列車で44時間かけて、中国西北の辺境の地、敦煌にきました。


電車の中でいろんな人と知り合った。

蘭州で乗り換えたのですが、最初の電車では

周りの家族がみんなすごく親切にしてくれた。


「おぉ列車に日本人がいる!」

ということで、同じ車両の人がぞろぞろ集まり、いろいろ話しかけてくれる。

となりの女の子が英語がしゃべれたので、その子を通していろいろ話せた。


おっさんたちは、みんな

「俺、日本のこと詳しいぜ!」

と俺に証明したいのか、とにかくいろんな言葉を紙に書いてくる。


山口百恵

浅草寺

中田英寿

富士山

名古屋

箱根温泉

九州

北海道

 ・

 ・

 ・

そして、なぜか、


阪急鉄道 笑


すこし落ちついたと思って本を開くと、


「おぉ、おまえ何読んでるんだぁ?」


とすかさず突っ込みが入る。

日本語の本を見せるとすごく不思議そうに見ている。

日本語に漢字が使われていることを知らない人が意外と多く、

「こりゃ、漢字じゃないか!?」


という驚いた表情だった。


日本に対してすごい興味を持ってくれているのはすごくうれしかった。

文化・言葉の壁を超え、通じ合えたのも嬉しかった。特に中国人と。

旅の醍醐味ですね☆


蘭州で乗り換えるため、最後にメールアドレス等を交換した。

一人の男に名詞を渡された。

となりの女の子の親だ。彼だけは、すごいきれいな格好をしていた。

名詞を見ると、CHINA TELECOM (中国国内唯一の通信会社)の重役だった。

話の中で、自分が中国で働く可能性もあると言っていたので、

「そのときは、連絡したまえ。一緒に食べにでも行こう」


といわれた。

これはかなり期待できる! 

北京ダック、ごち!



蘭州で乗り換え、列車を変えた

列車の席に座って、周囲の人とお決まりの会話が始まる。


「どこから来た?」

「なに人だ?」


と。


「日本人です」


といって、その他のことをいろいろ筆談していたら、


急に紙をとられ、笑顔でこうデカく書かれた。


「南京大虐殺」


!?

おぉ、何がいいたいんだ、このおっさん。

喧嘩売ってんのか??


その場は笑顔でごまかした。

新しい列車に入ってまだ数分。

これから蘭州から敦煌まで19時間。

いきなり険悪ムードになるのは勘弁です。


その後、偶然にも同じ車両に北京で留学をしている日本人の

陽子さんと出会った。中国語ペラペラ!


夜になり、本を読みはじめた。

ダライ ラマ 「The Art of Happiness」

仏教のアプローチから、幸せの追求について書いた本。

(この本は、表紙にダライラマの顔写真が大きく載っている)


そして、中国人が言い出した。

「こいつの言うことはデタラメだ。そんな本なんか読むな!」


陽子さんに通訳をしていただき、大激論が幕を開けた。

いつもは、このようなテーマになると、面倒くさいので、うまく交わしてきた。


今回は、ぶつけた。

いきなり「南京大虐殺」と書かれては、こっちも引き下がれない。

相手は、中国人のおっさんたち5,6名。


チベットの話から始まった。


俺は断言した。


チベットは、中国のものじゃない。独立するべきだ。


何を言っている?チベットは中国のもだ。


それは解放軍が攻め込んで併合したからだ。

チベットは2000年前から中国の領土だった。

解放軍は、貧しいチベットを「解放し」、助けてやったのだ。


助けたというのは、うそだ。

チベットは、言語も文化も宗教も中国と異なる。

独立を望んでいるにも関わらず、中国は武力をもって併合したのだ。


中国には、50以上の少数民族がいる。

みんな平和に暮らしている。

チベットもそのひとつにすぎない。


それでは、なぜチベット人に漢族の教育と制度を強要するのか?

それが今、チベット文化を侵している。

中国は戦時中の日本を痛烈に批判するが、文化と言語の

強要は、まさに日本が韓国にしたことではないか?

それは軍国主義のやることだ。


とにかく、チベットは中国のものだ。

そもそもダライラマは、悪人だ。

あいつはアメリカから金をもらっていて、操り人形だ。

あいつがノーベル賞をもらったのも、アメリカが手をまわしたんだ。

とにかくその本は、でたらめだ。


と、話を摩り替えた。


では、あなたはこの本を読んだことがあるのか?


