更新が遅れてます、すみません。。。


カイロについて書きます。

カイロは、エジプトの首都で、ここのすぐ近くにあるのがギザという町。


このギザには、アレがあります。

そうです、エジプトといえば、アレ

4500年前から世界の盛衰を見てきたアレ


旅も終盤を向かえ、アレを見たら、もう旅も終わらせて、帰ろうと決心していた。


そのアレとは、、、







↑ スフィンクスの目の前にあるKFC





じゃなくて、、、、





もちろん、





です。


写真で見るとあまりその大きさが伝わらないけど、
一つ一つのブロックの大きさには圧倒されます。



でかっ。



ピラミッドがいかにすごいか、、、


最大のクフ王のピラミッドは、平均約2.5トンの石を230万個積み上げて
造れられ、基底部には、15トンを越える石が使われているらしい。


内部の部屋が重力で押しつぶされないよう、重力軽減の空間
あらゆる場所に設け、重力からくる圧力を拡散させたらしい。


しかも3個並ぶピラミッド全てが、そのそれぞれの側面が、
東西南北に向いて、一寸の狂いもないらしいのだ。



さらに、3個のピラミッドの位置関係は、
オリオン座のベルトの3つの星と全く同じ位置関係にあるという。


さらに、、、
ピラミッド建設は、従来は、強制労働で造らせていたという説があったが、
今では、「社会事業説」が有力で、すなわち、ナイル川の氾濫期に
仕事がない人々の雇用創出のために行われた
というのだから、
たまげたもんだ。


らくだも、びっくり。





だって、4500年前だもん!

日本人が、せっせと縄文土器を作っていたころ、
エジプトでは、国家規模の社会事業が行われていた。


当時としては、エジプトは間違いなく、「世界最先進国」であり、経済大国であった。
最新の農業・建築技術、食文化、軍術、etc・・・

日本は当時から考えると、途上国どころか、

毛皮に身をつつんだ人たちがいる「未開の地」だ。


そして、歴史を、1000年単位という長い目で見てみる。


日本は、現在は世界第2位の経済大国。
エジプトは、途上国にあたる。


エジプトの主な産業は観光産業で、皮肉にも、
現代のエジプト経済は、4500年も前の遺産に頼っている。


世界&歴史最高峰の建築物を目の当たりにしながら、
皮肉にも、あの一説をふと思い出した。


祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す。
奢れる人も久しからず、只春の夜の夢の如し、
猛き者も終には亡ぬ、偏に風之の前の塵に同じ・・・・


4500年以上にも及ぶ世界の盛衰を、
このピラミッドとスフィンクスは見てきたと考えると、
自分がピラミッドを見ているはずなのに、
何かピラミッドに、ジーと洞察されている気になった。



ピラミッドは、今まで何人の人たちを見てきたのだろう。
そして、これから一体何を見るのだろう。



ピラミッド周辺をひたすら歩いていると、日が沈み始めた。




ピラミッドの背景に落ちる夕日を見て、思った。


そろそろ、帰ろう。

日本に、帰ろう。



それにしても、長かった。
約6ヶ月、13カ国にわたる旅は、ピラミッドを見て、終わりを迎えた。

エジプトの果てしなく続く砂漠の地平線に沈んでいく夕日が、
旅の終わりと重なるようで、感慨深かった。


俺は、この旅で何を得たんだろう?


多すぎてまだ整理できていないのが、正直なところ。


日本で、ゆっくり考えたいと思っている。

よって、日本に帰国してからでも、このブログに、
自分の感じたこと、見てきたことを整理して書いていこうと思う。

なぜなら、頻繁に更新してきたつもりでも、自分が感じたことの氷山の一角しか、
ここでは表現できなかった。

その残りの部分を、ここで紹介していければいいな思う。


ここまで読んでくださった方には本当に感謝しています。

旅先で見る、みなさんのコメントは、とても嬉しかったです。
そして、なんか予想外にいろんな方が読んで下さっているようで、びっくりです。
(たとえば、後輩のご両親とか・・・ 笑)

でも、これからもしばらくは、旅の後記ということで続けるので、
よろしくお願いします!


