トレーナーの本質・営業の本質・人生の本質

テーマ:スポーツトレーナーになりたい!
2008-12-11 17:09:03
先日、たまたまソフトブレーン創業者の宋文洲氏のコラムを読んだ。






トレーナーの育成などをしている中で私が重視している事柄と重なり、
そういう意味で共感すると共に、非常に興味深きことが記してあったので、
ここで引用してみたい。







営業を経験した人なら分かることですが、営業という仕事は人にお願いする仕事です。
傲慢な人には営業は向きません。
人にお願いすることが億劫な人には営業を続けられません。
また、暗い人は営業を頑張ってもなかなか成果が上がりません。


さらに自分が言ったことを相手がどう感じるかが読めない人、
あるいは読もうとしない人も営業に苦労します。
断られたらすぐ諦める人も営業は出来ないですし、お客様のお叱りに過剰に反応する人も、
長く持ちません。


こうやって営業に必要な素質を並べてみると、ふとあることに気付きます。
営業に必要な素質は、実は魅力的な人間になるのに必要な素質であり、
人生そのものが営業である、ということが言えそうです。


人に一切の借りも作らない、人に何も求めない人間は、
自立しているとは言えません。
自分とは自分だけで成り立つという意味ではなく、人と世間に尽くすことで自分も生かされている状態です。


人に何も求めない生き方は必ず行き詰ります。
生きる上で、人間は必ず他人に何かを求める必要があります。
仮に求めないで生きることが出来ても、それは大変寂しい人生であり、
健全な精神状態であることは言えません。


求めることがあるから尽くす。

これが人生の本質だと思います。

営業はあたかも「買ってもらう」ことを目的にしているよ感じるかが読めない人、
あるいは読もうとしない人も営業に苦労します。
断られたらすぐ諦める人も営業は出来ないですし、お客様のお叱りに過剰に反応する人も、
長く持ちません。


こうやって営業に必要な素質を並べてみると、ふとあることに気付きます。
営業に必要な素質は、実は魅力的な人間になるのに必要な素質であり、
人生そのものが営業である、ということが言えそうです。


人に一切の借りも作らない、人に何も求めない人間は、
自立しているとは言えません。
自分とは自分だけで成り立つという意味ではなく、人と世間に尽くすことで自分も生かされている状態です。


人に何も求めない生き方は必ず行き詰ります。
生きる上で、人間は必ず他人に何かを求める必要があります。
仮に求めないで生きることが出来ても、それは大変寂しい人生であり、
健全な精神状態であることは言えません。


求めることがあるから尽くす。

これが人生の本質だと思います。

営業はあたかも「買ってもらう」ことを目的にしているように見えますが、
実は買ってもらうために何をすべきか?を模索し、探求し、確実にそれを実行する仕事です。


人に愛してもらいたいから人を愛する。

顧客に買ってもらいたいから顧客のために行動する。


これが本質なような気がします。









…大変、大切なことを、上手くまとめて下さっているな、と思わず感心。

こんなこと言うと、あたし偉そうですが。





私のような人は結構多いと思うが、
若いころは「営業」という仕事に拒絶感があった。


人にペコペコ頭を下げて、モノを買ってもらう…

というイメージで、あまり好きになれなかった。



そういう感覚で営業職に就いている人は今でもいるだろうが、
実は営業という仕事は大変クリエイティブで、多くの能力の集合体の仕事であることが分かってきた。




私はトレーナー、施術師として30年近く、長く生きてきて
その間にはその職で会社員経験もした。


自分では「職人」としての意識が強かったが、
結局、やってきた仕事の大半は「営業」であった。


結果として。


頭を下げて売れるならいくらでも下げるが、
そんなことで売れるほど、世の中は単純に出来ていない。


結局は自然にそれを考え、
工夫した、というほど考え込んだ意識はないが、結果として何が足りないかを考えていたようだ。




自分でうまく文章化出来なかったが、宗氏の書かれていたことが、
まさに私が表現したかった内容であった。





宗氏は最後に「営業が上手い人は女性にモテる」と書かれていたが…















そういう意味では、私はまだまだ…   ということか… (涙笑)


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情報は「検索」出来てこそ“情報”、と学習の関連性

テーマ:スポーツトレーナーになりたい!
2006-05-28 01:32:37

前回のエントリーに引き続き。




「新しい手法や方法論を学ぶのは素晴らしい事だが、注意すべき点がある」


ということで終わったところからの続き。


では注意すべき点は何なのか?
それはこのポイントに関連がある。
ちょっと引用。





本質的には、身体を病んでいる人も、アスリートが競技力を向上しようとするのも、
どちらも「現状より身体の状態を良くする」ことに他ならない。


では「良くする」とは、どういうことなのか?
何のどこが、どういう状態になることを目指せば良いのか?
目的は何なのか?
それを目指すには、どのような手段、手法が考えられるのか?


