残暑厳しく

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9月もそろそろ半ばにさしかかりましたが、まだ暑い日が続きますね。


私はとても暑がりなので、除湿運転でエアコンかけてないととても眠れません。

町では、そろそろ秋の装いに身を包んだ人を見かけますが


長袖なんてよく着れるな・・・などと思いつつ額に浮かぶ汗をぬぐう沙皇龍ですこんばんは。




さてさて、ばたばたとしているのでなかなかログインもできませんが


またちょくちょく、顔を覗かせます。



あと、思い切ってリニューアルしちゃおうかななんて思ってたり。




私的なことを書いていくものは、別物として新たに作ってみようかななんて。


メイポ関係のものはこちらに出すようにしますが、まあ何せメイポにログインなんて

いつするかもわからない状況なので。



それでは、また近いうちに。




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引退というわけでもないんですが。

なんとなくそういう気分。


とかいいつつ、あいた時間を見つけちゃINするかも。



久しぶりに古い付き合いの友人と、長く話をしてみたりして。有意義に時間を過ごしました。



25%上げればlvアップだったので、ちょっとバイキング行って頑張って狩りをして。



 


何とかlvアップ。久しぶりに集中したかな・・・


100に出来なかったのが残念。95になりました^^


次のlvアップはいつになることやら・・。



それでは、しばしの休息を取ります


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ふと思い出したこと

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本当に、ふと思い出したんです。


うちの父は、私が生まれてすぐに離婚したので、高校出る頃まであったこと無かったんですね



まあ、かなり変わった人なんですけど。そんな父が最後に会ったときにこんな事を

言ってました。





「あの人はねえ。すごいよ~。もう、頭が危機一髪よ~!?






おそらく、頭が利いてる、あの人は頭いいよと、言いたかったんでしょう。多分



危機一髪な頭ってどんな頭だ・・・・。



オワリ



今を生きるということ。

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子供の頃とか、花びらで占いとかしませんでした?


大抵、ちょっと年上のおねえちゃんに教えてもらったりして。


花びらを一つずつちぎって、YESかNOかを占う奴ですね。



それともう一つ、ドレにしようかな。神様の言うとおりって奴ですね。



ま、大抵、自分の望んだ答えが出るまでやってしまうんですけど^^



悩みも迷いも、色々あります。生活の事や、未来の事、恋愛の事


全てが自分の思い通りになるなんてことはないでしょうけど、前向きにいくことが大事です。



今、生きている。明日の事は誰にもわからない。

ならば、今出来ること、辛いことも多いけど目をそらさずにがんばろう。



とかいいつつ、最近老化現象が激しい身体(ぉ)にムチ打つシャオです。



気力と言うのは多分何かの行動をするときに、一番必要な要素だと思うんです。

体がいくら疲れていても、限界を超える力を出すためには気力が必要。

気力をなくしていると、どんなに体が元気でも、何をするにもおっくうになります。



そういう時、

ふと、花びらでやった占いとか、どれにしようかなを、覆いだすんですね。


自分が望む形が、少しでも実現できるように。そのために前向きにいけるように。


あきらめないうちは、たとえほんのわずかでも可能性はあるんです。大事にしましょう。



そして、合言葉は


歯をくいしばって 一歩前へ(違



ま、多少痛い思いをする覚悟で、人生の荒波へ立ち向かいましょう^^





告知でっす。

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8日から仕事が忙しくなるため、7日以降はほとんどINしなくなります。