みなさんのコメント待ってます!!
コメントできなかった方も、ぜひコメントしてください!




↓ おまけの写真


   お兄さんがピラミッド見たいといって、

   弟が、土台になってあげている。

   微笑ましい一枚。


      

  



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しばらく、更新をサボっていました・・・ すみません m(_)m

ルクソールの観光を終え、カイロにやってきました。



ルクソールについて、書きます。


突然ですが、みなさんは 

「ツタンカーメンの呪い」

というものを知っていますか?

ツタンカーメンとは、エジプト新王国時代(約3400年前!)の人物です。
彼は9歳ににして王に君臨したが、18歳で死んでしまい、歴史から姿を消した。
それには毒殺説や暗殺説がある。

彼の墓は、盗掘から逃れ、1922年に、ハワードカーターの発掘チームによって、
発見された。

盗掘を免れたこの墓には、多くの財宝が眠っていた。

しかし、ここからが、興味深い。

実は、この発掘調査にあたった人たちが、(ハワードカーターも含め)
発掘後に次々と死んでいったのだ。

なぞの病気や、事故死・・・

発掘・調査に携わった人たちが、次々と謎の死を遂げていった・・・


これが ツタンカーメンの呪い  である。


ルクソールといえば、このツタンカーメンの墓がある。


彼だけではない。

エジプトの歴史を飾った数々の王の墓がここにある。

「王家の谷」と言われる所以だ。

その王家の谷に、行ってきた。

従来なら、ここはタクシーなどをチャーターして観光するのだが、

とにかく貧乏旅行・・・

タクシーを使わずに自力で周ることに。

エジプトは、気温が余裕で30度を超えます。

けっこーーキツかったぁ。

まずは、ハトシェプスト女王葬祭殿。

奥に見える建物がそう。

崖を削って作った建物です。

その規模の大きさに絶句。



上の写真の崖を登って越えると、そこの下には王家の谷が。



って簡単に書いたけど、あの崖を登るのが、かなりハードだった・・・


行くのが大変な場所に作られたのには、理由がある。

それは、歴代の王様が、自分の墓の盗掘を恐れ、

誰も行かないような場所に隠して作ったからだ。

道理で歩いていくのが大変なのだ。


墓の中は写真撮影禁止なので残念ながらここでは紹介できないが、

墓の内部は色彩豊かな壁画がたくさんあり、


とにかく 


まぁ よく3000年以上前のものがここまでよく残っているなぁー 


という感じです。



数々の墓を見物した後、

ここからは、ナイル川を渡って、反対側にある神殿をなどを周ることにした。


歩くのがメンドクサイので、、、


ここで得意のヒッチハイク!!