いや、中国人が書いた本で同じようなことを読んだ。


・・・それは間違いなく政府に都合のよいバイアスがかかったものだろう。


議論は、「日本の軍国主義化」へ移った。


日本は、また軍国主義国家になろうとしているではないか?


その根拠は?

イラクへ派兵しているではないか?


じゃ、イラクで自衛隊が何をしているのか、知っているのか?

知っている。アメリカ兵の護衛だ。


これには驚いた・・・

何も知らないではないか・・・


しっかり説明した。

インフラの整備、非戦闘地域のみでの活動だと。

いまだ発砲さえしていないと。

(ちなみに自分はイラク派兵には大反対だったけど、

これではイラクで頑張っている自衛隊があまりにもかわいそう)


そうか、俺は違うことを聞いた。


そりゃそうだ、あんたの国のメディアはあまりにも偏っている。

プロパガンダだもん。

(中国本土からCNNやBBCにアクセスできない 等)

これは口が裂けても言わなかった。これを言ったら、

喧嘩になりそうだった。

それから議論は、ここでは書ききれないくらい発展し、

時には険悪ムードになった。

陽子さんを板ばさみにしてしまい、申し分けなく思った・・・


最後に、一言言わせてくれといい、

日本は平和国家で、軍事国家化するというのは

誤解だから、それだけは理解してくれ言った。


まぁ最後には、いいムードで終わらせようと、相手の人もこういった。


「でも、お互いの政府は仲悪いけど、こうやって議論できるくらい国民同士は

友好的になりたいね」


それは確かにそうだ。

この旅で、何人もの中国人たちと仲良くなったし、

何回も助けてもらった。


場が和み始め、「いい議論だったね」

とみんな口をそろえ、それぞれの席に戻るときに

一人の男がぼそりと一言。


これで今日、君たちも「正しい」歴史が勉強できたね。


・・・てめぇ、空気読めよ!! 笑


またはじめるのはめんどくさくて、

でかい声で笑って流した。


今回の議論で、中国人と日本人の歴史観の間に

絶望するくらいの壁があることに改めて気づかされた。

この誤解の連続はいつ解消されるのか、疑問に思った。

しかし、これはあくまでも日本人からの視点で、

中国人はきっと「日本人はいつになったら正しい歴史を勉強するのだ」

と思っているだろう。


ただ、海外の新聞を読むと、そのほとんどが

中国の偏ったメディアと歴史教育を批判していることから

日本人の視点のほうが比較的客観的なのではないか とも思う。


いずれにせよ、「国民同士は友好的になりたいね」

といった彼の主張には、心から賛成する。

この旅でも何人もの中国人と心が通じ合ったことで、

自信をもってそういえる。



敦煌については、次の記事で書きます。

砂漠、見てきました。

写真、乞うご期待!!



AD

中国らしい街、成都

テーマ:

今は成都でのんびりしています。


今までの中国で15個の都市を見てきましたが、

成都ほど中国らしい町はないのではないでしょうか?


①パンダがたくさん


成都といえば、パンダ。

見て来ました。


自分は、別に動物に対して特別な思いは無いけど、

パンダはマジかわいいです。食っては寝て、食っては寝てを繰り返し

ているだけのパンダ君だけど、本当にかわいいんだって!




②三国志の蜀の都


劉備の墓と、孔明を祀った武侯祠という場所がある。

孔明は、ここではヒーローです☆

三国志好きにはたまんないなぁ。

↓ 劉備の墓

③四川料理

陳婆さん直伝の味を伝える麻婆豆腐の老舗に、

本場の麻婆豆腐と坦々面を食べにいった。

最初口にして思ったのが、

「辛い! でもうまい!

それが食事が進むに連れて、だんだん舌が痺れだし、

最後は、舌が痛かった・・・・  

だって真っ赤だもん  ↓

そして、昨日は蛙(カエル)を食べてきた。

この旅で、今まであらゆるゲテモノに挑戦してきた。

バッタ、コーロギ、芋虫、イナゴ、犬、クモ・・・

そして今回は、ケロケロ ケロッピ。

これが、美味しい!

