2011-04-24 14:26:20
私の経歴です
テーマ:広告宣伝
1955年に東京都練馬区で生まれました。
幼稚園年長組の夏休みに埼玉県に引っ越したのですが、転園せず2学期からは電車で通いました。
その後も小学校から大学までずっと東京です。
5歳から電車通学を始めて、小学校から高校までは練馬区だったのでは西武線とは長いつきあいです。
建築技師を目指していたのですが、受験に失敗して大学は応用物理学科に入学しました。
特に目的があったわけでなく、「物理」という響きで学科を選択した覚えがあります。
しかし入学してみると自分は理科系に興味がないことがわかりました。
なぜ理科系に進学したか?
古典と社会が嫌いだったので、文科系は受験科目がマッチしなかっただけだったのです。
勉強はまったく興味が無かったのですが、アメリカンフットボールは熱心にやりました。
4年になってエンジニアになるつもりで就職活動をしました。
今ほどではなかったのですが、大学卒業の年(1979年)は就職難でした。
非常に悪い成績だったので、苦労すると思っていました。
ところが運動部にいたことが評価されたのか、比較的容易に商社と印刷会社から内定が出ました。
どちらも東証1部上場企業でしたが、サイズが大きかった印刷会社を選びました。
しかし自分の希望に反して営業に配属されてしまいました。
大学の同級生たちは、みんなエンジニアになりました。
理科系出身で営業になった自分は、能力が低かったのではないか?と真剣に悩みました。
また印刷会社の仕事は大雑把な性格の私には、細かくて不向きでした。
新人営業として、最初は毎月650万円のノルマと顧客が与えられました。
「御用は有りませんか?」と毎日顧客に訪問するルートセールスです。
平均受注額は数万円程度の案件を見積合わせに勝って取るのです。
すべての案件は受注生産で、納期があります。
しかし工場は納期通りに作ってくれることは皆無です。
納期遅れで顧客に怒られ、上司に怒られることは年中行事でした。
そのために休日も納期遅れの心配をする不健全な生活を4年続けました。
そんな時に「ハイテク営業をやらないか?」と誘われ商社に転職しました。
初めに開発用の計測器担当になりました。
商品知識は全くないので、教えてくれると思っていました。
しかし英語のマニュアルを渡されて「読めばわかる」と言われてそれっきりです。
1週間努力しましたが、何も分かりません。
おそらく日本語で読んでもまったくわからない内容でした。
そこでこの計測器を売っている営業に同行して、顧客に行くことにしました。
そして3回の同行で攻略法を見つけました。
「営業の説明は毎回同じである」
計測器は実機を使ってデモをしながら説明していたのですが、これは覚えればすぐにできます。
さらにもう1つの事実が私を勇気づけました。
「顧客からの質問も毎回同じである」
しかも技術的な質問は少なくて、使い方の質問が多かったのです。
技術的な知識がなくても答えらる内容でした。
4回目からは一人でデモをしました。
500万円もする計測器がどんどん売れました。
モチベーションも上がってきました。
ところが半年後のある日、上司から呼ばれました。
「ウチは単価の安いものは止める、今度はコンピューターを売ってくれ」
またゼロからスタートです。
しかし今度は近道を知っています。
初めはプリセールスSEから顧客に商品説明をしてもらいました。
私はそれを聞いて商品知識をつけました。
それから毎年、東証1部上場企業の新規顧客開拓に成功し、年間売上10億円も達成しました。
「エンジニアになれなかった劣等感」は完全に消えていました。
そして顧客との運命の出会いは1989年にやってきました。
私は小さな外資系企業に転職し、一人で日本電信電話会社を新規開拓することになりました。
しかし営業人生の中で一番苦労する1年となりました。
最初の1ヶ月間は、毎日朝から晩まで電話をしていましたが、1件のアポイントも取れません。
やっとアポイントが取れはじめても商談にはなりません。
「実績がないものは使えない」
実績がないから、実績を作るために営業しているのですが・・・・
ところが捨てる神あれば拾う神がいます。
「研究所は実績のないものを研究するのが仕事だ」とヒントをくれた人がいました。
ターゲットを研究所へ変えて入社後7ヶ月で「3500万円」の受注に成功しました。
翌年からは数十億円のプロジェクト受注に成功するのです。
1999年に現在の会社を設立します。
現在は商品の営業だけではなく、営業コンサルティングや営業トレーニングの講師もしています。
営業力を強化する具体策がない人たちが、「営業は気合と根性」といった精神論を振りかざす光景を見てきました。
営業は極めて論理的に考える職業です。
「考え方」を知らないと無駄な活動が増えて、売上もモチベーションも上がりません。
営業は何を考えれば良いのか?
