思い通りに生きるという幻想

テーマ:

「思い通りに生きる」

「本当の自分で生きる」

「ありのままで生きる」

 

どこかしこにこんなワードを目にしますが

ここには脳ならではのトラップがあるのをご存じですか?

 これらのワードは今、思い通りでない生き方をしていると感じている人には

飛びつきたい内容だと思います。

 

赤ん坊は、思い通りに生きていますよね

その思い通りに生きている赤ん坊のお世話は決して楽なことではありませんよね。

なので、赤ん坊が時間とともに少しずつ成長して、脳を使ってくれるようになったら

人間社会の生活のリズムに合わせるよう脳に教え、データーを与えます。

赤ん坊は人として生きるために、思い通りを忘れていきます。

ですが、なぜかそうやってある程度生きてくると、人の中で生きるために手渡されたものを手放して、思い通りに人の中で生きたいと望みだす。

 

実はそこをよく気をつけないと、幻想の思い通りに翻弄されてしまいます。

 

私の娘がある日こんなことを言い出しました。

今は高校2年生の娘ですが、ハードな受験勉強の末、今の高校に入学しました。

そのままの実力で行ける高校にはどうしても行きたくない

という理由で受験勉強に取り組みました。

中学3年の1年間それはそれは彼女は必死でした。

そして無事志望校に合格して、受験勉強からも解放され、大好きな

ゲームの実況者の動画を、永遠と見続ける春休みを過ごしていました。

そして、それが何日か続いたある日、彼女がこう言うのです。

「おかあさん。おかしい。すごくおかしい。

あれほどずーっと見たいと思った

動画だったのに、やっと見れると思って見てるのに受験勉強の休憩の時

見ていたほど面白くない。

おかしい!これって。あ~あの時あんなに面白かったのに!」

彼女はかなり不思議だったようです。

受験勉強は彼女にとってもは思い通りの時間ではありません。

大好きな動画を見ることこそが、思い通りの過ごし方です。

しかし、それが叶って思い通りの時間を過ごしているにも関わらず面白くないと。

そして必死で勉強したあとのあの動画を見る時間がたまらなく最高だったと。

 

いかがでしょうか?

脳科学者の方は、このような脳のしくみを

「ハイリスク ハイリターン」と説明しています。

リスクの高い負荷には、その負荷から解放されたときより高い高揚感を脳は感じる。

娘の場合ですと、やりたくない勉強をやったあと、開放感とともに大好きな動画を見る。

限りなく幸せな時間だったと思います。

しかし、負荷が無くなったとたん面白さが半減した事実。

その後彼女は、自分が動画を見ることがすごく好きと思っていましたが、好きなこと、やりたいと思うことへの捉え方がとても冷静になりました。

 

こんな脳が求めてくる「思い通り」って大丈夫でしょうか?

こんな脳が認識する「本当の自分」って本当でしょうか?

こんな脳が感じる「ありのままの自分」に従っていいんでしょうか?

 

 脳は結果をほしがります。

こうやればこんな結果が得られますとおいしいうたい文句であふれています。

その結果が手に入ると幸せになるはず、輝いている自分になるはずと

でも実は手にしたとたん、幸せになる、輝く自分になるは瞬間で終わります。

そしてまた脳は次の思い通り、次の本当の自分、次のありのままの自分を

幸せのため、輝くためにさがせと言い出します。

悲しい悲しい繰り返しの世界です。

願った幸せ、ほしかった輝きは幻と化します。

 

自分を知りましょう。

思い通りではないと、どうして思うのか?

どの概念に縛られすぎているのか?

本当の自分でないと、どうして感じるのか?

ありのままでないと、感じているのはどうしてでしょうか?

 

この理由を自分が知ることで

だれかを見て、うらやましいと嘆き諦める必要などないとわかると思います。

だれかを見て、うらやましいと羨み妬み醜くなる必要はないとわかると思います。

だれかを見て、うらやましい負けたくないと望まない競争は不要とわかると思います。

自分の脳の概念の特徴に気づけると思います。

脳の欲を巧みに利用しているトラップに気づく自分になると思います。

 

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