鶏肉のような食感と味です。

なかなかいけますよ☆

雨の日にでも捕まえて挑戦してみてください 笑

 カエルの足  ↓

④茶 & 麻雀

すこし路地裏を歩けば、おっさんたちが昼間から麻雀をやっているし、

おばさんたちが竹の椅子に座って、ずっーと茶をのんびり飲んでいる。

のどかで、中国に来たなぁーー  と肌で実感できる街です、成都は。


中国式の将棋をやっている、おっさんたち。ちなみに、平日の昼 笑  ↓  



そんな成都とも今日でお別れです。

今日の昼の列車で敦煌へ向かいます。

列車で2泊3日。


砂漠、楽しみです☆

AD

九賽溝黄竜に、中国人ツアーで行きました。

ツアーのほうが、割安なんです。かなり。


九賽溝は、標高2000mから5000mの高さに位置する景勝地です。

泉、滝、湿地、急流が点在し、その透明度の高い水面に周囲の緑や雪山の白が映える景観で有名です。と書いても、全くあの感動は伝わらないので、写真を見て下さい。 とにかく、水が青いんです。コバルトブルー。綺麗と表現するよりは、何か神秘的な景観です。すっげーぜ!


黄龍は、この地域の地下水に炭酸カルシウムが大量に含まれるため、それが湖底、湖岸に乳白色の結晶体として付着し、互いに連なる独特の風景を生み出している景勝地です。上から見下ろすと、まさにイエロードラゴン。黄色い龍が、山を登っているように見えます。

これもまたすごい。

言葉では上手く表現できないです。

とにかく写真を見て下さい!






このツアーで中国人と一緒に参加したのですが、これもまた、楽し・・・・・面白かったです。笑

バスで12時間かけて移動したのですが、帰る頃にはバスの地面はゴチャゴチャでした。笑

ひまわりの種のかす、果物の皮、缶類、その他の燃えないごみ&燃えるごみ・・・大量に。


一番ウザかったのが、デブ3人衆。

移動中に休憩するたびに、何かを買っては喰う。

ひたすら喰う。ラーメン、肉まん、果物、おかし・・・・  

喰うだけなら、別に全く問題は無いのだが、必ず集合時間に遅れる

喰ってて遅れる。


決め手が、お土産屋に寄ってしばらくバスが走った後のこと。

デブ一号が悲鳴を上げた。

「私の買った時計が動かないわ、ブヒー、ブヒー!!」

ガイドに訴え、みんなの反対を押し切り、Uターンしてお土産やへ戻ることに。

てめぇ、動かない時計なんか買うなよ!!


このガイドもまた適当で、バスの中でタバコ吹かしながら、職務を「こなしている」感じだ。

俺たちが北京語を喋れないっていうのに、重要連絡事項を伝えようとする努力のかけらも無い。

(喋れないのに現地のツアーに参加した俺たちも俺たち)


が、同じツアーだった陳さんと劉さんがホントに親切で、頑張って英語で説明してくれたし、

一緒に観光してくれた。子供のように面倒を見てくれた 笑 


ところで、

合計でここ1ヵ月半近く、中国を旅しているが、冷静に分析してみる。

中国人は基本的に自己主張が強くて、それが外国人にとっては

多くの場合、無礼だったり、わがままにみえる。

一般の人はマナーも悪いし、他人に対する思いやりも欠けるのではないかと

問いたくなる場面を多く目の当たりにする。一般的に、自分と関わりの薄い人に対しては、

お構いなしの行動をする。


しかし、

関わりを持つと、仲良くなると、ものすごい親切にしてくれる人も多く

食事に誘ってくれたり、今回の劉さんや陳さんなどのように、

面倒を見てくれる人だっている。


自分の輪の中の人達は面倒を見て、大切にする。

それ以外の人は、極端に言えば、「クソ食らえ」。

これが中国人の風習ではないだろうか。


ところで、帰ってきて、チベットの状況が悪化していた。

9月5日まで、外国人は一切チベットに入っては駄目だと言う。

中国政府は、チベットでの反政府運動に神経を尖らせているみたいで、

40周年祭典のためにチベットへの「入国」をかなり厳しく制限している。

闇ルートで挑戦した人も、その殆どが戻されているという。

しかも9月5日以降でさえ、チベットに入れる保障はないという・・・

困ったなぁ。

どうしよう・・・


と悩んでもしょうがないので、

とりあえずあさって敦煌へ行くことにしました。

(自分の悪い癖で、確かな計画が立てられないと落ち着かなくなる=典型的なA型!?)


