ病」年末の出勤最終日、夫が泣いた。

      過去記事です。前回の記事の続きです。※ Kさんへ掛ける言葉が見当たりません。どうかどうかご自愛ください。いつでも連絡ください。食事は少し無理してでもとってくださいね。承認せず非公開にします。すぐには返せなくとも必ずお返事します。―――――――――――――――そして昨年末のこと。この年の最終の出勤日を迎えました。夫の状態を鑑み、冬休みに入っていたレンは数日前から、義父母に預かっていただきました。義父母はとてもいい方たちでレンをほかの孫と同じように大事にしてくれます。このお正月は夫と二人。この年、彼の最終出勤日。仕事を終えた夫から駅到着の時間の連絡を受け、最寄駅に迎えに行ったけれど。夫はいつまで待っても、私の待つ場所にきませんでした。よくトイレに行くので、そのせいかと待ちましたが、それにしても遅いと携帯に電話。彼は、寝過ごしていました。降りるべき駅をいくつも乗り過ごしていたのでした。終電で、もう戻りの電車はとうになく、私はナビでその駅まで、彼を迎えに行きました。遠くて随分、彼を待たせました。駅のコンビニにいるとのこと。初めて行ったその駅のコンビニの前。深夜なのに明るい道路。路肩に停めた車。車を停めた道路の先に目をやると、24時間営業のマクドナルドの店の灯りも見える。車に気付き、コンビニから出てきた夫をピックアップします。少し前まで、マクドナルドで時間を潰していたそうです。彼が話し始めたので私は車を停車したままそれを聞いていました。「飲み会(年末の打ち上げ)でさ、全然食べてなかったから。この先にマクドナルドが開いててさ。ダブルチーズバーガー買ったの。それが出来たてでさ。こんなにアツアツのやつ食べたことないぞ、ってくらいアツアツでさ。すごく美味かったんだよ。すごく美味くてさあ……」話しながら、いつのまにか夫は泣いていました。ハンバーガーが熱くて美味しかったと言って、泣いていました。「オレ、恥ずかしいけど、店ん中でも泣いてさ。泣きながら、いろんなこと思ったんだ。寝過ごして、こんなとこまできてさ。すごく情けなくて、オレ、何やってんだろって思って。でもシェリナナ、嫌な顔ひとつしないで、こんなとこまで迎えに来てくれてさ。オレ、幸せじゃん、ってすごく思ったらなんだか泣けてきてさ……」彼は頭をシートヘッドにつけて、顎を少し上げるようにして前を見ました。その横顔はコンビニの灯りに照らされていてはっきり見えます。時々、目をハンカチで押さえてはいるもいつもの精気を失っている顔ではなくて久しぶりに見る、彼の普段の表情がそこにありました。あの寒かった夜の、温かい車内の空気。ずっとかじかんでこわばっていた心が柔らかくなっていくような気がしました。「大丈夫だよ。大丈夫。仕事なんてどうにでもなる。私と交代したらいいだけだよ。もう、休もう? ……休もう」ハンカチで目を押さえたまま、うん、うん、と彼は頷きました。こうして年が明けて。休日が終わってからの週末に彼を連れて心療内科に行き、そして、ようやくうつ病と診断されたのでした。今は、よくなったり悪くなったりを繰り返してはいますが、悪くとも、去年ほどの状態にまでは至りません。レンのセラピーでお世話になったNさんとも、今年、夫は1度面談しました。その時のお話も、またさせて頂ければと思います。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      689
      5
      テーマ:
  • 11Apr
    • 助けて!助けて!助けて!!

      2013年に書いた過去記事です。続きの記事です。前回の記事から読んでいただければ幸いです。―――――――――――――――昨年、秋頃から表情が変わっていった夫。彼が「おかしい」と気付いてからも、夫は食欲もあり、夜も寝ていたので、(と、言っても朝は7時前出勤、就寝は2時過ぎなので、寝つきの良さを喜んでばかりもいられませんでしたが)その2点についてはホッとして、安心材料にしていました。ところが、12月も末に向かっていく頃になると。ふと気づけば、寝息をたてて、寝ていたはずの彼が、ベッドの淵に腰掛け、肩を落としている背中を見るようになっていきます。この頃が、私の不安のピークでした。秋には何度も受診を勧めましたが、行く暇がないとの返事。娘、レンとの接触を避けるため、レンは一昨年に続き、この時期も休日の殆どを有料の支援施設にお願いしました。スタッフの方も遊んでくださるので、本人が、そこを気に入り喜んで行っていたことには随分救われます。お泊りじゃないときには愚図り怒っていたほどです。目に見えて悪化していく彼をどうしていいのか分からず、言い知れぬ不安を1人で持ちこたえられなくて。義両親に「夫に仕事を休むよう、受診するように勧めて欲しい」と何度、相談するも、都度「本人がそういう(休む)気持ちにならない以上、どうすることもできないから」と言われ理不尽にも私は義母に、「このままでは(夫)さんが、うつ病になってしまいます。黙ってみているしかないんですか?!」と声を上げたこともありました。「それでなるなら、仕方がない」という返事でした。思えば、両親にも私と同じ思いをさせていたのかもしれません。どうしようもないではないですか。でも生意気な私はその時「うつ病をなめてる」という感想しか持ちませんでした。母を何度も思い出していました。母が重度のうつ病患者になっていくさまは距離があるところで暮らしていたからこそその変化は明らかで。「また来るから」と声をかけた私に、布団に横になったまま、涙ぐんで、私に頷いていたあの母の目。忘れられるはずもない。夫まであんな状態にさせるわけにはいかない。でも、でも。何にも出来ない。誰も助けてくれない。どうしていいのか、私には分からない。誰か、助けて。助けて!助けて!助けて!!孤独と不安でどうにかなりそうでした。私の思いは空回りするばかりで、誰にも、どうにも、できないままただ、時間だけが過ぎて行きました。続きます。※ コメントありがとうございます。しっかり拝読しています。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      606
      6
      1
      テーマ:
  • 09Apr
    • うつ病へと向かう夫。

      過去記事です。当時も今も、夫がうつ病になったのは娘との同居が原因と、コメントでご指摘を受けます。これまで書いてきたように、夫と娘の中は決して良好ではなかったのでそれが彼のストレスに影響していた事は否めません。しかし、前々回の記事に書いたように夫自身は、自分の病気に対して娘が直接的な原因だとは全く思ってはいなかったようです。その認識は今も変わらずで「あのころは(仕事のことで頭がいっぱいで)レン(娘)どころじゃなかった」と、言います。夫が医師の指導の下服薬をやめて(完解)から今年の夏で丸4年。仕事は定期的に異動もありその都度、大変そうですが今ではこの仕事は「俺の天職」とまで言い切るようになっています。娘の学校行事にも可能な限り私以上に積極的に参加しています。―――――――――――――――私から見た当時の夫のうつ病ですが。夫の言動から考えるに仕事における精神的肉体的過労が原因だったと思われます。「パワーハラスメント等はなく、会社の上司にも恵まれていると思う」とは付き添った心療内科で言っていました。転職して早々から丸7年になる現在に至るまでずっと0時前の帰宅は殆どない状態。営業職に日々疲弊していました。転職して6年を経た、昨年春。転勤して半年で支社長に昇進。経験の浅さからは異例のことだという話でした。その時は、彼も喜び、彼の努力が報われたことに私も嬉しかった。しかし、それから半年が過ぎたころから。彼の表情はどんどん変わっていきました。支社の数字が上がらない。責任者としてのプレッシャーに彼は打ちのめされていくようでした。当然です。キャリアがないのですから。でも、自分への言い訳が、彼にはできませんでした。私は、男女雇用均等法が施行されてすぐに男性の中に1人、ポンと放り込まれて揉まれたタイプでした。同職種での転職もしながら、30代にはそこそこのポジションでやっていたので月末には毎月胃を押さえて男性の中に紅1点という会議に臨んでいるような生活。当然ですが、女性だからなどという容赦は皆無。私が任されていた部署はスタッフに恵まれ、波はあれど、比較的いい数字で推移できたのでまだしも、それでも営業会議の厳しさは長年、肌で感じてきました。だから、今こうして、数字が上がらない彼の窮地は胸が苦しくなるほどにわかり。一緒につぶれてしまいそうな気持ちでした。見守るしかない。何も手が出せない。どうにも、もどかしくてたまらなかった。彼の帰宅は毎晩、終電でした。昨年、秋頃からです。私が確実な不安を感じていったのは。彼がおかしい。これまでの疲弊感とは何かが違ってきている。このままでは彼は病気になる。私は、うつ病を恐れていました。なんとか、1週間に1度でも早めに帰って体を休めて欲しい。だけど。どうお願いしても無駄。私がレンを抱えた身でインフルエンザで高熱を出してもその帰宅が早まることはありませんでした。不安でたまりませんでした。彼のこの微妙な変化を誰が分かってくれるだろうか。仮に分かったからと言ってその場所で「長」としている彼に、誰が、早い帰宅を勧められるだろうか。厳しい見方をすれば、本来、ここは自分で自分を管理しなければならない立場なのです。数字が上がらない。指導力が足りない。支社長の器ではない。彼は自分をそう評していました。帰宅し、リビングの照明に照らされる彼は頬もこけ、やがて表情を失っていきます。休息してほしくて泣いて頼んでも無駄。大人の男を力ずくで家に置くことなんてできない。明らかに変化していく彼を身体を引きずるようにして職場に向かう彼の背をなすすべもなく、見ている無力な自分に見つめるより他に手立てもない自分に夫婦ってなんだろうとすら思いました。レンが冬休みに入るころには毎朝毎晩、駅まで車で送迎するようになっていました。その助手席で、大きなため息をつく夫。「いつ辞めてもいいからね」「生活なんてどうにでもなるからね」力なく頷く彼。住宅ローンはあるけど幸い、借金はこれだけだし、多くはなくとも蓄えがないわけでもない。一時的なことなら、2人でバイトでもすれば生活はどうにでもなると思った。いざとなれば私が正社員を目指す。ただただ、彼をうつ病にしたくなかった。それは私にとって何としても避けたい、大きな恐怖でした。彼にこれ以上苦しんでほしくない。私は家族をうつ病で亡くした経験を持っており家族としてうつ病の怖さを知っています。娘のことでも十分に一杯一杯。これ以上、他の何かを抱え込む自信などその時の私には1ミリだってありませんでした。表情を失くした彼は別人のようでした。何度か「レンのことがストレスなのではないか」と聞くも「それどころじゃない」との返事。実際、その当時2人が顔を合わせる機会は少なかったけれど、彼にレンの姿は見えていないかのようでした。そして昨年末のことです。その年の最終の出勤日を迎えました。この日が私たち家族を救うひとつの転機となります。続きは次回に。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      678
      10
      1
      テーマ:
  • 08Apr
    • 不健康な家族

