死ぬまでにやりたい100のコト
2012-02-11 Theme: ブログ
誰でも余命6ヶ月と宣告されれば、死ぬまでにやりたい事を必死で考えるだろう。
だけど不思議なもので、余命50年と言われれば、なかなかそれが考えられなく
なるものだ。僕は、あと何年生きれるのか分からないけれど、死ぬまでにやりたい事を
どのくらい持っている人間なのだろうか。栓を開けたばかりの炭酸がきついコーラを
飲みながら、そんなことを考えていた。
小さい事から大きい事まで、くだらない事から真面目な事まで、全部ひっくるめて一体
どれだけのやりたい事を持っている人間なのか、単純に知りたくなったのだ。そして頭で
描いている死ぬまでにやりたいことを一つ一つ書き出す事にした。そう、死ぬまでに
やりたいことリストを作成したのだ。そのリストは結構な時間をかけて作った。それこそ
一週間くらいかけて作成した。実にくだらない事まで書き記されていて自分で見ていても
顔を赤らめずにはいられない。でもそれが本当の僕であり、理想の僕なのだ。このリストには
いっさい嘘は書いていない。どんなに恥ずかしい事だってやりたい事があるなら書くべきだ。
ちなみに僕の死ぬまでにしたい事は100を越えた。炭酸が抜けたコーラを飲みながら、
今そのリストを眺めている。ここで僕の死ぬまでにしたいリストを全て公表したいものだが、
画面の向こうで嘲笑しているあなたが容易に想像できてしまったので、ここでは控えたい。
(でも公表するのも面白そうだなあ)
しかし、その中でどうしても触れなければならない項目があったので紹介させてほしい。
たくさんあるやりたい事リストの中に「かくれんぼがしたい」と堂々と書いてあるのを
発見した。26歳の大人が死ぬまでにしたいリストに「かくれんぼがしたい」と書くなんて、
いかがなものだろう。でも、本気でかくれんぼがしたいのだ。
「かくれんぼ」
誰もが小さい頃、この遊びに夢中になったはずである。あまりに楽しすぎて、気がつけば
夕方になっており、カラスが鳴いていたなんてことはよくあった。僕はいろんな遊びが
ある中でこのかくれんぼを愛していた。隠れかくれんぼファンなのだ。(ややこしい。)
かくれんぼは、誰よりも見つかりにくい場所に隠れるヤツがヒーローになれる遊びだ。
「いやー、どこに隠れているかまったく分からなかったよ。」と言われる事で、隠れ上手の
子供は何とも言えない満足感を手に入れる。どんなに隠れるのがうまくても、その嬉しさ
だけは隠せないのだ。また、探すのがうまい人は、これまたヒーローになれる。
「参ったよ。お前が鬼だと、どこに隠れても見つかっちゃうよ。」
鬼もこの言葉をかけられてしまうと、もう鬼ではなくなってしまうのだ。かくれんぼは、
誰かがヒーローになれる。実は遊びの面白さっていうのはヒーローになれるチャンスが
含まれているから、楽しいのではないかと思う。
でも、隠れるのがうますぎてもヒーローになれないのが、かくれんぼの難しさだ。
隠れるのがうますぎるヤツは、ずっと隠れている羽目になる。みんなとっくに家に
帰ってテレビを見ているのに、人知れずーっと隠れている。わけのわからない
土管の中に入って、ずーっと隠れているのだ。隠れている本人は、
「見つけられるもんなら、見つけてみろ」と意気込んでいるのだが、もう鬼も
タイムカードを押して終業してしまっているのだ。ああ、なんて哀しいんだ。
長くなってしまったが、死ぬまでにもう一度かくれんぼがしたい。
この先、相当意識していないと、かくれんぼはもうできないだろう。
大人が集まってかくれんぼをしているなんて狂気の沙汰そのものだけど、
だからといってあんなに楽しい遊びがこの先できないのも少し寂しい。
だから僕は、やりたい事リストに入れたのだ。
とにかく、自分のやりたい事リストを作ることは楽しい。小さい事だって
やりたいことって、たくさんあるんじゃないだろうか。ひとつひとつその
やりたいことを書き、明確にしていく事で今よりも充実した毎日を送れることだろう。
最後に、どこかで土管を見つけたら、その時は中をのぞいてみてほしい。
そこに僕が隠れているかもしれない。もし僕がいたなら、やさしく