敦煌で、砂漠が見たい!


そこからチベットのこと考えよう。










AD

困ったぁ @成都

テーマ:

麗江からバスを8時間(山道をグネグネ、ひたすら8時間。。。グロッキー大会 笑)、

列車を10時間乗り継いで、峨眉山と楽山へ行きました。


峨眉山は、「仙境」と呼ばれ、中国の四大聖山の一つ

3099M。

登ってきました。




といっても、ロープウェイでね。笑


頂上はかなり寒かったけど、景色は絶景でした。

まさに仙人が出てきそうな山でした。


  おっと、仙人発見!!



形が特殊な山で、頂上から断崖絶壁で下が見える。

ちびっちゃうよー。




___________________________


楽山は、世界最大の石仏がある場所。

高校生の時に、「世界不思議発見」で見てから、

ずっと行きたいと思っていた。当時番組を見た印象からだと、

かなりの辺境にあると思っていたが、行って見ると、がっかり。。。

中国人旅行客がウジャウジャいる。

まるでテーマパーク。

(って言っても、自分も観光客だからな 苦笑)




石仏は、確かにでかかった。




そこからバスで3時間、今、成都にいます。

そして、非常に困ってます。

上の文章がつまらないのも、集中できてないからです。笑


成都から敦煌へ行き(2200km)、そこからゴルムド→ラサ(チベット)と

陸路でチベットに入る予定が、どうやら厳しそう。。。


チベットは、普段でさえ、入るのが厳しく制限されているのに加え、

(外国人は、高額の「許可証」を取得し、書類審査をしないと入れない)

9月1日が、チベット自治区40周年記念ということで、外国人の「入国」が

かなり制限されているらしい。許可証を取ったにもかかわらず、ボーダーで公安に追い返されたという人もいる。そしてチベットに入れたとしても、9月5日まではラサを出れないという情報もある。


どうなってんだ!! 

何が確かな情報かまったくわからん。


てか、中国政府はなんなんだよ!!

語弊を恐れず書くと、チベットは中国じゃない!

チベット自治区40周年記念!?  チベット併合40周年だろうが!

チベットを返せ!

そして、俺をチベットに行かせろ、この野郎!


最近、この国の政府は一体どうなってんだ!!と思うことが多い。

8月15日を境に、テレビでは、反日映画がいくつものチャンネルで上映。

反日ドキュメンタリーも多い。


街中は、「記念中国人民抗日戦争勝利60周年祈祷世界和平」の垂れ幕が飾ってある。


「祈祷世界和平」!?


チベット返せ!


台湾返せ!


そしてその他の自治区も全部返せ!