…という思考の順序があり、初めて現状の自分の中には無い手法の必要性が見えてくる。
つまり、「目的」があってそれが明確で、
それから「手段」の選択に入るはずなのである。




いきなり話が変わって恐縮だが、


「パソコン(コンピューター)の、最も優れた機能は何か?」


と聞かれたら、どのようにお答えになるだろうか。




やろうとしても人の能力では限界があることも、
それを可能にしてくれる、便利な機能満載の機械がパソコンであるが、
私が考える最も優れた機能は、「検索」と「関連付け」であろうと思う。
極論を言えば、単純にデータを無造作にポンポン放り込んでも、
キーワードや日付、その他の手段で一定条件に見合う情報を素早く探し出してきてくれる。
無論、そのために必要な拡張子その他による「関連付け」も自動で行なってくれる。



人間の脳にもそれ以上の機能はあるのだろうが、
異なるのは、パソコンはそこに感情は一切無く、「淡々と」やってくれる。
人間には悲しいかな「感情」「思い込み」が介在するので、客観的には冷静に情報検索出来ない、という点であろうと思う。




つまり、様々な新たな手法などを勉強する場合、
前述の青太字の事柄を自問自答しながら情報として仕入れ、
言わば自分の中で「関連付け」しないと、あとで情報として「検索」出来ない。



例えば、「筋を弛緩させる」という事柄について、
今まで持っている情報から検索しようとしても、
勉強した時点で単純に「こういう方法論・手法」という入れ方だと、
その情報がリアルに出てこない。
出てこない情報は、実は無いのと同じなのである。
「頭が良い・悪い」ということがあるとすれば、
恐らくこういうことなのだろうと思える。



それで情報として出てこないものだから、
また違ったものを勉強しようとする。
試験に受かる為の勉強ならこれも良いが、
物事を提案したり、解決するべく勉強しているのだとしたら、
これではパソコンのデスクトップに情報を散らかしているようなもの。
また、問題解決のための情報使用ならば、実際に取り出した情報を互いに「編み」、
一つの「商品」として提示したり使用することがほとんどである。



多くのトレーナーの方から様々な質問を受けるが、
皆さん、多くの情報を持っているのだが、こういう習慣がないから、
同じような質問を、表現は異なってしてくることが多い。
この考え方があれば、かなり「類推」できるはずなのだが。



まあ、こんな偉そうなことを言っても、
私も常に出来ているわけではないが、心掛けることが大事であると考える。



情報に「共通項」を見出し、「一貫性」を持たせ、
脳の中の「情報整理タンス」に収納する。
「分かる」「解かる」とは、一貫性を以って収納できた事なのかも知れない。
(=「分解」とは「わかる」こと)




既存の共通項が無ければ、それが本当の「新しい理論」と言えるのかも。



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「学習」は大事だが、「何を」学ぶのか?

テーマ:スポーツトレーナーになりたい!
2006-05-27 14:24:16

トレーナーの育成に関わったり、多くのトレーナーの方と出会ったりしていて、
あらためて思うこと。


とにかく皆、「方法論」に走ったり、「手法」ありきで右往左往してしまっている現状がある。


トレーナーという仕事については、
「スポーツトレーナーになりたい!」カテゴリ などで解説しているので、
よく分からない方はこちらをご参照願いたいが、
基本的には技術職である。
この世界、特にトレーニングの分野については研究が日進月歩で、
次から次へと新たなメソッドや器具が発表され、
モノによってはその為の指導資格の講習なども実施されている。


当然、勉強していくことは義務であり、
自分の技量を上げていくためには必須なのだが、
事の本質を見極めずに、単に飛びついても、
実際にクライアントが評価するレベルにまでの技量に達するのか…?は私にはいささか疑問である。


本質的には、身体を病んでいる人も、アスリートが競技力を向上しようとするのも、
どちらも「現状より身体の状態を良くする」ことに他ならない。


では「良くする」とは、どういうことなのか?
何のどこが、どういう状態になることを目指せば良いのか?
目的は何なのか?
それを目指すには、どのような手段、手法が考えられるのか?