日記の更新などはぼちぼち、時間を見つけてしようかとおもいますが、近況報告がてら^^



メイポは、やりたいこともまだたくさんあるんですけど、入れても週末か


仕事が速く終わった日にチョコっと入る程度になるかと思います。




少しずつ、ささやかな夢の実現へ向けて歩いていきます。




ロマンシング滋賀

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ふざけてるわけじゃないですよ(何



琵琶湖行きたいなあなんて。ふと思ったり。


この間日記にちょこっと、初日の出を以前見に行った時のことを書きましたが

アレ以来、琵琶湖行ってないんですよね~。


なんだかバタバタしてたので、まったりと観察することもできなかったんですが。琵琶湖大橋とか。



やっぱり綺麗な星空が見れるのは、素晴らしいです。加えて命の水


なんか、ブラックバスの問題が大きくなっているとか聞きますけど。


つりは基本的に、磯釣りしかやったことないんでルアーフィッシングって何が面白いのか

イマイチわかりませんけど。釣りもロマンですね。


田舎に帰ったときに何気に釣りにいって、シマアジのでっかいのがつれた時は嬉しかった♪



まあ

なんとなくまとまりのつかない展開ですが

何が言いたいカというと



海のようにとは行かなくとも、琵琶湖くらいの大きな心の持ち主になりたいなぁなどと

思ったわけです。


オワリ(はぁと


台風ですね。

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ちょっと、大きい台風来てるみたいですね。

今年は静かだなとおもってた矢先に。


丁度、この日記を書いている今現在、私の故郷徳之島のある大島郡あたりが

直撃を受けている模様。心配です。


都会に住んでいると、台風の怖さを忘れます。こっちに来る頃には相当弱くなっているので

暴風雨といっても、それほどの影響はよっぽどじゃない限り出ないですよね。



丁度、私が2年前の今頃、故郷に戻っていた時、台風10号が島を直撃しました。


その時の台風も大型で、大阪に住んで長くなっていた私は結構安易に考えていたんですが



台風直撃の早朝から、停電。いつ治るかと思ってまっていて、結局治ったのは翌朝でした^^;


忘れてましたね。夏休みには、大抵台風のせいで一日停電になる日があるんです。


今はどうかわかりませんけど、昔は家の屋根も飛ぶし、大きな看板も飛ぶし


出歩くなんてとてもできません。何富んでくるかわからないですから。



雨戸を板などで打ち付けて補強するのは、結構普通にやってたとおもいます。


台風の日によく、テレビのレポーターが、波止場とかで中継やってますが・・・



あなた達は死にたいのですか?と、問いたい^^;といつめた(ry



台風の海の怖さを知らない都会の人ならではの無謀なチャレンジですねあれは。


くれぐれも、台風の日には面白がって海岸とか行かないように。


一瞬ですよ。高い波が襲ってくるのは。




でもなんか、台風好きなんだよね。わくわくする(ぉいぉい


沙皇龍危機一髪

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とか大げさなタイトルですけど、何のことはなく、子供時代の出来事でも

つづってみようかなと。ちょっと長くなるかも^^;


さて、26年前の1月24日、何ともごろの悪い日に生まれた私。

生まれた時は超未熟児だったそうです。この子大丈夫だろうかって思われるくらい。

その後、周囲の期待を裏切り?すくすくと成長。現在は身長181の体重85kに。

うちの田舎の平均身長は160ちょっと程度なので、幼少時代から、でかいほうでした。


さて、話は少しだけさかのぼり、私がまだ母親の背中に揺られていた赤ん坊時代。


最初の危機一髪に遭遇することになります。


ある日、街へ出かけるために母は私を背中におぶって、街へ行くバスを待っていました。

ちょうど、私の生まれた家の反対側車線が、街へ向かうバスの停留所になっていて

バスに乗るには、その道路を横断しなければいけなかったのです。


赤ん坊を背負った母を見て、田舎ですから、運転手さんが「待ってるからあわてないでいいよ」

と、声をかけてくれたそうで、母はゆっくり道路を横断しはじめました。


その時、バスの後方から、一台のタクシーが凄い勢いで突っ込んできて、私を抱いた母もろとも

跳ね飛ばされてしまったわけです。


もちろん、二人とも意識不明の重態、私はその日の夜に泡を吹いて危篤状態になったそうです。


当時、島には小さな病院しかなく、その施設では手の施しようがないとされたため

急遽、隣の奄美大島へと、搬送されることになり。


しかし、赤ん坊の私の容態は一刻を争う事態で、熱を下げるために大量の氷が必要だったんですが

なにせ、田舎なので氷が用意できない。そこで急遽、空港の売店に朝仕入れられたばかりの

冷たいビンの牛乳を全て買い込んで、身体を冷やして、なんとか飛行機で奄美大島の病院へ

無事到着することができたんだそうです。


母も、なんとか一命を取りとめたのですが、耳に障害が残って難聴に苦しめられていました。


私はなんともないみたいです^^;