そして、お願いですから、どうか僕をチベットに行かせて下さい。m(__)m 笑


ってことで、今回は愚痴で終わります。





香格裏拉 断念 & 悪臭

テーマ:
結局、香格裏拉には行けませんでした。

今は、麗江(リージャン)という町にいます。

大理から、香格裏拉(シャングリラ)行きの夜行寝台バスに乗ったのですが、、、


これが、今までの移動の中でTOP3に入るきつい移動だった


中国の寝台バスの構造は、とにかく狭い場所にできるだけ多くの

寝台を詰め込んだもので、自分の頭の数センチ上に、後ろの人の足がある状態です。


バスに乗り込んで、まず気づいたのが、 臭い。

足の悪臭だ。

自分の寝台を探し、座るがいいが、布団も湿っていて、ベトベトする。

そして、何よりバス中の空気がどんよりしていて、とにかく臭い。

みんなバスの中に唾を吐き、窓が開かないのに、タバコを平気で吸う。

地面は、こぼれた酒とタバコの吸殻と唾でとにかく汚い。


足の悪臭、強い酒の臭い、タバコの煙、そしてディーゼルエンジンの不完全燃焼の臭いが、

混ざり合い、堂珍と川畑が嫉妬するほどのケミストリーを生みだす。

なんとも形容しがたい悪臭。

悪臭というよりは、刺激臭だ。

それがバスの中を蔓延している。

まともに吸ったら、涙が出て、「おぇっ」と吐きたくなるような臭いだ。

理科の授業で、刺激臭は、直接嗅いではだめ だと教わったことを、

ふと思い出すくらい。


寝ようとするが、とにかく臭い。

自分の後ろの男たちの足が、臭い臭い臭い。

寝ようし、うとうとするが、


「わっ、くさっ!」


と、目が覚める。

臭くて目が覚めるのは生まれて初めてだよー。


がんばって口で息をし、再度寝ようと挑戦するが、


「わっ、くさっ!」


とまた目が覚める。


バックパックに入っている茶葉を鼻に詰め込もうかと

真剣に考えるくらい臭い。


貧乏旅行を初めて、どんどん自分の満足のレベルが下がっていく。

最初は、すこし暑いだけで不快に思ったが、

今では、道路が平坦なだけで、快適に思う。

暑くてもいい、音楽がうるさくてもいい、狭くてもいい。

予定時間を数時間オーバーしてもなんとも思わない。

不可解なことにも、慣れてきた。

(たとえば、この長距離バスの屋根になぜ大量の生きた鶏が縛ってあるのかとか・・・笑)


たが、悪臭だけは、耐えられない。。。

これは拷問だった。


よっぽど、自分のでたらめ中国で筆談しようかと思った。


「你(あなた)足 驚異的 悪臭」

「願 足 洗」

 

と。笑


悪臭だけではない。


深夜11時くらいだった。

バスが止まった。

しかも動かない。

バスの運転手が、公安局(警察)の人ともめている。

何かわからないからとりあえずバスで寝ようとする。(でも寝れない)


転寝しかできず、朝おきると、まだバスは、同じ場所だ。

とっくに着いてもいい時間だ。


となりの人と、筆談をした。

「何故不去?」(なぜ行かない?)


すごい答えが返ってきた。


「洪水滝没大路」


連日の豪雨で、先の道が陥没したそうだ。


「待機?」と書いたら、


そうだ、と頷く。


しょうがないなぁ・・・


待つか。


と思ってから、待つこと10時間・・・笑


相変わらず臭い。

ハエがバスの中をブンブン飛び交う。

ブンブンブン、ハエが飛ぶ~ ♪


陥没した道路を歩いて見に行った。

川沿いにある村が、床上浸水しているではないか。

道路が封鎖されたことに激怒した人たちが集まっていて、

暴動が起きている。(怒ってもしょうがないだろ・・・)

道路は、数時間待って修復できる状態ではなった。


こりゃ、無理だ。


そこで待ってもしょうがないと思い、急遽、麗江までヒッチハイクで行くことに。

重いバックパックを背負い、道路の脇で、車を待つ。

なかなか止まってくれない。


しばらく待っていると、ワゴン車が止まってくれた。

麗江まで乗っけて行ってくれるという。

すっげー、いい人たちだった。

救われたぁ・・・


ということで、今麗江にいます。

ここは、素晴らしく綺麗な町です。

この町は、次の記事で紹介します。


今は、とにかく休みたいんです 笑




今は、あの大理石で有名な 大理 という町にいます。

昆明から列車で8時間。



実は、昆明の宿から駅に向かうまでの市内バスの中で、すごいものを目撃しました。

乗っていたバスが、隣を走っていた三菱のジープの前に割り込み、それに腹を立てた

三菱の運転手が、隣で幅寄せで挑発を始めたのです。

そこで、バスの運転手もその挑発に乗り、大きな車体を思いっきり、ジープのほうに寄せていきました。


嫌な予感。。。


が、的中。


ガリガリ。


バスが、ジープの横をすっていきました。

バスとジープは、道のど真ん中でとまり、ジープの運転手が

目の色を変えて、バスに歩いてきた。ジープの運転手はマジギレ。

このときの彼の表情はいまだに忘れない。


バスのドアをこじ開け、何か言った後に、急に運転手に


パンチ ×3

強烈ビンタ ×1


と、マイク・タイソンもびっくりのコンボ技を披露。

バスの運転手は、スパーリングの相手のようにひたすら打撃を受けていた。


日本じゃ想像できないですよね?

交通事故で、運転手が激怒して暴力を振るうなんて。


でも、一番面白かったのが、バスに乗っていた人たちが、

「またやっているよー」という感じで、平気な顔をしてバスを降りていったこと。

僕たちもしょうがなく、バスを乗り換えて、駅まで行きました。


うん、やっぱ、中国おもしれぇ。


大理は、どこか京都に似た町並みがあるような感じです。

時間がゆっくり流れ、落ち着く町です。

ここは、標高2000mくらいあり、とても涼しいです。



涼しいということもあって、今一緒に旅をしているトシさんと、

同じ宿だった日本人の方2人と、4人で近くの温泉へ行くことに。

旅しだしてから、まともに湯船に浸かったことがなく、

どうしてもどうしても温泉に入りたかったぁ。


バスで2時間かけていったところに、寂れた温泉街があった

久しぶりの温泉は最高だった。ふはぁーー

風呂って、こんなにいいもんだったんだ!