このブログを通じてお伝えします!
幼稚園年長組の夏休みに埼玉県に引っ越したのですが、転園せず2学期からは電車で通いました。
その後も小学校から大学までずっと東京です。
5歳から電車通学を始めて、小学校から高校までは練馬区だったのでは西武線とは長いつきあいです。
建築技師を目指していたのですが、受験に失敗して大学は応用物理学科に入学しました。
特に目的があったわけでなく、「物理」という響きで学科を選択した覚えがあります。
しかし入学してみると自分は理科系に興味がないことがわかりました。
なぜ理科系に進学したか?
古典と社会が嫌いだったので、文科系は受験科目がマッチしなかっただけだったのです。
勉強はまったく興味が無かったのですが、アメリカンフットボールは熱心にやりました。
4年になってエンジニアになるつもりで就職活動をしました。
今ほどではなかったのですが、大学卒業の年(1979年)は就職難でした。
非常に悪い成績だったので、苦労すると思っていました。
ところが運動部にいたことが評価されたのか、比較的容易に商社と印刷会社から内定が出ました。
どちらも東証1部上場企業でしたが、サイズが大きかった印刷会社を選びました。
しかし自分の希望に反して営業に配属されてしまいました。
大学の同級生たちは、みんなエンジニアになりました。
理科系出身で営業になった自分は、能力が低かったのではないか?と真剣に悩みました。
また印刷会社の仕事は大雑把な性格の私には、細かくて不向きでした。
新人営業として、最初は毎月650万円のノルマと顧客が与えられました。
「御用は有りませんか?」と毎日顧客に訪問するルートセールスです。
平均受注額は数万円程度の案件を見積合わせに勝って取るのです。
すべての案件は受注生産で、納期があります。
しかし工場は納期通りに作ってくれることは皆無です。
納期遅れで顧客に怒られ、上司に怒られることは年中行事でした。
そのために休日も納期遅れの心配をする不健全な生活を4年続けました。
そんな時に「ハイテク営業をやらないか?」と誘われ商社に転職しました。
初めに開発用の計測器担当になりました。
商品知識は全くないので、教えてくれると思っていました。
しかし英語のマニュアルを渡されて「読めばわかる」と言われてそれっきりです。
1週間努力しましたが、何も分かりません。
おそらく日本語で読んでもまったくわからない内容でした。
そこでこの計測器を売っている営業に同行して、顧客に行くことにしました。
そして3回の同行で攻略法を見つけました。
「営業の説明は毎回同じである」
計測器は実機を使ってデモをしながら説明していたのですが、これは覚えればすぐにできます。
さらにもう1つの事実が私を勇気づけました。
「顧客からの質問も毎回同じである」
しかも技術的な質問は少なくて、使い方の質問が多かったのです。
技術的な知識がなくても答えらる内容でした。
4回目からは一人でデモをしました。
500万円もする計測器がどんどん売れました。
モチベーションも上がってきました。
ところが半年後のある日、上司から呼ばれました。
「ウチは単価の安いものは止める、今度はコンピューターを売ってくれ」
またゼロからスタートです。
しかし今度は近道を知っています。
初めはプリセールスSEから顧客に商品説明をしてもらいました。
私はそれを聞いて商品知識をつけました。
それから毎年、東証1部上場企業の新規顧客開拓に成功し、年間売上10億円も達成しました。
「エンジニアになれなかった劣等感」は完全に消えていました。
そして顧客との運命の出会いは1989年にやってきました。
私は小さな外資系企業に転職し、一人で日本電信電話会社を新規開拓することになりました。
しかし営業人生の中で一番苦労する1年となりました。
最初の1ヶ月間は、毎日朝から晩まで電話をしていましたが、1件のアポイントも取れません。
やっとアポイントが取れはじめても商談にはなりません。
「実績がないものは使えない」
実績がないから、実績を作るために営業しているのですが・・・・
ところが捨てる神あれば拾う神がいます。
「研究所は実績のないものを研究するのが仕事だ」とヒントをくれた人がいました。
ターゲットを研究所へ変えて入社後7ヶ月で「3500万円」の受注に成功しました。
翌年からは数十億円のプロジェクト受注に成功するのです。
1999年に現在の会社を設立します。
現在は商品の営業だけではなく、営業コンサルティングや営業トレーニングの講師もしています。
営業力を強化する具体策がない人たちが、「営業は気合と根性」といった精神論を振りかざす光景を見てきました。
営業は極めて論理的に考える職業です。
「考え方」を知らないと無駄な活動が増えて、売上もモチベーションも上がりません。
営業は何を考えれば良いのか?
このブログを通じてお伝えします!








