明日は患者さんの施術が午前と夜。
その間の午後に、某企業が主催する
「パーソナルトレーナー養成コース」の講師を務めて来る。明日は2ヶ月コースの最終日で、習熟確認テストだ。


ご存知の方も多いと思うが、最近は「パーソナルトレーナー(以下、PTRと呼ぶ)」という職業が認知されて来て、多くの団体で養成コースが行われている。
受講する人は、フィットネスクラブに勤めていてランクアップしたい人、脱サラ、エアロビクスインストラクター、トレーニング愛好家etc…様々である。決して安い受講料ではないので、皆さんそれなりに真剣で、必死である。


もちろん、即、食える様になるのはほんの一握りだが、本来、裏方職であるこの様な職が表舞台に出て来るようになったのは、私のような古い人間には感慨深いものがある。


人によって考え方はそれぞれだが、PTRにおいて最も必要な能力は「コミュニケーション能力」である。
まあこれは全ての職業で付いて回るものだと思うが。
ところが、これがなかなか備わっている人が少ないものなのだ。
もちろん教育によって身に付いて行く物ではあるのだが、やはり一言で言うと「センス」というものが存在するのも事実だ。
「感じない」人に対して、「感じる」ようにするのは至難の技だ。


取り敢えず、この件はまた詳しく。


AD

先日の梅雨時の健康管理 を書いた後で思い出したので、追記として。


梅雨時もそうだが、この時期は温度変化もそうとう激しい。

先週でも夏を思わせる陽気と思いきや、次の日は肌寒く感じる程になったり…。


体は年中同じ状態でいる訳ではない。

季節ごとにモデルチェンジ、言わば体内で「衣替え」をしているのだ。



分かりやすい例を上げると、暑い夏の時期は体内で産生された熱を早く放出したいので、
体表の毛穴は開き傾向に設定。
冬はその逆に熱を逃がさないように毛穴は閉じ傾向に。




もちろん、都度の調節はするのだが、
日々大きな調節は難しく体に負担を掛ける結果にもなるので、
大まかに季節ごとに体の切り替えを行う。
夏の時期になれば、「そろそろ暦の上では夏だから、毛穴開き傾向モードかな?スイッチオ~ン」
とばかりに切り替える。
しかし温度変化が日々激しいと、体が「あれ?夏モードと思ったら、まだ春?いや冬モード?」
と迷いを生じる。
そんな時に人は体調を崩しやすいのである。
(縁起でも無いが、季節の変わり目に亡くなる方が多いのは、温度変化というよりも、体の迷いという事が直接要因と言える。もちろん温度ばかりでも無いのだが)




対策としては、月並みだがとにかく温度に合わせて脱いだり着たりを面倒がらずに実行する事。
冷房で電車は寒かったりするが、表は蒸し暑い。
会社に行くと外回りの営業マンに合わせた温度設定なので寒い!ということが、女性の場合は多々ある。
ましてや昼暑くて夜肌寒いことも多いこの時期、体調を崩す要因は数多く存在する。



それと先日の梅雨時の健康管理 でも書いたように、暴飲暴食は厳禁!
(ま、この時期に限った事では無いが)必要以上に血液を胃腸に持って行かないように心がける事だ。



今日は例として温度変化を挙げたが、季節ごとにモードを切り替えるのは温度に対してだけでは無い。
この辺りの話は長くなるので、次の機会に。



AD

梅雨時は一年で最もうっとうしい時期だ。
もちろん精神的にもである事もだが、体にとっては尚更だ。

では何故、どうしてこの時期は体に負担を掛けるのか?



私達の体は「恒常性」 という機能がある。

特に重要なのは体温だ。
個人差はあるが、人体の体温は大体36℃~37℃前後に保たれている。

そこからせいぜい3~4℃上回っただけで、人間は生命を維持するのが困難なのだ。

よく考えてみると、この機能は素晴らしく精巧な機構だ。

室内の温度を一定に保つのに、どれだけエネルギーや複雑な仕組みが必要か考えてみると分かる。

さて、そこで人間が体温を保つためには熱を作る事ももちろんだが、重要なのは熱を逃がす事だ。

その為に人体がとる方法は、


①皮膚からの放熱
②汗をかき蒸発させ気化熱にて
③呼吸
④排便、排尿
⑤ゲップ、放屁(要するにおなら)  etc…


である。特に問題になるのは①と②だ。
この湿度の高い梅雨時、放熱や気化熱で熱を放出するのが難しくなる。
そう、洗濯物が乾きにくいのと同じ理屈だ。
どうしても熱が逃がしにくくなり、体内にこもりやすくなる。