      過去記事です。(今、中学生になる娘が小3だった時期から書いていた記事を時折、現在の自分の想いを混ぜながら更新しています)ーーーーーーーーーーーーーーーこれまで。記事を書きながら、明日はコレを書く!と宣言しておいても、ついつい毎日のレンの悪行三昧にすり代わってしまってばかり。「こりゃ、信頼ならんよなー」とか「引っ張ってるようで感じ悪くないか?」とか、内心、気にもなっていたので「次回は夫のうつ病を私から見て」なんて告知?までしといていつものようにあちこちそれてしまうのもどうかと。書き始めていたのですが。黙っているつもりはないけど、書いていないことがなんだかもやもや。だから告白だけはしておきます。昨夜は私が発狂しました……。レンにしては、むしろお利口さんに入る部類の事ではありましたけど。(レンにしては、です。一般的には、うっとうしく、激しく面倒な部類です)宿題が算数だったため、早々から「わかんない」「レンはバカだから」と愚図り始め、「レンはバカじゃないよ」「わからないならやらなくていい」と優しく諭す私を無視し、「教えろ」と憎たらしい生意気な、しかも挑戦的な顔で泣き喚き。……。そーれーがー。人にものを教えてもらう態度かあああっ(怒)!昨日は月末週の月曜日。これまでは書いてもいませんでしたが、もう説明も不要になったので書きます。そうです。夫のテンション「MAXダダ下がりDay」です。午後に「どうにもキツイ…。予定していた仕事が早く片付いて、1時間程度、時間ができたから」と電話を寄こし、最寄駅まで戻ってきた彼とお茶をして「あと1本電車遅らせられないかな。ああ、ダメだ、もう時間がない」と独り言を呟きながら肩を落とす彼の背中を撫でて再度送り出し。帰宅したら間もなく、娘の宿題に追い込まれる私って…(泣)。実は私も、あの40度の発熱を出したあと、後遺症のように続いている咳とのどの痛みが未だ完治せず。またこの数日は、咳が特にひどくなっていて、こわばる体に頭痛が襲う、というあまりよくないコンディションだったせいで忍耐力が持たなかったのかもしれない。なんて不健康な家族だろう。せっかく最近、修復しつつあった堪忍袋の緒だったので、大事にしたいとこんなに思っていたのに。穏やかに穏やかに優しく優しく、女優としての本領を発揮すべく「もう、これ以上、愚図ったら、おかーさん、寝室いかなくちゃいけなくなるからね」と、脅しとも取れる言葉で言い聞かせるも、やはり脅し文句はこしゃくな敵も脅しとは分かるらしい。いい気はしないようで、なおさら愚図りをやめられない。(愚図りが激しく親子関係に亀裂が生じるときは彼女と距離をとるために私が寝室に逃避することがあります)「(寝室)行きたいなら行けばいいじゃんっ」という娘の憎まれ口に、(行けば絶対泣くくせに!)と、所詮の子ども相手に、完全に本気モードにチェンジした私。私の堪忍袋の緒。一気にブチンブチンと細切れになるほど、引きちぎってしまいました。「あーーーーっ、もう、うるさーーーーいっ!どうしてアンタの宿題でおかーさんがこんなに文句言われなくちゃいけないのよ。おかーさんは喉が痛くて、教えられないって言ってるでしょう。宿題が分からないのは、おかーさんのせい?宿題やんのは、おかーさんのため?一体、いつからおかーさんはこんな目に遭ってると思ってんのよ。アンタが1年生の時からよっ?1年生の時からずーーーーーっとだよ?ずーーーーーっと宿題でレンにいじめられてきてるんだよっ!寝室行っていいなら行きますよ。もう、文句言うのはやめてよねっ!!宿題してもしなくてもいいから勝手に好きなことやってなさいっ!」ほら……。また喉、やっちゃった…。喉、痛いから話せないって言ったでしょ。喉、弱いのよ、私。歌手として致命的。歌手じゃないけど。この先の状況は過去記事からご推測ください。まあ、いつもの流れとそう変わりません。大人げない私は、自分の気持ちをこっちに置いて、優しく説明、できませんでしたっ。この次、やれそうだったらトライしてみます。ただ、いつもと、ちょっと違ったのは、お隣の奥さんが、レンにと、ご旅行のお土産に買ってくださったサンタのチョコレートとクッキーを持ってきてくださって。レンはここからご機嫌になり、宿題以外のやるべきことを、マグネットでようやく思い出せたのでありました。(我が家では、就寝までにやるべきことを、マグネットで一覧にしています)さて。今夜はどうなんでしょうね。今は塾行ってます。宿題はこれで免れるはず。私が体調が悪いふりをしていたら、(よくもないんだが)彼女はとてもお利口になるんですが、その演技も面倒くさくて迷うところです。取り急ぎ。私が聖母の仮面を脱ぎ捨て、真実の顔をさらけ出してしまったという告白でした。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      545
      6
      テーマ:
  • 07Apr
    • 【うつ病夫へ直撃インタビュー】

      過去記事、前回からの続きの記事です。「鬱は治らない」と仰る方もいらっしゃいますが少なくとも今の夫は、すっかり鬱病になる前の夫に戻っています。このインタビューをしたときには多少、改善はしていましたがそれでも調子のいい時と悪い時の差は大きく。一番、鬱が酷かった時には顔が違っていました。表情がなさすぎてそう見えたのでしょう。元の彼とは別人でした。思考も口にする言葉も。そもそもが鬱になると言われるタイプではない人でした。再発しやすいと言われる病気なので夫婦でかなり気を付けてもいると思います。―――――――――――――――思いつきでなので、中途半端ではありますが、彼がなぜ、うつ病になったのか、私からの視点で述べる前に、昨夜、夫に簡単なインタビューをしてみました。「ブログに書くから真面目に答えてよ」と言ったらなぜかノリノリの彼。あまり悩むことなく端的にサクサク答えてくれました。ホントに、基本お調子者で、うつ病になるとは思えないタイプの人です。ちなみに、うつだった私の母は超ネガティブな心配性。同じうつでも、性格は、2人真逆です。よくも悪くも何かの参考になればいいなと願いを込めてのインタビューです。(※彼は会社に行っていますが、行ける状態だからだとご理解ください。「やっぱり、うつ病でも会社に行けるんだ」などという誤解がありませんように)【うつ病夫へのインタビュー】「それではまいります。なんで、うつになったと思う?」「ストレス」「具体的に言ってよ」「仕事。プレッシャー。業績と中間管理職の板挟み」「どういうときに自分がうつ病だと感じる?」「朝起きて、心臓が締め付けられるとき。わし掴みにされるような感じがする」「それは毎朝?」「月曜の朝は決まってだね。平日は半々。月末は毎日」「日中はどう?」「今は大丈夫なときが多い。うつ、真っ只中のときは、帰りの電車の中以外、朝起きてからずっと全部ダメだった。(帰りの電車の中で)やっと(家に)帰れるって思ってた」「うつと、レンとの関係はどう思う?」「直接あるとは思ってないけど、レン=(イコール)ストレス、と思えば、間接的に関係あるかもしれない」「レンと離れて暮らしたら、うつは治ると思う?」「治るとは思わないけどストレスは減るね」「うつを患っていることに関して、私に要望はある?」「よくしてもらってるよ。うつって言う、ネガティブなものに対してがんばれとも言わず、受け入れてもらってる。きつい時は駅まで送迎してくれるし。送迎なしじゃ自力でいけないときがある」(※私が「休め」と言っても彼は絶対に休みません)「私、がんばれって言ってない?意識してないから、言ってそう、って思うんだけど」「言わないねぇ。俺が『キツイ』って言うと『キツイねぇ』『そうだねぇ』って言ってくれるよ」「へー。なんか私、いいやつじゃん」「うん、いい奥さん」「いい奥さんじゃ(ブログに)書きにくいしネタになんないから他になんか言ってよ」「えー、じゃあこう言えばいい?キミはうつに理解がある!(笑)」「それ、そんなに面白くないです」「まぁ、お母さん(私の母)の影響が大きいんじゃないの?」「まぁね。それはそうだね」さて。今朝も駅まで送ってきました。今夜は遅いそうです。数字と、会議資料のための報告書の作成に追われる月末週。「胃がいたーい。胃がいたーい」とつぶやく彼に、最近TV番組で、美容家、IKKOさんが言っていた「手当て」を施すべく、彼の胃に手を当ててみました。「どう? なんか違わない?」「あんまり変わらない…」変わらないのは気のせいよ。きっと効いているはず。早く、彼の月末が終わりますように。レンが事件を起こさなければ(^_^;)次回は私の視点から見た、彼がうつになっていった経緯を聞いていただければと思います。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      860
      4
      3
      テーマ:
  • 06Apr
    • うつ病患者の家族として思うこと。後悔を糧にした思い。