そして、時は過ぎ、私が5歳当時かな。隣街へ引っ越すことになりました。

昔、うちは大衆食堂をやっていたので、引っ越した先も店と家が一体化したところでした。


新しい環境がうれしかったのか、はしゃぐ私は、店の中を走り回り

そして、思いっきりこけたとおもったら、まぶたの上をばっさり切って、顔面血だらけ


母は、目がつぶれたと思い込んで、パニックになったそうです。(まあまぶたはばっさりでしたが


眉毛にそって、ぱっくり割れた傷を見て、母が思ったのは、縫ってしまうと跡に大きな傷が残る

それはまずい。どうにか縫わずに傷を治さねば!!


そして、何を思ったか、街の闇医者(そっちの道の人御用達の)のおじいちゃんのところへ

私を担ぎこんで、先生、縫わずに治す方法ないやろか!!と、嘆願したそうです。


さすがです、ソッチ系の人たちの傷の手当てになれていた先生は、


マキロンで、縫えば5針くらいの傷を消毒し、でっかいバンドエイドをぺたりと貼り付け

これでよし!!(イイノカオイ)と、処置終了したそうで。


母は、その方法を忠実に守り、私は暫く高熱にうなされていたらしく記憶がまったくないのですが


おかげさまで、今はまあ、眉毛の間にスーッと傷は残ってますが、大して目立つわけでもなく

ありがたいことです。ヤミ医者先生に(人-)謝謝


サテ、その後無事に小学校へと入学した私は、すくすくと成長し、やがて自転車とか

ほしがるようになります。


小学校2年生のころ、BMXという、今でもたまに若い子が曲芸チックに乗りこなしてるけど

マウンテンバイクのちっちゃいバージョンみたいな奴が、はやったんですね。


凄くほしくて、ねだってねだって、駄々コネまくった挙句、買ってもらえることに。


指折り数えて、やっとBMXが届いたその日。忘れませんよりにもよって夕方でした(ぁ

さあ、嫌な予感しまくりですね。夕暮れと新品の自転車。


母も、おそらく何か嫌な予感がしたのでしょう。その日はいつにもまして


今日は絶対乗ったらあかんで!!もう暗くなってきとるし。明日にしーや!!


と、なんども念を押して、お風呂に入っちゃったわけです(ぁああ


止まるわけありません。やんちゃ盛りの少年は、新品のBMXにさっそうとまたがり

風を切って、日が少しずつ沈んでいく夕暮れの街へ、漕ぎ出したのです。


意気揚々と、走っていると、後ろから呼び止める声が。何かと思って振り向くと

近所の少し年上の札付きの悪ガキ。


ちょっとそれ俺にも乗せろ~!!と、追っかけてくるではありませんか。


冗談じゃない、絶対いやだと、後ろを振り返りつつ、全速力で逃げる私。


ちゃんと、前向いておかなきゃいけなかったんですね。前ね。


・・・ふと、気がついたらなぜか病院のベッドの上に居ました。なんか体中痛かったのは覚えてます。


母に凄く怒られたなあ・・・殺されるかと思った^^;



新品の自転車2時間でパァ。そして、あごに縫い傷までこさえてしまった エヘ♪


私が体当たりして行った車の運転手の方に後日話を聞いたところ


バレーの練習の帰り道に、他の子をおろしてUターンして走り出したとたん


目の前から、後ろを振り向いたままの少年がものすごいスピードで突っ込んできたとか。

怖いですねぇ・・。


皆さんもちゃんと前はしっかり見なきゃダメですよ。人生前向きにねd(゜ー゜*)ネッ!