…という思考の順序があり、初めて現状の自分の中には無い手法の必要性が見えてくる。
つまり、「目的」があってそれが明確で、
それから「手段」の選択に入るはずなのである。
極論を言えば、目的を吟味した結果、
現状の知識や技術を、考え方を捉え直すことで目的が十分達成されることも多い。
自分が今まで学んだ事柄を、再整理したり深く探求し直したりする事が、実は非常に大切なのである。


「最近、話題だから」
「流行だから」
「“品数”が多い方がクライアントが付きやすいだろうから、とりあえずアイテムを増やしたいから」
などの理由でいろいろなメソッドを学ぶ人も多い。
それらを完全に否定はしないが、
近い将来、行き詰まるのは目に見えている。
流行が過ぎれば、また次の新しい話題アイテムに向かう、といった具合に…


ま、潤沢なお金と時間があるなら、それも悪くないが。


誤解の無いように再度言っておくが、
新たに発表される最新理論やメソッドを学ぶことは非常に有効であることは確かである。
だが「理論」と銘打っても、実は「理論」ではなく
あくまで一つの「方法論」であったりすることも多く、
「それによって人体に達成される事柄、現象は何か」
を考える習慣を持っておかないと、
方法論だけが蓄積されるだけで、整理しきれなくなり、
情報として「使えない」ことになりうる。


つまり、新しい方法論を学ぶには、前提として考えておかなければならない事があるのだ。
(「理論」は別)


長くなったので、続きはあとで



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⑫パーソナルトレーナーについてのご質問

テーマ:スポーツトレーナーになりたい!
2005-08-10 01:46:04

読者の方から、
「スポーツトレーナーとパーソナルトレーナーは何が違うのか?」
とのご質問をいただいた。
こちらのblogをお読みいただいている、その筋の業界の方はご承知と思うが、
確かに一般の方には分かりづらいかも。


ということで、過去のエントリーでこの件について書いているので、
ご参照願いたい。



パーソナルトレーナーの現状・養成コースを一段落して


①「スポーツトレーナーの定義」



以上のエントリーでも書いているが、
私の考えでは「パーソナルトレーナー」とは
仕事内容というより、「契約・指導形態」であると考えた方が良い。
単価は別にしても、要は、
「アンタとなら、個別に指導をマンツーマンで頼みたいよ」
と思ってもらえる力量があって、初めて成り立つ職業となる。


ついでなので、もう少し語らせていただくと、
本当は私個人的には、「パーソナルトレーナー」という言葉があまり好きではない。
「パーソナルトレーナー」の定義を前述のように仮定すると、
「トレーナー」と名の付く人間は、全てが「パーソナルトレーナー」であるべきで、
実際に例えば競技チームに付いたりしたとしても、選手などに相対する瞬間々々は、
常に「パーソナルトレーナー」なのだ。


だから私が時々、選手などの指導で某フィットネスクラブを借りた時など、
スタッフの方に「あ、今日はパーソナルトレーナーですか?」と声を掛けられても、
実は内心、「いや、契約は“パーソナル”じゃないけど、今日の指導は“パーソナル”で。」
と言いたいが、ややこしいので「は~い」と返事している。
だが、本来のトレーナー業務の基本は常に「パーソナル」なのである。
「パーソナル」でない形態の方が特別なのだと、私は考えている。


ゆえに、わざわざ「パーソナル」と銘打つ事に、実は違和感を覚えているのです。
ハイ。


ま、こんなことばかり考えているから、
変わり者扱いされるんですが。



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⑪雑草型トレーナーの目指し方。

テーマ:スポーツトレーナーになりたい!
2005-05-24 00:07:21

前回から 、主に私のような「雑草型トレーナー」について書いているが、

今回は前回の内容 が言葉足らずであったので、

それに補足する意味で書いてみたい。



もしも、何かしらのアスレティックトレーナーの資格をもっておらず、
鍼灸やマッサージ、理学療法士などの資格も無かったとしたら、
同じような境遇で、既にトレーナーとして活躍している方に、土下座でも何でもして、
「弟子入り」するのが最も良いと思われる。
これは、資格のようなものを持っている場合にも有効である。



何故かと言えば、
明確な国家資格の類いを持っていないにも拘わらず、この世界で活躍しているということは、
何かしらのオンリーワンの「武器」を持っている事を意味する。