      過去記事です。コメントにいいねをありがとうございます。Twitterからも、感謝です。(お久しぶりのコメント主さんのHNも複数回頂いた方であれば殆ど覚えています。嬉しい!ありがとう!)発達障害児を育てている方から以下のコメントをいただきました。「ブログ見てて悲しい気持ちにしかなりません」「無理せずれんちゃん解放してあげてください発達障害児育ててますが読んでてとても辛いです」優しい方です。IDが必要なコメントにこのように書いてくださることにこの方の誠意が見えます。……そうですよね。本当に申し訳ない気持ちにはなりますし同じ立場ともいえるところにも関わらず読んでてとても辛い気持ちにさせてしまうことはどうお伝えしたらいいのかと思います。ただ、「通りすがりですが」というタイトルから記事の全部を読まれているのではないのだとも思います。「解放して」と言われても(よく言われますが)私たちは家族です。色んな突発的な自身の感情に打ちのめされたり、泣きながらも家族であろうとして家族になっていった家族なのです。私を理解してほしいとは思いませんが私が叫ぶ気持ちと同じ思いでそれでもお子さんを愛するがゆえに必死に向き合い自分を責めたり、過ぎるほどに反省したりしながら追い詰められながらも子育てをされている方がたくさんいます。そういう子育てが安易に否定されることのないようにという願いを持ちながら私は書いています。どうか読むことを無理されませんようにと思います。さて。2年後に寛解しますが、この記事を更新していた当時、夫はうつ病を発症していました。おかげさまで今は再発することもなく全くもって元の夫に戻っています。私はうつ病は治らない病気だと思っていました。でも、違いました。―――――――――――――――今週末、レンは支援施設でした。お迎えに行ったとき、彼女はGパンの膝を破り、足に痣を作っていました。顔を遊具にぶつけて鼻血も出していたようで、担当の方に「すみません」と言われてしまいましたが、いいえ、こちらが、すみません、です!!本人はいつものことなので平気のへっちゃら。私も平気のへっちゃら。帰りにスーパーに寄った時は、私がエレベーターに乗ったのに対し、レンは階段を駆け上がる。目的階で目の前の扉が開いたら、目の前に誇らしげなレンの笑顔があって大きな声で「おかーさん遅いよー」明るい照明の下で見たレンの頬にはお迎えの際には気付かなかった赤い跡。ぶつけたような色味に「どうかした?」と聞いたら、「今、階段で転んで、顔から打った。痛い…」……、今かよ(ーー;)考えてみれば、呆れるほどの痣だらけの両の足。よくまあ、児童相談所に通報もされずに、今日まできたものです。とにかく、こんな感じで、レンが落ち着いているもので???(^_^;)。少し夫の話をします。夫は今年、うつ病と診断されました。うつは私にとって、とても身近な病気です。発達障害を持つ親のうつ病リスク、高いと聞いたことがある方も少なくないから、ご自身が患われた方もいらっしゃるでしょう。私も、母がうつ病でしたし、夫がうつ病と診断されましたし。「うつは誰もがなる可能性のある病気」「心の風邪」 と、今の時代では、誰もが言うけど。でも、悔しいけどやっぱり偏見もとても多い病気です。風邪なら、皆、簡単に口に出せるけど、「私はうつ病です」と言うのにはかなり勇気がいるでしょう。私だって、夫がそうだとは特別な人にしか言いません。この病気のことには言いたいこともあって、でも言うには少し気合いが必要でした。非公開コメントで、夫がうつ病になったのは、私のせいだと、言われたことは1度や2度ではありません。コメントがあるということは、そう思っている方も一定数いらっしゃるんだな、と思っています。思われるのは仕方がないし、どうしようもないこと。思うのはその方の自由だし。実際、娘のことで彼にストレスをかけていますし。ただですね。面の皮を厚くして言ってしまいますが、家族の存在含め、ストレスから本人を解放するなんて、生活を営む上で、それは簡単なことでありません。娘を手放したら完治するなんてうつ病はそんなに簡単なものでもないと私は思います。夫のうつ病は、私がレンを手放さないからだと、思われる方がいらっしゃる状態の私が言うのもアレですけど。家族の理解。これなしに、うつ病の方が完治するのは大きな困難が伴うことは間違いない。ご家族に、ご自身がうつ病だと言えずに、病院に通う人は少なくないそうです。夫が通う、病院に同席した時に、主治医の先生が言っておられました。ここまでの記事に書いていたかどうかなんせ過去記事再投稿ブログのため、記憶は曖昧ですが私は過去、うつ病を理解していなかった人間ですから。理解を示すことができないご家族の気持ちはよく分かります。適切ではないと思いつつ、他に言葉が思いつかないので使いますが、家族の負担は決して小さくはありませんから。症状の程度にもよりますが。でも、私は間違っていました。その過ちの大きさに、潰されてしまいそうになることが何度もありました。でも、今は潰されるとはちっとも思っていません。間違いに気付いたら、そこからやり直すしかないでしょう。取り返しがつかない過ちにがんじがらめにされている余裕は、精神的にも肉体的にも、今の私にはありません。過去、何度か夫のうつについて書きましたが、夫の理解のもとに書いています。彼は拍子抜けするくらいに、全然平気でしたけど。ま、そうだとも思って書いていましたけど。私のブログは、私の携帯のようなもの、と夫は理解してくれています。その意味で、彼がここを見るとは思っていませんが、彼に対して誠意を持って書くつもりです。思いつきでなので、中途半端ではありますが、彼がなぜ、うつ病になったのか、私からの視点で述べる前に、昨夜、夫に簡単なインタビューをしてみました。「ブログに書くから真面目に答えてよ」と言ったらなぜかノリノリの彼。あまり悩むことなく端的にサクサク答えてくれました。そのインタビューはまた明日。今日もありがとうございました。このブログをご覧いただいている方がまた幸せな1日でありますように。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      673
      14
      1
      テーマ:
  • 05Apr
    • もうすぐ自分は死ぬ と知っていた母親からのメッセージ

      過去記事です。何度も書いていますが、このブログは現在中学生になる娘が小学3年生だった時に書き始めたブログを整理しつつ、再更新しているものです。順を追って更新しているのですがここでなんと11月だという記事が……!飛ばそうかとも思いましたが当分季節は違っていそうなのでもうこのまま突き進みます。コメントのお返事もできないままで本当にすみません。その分、感謝の気持ちを込めて更新を進めていきたいと思っています。今日もありがとうございます。※今回の記事は特に意味が分からない方もいらっしゃると思いますが娘、レンの実母(私の妹)は彼女が5歳になってすぐに亡くなっています。もうすぐ自分は死ぬ、と知っていたレンの母親はレンの誕生日とクリスマスに手書きのカードを残しています。これはカードとは別に手帳に走り書きのように記されていた言葉です。随分先の話になりますが今年のクリスマスは妹が逝って10回目となります。そしてそれは私たちが家族になって同じだけの年月です。-------------------ニュースを見ていたら、まだ11月なのにもうすっかりクリスマスムードの都内の様子が映りました。この季節になると、亡き妹の日記帳に記されている文章を思い出します。余命ひと月を宣告された後に記されたものです。そして毎年、私たちは、クリスマスイルミネーションの美しい場所に、レンを連れて行きます。今年ももうそんな季節がやってきたんですね。妹が逝って5回目のクリスマスです。【妹の手記より】レンちゃんクリスマスは2年続けて ハウステンボスに行ったねかわいいバスにのっていった最初の年は レンがまだ3才で夜中に帰ってきたらおばあちゃんが「レンちゃん、心配しとった~」と言って 出てきてくれた。翌年はおばあちゃんはもういなかった。キレイなキレイなツリーを見たね。今日(今年)は ママも いないけどシェリナナちゃんと おにいちゃん(夫)がキレイなの みせてくれるよ。たのしいクリスマスにしてね。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      1919
      6
      2
      テーマ:
  • 04Apr
    • 傷つけたり傷ついたり。

