水底の本棚

しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。


テーマ:

第七期棋幽戦第二局は、〈碁の鬼〉と称される槇野猛章九段の妙手で一日目を終えた。
翌日の朝、対局の時間に槇野九段は現れず、近くの滝の岩棚で首無し屍体となって発見される。
死の二週間前に目撃された奇妙な詰碁は殺人予告だったのか。
知能指数208の天才少年・牧場智久と大脳生理学者・須堂信一郎が不可解な謎に挑む本格推理。
ゲーム三部作第一弾、牧場智久シリーズ開幕。

 

囲碁殺人事件 (講談社文庫)

 

 

「囲碁の対局における緊張感だとか棋士の鬼気迫るほどの集中力と精神力、それからプロとしての苦悩なんかは見事に表現されていたと思います」

「漫画『ヒカルの碁』の大ファンだからそれは知ってたけど(笑)」

「でもミステリでまさか棋士の世界についてここまで描かれているとは思わなかった」

「まあ……それはその通りかもな。もっとも、囲碁の知識がなくても十分に面白い『ヒカルの碁』に対して、こちらはそれ無しには面白さが半減するかもしれないと思う。囲碁について精通している人間が読んだら頷ける部分も多いんじゃないかな」

「殺人予告が棋譜で成されているところも珍しいというか」

「確かにオリジナリティはあるんだけどな。これも囲碁に精通している人でないと絶対解けないわけだから、大半のミステリファンは流し読みしたんじゃないかな」

「それは確かにそうかも。じゃあ、ミステリとして見たときの面白さはどうかな?」

「フーダニットの部分についてはあまり意識しなかった。アリバイが成立している人間が少ないし、殺人の動機が不明だから後づけでどうとでもなりそうな気がした。

このミステリにおける最大の謎と魅力は『なぜ被害者の首は切断されたのか?』ということだろう」

「いわゆるホワイダニットだね」

「首を切断する理由で最もメジャーなものは『被害者を別人と誤認させる』ことだけど、本作では被害者が槙野九段であることは早々に確定していて、これが理由ではないとわかる」

「じゃあ、一体……というところなんだけど」

「正直この動機についてはあまり納得ができないな」

「同感」

「ちょっとネタバラシするぞ」

「未読の方は注意してね」

「槙野九段は純粋語盲という病(?)に罹患していた。

喋る言語は理解できるのに、それが文字になった途端、まったく認識できなくなるという脳の障害だ。

彼はそのことに絶望し、棋士として全盛期である今が自分の人生に幕を引く最も良いタイミングではないかと思うようになった」

「文字が読めないのは不便だろうけど……それが死に直結するような絶望になる気はしないんだよね。読書が死ぬほど好きっていう人ならともかく、碁打ちとして生きていくことは出来るのだから何も死ななくても」

「しかも愛弟子に自分を殺してくれるように依頼するなんてな。死ぬんなら自分できっちりやるがいいさ」

「その願いを聞き入れちゃう弟子も弟子だよ」

「そうだな。それが納得できない一番のポイント。

それから二つ目の納得できないポイントは、その病気というか障害を隠したいがために首を切断したってことだな。

もちろん変死だから解剖はされるとしても、脳の検査までするもんか。

仮にしたとしても『ああ、この人の脳は文字を認識できない障害がありますね』とかわかるわけないだろ。どんなトンデモ医学だよ」

「首切りが事件の最大のポイントなのにねー。さすがにこれは無理があったわ」

「メインキャラクターは結構上手く描けていると思ったな。キャラが立っているからミステリとしての精度は今ひとつなのに、わりとサクサク読める」

「生意気で大人びている小学生が探偵役になるんだけど、ジツはその推理が間違っている……なんてのはちょっと面白い趣向だよね」

「しかし、素人探偵が活躍するぶん警察の存在感が無いのが……初動捜査以降、警察まったく登場しないからな(笑)」

「しかも、最後は犯人は逮捕されないでしょ。この結末はどうかって気がするけどね。いくら被害者に依頼されたとは言え、殺人と死体損壊、もしくは自殺幇助と死体損壊だよ。それをスルーしちゃう探偵役ってどうなんだろう」