これで、熱燗があれば最高なのになぁ。


大理で癒されたところで、今夜、夜行バスで香格裏拉(シャングリラ)という町に行きます。

すごい名前だな。



↓  昆明の写真です。



一緒に旅をしていたMike(Britain)と、香港からきた夫婦(Randy & Grace)と一緒に石林に行きました。

この2人がマジラブラブカップル! さりげなく手をつないだり、腕を組んだりと。

昼は、豪華な昼飯をおごってくれた。謝謝!


中国に「戻って」きました。

上海からはじめて、東南アジアへ抜け、今は、雲南省の昆明という大都会にいます。

ここは、日本の地方都市顔負けの都会です。


中国に「戻って」きた。

初日から、いきなりそれを感じさせられた。


☆中国のぼったくりは、半端じゃない


東南アジアは、通常値段の、まぁ多くて3,4倍の値段を吹っかけてくる。

中国は、平気な顔して10、20倍の値段を言ってくる

旅前半のノートを読み返し、中国の物価を確認していたので、こいつらは一蹴!


☆中国の旅は、NOT EASY

東南アジアは、本当に旅がしやすかった。

みんな英語しゃべれるし、旅行者向けのサービスが多いので、ラクチン。(しかも安い)

中国は、2つ先のことを考えて行動しないと、意外なところで足止めをくらったりするし、

宿や列車・バスのの情報はとてもとても貴重なもの。


列車のチケットをとるのなんかは、みんな戦闘態勢

チケット売り場で列に並ぶはいいが、割り込み合戦。

しかも、自分が旅行者とみると、すぐナメてかかって、割り込んでくる。

そういう時は、体育会で鍛えたでかい声で日本語で一喝、

「おい、てめぇ、並べよ!」


これが凄まじい威力を発揮する 笑

みんな一歩下がる。笑

これから中国行く人は、発声練習を。


その他もろもろここでは書ききれないほどある。


でも東南アジアで楽していた分、すこし退屈になっていた。

すべてがイージーだったから。

ここに来て、また一人旅、バックパッカー旅の醍醐味を感じています。

すべて主体的行動しないと何も起こらない毎日。

さぁ、これからどこへ行こう?


うん、旅って楽しい。



写真は次回UPします!



チェンマイ郊外にあるバーンロムサイという施設を訪問してきました。

バーンロムサイとは、両親をエイズで亡くし、自分たちもHIVに母子感染した孤児たちの生活施設です。

日本のテレビでも、紹介されたことがあるらしいです。

自分が説明するよりは、http://www.banromsai.jp  を読んだほうが早いと思います。


ラオスのフエサイという町で、ひょんなことから、この施設で3ヶ月以上ボランティア活動をしていたF田君と知り合い、バーンロムサイの話はいろいろ聞いていた。


AIDSで親を亡くし、自分もHIV感染してしまった子供たち。

何の罪もないのに、自らの運命をすでに決められてしまった子供たち。

AIDSに対する無知、偏見の中で、あらゆる差別を受けてきた子供たち。

現地の学校から、「AIDSだから」という理由で追い出された子供たち。

訪問前は、

なんて可哀想なんだろう、

たとえ一日でも何か俺にできることはないかなぁ・・・

といろいろ考えていた。


見学し、スタッフの方からさまざまなお話が聞けた。

薬の進歩と援助の拡大で、子供たちはAIDSを「発病」せずに、

今は「元気に」暮らしている。

もちろん、その影には、スタッフ、ボランティア、関係者たちの大きな大きな

愛があり、涙ぐましい努力があるに違いない。

スタッフの方々は、子供たちを 「うちの子たち」 と呼んでいたのが印象的だった。

この施設の目標は、子供たちを保護し、健康状態を保つということを大前提に、

「強い子」を育てることだという。

AIDSに対する世間の無知、偏見は根強く、それを変えるのは短時間ではできない。

それだったら、そういう世の中の荒波の中でも溺れることなく

強く生きれる子供たちを育てよう。そういうコンセプトだ。


大きくなった子に対するHIV感染の告知もその一貫であるようだ。

自分を理解することで、HIVと「共存」できる強い子を育てる。

毎日決まった時間に必ず服用しないといけない薬も、できるだけ子供たちに自主的に

薬のある部屋に来させて、服用してもらう。(もちろんスタッフが厳しい管理をしている上で)