      過去記事です。今回の記事の中で私はこう述べています。「記事の内容は24時間のすべてではなくほんの数時間を切り取ったものにすぎません。それも、私の感情の揺らぎが大きい部分を」でも通りすがりで読まれる分にはそこに、その時に書かれていることが日常のすべてに思われてしまう事は仕方のないことなのかもしれません。批判を受けたからといって落ち込むことも今やありません。そういう開き直りはありますがそれでもやはり家族のことを考えると今は(これでも)、夫や娘が大きく誤解されるような(批判したい気持ちになられる方にとっては「誤解」でもないでしょうが)できごとを書いた当時の記事は控えていますし控えたい思いはますます強くなっています。これは少し残念なことだと思っています。今、私がこのブログを書いてる理由の1つにこの当時、苦しんでいた私のように苦しんでいるお母さんたちがいるのならここには仲間がたくさんいますよと伝えたいという思いがあります。だけど、そのためには、私たち家族の、綺麗事だけではない部分をある意味さらけ出しなければそういう覚悟がなければ伝わらないと思うのです。だけど、娘も成長し小さな子ではなくなっている以上彼女の了解なしには書くことは考えます。(夫に関しては、彼の当時の至らなさや病気のことなど、今現在upすることも全て彼の了解済みですし私においては、何をどう言われようと構いません)いや、充分、汚いところ出してるよと、思われるのなら、むしろホッとしますけど。また「誰をも傷つけずに意見を言うことは困難で、でも傷つけることが怖い」とも書いていました。この思いも今でもあります。コメントなどでよくご自身のブログのご紹介もいただきますが基本的にはなるだけ読まないようにしています。いつの頃からかわかりませんがアメブロでブログを書く以前からです。なぜならばもしも読ませていただいた記事と違う意見を私が持っていた場合事前に(いつか)発言しようと思っていたとしても私は、おそらくそれ自体を止めます。ブログ主さんの意見と違う意見を私が述べることによってその方が、批判されたと感じられることを避けたいからです。自分の伝えたい考えや意見があればできればそれは率直に述べたいと思うので私自身の問題として「発言しない」と、自分でくくってしまう状態はできるだけ避けるようにしています。それにしても。この頃には家族に対しての批判も相当に受けていたのだなとよくわかる記事でした(^^;)―――――――――――私は夫が好きですが。実際、鬼のように娘に冷たく厳しすぎる夫を見るときは理解はできても心底うんざりするし娘の自己肯定感をこれ以上潰さないようにストレスの塊となりながら必死で自分を抑えながら怒鳴らず叱らずの育児を目指している横で我慢など全くしているとは思えない速攻で怒鳴りつける彼に、ことごとく努力を泡にされると本当に腹が立ちます。娘への言葉がひどい時には、自分のことを棚に上げ、「なんなんだ、この男は?!」と憎しみさえ湧きかけますし。で、それを言いたい放題に書いているわけですが。娘のことにしても、なんでもかんでも、内容も選ばずホイホイ正直に書きすぎて、娘や夫の人間性まで疑われることを実感するときなど、話す内容を選ぶべきではないか、と実は最近、そんなことを考えていました。でも、娘だってノラ猫のご飯を心配するし、今は、虐待を受けた捨て犬のノンフィクションの本を読んでいますが、可哀そうだと胸を痛めもするのです。彼女の行動が行き過ぎていたり、しつこすぎたり、間違っていることが多いのも事実ですが、周囲に恐怖を与えているような存在ではありません。愛犬やカウンセラーの先生への態度で、暴力的な描写をしていることもありますが例えば愛犬へのそれは「威嚇」です。愛犬が痛みを感じることはありません。力の加減は必ずします。強くやっているようなオーバーアクションはしていますが。だからこそ、本当にその暴力が愛犬に当たってしまった時には、自分を責め、過去、書いたような自虐的な行為になるわけです。彼女の苛立ちによって、愛犬に相当な恐怖を感じさせてしまっていることは事実で、私の怒りはもちろんそこにはありますが。スクールカウンセラーの先生に将棋盤を投げた話もしましたが、これも先生に当たらないように投げている訳で、先生はその行為自体を注意するために、私にそれを告げるわけではなく、彼女の情緒が不安定なのではないかといことを心配されての連絡です。私に対しての暴力行為もありません。かなり挑発的な行為はありますが。彼女が実際に私を叩いたのは、試し行動と認識していますが、私の膝の上に座り、私の頬を軽く(内心恐れながら)叩いたことと(蚊に刺される程度の痛み)Nさんとのセラピーで、核心に迫られることに耐えられなくなり、2人にさせられた時間に暴れたこと程度。但し、Nさんに対してだけは、本気で向かっていっていましたね。あれは、確かに暴力。でも、Nさんは、なぜ彼女がそのような行動をとるのかを本人よりも知ってくれている大きな味方であり、色んな意味で彼女の中で特別な存在ですから、一般と同列に考えることはできません。Nさん自身が、彼女の心を解放するために挑発していた部分も大きくありますから。と、夫やレンのことに関して延々言い訳を書いてみました。記事を書くとき。このような、私の言い訳や前提や、全ての感情を書きつくすことは時間もかかりますし、なにより記事が長くなる!記事の内容は24時間のすべてではなくほんの数時間を切り取ったものにすぎません。それも、私の感情の揺らぎが大きい部分を。少し前に、友人ホイ子から質問されたことがあります。以前、私がブログに書いたあることが、感情的で違和感を感じたと。「シェリナナらしくないなーって思って。何かあったのかと思った」背景にあった感情を話すと彼女は「なるほどね」と理解して頷いてくれました。いつの間にか、沢山の方に見て頂けるようになってそうしたら違う立場の人も沢山いて。誰かを思い浮かべれば、黙ってはいられないときもあって。どちらかの立場に立てば、その発言が別の誰かを傷つける場合があります。言葉を尽くしても、意見が誰かを傷つけることがあります。ブログを書くことで傷つけたり傷ついたり。どんなふうにこのブログを続けたらいいのかなって、ふと迷路に迷い込んだような心境になりました。誰をも傷つけずに意見を言うことは困難で、でも傷つけることが怖い。数日前まで言いたいこと、話したいことが溢れていたのにそれがポーンとなくなってしまって。いえね、ほんの数日でしたけど。凹んでも大抵が数時間後、遅くとも翌朝には復活する私には少し長い時間でした。とかまあ、ごちゃごちゃ面倒くさいことを考えておりました。で、考えたあげくの結論が。すみません。こんな感じで続けさせていただきます。言いたい放題言うし、間違っていたら謝罪します。こんな独り言もUPしてしまいます。書きたいことが沢山あるんです。書くことは私の精神安定剤かもしれません。不快なこともあるかと思いますが、どうぞお許しください。これからもよろしくおねがいします。【追記】今夜、宿題の漢字の書き取りを歌いながらの遊び半分でやっていたレンを数回注意しました。ちっとも進まず、時刻はもう21時近くだったからです。その数回目。彼女の隣で目を見て静かにしかし凄味を利かせていいました。「いい加減にしないとおかあさん、怒るよ」数ヵ月前であれば、ここが起爆剤になるところ。しかも時間的に疲れがあっての大爆発。「え~。そんなにおこんない、おこんない♪」ニコニコして言うレン。だ、誰ですか。この子は??一瞬迷いましたが、取りあえず「ははは。ホントにこの子は~」とちょっと無理して笑ってみました。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      423
      6
      2
      テーマ:
  • 02Apr
    • 私たち家族の今。「早く成長して自立してくれ」としか思いませんが。

      こんにちは。今日はリアルタイムでの私です。また少し時間が空いてしまいました。入学式を控えたお子さんをお持ちの読者の方はそりゃあもう準備に追われていらっしゃっることと思います。うちは入学式でもないのにこの2週間というもの、子どもを3人ほど入学させるくらいパニクっていました。おかげさまでようやく今日、雑務の終わりの光が見えたところです。ところで。東京の桜は散り始めていますが先週まで、お花見らしいお花見はしていませんでした。でも先の週末に家族3人で、愛犬の散歩で1時間半も歩きその時に、桜を満喫してきました。こんなに綺麗な桜のアーチの中を夫が愛犬のリードを引き隣で 娘が夫にぺちゃくちゃと喋りかけ私がその後ろを歩きます。こんなに美しい季節にこんなに穏やかな気持ちで3人で歩くことができる日が来るなんてこのブログをリアルタイムで書いていた頃にはとても信じられません。中学生である今の娘は、私の言葉に「うるさいなぁ」「わかってるって!」と思春期なりの生意気さを見せていますが(全然聞いてないし、わかってないし、言われた事は右から左のくせに)普通の生意気さだなぁって。そして信じられないことに私がキッチンで食器を洗っていたりすると「あ、お母さんごめんね。ありがとう」などと言ったりする。……誰ですか、この子は。おそらくは、数回脱皮してます。ちょっと別の生き物みたいですね。夫も言います。「俺も変わったよなぁ。あの頃の自分に、こうなるんだって言ってもきっと信じないと思う」娘が今どんな気持ちでいるかなんて本当のところは分からないけれども私が言うのも変だけど何だか幸せそうだ。恐らくは普通の家族以上にはそれなりに問題もあるし大変なことだってあるし面倒なこともたくさんある。これから先だって、何があるか分からない。少し強い風に、桜の花びらが ひらひらひらひらと花吹雪みたいに舞い散っていた。映画のシーンのように綺麗な情景の中を歩きながら「このまま時が止まってしまえばいいのに…」なんて事は、当然全く思わなく「早く成長して自立してくれ」としか思いませんが。それぞれに穏やかな気持ちで歩いていられることにとても安堵します。日々はそれなりに大変すぎて「ああ、幸せだな…」なんて改めて思うこともありませんが三人でただ歩いた こういう時間を「幸せ」というのかもしれません。今日もご訪問くださってありがとうございました。※ 今日の画像は私が撮ったものです。いつも素敵な画像を提供していただいているパステルさんのファンの方にはごめんなさい。また次の機会をお楽しみに!ーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      678
      7
      テーマ:
  • 27Mar
    • なんだかもう何もかもが嫌になってしまって

      コメントにいいね、ありがとうございました。おかげさまで今日も更新できます。返信も書きたくなったコメントも沢山あったのですが記事更新を優先させていただき返信とさせて下さい。どうか無理しないでご自身の心と体を大事になさってください。前々回の過去記事からの続きです。また、やっちゃってますね(^_^;)―――――――――こんな時間なのに。衝動的なのか確信的なのか、自分でも不明なんだけど。睡眠薬と安定剤を1錠づつ飲みました。どちらにしても逃避行動、やってしまった。珍しくこんな時間でしたが、嬉しいコメントの返信を書いている途中で娘が帰ってきたんです。帰宅早々不機嫌全開。理由はせっかく早く終わった学校だったのに、期待していたお友だちと遊べなかったから。ランドセルを置いた足で私の側に来ると挑発的な目でにらみながら「なんか、毎日ぜんっぜん楽しくないっ!」「理科のノートなんで入ってなかったのっ!」それ、昨夜私が時間割見直した時に、入ってなかったから聞いたよね?提出してるから大丈夫なんだって、あなた言ったよね?「もう(先生から)返してもらってたっ!」知らないよ。そんなの。昨夜、私がした時間割に見直しの際、理科のノートがないことを指摘。レンは学校に提出していると答えた。でも、どうやら、提出していたノートは既に返却されていたようです。自室に理科のノートがない事は私が確認しています。「先生に連絡帳で聞いとくから」私は一体どのくらいの時間を我慢して彼女をあやしていたんだろう。毎日一緒だったAちゃんがいなくなって学校生活は私が思うより彼女には試練の場になっているのかもしれません。そう思っているから私も、大なり小なりのあれこれに目も瞑り我慢もしているし、理解をしようと努力しています。今、リビング仰向けで足で空を蹴りながらギャン泣きしているレンですがこのレベルに比べても愛着障害による発狂の方が遥か及ばない激しさです。だから、今、彼女がしているギャン泣きは想像ですが一般のお子さんの激しい愚図りという状態でしょう。だからこんなものには耐えられるはずなのです。それなのに。「もう毎日がぜんっぜん楽しくなぁいっ!」「こんなお家いても、ぜんっぜんつまんないっ!」カチンと来ました。で、何かが私の中でキレました。リビングの床に仰向けになって、幼児のように足をばたばたさせて背中を軸に回転しながら愚図り続ける彼女にじゃあ、出て行けよっ!と、心の中で本気で叫んでいました。仰向けの彼女の腕を、黙ってつかむと、私は引きずるように玄関の方へ連れて行きました。豹変した私にすぐに娘は謝り始めます。「ごめんなさいっ!おかあさん、ごめんなさいっ!ぐずってごめんなさいぃぃ!]一旦は、外に出そうと掴んだ娘の腕でしたが壁につかまり許しを請う彼女を見て。力を抜くと、なんだかもう何もかもが嫌になってしまって泣いている彼女を置いて私が玄関の外に出ました。風が冷たかった。上着も着ていなかったからとても寒く感じました。数階、マンションの階段を上がってしばらく外の風に当たって。外を見ていたのは多分、ものの数分だったと思います。薄着で寒かったから。部屋に戻った私はこの時に眠剤を飲みました。夫に電話をして「気分が悪いから今夜は食べ帰って欲しい」とお願いしました。「眠剤飲んだから、帰ってきたとき寝てるかもしれない」彼は「レンか?(レンが原因か)」と聞いてきたので「違う。気分が悪いだけ」と答えました。落ち着いたレンが「抱っこして」と言ってきたので抱っこしました。力が入らなくて、抱き上げるときにふらつきました。腕に力を入れる気にならない私に彼女は上手に体を預け、私に腰のあたりに足を巻き付け強くしがみついてコアラみたいに抱っこされていました。彼女を抱いたまま、リビングのソファーに座ります。結構長い時間そうしていました。娘が眠るのではないかと思ったほどです。娘を無座に抱く私の顔はいつのまにか、彼女の肩に埋もれるほどになっていました。また大きくなった気がする。「おかあさんさ、お薬のんじゃったから、多分、もう少ししたら寝ちゃうと思う。マグネット見て、ちゃんとやることやって寝られるかな」と聞くと「大丈夫」と答えてくれました。(我が家では、下校後、やらなければならないことはマグネットの表を使ってあり、それを見て作業します)「お父さん、怒る?」さっきもの電話を聞いていたから心配しているのでしょう。「絶対怒んないよ。大丈夫だよ」少し前に40度の高熱を出しました。実はあれからずっとのどの痛みがとれていません。中学時代、ストレスがあった時代に原因不明の喉の痛みに悩まされた時期があります。頭痛と合わせて、ちょっと疑っています。原因はストレスじゃないかなって。実はここしばらく夜もあまり眠れていません。なんだか、頭の中にごちゃごちゃと一杯詰まっているような煩雑な感じがあってなかなかリラックスができません。先日TVで観たイライラしない法というのがあって5分間瞑想をすることがいいと聞き、早速昨夜も試したけど、「頭をからっぽにする」というのがどうしてもできませんでした。最近、自覚としては物凄く精神的に楽になっていることもあり、あまり気にしてはなかったんですが、最近は安定剤でも眠れない感じで、その為か食欲はあるのに少し痩せました(ラッキー♪)。娘にはご飯にメカブと納豆を乗せただけの丼を夕飯に用意しました。あれ?眠剤飲んだけど全然睡魔はこないな。おかしいな。ちゃんと横にならずに起きていたらこんなものなのかな。まだ眠くならない。どうしよう。コメントの返信、途中まで書いていたのに今日の記事からすると、なんだか二重人格者みたいだ。(いつもワードに書いて順次UPさせて頂いています)でも、数時間前の私でもあるのでそれはそれで書いた分のみ返信させていただいていいですか。あーあ。全然眠くならない。何も考えずに今日は全部放棄して眠りたいんだけどなあ。せっかく昨日大口叩いたばかりなのに早速こんなんです。すみません。目覚めたらまた気持ちを切り替えます。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      668
      16
      2
      テーマ:
  • 26Mar
    • 人の苦しみの重さなんて比べられるものじゃないから

