こんばんは(゜▽゜)/
今日というか、すでに昨日になってるな~・・
1月17日、神戸市東灘区の某病院にやってきました。
昨年末に、この病院の新築工事を行い(おいらは、病院の厨房工事ね)
見事に完成し、
新しい機械を使って、調理指導を行う打合せに行った時の事でした。
近くの生協の有料駐車場に車をいつものように止めると、
生協の敷地内で、人の列ができていました。
よく見ると、慰霊碑があり、皆さん慰霊祭に来ているようでした。
そうです。
17年前の今日の朝5時頃、直下型の大地震、阪神大震災が発生し、神戸、芦屋、西宮、尼崎、伊丹、淡路島、大阪の一部と未曾有の被害がでました。
町が破壊され、家屋は、全壊、半壊、一部損壊となり、
火災が発生し、多数の死傷者をだしました。
テレビでは、三宮や長田などの神戸の一部の町ばかりが報道されていましたが、
被害は、もっと広い範囲で、たくさんの死傷者と避難者が出ていました。
あの日の事は、今でもはっきりと覚えています。
その日は、三連休の休み明けでしたが、
三連休中に、大学時代の友達10人ほどで、富山にスキーに行き、前日の午後3時頃富山を出発し、大阪に帰るため車を走らせました。
三連休中は、かなり大雪が降り、深夜0時には、到着する予定が、大渋滞のため、朝4時に家にたどり着いたんです。
後3時間後には、仕事に向かわないといけないため、
身体を休めながら、寝れずにいました。
すると、5時頃 地面の下の方から、この世のものとは思えないぐらいの大きな咆哮というか、音がしてきたんです。
例えるなら、地獄の口が開いて、地獄の番犬ケルベロスが、うなり声をあげているかのような、この世のものと思えない地鳴りの音が聞こえてきました。
すると、少し大きな揺れを感じました。
私は、その時
『まさか、今のは予震?』
と思った次の瞬間、激しい立て揺れに襲われました。
実は、その数秒前に、今のが予震?と思った瞬間、やばい!と感じ、とっさに敷布団の下に潜り込んでいました。
まさに、その時激しい立て揺れが始まったんです。
人生で、体験したことのない、あまりの揺れ方と地鳴りに、
『あ~、人生の終わりって、こんなあっけないんや。』
と死を覚悟しました。
とにかく、寝ていたところにあったガラス戸のタンスを倒れてこないように、必死で押さえました。
やっと揺れが止まると、家の中を見てまわりに、多少倒れたり、落ちたりした物はありましたが、
とりあえず、大丈夫やなと確認し、次に電気、ガス、水を確認すると、
全て止まっていました。
ライフラインが分断され、全く状況が把握できないまま、電話を確認すると、
電話だけがつながりました。
慌てて、親族や友達などに電話をし続け、無事を確認したんです。
そして、外にでると、屋根や壁が落ちて崩れている家が何軒かありました。
ライフラインが止まっているため、当然電車も動いておらず、
会社に何度も電話しましたが、もちろん誰もでませんでした。
しばらくすると、電気が復旧し、テレビが見れるようになりました。
初めは、報道もたいした被害はないようなニュースを流していましたが、
しばらくすると、阪神高速が、横倒れになっているショッキングな映像が飛びこんできました。
すると、阪急電車や駅が完全崩壊している映像や三宮のビルが倒れている映像が飛びこんできました。
そのあと、何度も何度も何日も大きな余震が続き、生きた心地がしなかった事を今でも覚えています。
そんな大震災の中心にあった神戸の町が、完全に復興するまでの間に、大変なおもいを何度もしましたが、
今では、本当に見違えるくらいの素晴らしい町になっています。
昨年発生した東日本大震災も、もうすぐ1年になりますね。
復興までには、まだまだ時間はかかると思いますが、
必ず町は復興します。
日本人って、すごいんですよ。
今日、神戸に来てあらためて、いろいろ感じさせられた一日でした。