「美しいラストと言えばそうかもしれないけれど、納得はできないよなあ。あれっ逮捕しないの?ってびっくりした」

「この作品はいわゆる『ゲーム三部作』と呼ばれるシリーズの第一作目にあたるわけだけど……二作目以降も読むかどうかはちょっと微妙になってしまったね」

「読む前はけっこう楽しみにしていたのになあ」

「まったく、残念だね」

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

半年がかりで書き上げた長編が、やっと見本になった。

推理作家・有栖川有栖は、この一瞬を味わう為にわざわざ大阪から東京へやってきたのだ。

珀友社の会議室で見本を手に喜びに浸っていると、同業者の赤星学が大きなバックを肩に現れた。

久しぶりの再会で雑談に花を咲かせた後、赤星は会議室を後にした。

「行ってくる。『海のある奈良』へ」と言い残して…。

翌日、福井の古都・小浜で赤星が死体で発見された。

赤星と最後に話した関係者として、有栖は友人・火村英生と共に調査を開始する。

 

海のある奈良に死す (角川文庫)




「ずいぶん昔に読んだから内容を忘れてしまったなあ。アリスの友人であるミステリ作家が客死するんだっけ?」

「そう。取材先でね。出掛けるときにアリスと片桐さんに『行ってくる。海のある奈良へ』って言い残して」

「実際、彼の死体は『海のある奈良』と呼ばれている小浜で発見されるんだよな」

「そうだね。小浜は福井県。文化財も多くて奈良に良く似た古都だから『海のある奈良』って呼ばれているんだよ」

「アリスは最後に言葉を交わした関係者として、また友人として、火村を駆り出して赤星の死の真相を探る調査を始めるんだよな。通常は警察の依頼で火村先生のフィールドワークがはじまるのだけれど、今回は珍しいパターンだ」

「このシリーズの初期作品だもんね。まだパターンが定まっていなかったのかな? アリスと火村先生が東京と小浜を何度も往復したり、片桐さんが学文路(かむろ)という土地に人魚について調査に行ったり、本格ミステリというよりはちょっとしたトラベルミステリみたい(笑)」

「なんで人魚だっけ?」

「この物語は人魚がいろいろな場所でキーワードとして出てくるんだよ。アリスの新作のタイトルが『セイレーンの沈黙』だし、赤星が取材してモノにしようとしていた作品は『人魚の牙』。それから、赤星が自作を映像化していて、今回アリスにも声が掛けた映像会社の名前が『シレーヌ』だし」

「ああ、思い出した。その『シレーヌ』の女社長が四十路だっていうのに二十歳台のような美貌なんだよな。まるで不老の効果があるという人魚の肉を食べたみたいに」

「犯人とトリックはまだ思い出さない?」

「あー何となく思い出してきた。確か……。あ、ここからネタバラシになるぞ?」

「了解」

「トリックがショボかったのを思い出した。思い出さなくていいことを思い出しちゃったな」

「『海のある奈良』=『小浜』と思わせておいて、実は『海のある奈良』は別の場所で……」

「犯人はアリバイを確保するというね」

「本来それは赤星が自作で使おうと思っていたトリックなんだよね」

「作中作というのはよくあるけど、作中作のトリックを実際使われるというのは面白い」

「それは面白いんだけど、使い方がなあ。小浜が殺害現場ではなくてアリバイトリックが使われているんだろうな、ということはかなり早い段階でわかるわけで、それがどこであってももうたしいた驚きはないよね。ちょっとショボイよ」

「ショボイと言えばもうひとつのトリックも……」

「赤星の従弟が毒入りのウイスキーを飲んで死ぬんだよな。ウイスキーがさほど好きではなくてただの飾りにしていた彼にどうやってウイスキーを飲ませたのか、というのがトリックの肝なんだけど」

「まさかサブミリナル効果を使ってくるとはなあ」

「サブリミナルが実際に効果があるかは科学的には実証されておらず、むしろ否定的な意見が多いらしいね。それを真面目にトリックに使われても、って思うよね」

「さすがに拍子抜けするよな」

「全体的にミステリとしては低レベル。人魚に関する薀蓄もたくさん出てくるけど物語には何の関係も無くて、これもまた拍子抜け。『作家アリス』シリーズは当たり外れが大きいけど、これははっきり言ってハズレの部類だと思う」