      あの頃の私のように、追い詰められて必死になっている方々へという記事にもしも今の私が、うちの娘のような子どもをお持ちのお母さんが私と同じように謝っていたら「謝るなんてしなくていいですよ」と言いたい。と書き「言いたいことがあるなら文科省に行ってくれ」とまで暴言を吐きました。本音を言うとここまでのことを書くのは少し勇気がいります。発達障害児を持つ親はこのように、周囲の迷惑も考えずに「発達障害」を盾に取り、平然としているんだと思われてしまったら困るな、とは思います。あの記事を読んで「迷惑かけたんだったら謝れよ」と不快になる方がいることは承知しています。謝るべきではないかというコメントも頂きましたがそれはとても真っ当なご意見だと思っています。それでも私はやはり同じことを言います。今、あの頃の私のようにもしも追い詰められて必死になっているお母さんがいたら「謝らなくていい」自分の子どもが発達障害であるいはグレーで。子どもに忘れ物させていても先生に数々の依頼をしても周囲の子どもたちに迷惑をかけていても「仕方がないでしょう」となんの苦悩しない人はそもそもこんなブログに興味は持ちません。私は私のブログの読者の方に向かって話しています。人の苦しみって比べられるものじゃないじゃないです。誰かにとってはそんな事って思える程度のことが別の誰かにとっては涙がこぼれるほどに辛かったりする。娘を育てるようになるまでは私にも持論がありました。それは「自由にやっていい。ただし人に迷惑をかけなければ」でも娘を育てるようになってから私はこの人生に教えられた気がします。「人は誰にも迷惑をかけずには生きられない」ということをです。娘が小学生のころ。このブログをリアルタイムで書くようになる3年ほど前から私は毎日が地獄のように苦しかったです。連絡帳1つまともに書けない娘は連絡帳だけが書けないわけではありません。こんなものは一端です。「すみません」「申し訳ありません」連絡帳に何回も書いたように私は先生方に、何度も何度も謝ります。学校の先生方とは良好な関係を築けていたし中途半端なママ友もいなかったのでまだ心の負担は少なかったのかもしれませんが1番多かった謝罪は、学童に対してでこれはかなり堪えていました。理由は、彼女の行方不明でした。学校から学童に行くまでの道のりには彼女の好奇心をそそる誘惑するものがたくさんありました。夏は、木々の1本1本にセミを見つけます。ときには野良猫を追いかけ犬の散歩をしている大人に話しかけ。(私が娘を連れて犬の散歩をするとよく、たくさんの方に声をかけられました。「レンちゃん、お母さんと一緒なの。いいねえ」「レンちゃん、やさしい子ですね」私は知らない娘の姿を知らないご近所の方によく教えられました)学校からまっすぐ学童に向かえない娘のことで連日私の携帯が鳴ります。時間になっても、娘が学童に到着しないのです。毎日毎日到着しないのです。「レンちゃんが、まだ来ていないんですが」「申し訳ありません。どこかで道草しているんだと思います。いつもすみません」学童は学童で、娘が到着しないのであれば万一のことを考え保護者に連絡しなければならないのだとわかっています。「いつもご迷惑おかけして本当に申し訳ありません」だからひたすら謝ります。毎日のように謝ります。決まった文言のたった10数秒のやり取りの息苦しさは澱のように心の中に積もっていきます。たった10数秒のやり取りでもです。娘が3年生の時でした。私は所用でたまたま役所にいました。駐車場に続く薄暗い廊下を歩いている時の夕方のいつものその時刻。また、私の携帯が鳴りました。私が大嫌いなその時間の、着信を知らせる音。……あの日、他に何かあったのかな。どうして私はそこまで崩れちゃったのかな。多分、その電話をかけてきたのが理解を示してくれるとわかっていた信頼できる先生だったからだと思います。「もしもしー。〇〇ですけど」先生の明るい声を聞いて、だけどもう何のために電話がかかっているかは疑う余地もなくて。役所のその暗い廊下の壁に体を向けて私は言いました。すでにもう声は震えていました。「すみません。レンがまだ学童に来てないんでしょう?」「そうなんですよ。………、お母さん? 大丈夫ですか」次の瞬間、私は決壊したかのように声を上げて泣きたいくらいの気持ちになっていました。いえ、実際泣き崩れました。いい年をした大人の女が役所の廊下で壁に向かって座り込み左手で携帯を持ち右手を広げて親指と薬指でこめかみを押さえていました。こみ上げるものを一生懸命言葉にしました。「いつも申し訳ありません。レン、まっすぐ学童にいけなくて…。いつも連絡させてしまって本当に申し訳ありません。でもできれば、この連絡を控えていただくことはできませんでしょうか…。万が一、あの子に何かがあっても全責任は私が取ります。連絡がないからといって、学童の責任をなすり付けたり絶対にしませんから…」先生はすぐに私の気持ちを察して優しくこうおっしゃってくださいました。「お母さん、ごめんなさいね。じゃあ連絡はもうしないということにしましょうね。本当に学童に来なかったときだけにしますね。多分、レンちゃん、もうすぐ来ますよ」もう4~5年前になるというのに今思い出しても、胸が……ではなく、本当に胃が痛くなりました(^_^;)いま、中学生になった娘はそれなりに色々ありますが学校から電話がかかってくる事はほとんどありません。この1年、学校生活において彼女に問題があるという話は一度も聞きませんでした。もしも私が、まさに今毎日のように謝罪をしている状態であったとしたら言い換えれば謝罪をしなければならない状態であったとしたら「謝らなくていいですよ」とここで声を大きくして言う事は出来ないかもしれません。私が「謝らなくていいですよ」と言ったのは「学校に迷惑をかけて申し訳ない」「先生に申し訳ない」「他のお子さんに迷惑をかけているんじゃないだろうか」そんな気持ちに押しつぶされそうになっている人たちに対してです。当時の私のように。謝罪が何度も続けばそれが他愛もない事だったとしても自分の子どもの行動が信じられなくなりどうしてこれだけ言って聞かせてもダメなんだろうと自信もなくす。周囲に対して申し訳ないという気持ちだけではなく心の中で、あるいは現実で「どうしてこんな簡単なことができない」と「なぜみんながやれることがこの子はできないんだ」と子どもを責め、「それ以上に」自分を責め始めます。大人になればそんなに簡単に人前で泣けないですからね。心の中でこんなに泣いていることなんて周囲には分かりません。「人に迷惑をかけたら謝るべき」それは全くもってそうです。否定する理由がない。だけど。過剰に子どもを叱りあるいは過剰に自分を責め出口の見えない暗闇にいるような気持ちで追い詰められているのであれば「そんなに自分を責めないでいい」と私はやはり言う。子どもが迷惑をかける事は大人になるまでの過程で必ず通る道です。どんなに落ち着いている子どもでも賢い子どもでもすべての子どもは周りに迷惑をかけながら成長していきます。そうであるならば成長の遅い子どもたちをその親だけの責任だと言うのではなく社会の見守りの中で育てていくという観点も必要ではないかと思うのです。その見守りの1つが「謝らなくていい」だと思います。反論が来ることなんて承知の上です。私の子どもが他人様に全く迷惑をかけないお利口さんだったらもっと説得力もあるんだけどなぁ。残念。なんせ私の娘はレンだしここに悪行三昧書いてるしそりゃあ、ツッコミどころ満載です。だけど今の私は謝罪をしなくて良い状態になっているから娘の子育てに追い詰められて視野狭窄に陥っていた頃よりもはるかに視界が開けています。だからあの頃の私自身が過剰に自分を追い詰めていたことがわかるんです。だから、今苦しい思いをして泣いているお母さん達に「そんなに追い詰められるほどのことお子さんはしてないですよ」って言いたくなりました。もちろん学童にはまっすぐ行ってもらいたかったしそのことで電話をかけさせる手間があったことは事実です。だけどそのことで先生方に毎回、ものすごく心配をさせていたかといえばそうはありませんでした。娘がまっすぐ学童に行かないことで先生の中にはイライラした人もいたかもしれないけれど私がお世話になっていた先生たちは娘の性格や行動特性も知っていただいていましたから「いずれは到着する」と思っていただいていましたし実際「お母さん、そんなに気にしないで。大丈夫ですから」と、優しく励まされたりしていました。だけど渦中にいた私は申し訳なさで潰れてしまいそうに苦しかったんです。もちろん、もし本当に、謝罪すべきことがあればそれは謝りましょうといいます。ここもあそこも「謝れ」と言われる個所を指摘されたら、反論できない部分だってあることも分かっています。だけど、行動特性が他の多くのお子さんと違えば多くの場合、他愛もないことでも過剰に迷惑をかけていると思い込んでしまう。過剰な謝罪の連続は、自分も生き辛くし親子関での軋轢をも生みかねない。そんなの親だけじゃなくて子どもにだってよくない。そして実は、今の私のように思っているお母さんたちだって実はたくさんいることも知って欲しいです。周りがみんな敵じゃない。口にしないだけで「大変だろうな」「頑張って下さいね」って応援してくださっている人も必ずいます。実際そう思っていたって「大変だろうな」「頑張って」なんて言葉をかけるのはそれなりに仲良くないと失礼にもなりかねないし言えませんって。なんなら何も言わない人は皆、味方だと思ってしまえばいい。私はツイッターしていますがフォロワーさんも本当に優しい人達が多いです。うちの娘ができるようになったこととか成長したこととか「いいね」の数がそこだけ増えます。一緒になって喜んで下さっているんです。そういうのってすごく素敵だなぁと思います。成長が遅い子も成長が早い子も宿題が出来ない子も宿題が得意な子も学校が苦しい子も学校が楽しい子も子どもたちの周りにいる色んな立場の大人がまるごとその子どもを見守れる、そんな多様性を認めていける社会になればいいなと私は思っています。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      624
      28
      6
      テーマ:
  • 24Mar
    • 「死にたい」と手帳に記していました。