以前にも書いたが、
究極的には、その人が持っている技術、「何が出来るか?」が勝負のポイントになるので、
まず「師」を選ぶ時は、「その人が何によって業界で活躍出来ているのか」
を十分に見極めなければならない。



もちろん、長く業界で活躍されているということは、
少なからず固有の競技や団体と太いパイブは持っているはずなので、
そういったある種の「コネ」のようなものを期待する事は、
決して悪いことでは無い。



確かに、その先生の人的つながりで活躍の場に有り付けて、
そこで実践的経験を積む事で能力を向上させて行くことも、非常に有意義な道である。
だが、経験だけをすれば良いというものでも必ずしも無く、
やはり「基本的な考え方」はどこかで叩き込まれる必要があるし、
どこででも生きていける技は、
やはり「人」から学ぶことが必要不可欠であると思う。



良い「師」に巡り会う為には、
絶えずアンテナを張っておく必要がある。
その上で、その師の表面的なものだけを見るのではなく、
その人が持っている技量
(技術、人徳、人脈など)をしっかり見て行けば、
自分にとって無二の技術が磨け、
一生涯錆びることのない「財産」が得られるはずだ。

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⑩雑草型・弟子入りパターン

テーマ:スポーツトレーナーになりたい!
2005-05-14 02:37:09

前回までは 、どちらかと言うと「王道型」について書いてきて、出来るだけそちらに進むよう薦めて来た。


今回からは、私もそうであった「雑草型」について書いてみたい。
ただし、これはどちらかと言えば「イバラの道」であり、
困難な道であることをご理解いただきたい。



このパターンで最もポピュラーなのは、
既に「雑草型」として活躍されているトレーナーの方に「弟子入り」して、
様々な技術を現場で身体で叩上げていく方法である。



この場合、「師匠」の選び方が重要で、
大きく分けて二つのパターンがある。

①他の追随を許さぬ、何らかの凄い技術を持っている。
(指圧、マッサージ、整体などの、“治す”技術など)

②何らかの競技団体などと太いパイプを持っている。
(いずれかの競技のオリンピック強化スタッフなど)



前回までに書いたように、
「雑草型」の方々は、
何らかの施術技術を持って生業としている方が多く、
その技術を学べる事は、トレーナーの道が頓挫したとしても、
それで「食える」事にもなり、長い目で考えた場合、プラスになる事が多い。


また、既に書いているように、
まだ日本では「治す」事をトレーナーに期待する風潮が根強く、
施術技術があれば、どこかで目に留まり引っ掛かる可能性が高まる。


人間、結局は「食って」行かなければならない。
例え鍼灸などの国家資格を持っていても、
それだけで食えるわけでもなく、
固有の技術が無ければ生きていけないのがこの世界なのだ。


②の「何らかの太いパイプ」とは、
今の時点からでは何かの「アスレティックトレーナー資格」を持っていないと、
「オリンピック強化スタッフ」に名を連ねることは難しいが、
昔からの流れや繋がりで、そのような立場に就いている方も未だにいる現状がある。
そういう師匠に付ければ、様々な人脈が広がり、活躍の場が広がる可能性がある。


(人に紹介を受けて、たまたま診たオリンピック選手が、施術の経過が良く、それが評価されて、そのまま強化スタッフに就任して今日に至る、という例もある)



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⑨王道型トレーナーと雑草型トレーナー(後編)

テーマ:スポーツトレーナーになりたい!
2005-05-02 23:47:39

前回は 私自身をを「究極の雑草型トレーナー」として、「王道型トレーナー」の対比として解説してみた。
さて、前回の最後に書いた、「王道型」と「雑草型」の中間とは…?



私のような“明確な資格を持たないトレーナー”を「雑草型」として、
“中間”とは何らかの「国家資格」を持って、トレーナー活動を目指すルートである。
つまり、
「鍼灸師・マッサージ師・指圧師・柔道整復師・理学療法士・作業療法士」
などである。
これらは全て「国家資格」である。



以前のエントリーにも 書いたように、
日本では未だに「治療的処置(施術)」を求める声が多くのアスリート・チームにあり、
特に「鍼灸師・マッサージ師」はニーズが高い。
鍼灸師などは、鍼灸の団体で「鍼灸トレーナー」なる認定や教育なども始めており、
こちらの「医療類似行為」の方向から「トレーナー(的)」活動を目指すやり方もあると思われる。