「でも、ちょっと面白い発見もあったな」

「なんだっけ?」

「霧野さんから聞いたことがあります。今度シレーヌでVシネマにするかもしれないって、会社の机の上に何とかパズルって本が置いてあったし。一度聞いたら忘れないペンネームですよ」

「この一文で『学生アリス』と『作家アリス』の両シリーズがメビウスの輪のように入れ子の関係になっていることがわかるんだよな。個人的にはいつか江神さんと火村先生の夢の競演なんてものを期待していたからちょっと残念だったけど、面白い趣向だよなとは思った」

「あとさ、この作品は『朝だか夜だかはっきりしろ』の朝井小夜子先生が初登場するんだよね。朝井先生の名言もあったね」

「教えてあげなさいって。男たちが命を削りながら創った芸術の多くが伝えようとしていることは何か? ああ、情けない。それはね-女は素晴らしいっていう、実につまらない錯覚よ」

「女性の手による文学、音楽、美術に心を揺り動かされることがないからという女嫌いの火村先生に対する、痛烈な返答だよな。これを聞いてたのはアリスだけど、火村先生も直接聞いていたらぐうの音も出なかったんじゃないかな」

 

「こういうちょっとしたエピソードなんかが面白いし、物語に動きがあるからまあ退屈せずには読めるけど、ミステリとしてはちょっと……という感じだね」

 

「ミステリとして面白いってことが一番大事なんだけどな(笑)」

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

芥川賞と並び称されるも、大衆文学・エンタメ小説が対象の直木賞はいつもオマケ扱い、その時々の選考会でブレまくる選考基準、山本周五郎賞や「このミステリーがすごい!」、本屋大賞など次々とライバルが出現!波乱万丈の直木賞の歴史を、人気サイト「直木賞のすべて」を運営する著者が描く、人間臭さ全開のドキュメント。

 

 

直木賞物語 (文春文庫)

 

 

 

 

本を売る立場からすれば、芥川賞なんかよりも直木賞の方がよっぽど売上がでかい。

(「火花」のような例外はあるとしても)

 

その賞の性質上、一冊の単価が直木賞の方が高いというのもある。

 

芥川賞は新人賞だからその作家の既刊というのはあまり無いけれど、直木賞の場合、基本的には受賞作以外にも売るべき文庫本がたくさんある。

 

フェアも組みやすいし、ハードカバーだとハードルが高いと感じるお客様も文庫本であれば手を出しやすいかもしれない。

 

どっちが価値のある賞とかではない。

 

本屋にとっては売れることが一番の価値(そうではないという経営者は商売ではなく趣味でやっているのだろう)であって、そういう意味で芥川賞よりも直木賞の方が上だと思っている。

 

閑話休題。

 

直木賞作品と言う言葉は基本的には無いと個人的には思っている。

 

でも、直木賞作家という言葉はある。

 

それは本屋になる前からずっと感じていた。

 

一部の例外を除き、直木賞を受賞する作品は、その作家さんの世間的評価がナンバーワンの作品ではない。

 

わかりやすいのは、宮部みゆきさんの「理由」あたりか。

 

「龍は眠る」「返事はいらない」「火車」「人質カノン」「蒲生邸事件」……と候補になって、やっと「理由」で受賞。

 

「理由」がつまらないとは決して言わないけれど(いやむしろ十分面白いけれど)、この候補作群と比べたとき、他が落ちて「理由」が受賞する積極的な理由はない。

 

ただ単に「これだけ何回も候補になったのだからそろそろ受賞させても良いだろう」と、宮部みゆきさんという作家の実績に対して賞が贈られたに過ぎない。

 

道尾秀介さんも同様。

 

「カラスの親指」「鬼の跫音」「球体の蛇」「光媒の花」……ときて「月と蟹」でやっと受賞。

 

デビュー当時の、読む者をエンタテインする奇抜なトリックはどこへやら、「ブンガク」を意識した人間ドラマを描くことに移行し、その結果の受賞である。

 

直木賞は「作品が面白いこと」「世の評価が高いこと」「売れていること」などは一切関係がない。ただ、選者の眼にかなうかどうかだけがその基準なのである。

 

本書ではそれを端的に表した文章がある。

 