そんな時に、もし暴飲暴食などをしたらどうなるだろう。

もちろん必要以上の余分な熱を産むばかりか、胃腸や膀胱の調子も悪くなり、

排便や排尿がスムーズに行かなくなる。

もちろん多大なるストレスなども、その要因になり得る。

それだけ熱が体にこもりやすくなる事になるわけだ。



このことは以前の投稿で、車にたとえた話 を思い出していただければ分かりやすい。

機械も人間も、熱を逃がせないとアウトなのだ。

という訳で、この時期は特に体に留意して過ごしたい。夜更かし、深酒などはもってのほか。



おっと、なんて言ってる私がblog更新でこんな時間に…。



AD
私は東洋医学をベースに、手技療法を行っている。
平たく言えば、「整体」と言った方が分かりやすいだろう。
正確に言えば「整体」では無いが、まあ患者さんにとってはどうでも良いことで、そこにこだわるつもりも無い。
患者さんが喜んでくれさえすれば、それで良いと考えている。


日々、患者さんの施術を行っている中で、色々患者さんに説くことがある。
それは、「健康って何なの?」という点だ。
話し出せば多岐に渡るので、今日は「要は身体はどうなっていれば良いのか?」という点で話をしたい。


これは車に例えると分かりやすい。
私は基本的に中古車マニアであるが
(と言えば聞こえは良いが、要するに中古車しか買えない)
今まで2度、車を廃車にしたことがある。
どちらもエンジンが再生不可能になったのだが、
一度は冷却水が循環していなかった。
一度はオイルが循環していなかった。
どちらも循環すべきパイプに不具合があったためだ。
つまり、水は十分に有っても、オイルが十分入っていても、それが「循環」していなければ、他の機関に問題は無くとも、いとも簡単に車は壊れてしまうのだ。
つまり人間も「循環」(主に血液という事になる)が守られていなければ、至極簡単に身体は定常状態を保てなくなるのだ。
東洋医学であると、ここにまた「気」という概念が加わる。
(「気」については、また機会があれば述べる)
これもまた「気」が「巡って」いなければならない、という考えだ。
要は「循環」。


人間の場合、さらにやっかいな事に「配分」という問題がある。
自動車ならば、「水」が必要な所は決まっており、
「オイル」は用途別に「エンジンオイル」「ブレーキオイル」「パワステオイル」などと蓄えている場所も異なるし、行き先も固定されている。
しかし人間は、「血液」を必要に応じて、必要な箇所に分配する機構が備わっている。
ましてや血液量は絶対量が決まっている。(輸血でもしない限り)
つまり、逆に言うとあっちでもこっちでも血液を要求されても困るのだ。


例えば、暴飲暴食を繰り返していれば、どうしても消化器に血液がいつも多く必要になる。
飲酒が多く、ストレスが多ければ肝臓が血液を要求する。
頭脳労働が主の人は、どうしても脳に血液が多く欲しい。
しかし他の臓器も、様々な仕事をしているわけで、やはり血液は必要だ。
それにエネルギー源を身体の隅々まで行き渡らせるため、末端組織まで循環していなければならない。
どこかで「血液」が足らなくなるのは当然だ。


最後は「質」の問題だ。
自動車で言えば、オイルがどろどろで粘性が高ければ、やはり循環させにくい。
人間で言えば当然、ポンプである心臓にも負担が大きい。
その為には食事や水分の摂取と共に、水分量調節を司る「腎臓」への負担を考慮しなければならない。
東洋医学的に言えば、腎臓が最も疲れるのは、「暴飲暴食・睡眠の不足・性行為過多」である。


つまりは、人間の健康維持のベースは、
「循環」「配分」「質」の確保なのだ。(血液だけでは無いが)
それを守るための方法論として、様々な療法が世の中に存在するわけだ。
(各療法の施術者がそれを認識しているかどうかは別)
このように、人体は大局的に診ていかなければ改善は見込めない。「どこを揉む」「どこが硬い」という事ももちろん大切だが、本質的にはそういう問題ではないのである。
それさえ押さえておけば、方法論はどうでも良いとも言える。(極論だが)