      娘が小学4年生の時に書いていた過去記事です。コメントも「いいね」もありがとうございます。お返事できなくてごめんなさい。どのコメントもしっかり拝見しています。思い出したのですが。記事にある連絡帳を対応してくださっていた先生が担任を離れられてから久しぶりに校庭でお会いしたときのこと。「あの頃は…」という笑い話になり改めて申し訳なさに謝罪した私は先生にこう言われます。「助かった、といつも言っていただいてすごく嬉しかったんです」まだお若い先生でした。当時は本当にありがとうございました。―――――――――冒頭から自慢話で誠に恐縮ですが。先週末にどこぞに忘れてきたカーディガン、初日の昨日、持ち帰りましたー!!昨朝はジャンバーを着て登校しました。カーディガンはランドセルの中に入れて帰ってきました。この凄さ、お分かり頂けるでしょうか。そうです。寒かったから持ち帰ったわけではないということです。以前から読んでくださっている方には傘の持ち帰りにも、異常な無関心さを発揮していた娘を思い出していただきたい。雨が降っても、傘を置いて帰っていた娘が、寒くもないのにカーディガン。書きながら、思わず頭を左右に振っています。なぜだ。なぜだ。なにがどうなってこんなスゴイ変化が起こっているのか。いや、油断するにはまだ早い。いつまた裏切られる日々が戻るか分からない。安堵の後の失望は堪えるかもしれないからな。でも、今度は、この奇跡のような今の時期を思えば前よりもう少し楽に乗り越えられるかもしれません。とまあ、昨年は、昨日までの記事のような有様だったのですが、最近では、たまのことになったので、相談にはアタイしなくなりました。1週間も「持って帰れ」「探してこい」と、言い続けたら、そのうちモノは発覚するからです。昨年は発覚しませんでした。1週間も10日も学校生活は謎のままでした。今回の連絡帳の記事には、最初のうちこそ私も吹き出す余裕があったんですが。延々続く依頼事項に、当時の申し訳なさと、連絡帳を書く気力がないのを振り絞って書いていたあの時の気持ちを思い出し、先生との交換日記化した日付を見て、胸が痛くなる始末でした。ただ図々しくも思うことがひとつあって。先生の方も、連続する忘れ物=紛失物に家庭が気付いているかは、全体を見て授業を進めていくなかで知っておきたいことではあるのではないかと。それをお知らせする意味もありました。だから、当然見つからなくても仕方ない気持ちは常に持っていました。私の方も、同じ教材がない状態でも、先生が事情をご存じていてくださることだけで精神的負担が全然違う。紛失物の発見の有無よりも、ここが連絡帳に私が助けられた1番の部分だったような気がします。そしてそういう気持ちは先生にも、折りの電話で伝えていましたから紛失物を探すプレッシャーはなかったのではないかと。連絡帳での連絡がほぼ不要となった現在、(時間をおけばなんとなく解決しているような気になるレベルになったという程度ですが)私も先生にはお伝えしていることですが、コメントでもお子さんの性格を先生にお伝えした上で「『できる範囲のフォローは家でもしているけれど学校生活に差し支える時は教えてください』」と伝えてあります」というご意見をいただきました。このような意見を先生に伝えておくことはとても大事なのではないかと思います。そして連絡帳を書かずに済むのであれば、私たち親子がかけていたような先生へのご負担は軽減されると思います。いや、しかし笑いのハードルは高かった模様。期待外れだった方には申し訳ありませんでした。こんな親子ですので不快になられた方もいらっしゃると承知していますが、それでも娘は今の場所で生きていかなければなりません。歩みが遅い子どもですが、いい先生方との出会いで確実に変化してきています。そして私も。私は今回、濡れた水着が廊下に落ちている様を想像して何度も笑ってしまいました。昨年は。(※小学三年生)同じその出来事で泣いていました。一年前には「死にたい」と一言、手帳に記していました。娘の愛着問題が軽減したことが一番大きく影響してはいますが、同じ出来事なのに、受け取り方や、物の見方が変わると心に与える影響がこうも変わる。そのことを体感し、気付けただけでも、私にとっては今回記事にしてよかったと思っています。ただ、体感はしたものの、物の見方を変えて、穏やかな境地に自分をコントロールすることを体得したのかといえば、残念なことに遥か彼方及ばず。修行は続きます。今日もお付き合いくださってどうもありがとうございました。ーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      493
      1
      テーマ:
  • 23Mar
    • 小3、悲惨な連絡帳の中身の暴露。その2

      過去記事です。小3の時の悲惨な連絡帳の中身の暴露、続きです。こうして切り取って読んでいただくと私が何の迷いもなく相談しているように見えるでしょうが家の中は探すだけ探し、レンにも連日、学校を探せと言い聞かせもうこれ以上は自力では限界だな、と、いうところまできてようやく書いているんです。あれもこれも持たせないままであれば、それはそれで学校に迷惑をかけると思い…。それでいながらこの怒涛の記述……。ーーーーーーーーーーーー3年生時の連絡帳抜粋、パート2です。コメントをいただきました。前回の記事では小学校入学前のお子さんをお持ちの方には刺激が強く、恐怖を与えてしまったようです。すみませんでした。でもどうなるか分からない先のこと。どうかあまり心配なさらないでください。1年生の時は、幼児からの延長なので学校側からも丁寧なフォローがあります。それでも悩みはありますが、発達障害児でないお子さんをお持ちの方でも入学後はなんらかの悩み、心配事は抱えるものでしょう。皆が幼児の延長なので特性に親は気付いていても、他人にはまだバレにくいと思います。徐々に、子どもたちでやらなくてはならないことが増えてくるのは2年生以降。まだ時間もあります。先のことは先で悩みましょう。レンみたいなのを知っていたら、入学後、「ひゃー、うちの子ってば天才?」と、ステキな勘違い(失礼っ)をしてしまう可能性だって大ですよ。「ここまでは覚悟していたから楽勝!」「あそこまでひどくはなかった」と、むしろ安堵される可能性の方が高いと思われます。そしてレンみたいなお子さんをお持ちで今、苦しんでいらっしゃるのであれば。時間が経てば、笑える日がきっと来るんだと信じて互いに今を乗り越えましょう。書き続けていいのか少し迷いますが、あそこまで書いたので今更の迷い。さー、このまま行かせていただきます!10月15日……。ここ暫く、体育袋は持ち帰るも赤白帽のみ、持ち帰っていません。子どもにも探させますが、学校にないか確認下さい。なければ購入します。 → 赤白帽は先週付けていたので必ずあるはずです。  見つかり次第、持ち帰らせます。  購入はまだせずにいて下さって大丈夫です。10月16日音読カードを1週間持ち帰りません。すみません。ご確認ください。(宿題で、毎日チェックが必要なカードです) → 音読カードは学校にはなさそうです。  お家にもなければ新しく用意します。   → 家はもう散々探しました。    すみません。お願いします。        → 承知しました。10月19日赤白帽は見つかりませんでしょうか。学童にはありませんでした。ないようであれば、この週末購入しようと思っています。 → 帽子は見つかりません。   →※ この週末赤白帽購入10月26日新しい赤白帽を持たせていますが持ち帰った体操袋に赤白帽のみ入っていませんでした。毎度申し訳ありません。学校にあると思いますので体操袋に入れるようご指導ください。また、連絡袋(※ 毎日持って行くもの)もここしばらく持ち帰っておりません。学童にはありませんでした。学校にありませんでしょうか。 → (新しい)帽子は机の横にかかっていました。  袋にいれました。    11月2日まだ持ち帰ってはいませんが失くしていた赤白帽(古い方)が見つかったそうです!音楽袋の中に入っていたそうです。その節は大変お騒がせしました。ご報告まで。宿題の計算ドリルですが、また持ち帰り忘れたようです。宿題ができていません。申し訳ありません。   → 見つかってよかったです。  音楽袋は授業で使っていたのですが…。  不思議ですね。  計算ドリルは全員に配ったのですが…。  すみません。探します。11月5日ご連絡いただいた計算ドリルですが、机の中もお道具箱の中も見当たりません。ですので、予備のものを持たせます。あまりですのでお使いください。 → 申し訳ありません。助かります。11月15日本日、お電話します。※ 別件での話あり。その話のついでに、「音楽袋に入っていた」とレンが言っていた赤白帽を、未だ持ち帰らない話をする。確認すると言っていただく。11月16日昔の赤白帽は音楽袋にはありませんでした。見つかったら持たせます。 → ありがとうございます。   気にかけて頂かなくて大丈夫ですので   もし見かけられたらでお願いします。   いつも本当に申し訳ありません。11月21日赤白帽ありました!お道具箱の中にありました!!  → どうもありがとうございました!!  以上。とりあえず、こんな感じです。最初は笑えていましたが……。ひ、ひどいな。でもこの時の先生のおかげで3年生も無事乗り切ることができました。本当にレンのこと可愛いと思ってくださっているとても温かい先生でした。2年生の時の先生もレンのいいところの話しかなさいませんでした。あんなにめちゃくちゃだったのに!こうして先生方に助けていただきながら、おかげさまで、この後、この頻度は徐々に減っていきました。まるで魔法にかかったようです。4年生進級を機に、このやりとりは、ほぼなくなりました。嘘みたいですがホントです。特に1学期の終わりあたりからそれは歴然と変化を見せました。残念ながら、行方不明がなくなったわけではありませんが、たまにのことになり、しかも、しばらく待てば大抵いつの間にか出てくるようになったのです。ちなみに、この週末といえば、長袖Tシャツの上に着せていたカーディガンもどこかに置いて帰っています。金曜夕方、寒かったんですけどね…。私:「来週、持って帰るの忘れないでよ」レン:「今日、着てってないよ!」私:「おかーさんがあなたに着せましたっ!」レン:「じゃあ、なんでないのっ怒?!」…………。知・ら・ん・が・なっ。知らんがな!(「お・も・て・な・し」の感じで読んでいただければ)こんな程度ではありますが……。昨年までとは大違いの小学4年生なのであります。親子ともども、がんばります(T_T)画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      442
      12
      1
      テーマ:
  • 22Mar
    • 小学3年生時の悲惨な連絡帳の中身の暴露。その1