ただ、おおむね直木賞では、<文芸的すぎる>と評価は下がる。<大衆文芸的すぎて>も嫌われてしまう。既成のものは酷評を受けるし、新奇なものは点が伸びない。いい小説は文芸度も高く大衆に行き渡るはずだ、というなかば見果てぬ夢、もしくは理想を追い求めながら、現実にはある程度の実績を示してきた作家に、後追いで授賞せざるを得なくなったりする。

 

読者人気、書店人気が高い作品はむしろ敬遠されるという、驚くくらい矛盾を孕んだ賞が、この直木賞なのである。

 

だが、著者はこうも書いている。

 

人間の営みとしての直木賞の魅力だろうと思う。

 

この矛盾もまた、直木賞の魅力のひとつなのかもしれない。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

最愛の姉の水着が盗まれた事件に、怒りのあまり首を突っ込んだおれ。

残された上履きから割り出した容疑者には完璧なアリバイがあった。

困ったおれは、昼休みには屋上にいるという、名探偵の誉れ高い蜜柑花子を頼ることに。

東京から来た黒縁眼鏡におさげ髪の転校生。

無口な彼女が見事な推理で瞬く間に犯人の名を挙げる!

 

 

屋上の名探偵

 

 

※ネタバラシします。未読の方はご注意を。

 

 

 

褒めるべきところが正直見当たらない。

キャラクターがダメなので読みづらい。

シスコンのワトソン男子、引っ込み思案の名探偵女子。ベタ過ぎる。

キャラクターが魅力的に描けていればベタでも良いのだが、キャラクターを「描いている」のではなく、ただ単に「書いている」だけ。

あとがきによればこれは彼らの成長物語であるとのことだが、最終話で唐突に彼らが「よーしこれから頑張るぞー」みたいに宣言するだけで、特にこの物語が成長譚であるようには思えない。

鮎川哲也賞の先輩である青崎有吾さんの「裏染天馬シリーズ」も似たような感じだが、こちらは本格ミステリとしてのロジックがしっかりしているのでそこを楽しむことができる。

それにひきかえ。


「みずぎロジック」

 

中葉悠介の姉、詩織里の水着が盗まれた。
シスコン悠介は、蜜柑花子の力を借りて犯人探しに奔走する。
たまたま水着が盗まれた時に地震が発生し、倒れた掃除ロッカーの下に脱げた三年生の上履きが挟まれていた。
水着が盗まれた時間帯にアリバイが無いのは学年で三人。
さて犯人は……?

というところなのだが、結局その三人は犯人ではなく保健室のベッドで寝ていたという詩織里の親友、千賀千歳。
(彼女は同性愛の趣味があるらしい……このへんもベタだ)

アリバイがあったはずの人間が犯人に昇格するのであれば、アリバイが無かった他の三年生全員も容疑者たり得るだろうよ。
せっかく論理的に三人に絞り込んだのに、その枠外から犯人持ってくるんだったらもう本格ミステリじゃねーよ。


「人体バニッシュ」

 

説明が下手過ぎて、状況がまったくピンとこない。
単純に、窓から校舎に入った生徒が校舎内には見当たらず、じゃあまた窓から脱出したのかと思ったけれど窓には全部、内鍵が掛かっていた、ということだけを説明すればいいだろうに、なぜこんなにわけがわからないのだろうか。
建物の構造とか、登場人物の動線を理解するのにへとへとになって、トリックは正直どうでもよくなる。

人間ピラミッドで二階の窓から侵入し、鬘で女子生徒に変装して誤魔化したというのが真相らしいが、ちょっと間違うとバカミスだ。

 


「卒業間近のセンチメンタル」

 

卒業制作を壊したのは誰?というのがこの作品の謎。
容疑者は大勢いるにもかかわらず、勝手に三人に絞り込んでそこから推理を展開する。

「共犯の可能性と、三人以外の誰かの可能性が出てきました」と探偵は言う。
その上で、「それよりももっと無理がなくて合理的な説明ができる」と言い、三人の中から消去法で犯人を炙り出す。

おい待て。
「無理がなくて合理的」ならそれが正解なのか? それでいいのか?
結局、犯人が自白しているからそれが正解でいいのだけれど、それは本格ミステリとは呼ばんぞ。


「ダイイングみたいなメッセージのパズル」

 

ふざけんな、という意味ではこれが一番か。
犯人に怪我をさせられ昏倒する直前に被害者が自らの血で書いたのは「縦棒一本」。
で、これを犯人は必死に消そうとするわけだ。

なんで?
被害者は犯人の名前である「山斗」の書き出しの縦棒を書いたのだけれど、縦棒一本だけで「やばい、山斗って書こうとしている。俺の名前がバレる!」ってなんねーだろ!!
そんなもん消そうとしないで残しておけよ!!