このような日本の現状を睨んで、
NATAのATC資格 や、日体協AT取得 の後だったり、
同時進行で「鍼灸師」などの資格を目指す人も多い。
それだけ現場のニーズが高いわけで、
この「アスレティックトレーナー資格」と「鍼灸師」の資格の両方を目指す事が、
ある意味に於いては、「究極の王道型」と言えるだろう。





さて、私が大変お世話になっているこちらのトレーナーの方 より、
「理学療法士はどうなのか?」とのご質問をいただいたので、
少し書いてみたい。

(例によって、あくまでも私見なので、間違ってたら指摘して下さい。)




私の施術所に、患者さんとして理学療法士の方がいらっしゃっている。
(病院に勤めているのに、これはこれで問題かも知れないが。)
その方と、施術中に色々、そちらの業界の事を尋ねてみた。



理学療法士(リハビリテーション)は、学校を出て国家試験に合格すると、
いずれかの病院に就職をする。
基本的には、贅沢さえ言わなければ就職は100%だそうで。
実はその、「贅沢さえ言わなければ…」がミソらしい。



理学療法士の学校に入る人の中にも、当然「スポーツトレーナー」になる事を考えて入学する人も多い。
そうなると、卒業後もそれに絡んだ経験を積める病院を目指す事になるが、
病院の「リハビリ室」というのも、医師の「専門」のように、
その病院によって主に力を入れている部分が異なるらしい。



例えば、「回復期専門」とか、「脳麻痺専門」とか…。
ほとんど「老人」を専門にしている病院もあるし、ほとんどホスピスのような所もある。
また「整形」が中心、と言っても、
その中でも「肩関節」が多い、「膝関節」が多いなど、かなり特色があるらしいのだ。
そうなると、「トレーナー」を目指すとなると、数箇所の病院を渡り歩かなければならず、
それに希望通りの専門を扱っている病院にタイミングよく入れるとも限らず、
実態はなかなか難しいようだ。



また、病院としては「整形外科を中心に」扱っていても、
直属の上司が「アスレティックトレーナー」のようなものに興味が無い人がいると、
結局は現場でリハビリ以外の事をやるとかなり嫌な顔をされるらしく、
結局は自分のプライベートの時間で勉強するしかないそうだ。
我々は「理学療法士」と言えば「リハビリのエキスパート」と考えがちだが、
実は、経験のある部位以外については、意外に知らない事も多い。




ただし、そうは言っても医療機関での経験は大変貴重だし、
「アスレティックトレーナー資格」と併せていれば、重宝がられるであろう。
ただ、スポーツの現場、という事を考えると、
のんびりリハビリ、というわけにも行かず、
「リハビリなら病院に任せりゃ良いじゃん」となる可能性もあり、
現場のトレーナーは別の能力を、という事になるかも知れない。



だから「トレーナーになるには理学療法士は意味無い」という事ではなく、
他の何か(手技療術的な技術、トレーニングに精通している)の能力を持てれば、
やはり有効であるし、万一トレーナーに就けなくても仕事的には潰しが利くだろう。






まとめると、
「王道型」を通ってのトレーナーを考えるならば、
まずは何らかの(日本・アメリカ)アスレティックトレーナー資格を目指し、
次には、敢えて優先順位を付けるなら「鍼灸師」を取り、
時間・金銭の事情が許せば「理学療法士」が取れれば鬼に金棒、となるのではないだろうか。



少なくとも、今の日本では。



いかがでしょうか?





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⑧王道型トレーナーと雑草型トレーナー(中編)

テーマ:スポーツトレーナーになりたい!
2005-05-02 23:41:46

前回は 私見と独断で、
「王道型トレーナー」と「雑草型トレーナー」があると書いた。
(もし気を悪くされた方がいたら、お詫びします。)


さて、今回は私もそうであるが、「雑草型」について。
④日本独自規格のスポーツトレーナー⑤“トレーナー”に対するオーダー(要望)は千差万別 のエントリーでも触れたが、
日本では単に「アスレティックトレーナー」という括り以外にも、
様々な「トレーナー的役割」が求められる。


そういう事情もあり、
私のような「雑草型トレーナー」も存在する。
簡単に言うと、
特に「アスレティックトレーナー」の資格も持たず、
かと言って国家資格の類い(鍼灸師、マッサージ師、理学療法士、柔道整復師、など)も持たず、
いわゆる「師匠」に付いたり、あるいは独学などで、
現場での「叩き上げ」で経験を積み、独自の活躍方法を模索して辿り付いた人々である。