      過去記事です。現在中学生の娘が小学4年生の時に書いていたブログで小学3年生の頃の連絡帳を中身の披露です。なかなかに酷い。あっぱれ。でも当時の私、すごくかわいそう。ーーーーーーーーーー3年生時の連絡帳抜粋、パート2でございます。前置き、言い訳は前記事で散々申し上げましたので失礼して、とっとと参ります。笑っていただければ嬉しいんですが……。9月3日先生 「買い物調べカード」のインタビューを明日までにお願いできますか。シェリナナすみません。娘にも聞きましたがなんのことか分かりませんでした。急ぎであれば、明日にもお電話させていただきます。(翌日4日、レン、買い物調べカードを持ち帰る)9月4日シェリナナありがとうございました。このカードは1学期から見ていました。中途半端な記載のまま、自宅に置いていくので、何度も「これはやらなくていいの?」と聞いていましたが、「多分、いらない」と。しばらく念のため、保管していましたが、先日、遂に処分してしまっていました。完成しないプリントばかりなので終了しているかどうかの判断がつきません。本人に聞いても理解不能です。対応策あればアドバイスをお願いします。  →  継続して記入が必要な宿題については連絡するようにします。ノーチェックでした。すみません。おかげさまで今日の授業には間に合いました。ありがとうございます!9月6日プール道具を2日持ち帰りません。申し訳ありませんが、お声かけください。先生→プール用具、持たせました。9月7日プール用具を持たせて頂きありがとうございました。バッグにはバスタオルしか入っていませんでした。学童にも聞いてみますが、再度ご確認下さい。いつもすみません。(後日、ビニールに入れた水着と水泳帽を持ち帰る)9月10日いつもお世話になります。プール用具を持ち帰りません。大変申し訳ありませんがお声かけください。→ これからは声をかけるようにします。 本日、お電話します。9月11日すみません。「学童」の連絡帳が行方不明です。学校にないでしょうか。→ ありませんでした。また探してみます 今日、昼休みに「たにし」を取っていました。 本人の強い希望で持って帰ります……。9月12日いつもお世話になります。すみません。今日は濡れた状態の水着のみ、持ち帰りました。水着はビニール袋に入れられています。なぜビニール袋に入っているのか、ビニール袋は誰に貰ったのかを本人に問いただすも不明です。先生はご存知でしょうか。また水泳バッグ等、他の物(水泳帽、バスタオル)が学校に残っていないかお手数ですがご確認願います。いつも申し訳ありません。(上記、金曜帰宅後に記入。翌土曜日、学童登室後、以下の追加記入)【追記】水泳バッグ(水泳帽、バスタオル入り)が、学童で見つかりました。ですが、なぜ水着だけがビニール袋に入れてある状態で持ち帰ったのか、疑問です。 → 朝、学校に水着が廊下に落ちていたので、  私が入れて持たせました。9月15日書道用具ですが、筆がなくて学校で借りていると、今日聞きました。どうもありがとうございました。いつもご迷惑をおかけし申し訳ありません。用具箱の中身は確認し筆も含め、私が持たせました。記名はしています。学校にないかご確認ください。なければ購入します。また、最近、音読カードも見当たりません。学校にないでしょうか。(※ 毎日、音読の宿題あり。このカードに保護者が押印しチェックし提出しなければなりません)→ないのです…。わかりました。用意します。※ 書道用具にコメントなし→再購入。※ 音読カードはこの後も2回再発行してもらう。9月17日上履きをお借りしていたようでお世話になりました。お返しいたします。本人の上履きは先週、月曜に持たせています。学校に、本人のものがあると思います。念のため、本日は予備のものも持たせていますので2足ある計算にはなるのですが。ご迷惑おかけしますが、急ぎませんのでついでの際のでもご確認頂ければ助かります。→学校にありました。2足あります。9月20日今学期が始まってから、計算ドリル用ノート、漢字ドリル用ノートをずっと持ち帰っていません。お探しいただくのが申し訳なくいつか持ち帰るだろうと、宿題は教科書用ノートにさせていましたが、なければ新しいものを持たせます。学校にもないのであれば教えて下さい。→ なぜか、お道具箱の中にありました。  連絡ありがとうございます。※ ここから同じ1冊のノートにもかかわらず  突然に6月の記載になっている。6月29日お電話ありがとうございました。昨日も娘がプール用具を持ち帰りませんでした。お声かけ頂ければ助かります。図書バッグも何度言っても持ち帰れません。溜めて、3つあるはずです。こちらもお願いします。  → プール用具、持ち帰らせます。 図書バッグは1つ持ち帰りました。 他はないので探してみます。    個人面談の用紙はございますでしょうか。 恐縮ですが  月曜にご提出いただければと思います。  →申し訳ありません。   個人面談の用紙はありません。   翌日には必ず記入して持たせますので、   再度、娘に持たせてください。9月24日上履き袋用に、紙袋を持たせて頂きありがとうございました。上履き袋は2枚あり、2枚とも学校に持って行ったまま、持ち帰っていません。記名済みです。学童にも確認してみますが、学校でもご確認頂けますか。申し訳ありません。体育バッグと同じ、赤の格子模様と、くまのぷーさん柄の2枚です。 → 探して見ましたが、  今のところ見当たりません。  紙袋はSC(スクールカウンセラー)の  先生に貰ったようです。9月26日いつも連絡帳のチェックをありがとうございます。ただ宿題がどのページを指しているのかが本人、分からないことが多く、書いてあっても、何をしていいのかわかりません。本人には理解して帰るよう言い聞かせているのですが。引き続き、宜しくお願いします。 → そうでしたか。対応を考えます。10月に入り、中旬までなぜか親友、Aちゃんの文字での連絡帳記載が続く。11月分までご披露させていただきます。続きます……。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      426
      7
      テーマ:
  • 21Mar
    • あの頃の私のように、追い詰められて必死になっている方々へ

