GRUNGEが気になります。
90年代グランジブームの直撃世代です。
昔はKurt Cobainみたいな格好もしてました。

過剰広告と独自戦略でムーヴメントを巻き起こしたSUB POP
まさに偉業です。
1986年に現在のSUB POPオーナーであるジョナサン・ポートマンがシアトルに引っ越し、
レーベル創設者のブルース・パピットとともにSUB POPが本格スタート。
当時シアトルで活動していた地元のインディーバンド、
Green River (MudhoneyとPearl Jamのメンバーから成り、昨年再結成を果たした) と
Soundgarden (現在は解散) と契約。
また、レーベル発足第一弾として
Sonic Youth、少年ナイフらが参加したコンピレーション・アルバム
『SUB POP 100』を発売しました。
ブルースが手がけていた『Subterranean Popz(地下のポップ)』は
会員制のカセット付きファンジン (同人誌) になり、
SUB POP所属のバンドのシングルが毎月届く『Singles Club』(2002年終了)に名前を変え、
徐々にアメリカ中にレーベルの名を浸透させていきます。
89年にはSUB POPが自腹を切って
イギリスのジャーナリストをシアトルに招待したことがきっかけとなって
「シアトル・ロック・シティ」という見出しとともに、
グランジブームに突入。
ブルースとジョナサンはバンドを売り込むという従来のレーベル運営の手法ではなく、
レーベルやシーンを売り込むという、
当時では異例のマーケティング戦略で運営を進めました。
イギリスの雑誌でシアトルのロックを語らせるという世界に発信する過剰広告により、
グランジが急速なスピードで一躍ムーヴメントを巻き起こしたのです。
所属するバンドはもちろん、
ジャケットをはじめSUB POPに関するすべてのものが新鮮でかっこよく、
コレクター(僕も)が出現するなど、2人の戦略は大当たりしました。
その後も、Flaming LipsやSmashing Pumpkins、L7など
多くの良質バンドがリリースをしました。




“グランジ”の名付け親でもあるMudhoney
グランジブームではニルヴァーナと並ぶほどのバンドではあるのに、
なぜか台頭することもなく、微妙な立ち位置のまま今も活動を続けるバンド、
それがMudhoneyです。
彼らはこれまでこれといったヒット曲がなかったが、
当時よく空耳アワーでは取り上げられていました。
Green RiverとMelvinsの元メンバーで結成し、
パンクをベースに、The Sonicsから影響を受けた
破壊力あるガレージ・エッセンスを詰め込んだサウンドはキッズのハートをわし掴みにした。
陰鬱な歌詞でしたが、ユーモアのあるバンドで、
Nirvanaのジャケ写をパロったり、PVで『WE ARE GRUNGE!! 』と書いた紙を掲げたり、
当時のグランジ・ブームを皮肉った行動はファンを湧かせました。
90年代にはSonic Youthと互いにカバーし合ったことが全米で話題になりまし。
両者ともヒットすることに固執せず、好きな音楽を信じてやってきたバンドでもあり、
昨年発売したMudhoneyの『The Lucky Ones』では
「好きな音楽を20年続けてこれたことに対してラッキーだという意味を込めている」
とも答えています。
昨今の負け犬という響きには苛立ちますが、
当時は“負け犬だけどそれがどうした?”
と開き直った彼らの毅然とした態度に類似性や連帯感を抱き、
“ダメなりにやってやるぜ!”
という真っすぐな意志に憧れたものでした。
常に初期衝動に身を任せ、過剰に歪ませた大音量のノイジーなギターは
劣等感を持った90年代の若者を包み込み、高揚感が沸き上りました。
94年のカート・コバーンの自殺後、シーンは一気に失落していきましが、
Mudhoneyだけは生き残りました。
それはファンが長年見守っていてくれたことと、SUB POPの懐の深さの証でもあると思います。



<Nirvana>
もはや説明不要のグランジ・オルタナティブの教祖的存在。
出世作となった『Nevermind』はアメリカの音楽史を変えました。


<Mudhoney>
カートが憧れたバンドとしても有名。
ガレージ、パンク、サイケなど様々な要素を含んだ音楽性が後のグランジの礎に。

<Soundgarden>
結成が84年で、シーンの先駆けとなったがブレイクはNirvana以降の遅咲き。
Vo.のクリス・コーネルはその後Audio Slaveを結成。

<Green River>
Mudhoneyのマーク、スティーヴとPearl Jamのメンバーで結成した伝説のバンド。
ケンカ別れしたが昨年奇跡の再結成を果たす。

<Sebadoh>
Dinosaur.Jrに在籍していたルー・バーロウとエリック・ガフニーとの
宅録テープ交換から生まれたバンド。
ダイナソー脱退後、ルーはSebadohを中心とするソロ活動に専念するようになった。
このバンドはシアトル出身ではないが、グランジオルタナ期はSUB POPに所属していたので、
こちらにカテゴライズすることにしました。

6作目アルバム
ヘタな演奏とチープな機材で録音したサウンドや、
脱力感に代表されるロー・ファイを確立したと言われる重要作。
轟音ギターも垣間見せたり、ポップなメロディもロマンティックな歌詞もありの中、
ルーの脱力したヴォーカルがロー・ファイ感(豪華主義への反発)を際立たせている。
自分探しをする若者のようなサウンドの無垢さについハマってしまう。
グランジの窮児、カート・コバーン

父の悲劇から16年


フランシスは大きくなりました