現に、私も「国家資格」のようなものは一切持っておらず、
(「フィットネストレーナー」に属する民間資格のようなものは持っているが、
 今の実状には全く無意味。)
基本的には「完全無欠の無資格トレーナー」であり、「究極の雑草型」である。





私の経緯を簡単に話すと、
いわゆる「整体(手技療術)」の学校を出て、
縁あって、当時(25年ほど前)、日本でのトレーナーの草分けのような方と出会い、
(当時のバレーボール、バスケットボールのナショナルチームのトレーナーを務めていた方)
そこに“弟子入り”のような形で経験を積ませていただき、
その後は色々、紆余曲折があったのだが(フィットネスクラブに勤めたり)、
最終的に今のような形になっている。
“弟子入り”はしたものの、結果的にはほとんど“独学”に近かった。
(私は体育大学も、スポーツ系専門学校も出ていない)
それなのに曲がりなりにも現在のようなスタイルでいられるのは、
何と言っても、「運」と「出会い」に他ならない。
素晴らしい「師」に出会えれば、「雑草型」も有り得ると思う。



それと、⑤“トレーナー”に対するオーダー(要望)は千差万別 でも触れたように、
現在の日本では未だに「日本独自規格」の要望が存在するので、
それの動向を“読み”、それを睨みながら自分の理論&技術武装を心掛ければ、
「アスレティックトレーナー」では無くとも、
「トレーナー的活動」は出来るチャンスはあると思われる。

(それを「トレーナー」と呼ぶかどうかは、考えは様々。)


ただし、このような「独自規格」の「トレーナー的」な人たちが存在すること自体を問題視する人や動きも多く、
私などは、あくまでも「謙虚に」「ひっそりと」存在するに過ぎないが…。



この状況を問題視する人たちの考え方は、
要は「一定の教育を受けていない“自称トレーナー”」が増えてしまうと、
日本のトレーナーの質の均一化が図れず、質の向上に繋がらず、
引いては、トレーナーの社会的地位の向上にもならない、というものだ。
これはこれで、もっともな意見であるし、私もこれについて反論するつもりも無い。
これから日本でも、様々な資格制度が出来たりして、制度化が加速するだろう。
そういう意味では、これからこの世界を目指す人たちは、
状況が許すならば、出来るだけ「雑草型」ではなく、「王道型」に近い形でのルートを通る事をオススメする。


だが言えることは、「トレーナー」と呼ぶか否かは別にして、
「様々な要望に応える“トレーナー的”人材」は、これからもやはり必要とされるだろう。
これは、「医師」が存在しても、「鍼灸師」がいなくならないのと同じ理屈である。



現代の「アスレティックトレーナー」の仕事は、
ベースになっているのが「西洋医学」であり、「欧米式トレーニング」である。
だが、最も普及しているものが必ずしも「最も優れているもの」とも限らず、
「東洋的」な考えに基づいた医学や鍛練方法にも優れている面が多々あるからである。



これは昨今、
「武術的トレーニング」として「ナンバ歩き」や「身体操法」などが注目されたりして、
陸上の末次慎吾選手や野球の桑田真澄投手が
パフォーマンスを向上させた事にも繋がる「事実」であるし、
未だに現場からは、「鍼灸師の方を求む!」という声が多いのも、そういう実態があるからである。





さて、私は自分の事を「究極の雑草型トレーナー」と書いたが、
この「雑草型」と「王道型」の中間的に位置するトレーナーの目指し方もある。


今までにも既に書いている事だが、
次回、それを整理したい。




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⑦王道型トレーナーと雑草型トレーナー(前編)

テーマ:スポーツトレーナーになりたい!
2005-05-01 21:53:36

前回までに、私見ではあるが
一般的な「トレーナー(主にはアスレティックトレーナー)」の仕事や、
その他、仕事内容が混同されがちな「トレーナーに類する仕事」を解説してきた。


そもそもこの「スポーツトレーナーになるには」のカテゴリーは、
読者からの「トレーナーになるにはどうしたら良いか?」のメールがきっかけになったものであるので、
いよいよ本題に入ってくる、という事になる。




まず、何度か書いている事だが、
「トレーナー」と言えば、この世界で一般的に捉えられるのは「アスレティックトレーナー」と言う事になる。
前回も書いたように 、「スポーツトレーナー」というと、
様々な「トレーナーに類する仕事」が含まれてくるので、
トレーナーを目指す場合、「どの“トレーナー”を目指すのか?」によって
行動の仕方が変わってくることになる。