      待ってくださっていた方には更新が遅れて申し訳ありません。コメントや「いいね」での励ましで私にとって大事なこのブログを続けられる事をありがたく嬉しく思っています。本当にありがとうございます。さて。このブログは過去記事を見直しながら更新しているんですが当時は毎日の気持ちを書き殴っていたので話があちこちに飛んでいるんです。それで今はできるだけまとめて書くようには気をつけているんですが自分が書いた記事なので当然既視感がありだから今回のように「連絡帳」の話などになるとこのブログに書いたかどうだかわからなくなってしまって。でも確認するなどというのは大変なので同じ記事だったらごめんなさい!!でもこの言葉は今更ですもんね!ヽ(^。^)ノところでこれは今は中学生の娘が小学3年生の時の学校の先生との連絡帳のやり取りに関する記事なんですが。文中、「うちの子みたいな子どももいての小学校ということでどうかお許しくださいませ」と、書いていました。当時は、周りに迷惑をかけてばかりで肩身の狭い思いをして謝ってばかりの日々にこのような書き方をしていましたが。今の思いは少し違います。もしも今の私が、うちの娘のような子どもをお持ちのお母さんが私と同じように謝っていたら「謝るなんてしなくていいですよ」と言いたい。学校の先生と良好な関係が保てた上でやり取りしてることを何も知りもしない誰かに文句を言われて謝る必要なんてないです。今、「良好な関係が保てた上で」と書きはしましたがもっと言えば良好な関係があろうとなかろうと関係ないですね。今現在は、発達障害も認知され(つつあり)それらの子供たちに対して適切な対応をとるよう文科省が定めています。だから学校生活が円滑に行くように家庭と学校とで協力し合って進めていくことに対して自分の子供が他のお子さん以上に手をかけさせてしまうからといって必要以上に頭を下げなくていいですよって言いたいです。文部科学省ホームページより抜粋発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第百六十七号)(教育)第八条  国及び地方公共団体は、発達障害児(十八歳以上の発達障害者であって高等学校、中等教育学校及び特別支援学校並びに専修学校の高等課程に在学する者を含む。以下この項において同じ。)が、その年齢及び能力に応じ、かつ、その特性を踏まえた十分な教育を受けられるようにするため、可能な限り発達障害児が発達障害児でない児童と共に教育を受けられるよう配慮しつつ、適切な教育的支援を行うこと、個別の教育支援計画の作成(教育に関する業務を行う関係機関と医療、保健、福祉、労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体との連携の下に行う個別の長期的な支援に関する計画の作成をいう。)及び個別の指導に関する計画の作成の推進、いじめの防止等のための対策の推進その他の支援体制の整備を行うことその他必要な措置を講じるものとする。文科省がこう言ってるからっていって大きな顔をしたい訳じゃありません。でも、私は当時、本当に学校に迷惑をかけることも辛かったし他のお子さんが簡単にできることがうちの子にできないことも辛かった。なんとか迷惑をかけないようにと必死でした。その想いは親子関係まで悪化させかねません。悪化程度で済むならまだいい。二次障害へと繋がりかねません。だから今、あの頃の私のようにもしも追い詰められて必死になっているお母さんがいたら「謝らなくていい」って言いたい。いや、謝ってもいいけど口先だけでいいよ。心込めると、心が壊れるから。「大丈夫ですよ。そのうち何とか道は開けるものだから。え? そんなモンですか。うちはもっと酷かったですよ」って言って一緒に笑いたいです。渦中にあって、迷惑をかけているときって同じ思いを知る人とでないとそこまで開き直ることってなかなかできないんです。平気で言いたいことを言ってるように見えるかもしれないけど多くの発達障害児の保護者は言いたいことの半分も言っていないと思います。とはいえ、健常児をお持ちの方もそれはそうですね。面と向かってはなかなか言えるものではないでしょう。だけど私はここで、その多くは非公開で「迷惑だ」と散々言われました。あまりに酷い批判は公開せずにすぐ消しました。同じ発達障害児をお持ちの方が傷つかれると思ったから。面と向かって言えなくてもネットなどの媒体からは「そんな子どもに、いちいち対応するなんて学校の先生が大変です」などとも発達障害児を持つ親子が非難されますが。言いたいことがあるなら文科省に言ってくれ。いえ、あまり敵は作りたくないので言い直させてくださいませ。「もしおっしゃりたいことがおありでしたら文部科学省にクレームを入れてみてはいかがでしょうか」学校の先生が大変なのはわかります。学校の先生の負担を軽くすることが必要だとも思っています。だけど私には、学校の先生の負担を軽くすることも待遇を良くすることもできません。他の親御さんにもできません。でも子どもたちには等しく教育を受ける権利があります。等しく教育を受ける権利。ここは、自分の子であろうが他人の子であろうが全ての大人が大人として、子どもたちを守らなければならないところではないでしょうか。いやーーーー、こんな偉そうなことを書いた後に我が子の悲惨とも言える連絡帳の話は書きにくい。いや、ほんとうに(泣)。(連絡帳の内容自体は次回に書きます)―――――――――――――――今更、というお言葉も聞こえてきそうではありますが。昨年度、3年生時の連絡帳抜粋、パート2をお届けしてもよろしいでしょうか。いえ、ほんの3か月程度のやりとりです。改めて読んでみたら同じようなネタばかりで、思ったほど面白くもない。とも思いましたが、3か月も延々続く、同じよーな やりとりにやはりレンは只者ではないのではないかと思いまして。「お笑い」ネタで、3回やって面白くなくてもしつこく4回やったらウケるような。いえ、こんな書き方をしていたら反省してないようにしか見えないでしょうが、先生にはものすごくご迷惑をおかけしてしまって本当に申し訳なかったと思っています。今は別の学年を受け持たれているこの時の先生にお会いすると、当時を思い出して、笑い合ってしまいます。あれ?やっぱり反省、足りません?笑えるくらい楽になったんだと思います。今もこんなのが続いていたら、精神が持たない。ま、楽になってご承知の程度ですがヽ(^。^)ノそれにしても昨年までは半端なかったことを再確認しました。一応、言い訳させていただけば、この連絡帳の記載内容。連日のように先生をこき使っているように感じさせると思いますが、私なりには恐縮しまくっておりまして。本当ですよ!例えば、水着の持ち帰りについては次の水泳の時間に洗濯が間に合うか否か、とか、音読カードなど単に宿題忘れになる程度のものであれば1週間程度とか、「待った上での」やむを得なき相談だったのです。ホイホイ相談していたわけではありません。頻度からはホイホイにしか見えないと思いますが……。続けて書くのがあまりにも辛くなって夫に代筆してもらったりしたこともあります。毎日が忍耐を強いられるまさに修行僧のようなあの日々。うちの子、よく忘れ物するんだ。モノをよく失くすんだ。周囲に相談するたびに「うちもそうだよ」「みんなそうだよ」って言われての、この年、3年目。今なら言える。絶対に違う。みんながこうである訳がない。こんなんが普通で、それが30人以上集まっていたら、授業を始めとする学校生活が、今と同じ授業の進み方で、教師1人で対応できるはずがない。学級が崩壊してしまいます。だからって希望したからって簡単に支援級に入れるわけでもなく。入れるものなら入れて欲しいと今でも思いますけどね。学校が不要と判断されるのだから仕方ないです。うちの子みたいな子どももいての小学校ということでどうかお許しくださいませ。ADHD疑いの小さなお子さんをお持ちの方には、今後のお覚悟と、しかし「なるようになるのね」というように感じて頂けたら嬉しいな。紛失ネタが多いのですが、同じような内容を毎度学童の連絡帳でも書いていました。同じことを2冊に書くわけです。問題はどちらの可能性もありますから。思えば、ちょうどこのブログを書き始める直前です。この日々に「愛着障害プログラム」のあの凄まじい発狂が加わっていたのね。いやー。キャパオーバーのはずだわ。心壊すわ。では、だらだら延々続いた私の苦悩の日々をご想像頂きながら約3か月ほどの連絡帳の中身、お楽しみいただければ幸いです。もったいぶるつもりは毛頭ありませんが、記事が長いので公開は次の記事に書かせていただきます。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      457
      9
      5
      テーマ:
  • 06Mar
    • 「ああ、ここにも同じような人がいる」苦しいのは自分だけじゃないんだと

      何度か書いていますように、これは現在中学生になった娘が小学生だった頃に書いていた記事です。その頃はコメントもどなたからでも自由にいただく設定にしていたので多くの温かいコメントをいただきながら何度も励まされ喜びを感じました。何度かコメントをいただくとお名前も覚えてきてやり取りをする中でコメント主さん同士のやり取りも始まったりしてひとつの大きな仲間のようなチームのような感じがしてきて。それらが大きな力になって私自身がこのブログが大好きで大切になりそれからも続くたくさんのことを乗り越えていきます。でも、何度かブログ継続危機はありました。たくさんの方に読んでいただけるようになると辛辣な批判を私、夫、レンに対してそれぞれに浴びるようになりました。まだ過去記事も途中でこれからも混沌とする記事が続きますし。特に私の娘に対する態度や思いに対する批判は激しさを増していくのですが。現実社会で、だれかからここでほど、酷い言葉で中傷される事は経験しないので慣れないうちは心が折れそうになることもありました。現在は、コメントは承認制にしておりしかもアメブロのIDが必要です。どなたからでもいただけるようにはなっていません。これは本当に驚くべきことなのですが。心から驚いていることなのですが。アメブロのIDが必要としただけで「一切」と言っていいほど誹謗中傷のコメントは無くなりました。極たまに厳しい批判や意見を頂く事はありますがちゃんとIDを使ってお名前もあっていただくコメントに対してはたとえそれが誹謗中傷にあたるようなものであってもむしろ清々しい感じすら受けます。だからふと思うんです。あれほど辛辣で酷い誹謗中傷していた人たちの多くは私は特別な人のように感じていたのだけど現実社会では、言っていいことと悪いことを判断される普通の人たちだったんじゃないかと。今思えば、人の見えない悪意というものに触れるいい経験をさせてもらいました。現在のこのブログに誹謗中傷が来る事はほとんどありませんがそういう思いを持ちながら読まれている方がいらっしゃる事は過去の経験から、想像に難くありません。当時、前回まで書いた記事のように暴れる娘にも批判もあり胸も痛めました。そのように思われるようなことを書いて続けていいのだろうか。私は幾度となく自問自答をします。でも今は冷静に思うんです。この子の大きな悲しみや寂しさが想像できないのであればそれはまぁ単純に普通に乱暴な子としか思われないだろうなと。そして逆に、その悲しみや寂しさを彼女の体験を自分のこととして置き換えて体験できる方たちは理解しがたい子どもの行動に何らかの背景があったり理由があったりを想像できるのだろうと。彼女の気持ちに寄り添っていただき尚それを受け止める私たち夫婦の戸惑いと苦悩に思いを馳せ感じていただける方たちとの出会いに私は色々なことを学ばせてもらい励まされ力をいただいて、今があります。様々な理由で状況や背景は違っても子育てに悩んだり、苦悩する人たちが同じように苦しんでいる私を見て「ああ、ここにも同じような人がいる」と苦しいのは自分だけじゃないんだと知っていただけたらいいなあと思います。少なくとも私は、それを知ることで救われました。……このブログ、「(とりあえず年内は)止めない」と決めているんですけど。来年は来年でまたそう思えたらいいなと思っているんですけど。小学校時代にずっと「画家になりたい」と言っていた娘がいつか個展を開くときに応援になればという下心も手伝って更新を続けているのですが(親バカですけど私は彼女の絵が大好きで才能を疑っていません)中学校になった娘の夢は既に変化してきてやはり大好きな絵に絡む事とはいえブログからの私の応援は無意味なのではないかと思う時、今の私が救われたいわけでもなく今の私が言いたいことを言ってるわけでもなく何かの使命感に囚われてる訳もなく更新作業をしていると「なんでこんなことやっているんだろう」と、過ぎることは、よくあるんですよね。だけど、ここで出会った大好きな人たちのことを思うときここで繋がってくれた方たちのことを思うときこのブログを書いていてよかったなぁと心から思うからやっぱり続けていたいなと……。同じ結論にいたります。こんな風になんとなく自分に言い聞かせることが必要になることがあるので。今日はつらつらと書かせてもらいました。画像by pastel frower さんーーーーーーーーーランキングに参加しています。励みになるのでどうぞ以下のバナークリックを押していただければ嬉しいです。よければこちらもお願いします。ツイッターやっています。よかったらこちらにも気軽に声かけてください。大したことは呟いてもいませんが。 シェリナナTwitter

      546
      15
      テーマ:

プロフィール

シェリナナ

自己紹介:
家族構成: ★夫:秀俊 ★私 ★娘:レン(小学生時代を書いています) ★愛犬

続きを見る >

読者になる

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

    ブログをはじめる

    たくさんの芸能人・有名人が
    書いているAmebaブログを
    無料で簡単にはじめることができます。

    公式トップブロガーへ応募

    多くの方にご紹介したいブログを
    執筆する方を「公式トップブロガー」
    として認定しております。

    芸能人・有名人ブログを開設

    Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
    ご希望される著名人の方/事務所様を
    随時募集しております。