下着も自分で洗う。食事も自分で作れるように、現在さまざまなな試行錯誤をしているとか。


ここのスタッフは、施設にいる子供たちが「全員大人になる」ことを

心の底から信じている。

社会見学をし、子供たちにさまざまな職業を見て学んでもらう。

そうすることによって、「お金を稼ぐ」ことの大切さに気づいてもらい、

自らの将来についても考え、希望をつなげる。


ただし、まだまだ課題、問題点があるのも事実。

近くの学校が子供たちの登校を拒否したため、

子供たちは毎日遠く離れた学校を往復する。

担当の医者は遠く、しかも活躍されている方らしく、

なかなか時間が合わない 等


子供たちと短時間だったが、遊んできた。

ホントに普通の子供たちで、

鬼ごっこしたり、走り回ったり、時にはケンカして、

泣きべそかいたり。。。笑

中にはすごい懐っこい子もういて、

すぐ「抱っこして」とか、「おい、カメラよこせ!」という。 笑

自分が何かできるかなと思ってきたのに、

結局は自分が、この子供たちから無限のエネルギーをもらってきた。

子供たちには、心から、「強い子」になって欲しいなと思った。


(↓ 写真は許可を得て撮影しました。無断で転写・コピーはしないでください!)










今はタイの北部の町、チェンマイにいます。


ビザの関係で、ラオスを8月5日までに出国しないといけなかったのと、

チェンマイにいく必要があったことから、戻ってきました。

ビエンチャンからバスで行くのもよかったけど、

様々な事情が重なり、ビエンチャンからチェンマイへ飛行機で飛ぶことに。

しかも、安い!!


ラオス航空に乗りました。

ラオス航空・・・  

たまに落ちるらしい。

しかもラオスの政府は、社会主義国家ということもあって、

墜落の情報は一切公開しないらしい。

これも冒険だっ!  笑



いろいろ話は聞いていたけど、予想以上によかった。

若干気になったのが、


①危険な音


右のプロペラが、左のプロペラに比べて異常に大きな音を立てる。

プロペラ外れたら、どうしよう!? とアホなことまで考えてしまうくらい。 笑



②スッチー


飛行中、隣の空席に、フライトアテンダント(スッチー)が座った。 笑

美人だからよかったけどさ。


③機内食


機内食(といっても、サンドイッチ少し)を配る時、

いくつか余ったみたいだった。

そこで、スッチーが、コクピットのドアと「トン、トン」とたたき、パイロットに差し入れに。

おいおい、操縦ちゃんとしてくれよ!


いろいろ観察して楽しんでいると、あっ という間にチェンマイへ着きました。


チェンマイは、特に「これっ!」といったものはなく、退屈な町です。

やることといえば、トレッキング

これは、チェンマイ近辺にある山をガイドと他の参加者と何人かで登り、

山中の村落に住む少数民族に会いに行くといったものです。

ここ近辺には、タイ系、中国系、ミャンマー系、ラオス系の少数民族が

多数住んでいるらしいです。

象に乗ったり、筏で川を下ったりなどのイベントが「用意されている」

といった、いかにも観光客向けのものです。


まぁせっかくだし、参加するかぁ  と思って参加しました。

これが、案外楽しいんです。  笑



同じグループに、台湾人、スイス人、ウェールズ人、シンガポール人、

韓国人、スペイン人が揃い、これがまた愉快な仲間だった。

特にスペイン人が、この旅の中であった人たちの中で

最も陽気だったといえるくらい、明るい奴だった。  

ザ・ラテン人!

暇さえあれば、歌う踊る、そしてとにかく笑う、笑う、笑う。

この人のおかげで、とてもいい雰囲気だった。




夜は、カレン族の村の小屋に泊まった。

電気も何もない夜は、焚き火を囲み、歌ったり、踊ったりと楽しかった。

子供たちがとても無邪気で、可愛かった。