ちなみに、私の主観で言わせてもらうと、
私が考えるトレーナー像は、
「医師でなければ出来ない事(投薬・診断・手術)以外の人体に関わる判断や処置を
行う、全ての仕事」に携わることを「トレーナー」と考えている。
そういう意味では、かなり幅広いことになるし、
逆にそれを目指す方法も、私の感覚では多種多様であると言える。


そのように捉えた場合、私は大きく二つに「トレーナー」は分かれると考えている。

「王道型トレーナー」と「雑草型トレーナー」である。


「雑草型―」とはネーミングがあまりよろしくないが、
自分もこの分類に入るので、実態が分かりやすいという意味で、ご容赦願いたい。



「王道型」とは、前述の通り、
トレーナーの一般形、「アスレティックトレーナー」を筆頭に、まっとうな過程を経て教育を受け、資格を取得し、トレーナーを目指す方法である。
このパターンを目指すのであれば、その中でも最も王道と言えるのは、


①体育系大学に入学し、正規のカリキュラムで教育や経験を積んで、日本体育協会のAT(アスレティックトレーナー)資格 の取得を目指す。
②スポーツ系専門学校に入学し、同様に勉強をして、日体協AT 取得を目指す。
③アメリカの正規の体育系大学に入学し、アスレティックトレーナーの最高峰資格と言われる、
NATAのATC資格 取得を目指す。
(①および②の過程を経て、③に行く人も多い)


まあこれが最も“王道”であろう。




ただし、NATAのATCも難関だが(まず「英語力」という高い壁があるが)
日本体育協会のATもかなり高い壁で、合格率はかなり低い。
体育系の大学や専門学校に行かないで取得する道も無くはないが、
現場での指導経験や、各種競技団体の推薦など、
まず試験を受ける為の関門が高いので、学校に行かないとかなり難しい。
(不可能、では無いが)
正規カリキュラムの学校であれば、学校にいる時点で受験資格は得ることが出来るので、
この道を行くなら、お金と時間の問題さえクリアできれば、
学校に進んだ方が良い。


(私も、時間の問題さえクリアできれば、今からでも学校に入りたいぐらい。
 この話は、またいずれ。)



ただご理解いただきたいのは、
「この資格さえあれば、トレーナー職が待っている」という訳では無い、という点だ。
これは昨今、「MBA(経営学修士)さえ取れば職が…」とは行かないのと同様だ。


逆に言うと、「運転免許が無ければタクシーの運転手になれない」のとは違うので、
今の現状だけで言えば、「運転免許が無くても運転手になれる」道も有り得るが、
(情熱のある先生がいる大学で勉強して、認められて先生のツテで…など)
徐々に日本でもそうなりつつあるように、
近い将来は「何らかのAT資格を持ってる人に限定」という条件の方が主流になることも考えられ、
そういう意味では、純粋に「アスレティックトレーナー」を目指すのなら、
やはり資格取得を最優先に考えた方が良いと思う。
(数年前ならこうは言わなかったかも知れないが。)






…以上が王道中の王道だが、
アスレティックトレーナーでは無いがその他、前回に述べた他のトレーナーへの道 もある。
「フィットネストレーナー」などは、さらにATほどの明確な資格は無い。
「健康運動指導士」「ACSMのHFI」「NSCAのCPT、CSCS」 などが、
それに準ずることになるだろう。
だが、これらはAT以上に「運転免許」にはかなり遠い存在なので、
必須とも言えないが、最近はフィットネスクラブやパーソナルトレーナー採用条件に、
これらの取得者を優遇する記載もあったりするので、持っているに越したことは無い。



だが、基本的に「フィットネストレーナー」は、どこかの「フィットネスクラブ」に入社する事が出来れば、ほぼ自動的にその立場になれるし、
フィットネスクラブ社員採用は、必ずしも「体育系学校卒」でなければ、という条件は少なく、
最近は特に、近い将来の店舗マネジメントを睨んでの採用が多いので、
むしろ異業種経験が買われる事も多いのが実状。



とは言っても、「フィットネストレーナー」も「トレーナー」の一部であるには違いないので、
「とにかくトレーナーを」と言うのであれば、このような道を選択し、
現場経験を積んで、その中で資格取得をして、ステップアップしていくのも一つの方法である。
ただし、最近はどの企業も「正社員採用」は狭き門になっていることは否めないが。