「もうみんな家でテレビを見ているよ」って教えてほしい。
だけど不思議なもので、余命50年と言われれば、なかなかそれが考えられなく
なるものだ。僕は、あと何年生きれるのか分からないけれど、死ぬまでにやりたい事を
どのくらい持っている人間なのだろうか。栓を開けたばかりの炭酸がきついコーラを
飲みながら、そんなことを考えていた。
小さい事から大きい事まで、くだらない事から真面目な事まで、全部ひっくるめて一体
どれだけのやりたい事を持っている人間なのか、単純に知りたくなったのだ。そして頭で
描いている死ぬまでにやりたいことを一つ一つ書き出す事にした。そう、死ぬまでに
やりたいことリストを作成したのだ。そのリストは結構な時間をかけて作った。それこそ
一週間くらいかけて作成した。実にくだらない事まで書き記されていて自分で見ていても
顔を赤らめずにはいられない。でもそれが本当の僕であり、理想の僕なのだ。このリストには
いっさい嘘は書いていない。どんなに恥ずかしい事だってやりたい事があるなら書くべきだ。
ちなみに僕の死ぬまでにしたい事は100を越えた。炭酸が抜けたコーラを飲みながら、
今そのリストを眺めている。ここで僕の死ぬまでにしたいリストを全て公表したいものだが、
画面の向こうで嘲笑しているあなたが容易に想像できてしまったので、ここでは控えたい。
(でも公表するのも面白そうだなあ)
しかし、その中でどうしても触れなければならない項目があったので紹介させてほしい。
たくさんあるやりたい事リストの中に「かくれんぼがしたい」と堂々と書いてあるのを
発見した。26歳の大人が死ぬまでにしたいリストに「かくれんぼがしたい」と書くなんて、
いかがなものだろう。でも、本気でかくれんぼがしたいのだ。
「かくれんぼ」
誰もが小さい頃、この遊びに夢中になったはずである。あまりに楽しすぎて、気がつけば
夕方になっており、カラスが鳴いていたなんてことはよくあった。僕はいろんな遊びが
ある中でこのかくれんぼを愛していた。隠れかくれんぼファンなのだ。(ややこしい。)
かくれんぼは、誰よりも見つかりにくい場所に隠れるヤツがヒーローになれる遊びだ。
「いやー、どこに隠れているかまったく分からなかったよ。」と言われる事で、隠れ上手の
子供は何とも言えない満足感を手に入れる。どんなに隠れるのがうまくても、その嬉しさ
だけは隠せないのだ。また、探すのがうまい人は、これまたヒーローになれる。
「参ったよ。お前が鬼だと、どこに隠れても見つかっちゃうよ。」
鬼もこの言葉をかけられてしまうと、もう鬼ではなくなってしまうのだ。かくれんぼは、
誰かがヒーローになれる。実は遊びの面白さっていうのはヒーローになれるチャンスが
含まれているから、楽しいのではないかと思う。
でも、隠れるのがうますぎてもヒーローになれないのが、かくれんぼの難しさだ。
隠れるのがうますぎるヤツは、ずっと隠れている羽目になる。みんなとっくに家に
帰ってテレビを見ているのに、人知れずーっと隠れている。わけのわからない
土管の中に入って、ずーっと隠れているのだ。隠れている本人は、
「見つけられるもんなら、見つけてみろ」と意気込んでいるのだが、もう鬼も
タイムカードを押して終業してしまっているのだ。ああ、なんて哀しいんだ。
長くなってしまったが、死ぬまでにもう一度かくれんぼがしたい。
この先、相当意識していないと、かくれんぼはもうできないだろう。
大人が集まってかくれんぼをしているなんて狂気の沙汰そのものだけど、
だからといってあんなに楽しい遊びがこの先できないのも少し寂しい。
だから僕は、やりたい事リストに入れたのだ。
とにかく、自分のやりたい事リストを作ることは楽しい。小さい事だって
やりたいことって、たくさんあるんじゃないだろうか。ひとつひとつその
やりたいことを書き、明確にしていく事で今よりも充実した毎日を送れることだろう。
最後に、どこかで土管を見つけたら、その時は中をのぞいてみてほしい。
そこに僕が隠れているかもしれない。もし僕がいたなら、やさしく
「もうみんな家でテレビを見ているよ」って教えてほしい。