ロバの「馬車」(なんていうの?)に乗っているオッサンが通ったので、


「頼む!」


と頼んだら、快く乗せてくれた。

目的地が一緒だったので、最後まで乗せてもらうことに。




ラッキー☆  


このロバ、暑いのに頑張るなぁ・・・

休憩中に、落ちている草などをプレゼント。


むしゃむしゃ。



そんなこんなでロバの旅を楽しんでいたら、、、、


事件が起きた。


警察に止められた。

オッサンが、警察にこっち来いといわれ、自分も不安そうについていく。

何か大声でオッサンが怒鳴られはじめる。

終いには、身分証明書を警察に取られたようだ。

彼は、しょんぼりした顔で戻ってきた。


何が起きたのかさっぱり分からず、とりあえず

警察のところへ何が起きたのか聞きに行った。

そこにいた警察官は、何か顔を真っ赤にして興奮している様子だった。

英語で話しかけるが、通じないので、英語を話せる警察官を呼んできてもらう。


状況を説明してもらった。

どうやら、こういうことだった。


警察は、俺を乗せたオッサンの馬車を発見し、

彼が、俺を何か騙して乗せて、どこかに連れて行くのだと勘違いしたらしい。

というのも、本来なら観光客を乗せるには、たとえばタクシーの運転手などは

「観光客を乗せてもいい」という許可証を持っているはずだからだ。

観光客に、安全なサービスを提供するためだ。


警察の目には、俺が


「ロバの馬車に乗っている騙されたアホな観光客」


に映ったに違いない・・・

そういう理由で、警察はオッサンを疑ったらしい。


オッサンは、「ヒッチハイクで乗せたんだ」 といっても警察は聞いてくれなかったらしく、

彼の身分証明証をとりあげたらしい。


警察が誤解してしまうのも、分からなくはない。

というのも、観光客の安全を守るというのも彼らの業務だし、

現に、観光客を騙して、どこかへ連れて行ってしまうという事件はよくあるらしい。


自分のせいで、このオッサンに迷惑かけたら、最悪だぁと思いながら、

誤解を解くために、

「自分が、自から「乗せてくれ」と頼んだ」 こと、

「このオッサンは悪人ではない、むしろいいヒトだ」ということを、

必死になって説明した。


警察は、最後は俺の言葉を信じてくれ、証明証を彼に返却した。

しかし、オッサンは、親切なことをしたのに疑われたというショックが大きかったらしく、

しょんぼりして帰ってしまった・・・


なんか、すごい悪いことをしてしまったような気がした。。。


やたらめったらヒッチハイクで移動するのも、

迷惑だなと反省・・・

それにしてもオッサンには悪いことをしてしまった・・・


すっかり自分を中心に考えてしまっていた・・・

オッサン、ごめん。


少し落ち込んだ自分を、ナイル川の夕焼けが励ましてくれた。

本当に美しい景色だった。



すっかり暗くなり、ライトアップされたルクソール神殿を見に行くことに。

白い長い塔のようなものは、「オベリスク」というもの。

本来は2本あるのだが、もう一本は、なんとパリのコンコルド広場にある。

フランス人がパクって行った。



↓ 壁画に残るヒエログリフ(エジプト人の文字)






翌日には、カルナック神殿へ。

3000年以上も前によくこんなものを建てたなぁ


と関心するしかないです、ホントに。

とにかくその大きさに圧倒される。

クレーンがない時代に、どうやってこれを建てたんだ??

と首をかしげながら、笑うしかないです。

感動の連続です。



次の記事は、いよいよピラミッドの登場です!!

乞うご期待!!


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ダハブ 紅海

テーマ:

今は、紅海沖の町、ダハブに居ます。



ここは、海がとってもとってもきれい。

ダイビングをする人にとっては、ここは聖地らしい。



砂浜がないので、数メートル泳げば、急に深くなり、

そこにサンゴ礁や熱帯魚などが見れるのが特徴だ。

透明度は、タイのピピ島以上によく、

普通に泳いでいるだけでも、様々な種類の魚を見ることができた。



ゴーグルから覗く海底の世界は、なんとも不思議。

見たこともないような魚たちが、サンゴ礁と戯れている。

あるいは、わずか数センチしかない魚の群れが、

太陽の光を反射させ、ネオンサインのように輝いている。



ダハブが、人気を集めているのは、ダイビングやその海のきれいさだけではない。

ここは、とにかく、時間がゆっくり。

現地の人たちも、とってもイージーゴーイング。

怠けているように見えて、常にリラックスしている感じ。

ここで、数ヶ月滞在している旅人にも会った。


かなりのスピードでヨルダンを駆け抜けてきたのと、

「中東」の潜在的な緊張感から、

心身ともに疲れていた。

ここでこの雰囲気に溺れて、疲れをとることにした。


時計を外し、海をのんびりと眺めながら、

日記を書いたり、本を読んだり、シーシャ(水パイプ)を吸ったり・・・

なかなか「無意義」な、そして贅沢な時間を過ごした。



海辺でのんびり過ごしていたら、

子供たちがやってきた。

サーフボードで遊び始めた。



何をして遊ぶのかと見ていたら、

なかなか面白いことをはじめた。


2人が、お互いを見合うような形でサーフボードの両端にうつ伏せに寝る。

第三者の声を合図に、とにかく腕で漕ぎまくる。





漕いで、


漕いで、


漕ぐ。



力があるほうが、徐々にサーフボードを進めていく。


ある一定のラインを超えたら、ゲームは終了、

ラインを超えさせた人が勝ち。


なんとも、単純なゲームだ。


このゲームには、説明書もない、

AボタンもBボタンもない、

バーチャルな世界もない。


体当たりで

ただひたすら漕ぎまくる。笑


やっぱ子供はこうでなくちゃなー。


子供たちは、このゲームに夢中になり、

1時間以上も飽きることなく、熱中した。

しまいには、一度も勝てなかった奴が泣き出すくらい・・・


単純なゲームに熱中する子供たちの無邪気な笑顔には、

こっちも思わず笑顔になってしまう。


いいなぁ、こんなのも。

ここの夕日は、とりわけきれいだった。



次は、王家の谷があるルクソールという場所です。



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死海  &  ぺトラ遺跡

テーマ:

この旅、12カ国目、JORDANにいます。

冗談ではないです、ヨルダンです。

先月テロがあったアンマンは、いたって平和。

ヨルダンは、中東で一番平和な国と言われているくらい。

夜の渋谷より絶対安全な気がする。

アンマンから、車で行くこと約1時間。

死海  へ行ってきた。

死海は、塩分濃度がなんと27%。

生物がすめないことから、この名前になった。

ちなみに、ここは世界でもっとも低い地点。

この旅で、世界最高点(エベレスト)と世界最低点を見たことになる。

塩分の濃度から、浮力が強い。

ってことで、

死海といえば、やっぱこれでしょ!!

えーと、まずはテレビ欄から。

(このためにわざわざ新聞を購入 笑)

死海の水は、しょっぱい という言葉では表せないほど、塩辛い。

目に入ったときには大変大変。

ものすごい浮力で支えられているあの感覚は、

実に変な感じです。

体験したい人は、大量の27%塩水作って、

風呂に入れてみてください。

次は、死海の泥で全身パック。

肌すべすべ。

一緒に死海へ行ったパキスタン人のヘター。





死海を満喫した翌日は、ヨルダン南にあるぺトラ遺跡を観光。

ここは、後半の旅のハイライトのひとつ。

前日からまじ興奮。

あの「インディ ジョーンズ」「最後の聖戦」が撮影された場所で有名です。

そういうのに、弱いんです、俺。

ぺトラ・・・・

すごいです。

本当にすごい時って、「すごい」 としか表現できない。

俺の貧弱な語彙力だと・・・

ぺトラは、俺にとって、アンコールワットと超える遺跡だった。

狭い岩の切れ目を頭上には、100mほどの高さの崖が迫ってくる。


そこを抜けると、、、、




ドーーン と神殿が顔を現す。




あまりの大きさに圧倒される。

しかも太陽光の当たり具合で、色が刻々と変化する。

言葉でもいってもまったく通じないのが、残念です・・・

ぺトラ遺跡群は、これだけじゃなくて、かなり広い範囲にわたって

さまざまな種類の遺跡が散らばっている。




全部歩いてまわったので、10km以上歩いた気がする。

めちゃ つかれたぁ。



遺跡を見ると、それを作った人たちや、

その当時の生活を想像するのが楽しい。

長距離移動で鍛えた妄想を最大限に働かせ、

当時のことを想像すると、感動が2,3倍になる。

このぺトラ遺跡を造った人たちは、本当にすっげーよ。

みなさんも、死ぬまでには、是非ここに足を運んでくださいね。

ってことで、

これからこの旅最後の国、エジプトに向かう。