さて、暫くの間何事もないように季節は過ぎ、といっても1年も経っていなかったんですが。


自転車での交通事故の件依頼、前をしっかり向いて歩くことを決意した少年は、その日も元気に

近所の駄菓子屋さんへ、おやつを買いに出かけていました。


同級生の子のおばあちゃんが経営する酒屋さんを通り過ぎ、歩道がない道で危なかったので


道の端っこのドブ板の上を歩いていたんですね。


不意に、視界が下がったかと思うと、ひざの辺りにものすごい激痛、激痛というか死んでしまうん

じゃないだろうかと思うほど激痛


あまりに前向き過ぎて、足元見てなかったんですね。愉快な子ですよね。


ドブの板が一枚外れてて、まあそのドブって子供の背丈くらいならすっぽりはまっちゃうくらいの深さで

そこに落っこちる瞬間角でひざを痛打してたんですね。


ぱっくりひざが割れてました。はい。同級生のおばあちゃんがあまりの痛さにのたうち回る私に気づいて

救急車呼ばれて病院へ直行。縫われましたね。左ひざだったかな。


やっと、普通に歩けるようになって、元気に学校へ通う私ですが

よりにもよって、授業中にトイレに行きたくなってしまうわけです。嫌でしたよね子供時代。


しかも、大です。のんびりトイレ入ってた日には、あだ名がウンコマン決定です。


それだけは避けねばならない、しかし、あんまり焦って出てしまうとまた行かなくてはいけない!!


迅速にかつ、的確に処理を済ませた私は、一刻も早く教室へ戻るべく、廊下を走ると怒られるので

校舎の側壁にそって、ダッシュしてたわけです。


ちょうどねぇ・・、雨が降ってたんですね。よりにもよって。


校舎の側壁にそって、細い通路があって、その脇に溝が彫ってあって。その溝に金属のフタが

かけられていたんですけど。それがたまたま、斜めにずれているところがあったんですね。


思いっきりそれを踏んで滑った私は、クラスの皆と植えた、朝顔の鉢植えに向かって

全速力で突っ込んでしまったわけです。ええ、ほぼ全滅ですね。鉢。


おまけに、前回ぱっくりやった足と反対の足に激痛。またトンでもない激痛。


また、バッサリ切ってたんですねえ。見事にひざの真上。今度は相当深いらしく

雨が血を洗い流すんですが、ピンク色の肉がでろーんと(お食事中の方ならびに心臓の弱い方失礼)


あまりの激痛に、泣き叫んでいるのを職員室の先生が聞きつけて、そく救急車呼ばれて


なんか、もう一個唇増えたみたいな、縫い傷が・・。両膝仲良く縫い傷♪o(*^▽^*)oエヘヘ


さて、またまた、なんとか普通に歩いたり走ったり出来るほどに回復した頃


近所の狭い十字路を歩いていると、同級生のお父さんが颯爽と運転する軽トラックに

はねられる(ぁ


幸いこのときは、自力で歩いて帰って、なんとか母にばれまいとしたんですが

流石に身体痛くて、動けずに寝ていると


来なくていいのに、その同級生のお父さんが、心配して様子を見に来たんですね^^;


