自分と向き合うという表現を私はよくしますが、

とらえ方がいろいろあるので、いろんな角度で書いてみます。

 

自分と向き合うと聞くと、「厳しく自分を律する」

というようなイメージを持つ方が少なくないようです。

でも、ちょっと違うんですね。

私たちは、日々自分以外の人と向き合ってますよ。

それと同じことなんです。

特に自分が大切にしたいと思っている人とどう向き合いますか?

 

「今日のお昼いっしょに食べよう。何が食べたい?」

恋人、友人、家族、夫婦などに聞きました。

「う~ん。」

「じゃあ、カレーは?」

「今日はそんな気分じゃない。」

「え!どうして、好きでしょ。」

「ああ、昨日お昼に食べた。」

「そうか、じゃあほかのにしよう。」

 

ごく普通の対話ですが、ここには相手を理解しようとする試みがあります。

どうして、好きなカレーが気分がのらないのか聞いていますよね。

そして理由がわかるとそれ以上カレーは勧めようと思いませんよね。

 

自分と向き合うというのは、自分とこのような対話をすることです。

そんなのやってると思うかもしれません。

でも、上記の対話のように丁寧に自分の言い分を聞いているでしょうか?

「自分の言い分?」

そんなの聞いていたらきりがないと反応される方がいらっしゃるかもしれません。

そう、きりがないと無視し続けると自分の中に葛藤が生まれます。

そんな葛藤をなんとかしようとして選ぶのが「我慢、自己否定、他人批判、現実逃避」

それがひどくなると体調不良、病気とつながります。

 

自分と向き合うとは

自分が大切にしたいと思っている人を理解しようと対話していることを

自分にもすることです。

自分を理解することです。

 

カレーが食べたくない理由を聞いたように

ねばならないという概念の強制に対して自分の言い分を

優しく、丁寧に、そのままを聞いて表現することから始めます。

自分の言い分を聞いたりしたらきりがないと思うのは、

怖いからではないでしょうか?

でも、大切にしたいと思う人の言い分を聞くの怖いですか?

理解したいと思うから聞けるのですから、自分のことを理解しようと

思って聞いたら大丈夫ですよ。

きりがない、怖いと自分の言い分を無視することは、

自分を大切と思えていないことになると思いませんか。

 

カレーを食べようと誘うけど、断られた。

どうしてって聞くと理解できた。

自分の言い分も聞いてみると、ああそうなんだと

理解できた瞬間、言い分を無視して自分に課していたことが無用だと気付く。

 

私もお題が出てくるたび自分と向き合います。

そうして自分の言い分をよくよく聞いてみて、改めてお題に向き合うと

お題がお題でなくなっているんですね。

解決するというのでなく、問題と思っていたことが問題でなくなるんです。

この爽快感はたまりません。

解決するより問題でなくなるというのは、新しい自分になれているという

感覚の方が近いです。

でも、これが本当の自分に近づいていくプロセスだと友人が教えてくれました。

 

自分で自分の言い分を聞くのは、ちょっと難しいところもあります。

その場合、コツをつかむまではお手伝いしています。

私がノージャッジでもう一人のあなたになって

自分の言い分を聞くお手伝いをします。

すると、みなさん自分にしかわからない思い当たる節が

どんどん芋づるのように気づくきっかけとなっています。

 

「自分と向き合う」はきびしく自分を律するのではありません。

大切にしたい、理解したいと思っている人の言葉を聞くように

自分の言い分に耳を傾けることです。

そしてその言い分の向こうに隠れている、大切な自分を

より深く理解することができ、私の感覚では「新しくなって

いっている=本当の自分に戻れる」プロセスを歩めることこそが

自分に向き合うことと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

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