ダイイングメッセージもので傑作と呼ばれる作品など僕は寡聞にして知らないのだが、いつまで経ってもこうして無謀な挑戦を続けるミステリ作家は後を絶たないのだなあ。

あとさあ。
たった四話しかないのにハナシの動機(と事件の発端)が全部「恋愛」ってどうなの?
狙ってやっているならまだしも、何かそれしか思いつかないんじゃないかって邪推したくなるわ。


全体的に「ちょっとミステリにハマってこれならオレでも書けそうって気になった素人が書いたライトミステリ」の域を出ておらず、非常に残念。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

大学生の望月良夫は愛車のデミオ運転中に、 偶然会った女優の翠を目的地へ送り届けることに。
だが翌日、翠は事故死する。
本当に事故だったのか?
良夫とその弟で大人びた小学5年生の亨は、翠を追いかけ回していた芸能記者・玉田と知り合い、事件に首を突っ込み始める。
 姉、母まで望月一家が巻き込まれて、謎は広がるばかり――。
 物語の語り手はなんと本邦初(?)の「車」。
 町を走る様々な車たちの楽しいおしゃべりが全編にさんざめく、前代未聞のユーモアミステリーにして、のんきな長男・大人びた弟…と個性的なキャラが揃った家族の暖かいエピソードに溢れた、チャーミングで愛すべき長編家族小説。

 

 

ガソリン生活 (朝日文庫)

 

 

母、長男、長女、次男の四人家族の愛車である緑色のデミオ。通称、緑デミ。

この物語の一人称はこの緑デミである。

長男と次男を乗せた緑デミに、今をときめく大女優、荒木翠が乗り込んできたところから物語ははじまる。

祖父がつくった「サンサン太陽君」というキャラクターの版権料で暮らしている丹羽という青年と浮気をしていると報じられ、マスコミから逃げていたのだった。

偶然の出会いの翌日、マスコミに追われた荒木翠と丹羽はトンネルで事故を起こし死亡する。
(それはまるでダイアナ妃のように)

……が、その事故にはどうも不審なところがある。

長男と次男は二人を追っかけていたマスコミである玉田(次男は彼を玉ちゃんと呼ぶ)に会い、話を聞くが、自分の仕事を全うしただけだという彼の悪びれない態度に、緑デミならずとも憤る。

ここから、この事件を物語の軸として、

長女の彼氏がタチの悪い男にタチの悪い仕事を強要させられる事件や、

次男とそのクラスメイトがイジメに遭う事件など、
(次男はまったく応えていない感じが面白いのだけど。この次男はヘンに大人びていて本当に面白い)

家族を巻き込む形でいろいろなことが起こるのだけれど、それがぜんぶ緑デミをはじめとする車の視点から語られるので、結構、肝心なところがわからなかったりして、イライラする。

車の中というのは密室だから、割と大事な話が緑デミの中で展開されたりするのだけれど、いつもいつも車中での密談というわけにもいかず、緑デミが見聞きできないことは読者にもわからないわけで、いろいろな謎が後半まで引っ張られるので、そういう意味ではミステリ的な面白さも本作にはある。

長女の彼氏に悪事の片棒を担がせようとする(というより悪事を強要する)ヤクザよりもタチの悪いトガシという男や、次男を目の敵にする悪辣なクラスメイトら、とんでもない「悪」が登場するのだけれど、「車」の眼を通してそれらの出来事を見せることで、読者もどこか「客観的」な気分になり、あまり不快な気分にはならない。

ラストにはえもいわれぬ幸福感がただようエンディングが待っているわけで、物語に存在する「悪意」はかなりのレベルなのに、昨今流行りの「イヤミス」とは本作は対極にあると言ってもいい。

そして僕は、ただ読む人を不快な気分にさせることを目的としたミステリよりも、本作のような作品のほうがよっぽど好きだ。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。