結局、母親にばれて、怒られるやらなかれるやら。まあ、すぐ病院連れて行かれて検査させられて

何も異常はなかったんですけどね。ああ、でも頭のねじは飛んでたかも。何本か(ぉ


そして、その後も色々身体に傷はつけつつも、元気に成長していった私。


小学校時代、中学校時代はあんまりいい思いではありません。またそれは後日語るとして


中学2年の時、その当時私はぜんそくがひどくてほとんど学校へも行けない状態で。

毎晩のように呼吸困難の発作を起こしては、病院で吸入を受けていたんですね。


ある日の日曜日、その日はたまたま母も外出していたので、一人で家でぼーっとしていると


ふいにいつもの発作が襲ってきました。


病院へ行かなければ治らないけど、ひょっとするとちょっと様子見ていれば収まるかも

母もそのうち帰ってくるだろうし・・、なんてちょっと我慢してたわけです。


ぜんそくの発作というのは、時間が経つと器官が狭くなって炎症を起こして

しまいに、鼻づまりまで起こして、それが原因で脳に直接酸素がいかなくなり

最終的に、死亡してしまうところまで至ってしまう。とても怖い病気なんです。


そんなこと当然まだ、知らなかったので、結構安易に考えていた私なんですが

セキが止まらず、呼吸はどんどん苦しくなるし、鼻は詰まってさらに息が苦しくなるしで

どうしようもなくなって着てたんですね。


加えて、脳に酸素が回らなくなって、頭が酸欠状態でぼーっとしてきたのです

今自分が起きているのか寝ているのか、生きているのかすら、よくわからない状態

ものすごく怖くなったんで、急遽車を呼んで、病院へ運んでもらいました。


受付を済ませる前に意識がなくなって、気づいたらベッドの上で、両腕に点滴

鼻にも口全体にも酸素チューブ付けられていました。


ベッドの周りを、看護婦さん数名と、先生が囲んでいましたね^^;


意識が完全に戻った時、改めて喘息の怖さの説明をうけて、君はもう少しで死んでしまうところだった

と聞かされて、ゾーッとしたのを覚えています。


母は、その時、私が居ないのでどこか遊びにいったんだろうと思い


私が好きなカレーを作ってたんだそうです。そこへ急遽病院から電話入ってあわてて駆けつけて


ほんと、うちの母には苦労ばかりかけてきました。ずーっとね。



翌年、中学三年の頃。


丁度この年は、世界陸上が行われて、テレビでそれを見ていた私。


カール・ルイスが走り幅跳びをしていたのを覚えています。


世界クラスの選手の走り幅跳びって、凄いんですよね。空を走るように飛んでいく

空中で走っているように見えるんですよね。


・・・・かっこいいなあ・・


そして、ある日の体育の時間。たまたま走り幅跳びをやることになったんですね。



俺も空を走るように飛んでみよう!!、そう思ったのが間違いでした(ノ;



空中に飛び出して、さあ片足を前に踏み出した・・・瞬間バランス崩して砂の上に


足が垂直に伸びきったまま、砂に突き刺さると同時に ボギッ!!と、いやああな音が響きました


数年ぶりに味わう、トンでもない激痛。またもや痛さにのた打ち回る私の脳裏に


またかよ!!という声が響いていました。もちろん自分の^^


ものすごい痛くて、起き上がることも出来なかったんですが、クラスの連中皆


面白がって眺めてるんですね、ただこけて痛がってるとおもって。笑われるから余計痛いやら

情けないやら。


そうこうするうちに、ひざがとんでもないことになってきたわけです。どんどんふくらみ初めて


しまいには、ハンドボールくらいの大きさに、ひざがふくらんで。


その時になって、やっと体育の先生が気づいて、あわてて救急車を呼んで病院へ(何度目だと



そのまま、血を抜かれて、ギブスで足固定されて入院。幸い骨は折れてませんでした

じん帯切れちゃってたけどねo(*^▽^*)oエヘ


1ヶ月間入院したのかな。まあその入院は、凄くいい思い出なんで(別な話なんですが)

入院してよかったなんて、今も思ってたりするんですがね^^;


そして、高校へ。


高校時代は、特に問題もなく、日々バスケに明け暮れて過ごしました。

まあ、リバウンドとって着地した瞬間、足にヒビ入ったりしたけど。


ああ、卓球やってて、落ちたボール拾いにいったら、黒板のチョーク入れる小さな箱に思いっきり

額ぶつけて、割れて血だらけで保健室運ばれたことあったなあ・・


まあ、その後、元気に原付のってて、雨の日にすっころんで


一週間ほど記憶喪失になったとか。



幸い、社会に出てからは、何度か仕事しすぎて倒れたけど、元気にやってるのかな・・多分



っというか



生きてるって素晴らしいよね。ホント。色々あったなかで運使ってきたなら


ドロップ運なくてもあたりまえだよねそりゃ^^



皆さんも、身体には気をつけて。 




オシマイ


ドロップタイムも終わって

テーマ:

4,5回墓になったので、萎えちゃいました。沙皇龍です。


さて、ドロップアイテムのほうはというと、ホーフマンと蒼陽上 以上・・・。



ま、こんなもんです。人生もゲームも本当にほしいものなんて、

そう簡単につかめないぜべいべー。ってところでしょうか_;l ̄l○llllllllll



まあ、いいことあるさ。そのうち とほほ。