長くなったので、今回はこれで。

「雑草型」(私もこれです)については、次回に。





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⑥「トレーナーに類する仕事」を整理してみる

テーマ:スポーツトレーナーになりたい!
2005-04-29 03:19:02

さて、前回は
「トレーナーと言っても、現状の日本では仕事内容について様々なオーダーのされ方があり、
良くも悪くも、それが日本のトレーナー業界の大きな特色になっている」
といった内容を書いた。


ここで、日本における「トレーナー的」職種を、様々な名称から整理してみたい。
(日本の場合、それぞれの職責が明確でない事が多い)


ざっと私の頭に浮かぶだけでも、以下の通り。


スポーツトレーナー
アスレティックトレーナー
フィットネストレーナー
メンタルトレーナー
メディカルトレーナー
コンディショニングトレーナー
ストレングスコーチ
フィジカルコーチ
トレーニングコーチ


などなど。




<スポーツトレーナー>
いわゆる「トレーナー」と名の付く職業の総称と考えられる。
場合によっては(人によっては)「トレーニング指導」を担当するコーチも含む場合もあり、
必ずしも限定されるものではないようだ。


<アスレティックトレーナー>
本来は「トレーナー」とは、この「アスレティックトレーナー」を指すと考えて良い。
特にアメリカでは「トレーナー」と言えば、ほとんどは「アスレティックトレーナー」のこと。
基本的には資格認定がなされており、アメリカの場合は世間的にも認知され、
確立もしているが、
日本ではまだ始まったばかり。
「自称」も数多く存在し、確かに技術・能力に乏しい者もいるようだが、
中には高い能力を有している人物もおり、
このような事を言うと認定団体からは睨まれるかも知れないが、
アメリカや日本の団体認定を持たなくとも、
必ずしも「怪しい、モグリ」とは限らないのが現状。

詳しくは、このカテゴリーの第1回を参照のこと。


<フィットネストレーナー>
多くの場合、一般人の健康づくりを目的とした運動の指導を担う職業。
フィットネスクラブなどにいるスタッフを指すことが多い。
最近、注目を浴び始めている「パーソナルトレーナー」も、
大多数はこのカテゴリーに入る。


<メンタルトレーナー、メディカルトレーナー>
「メンタル」は心理面の指導を行うスタッフ。
基本的にはカウンセラーの資格や心理学の専門家がこの名称を名乗るが、
他の職種同様、独自のやり方で行っている人もいるようだ。
「メディカル」は、医療施設で「アスレティックトレーナー的」な仕事をする人に
この呼称が付いているらしい。
任意団体で「メディカルトレーナー」という資格認定をしていたりするが、
確立されている訳ではないようだ。
スポーツ系専門学校でも、この呼称でのコースがあるが、
仕事内容が明確にはなっていない。


<コンディショニングトレーナー>
人によって、担当している仕事内容は様々。
明確な基準めいたものは存在しない。
それだけに最も便利な呼称のひとつ。
私もよく利用している。
相手に自分のやっている仕事を、
分かりやすく伝える為に使われるケースが多いようだ。
「コンディション全般を担当しています」で、幅広い分野を網羅している事を伺わせられる。


<ストレングスコーチ、フィジカルコーチ、トレーニングコーチ>
要はトレーニング関連全般を担当する職種。
一般的には「ストレングス」が筋力トレーニング系の専門家。
「フィジカル」が持久系や巧緻性トレーニング系の担当だが、ストレングスを兼ねている場合もあり。
「トレーニング」は、上記のいずれかか、どちらか一方か、団体やチームで異なる。
この辺りは呼称の問題だけで、この仕事を「トレーナー」が兼ねている場合が
日本では多い。
その為に、日本では「トレーナー」が「トレーニングコーチ」と混同される事が多い。
もちろん両方出来れば一番良いのだが、
日本では主に「人件費抑制」の為に両方担当するケースがほとんど。





いかがでしたでしょうか。
例によって、詳しく調べている訳ではないので、
おかしい点は指摘してください。
即刻、訂正&削除致します。






さて、そろそろ次回ぐらいから、いよいよ
「トレーナーになるには、どのような方法があるか?」について、
今までのエントリーを踏まえつつ、私独自の主観を思いっきり混ぜて
書いてみたいと思う。


はっきり言って、一般論ではありません。



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