教育の本質・教師の本分

テーマ:ブログ
2009-11-28 20:34:15
新聞で、大変興味深い投書を目にした。



30代の、小学生の娘を持つ母親からの投書。





娘が卒業文集のコメントを書いたが、
クラスの子どもたちの作文を先生がほとんど手直しして、美しい文章にした…

らしい。



その子は、


「私と仲が良かった子も、そうでなかった子も、6年間ありがとう」


と書いたらしいが、
先生は、

「そうでなかった子、というのは、その子に失礼だから、書かないように」

と言って、直させたらしいのだ。


母親は娘に、

「何と書けば良いのか先生に聞いてごらん。伝えたい事が伝わらなくなるよ」

と話したそうだが、

娘は、



「先生が納得すれば済むのだから…」


と、話を切ってしまったそうで…







何気ない投書だが、
日本の教育現場の、様々な問題点を含んでいる現状である。






教育において最も大事な点は、
物事についての「考え方」をしっかり教える、という点であると考えている。




方法論をいくら伝えても、
現実社会はレアケースの連続…



「考え方」が理解出来れば、
対処法を自分で作る事が出来る。





私が尊敬する、
東京大学の筋生理学の権威、石井直方大学院教授は、自分の高校生時代をこう語っている。



石井先生は筋生理学の研究第一人者でありながら、
ボディビル選手としても日本トップとなり、世界でも活躍された、まさに「文武両道」を地で行った方である。








「高校生までは一切、サッカーに明け暮れていて勉強していなかった。
そんな私でも東大に入れたのは、数学の先生が、公式を教えるのではなく、
『公式の出来かた』を教えて下さったからである。
それによって分からない問題に出くわした時に、自分で『公式』を作る事が出来た。」









考え方を伝える、ということは、
自らの行動の仕方を、自ら考えられる能力を有する、ということになる。






先の投書に関して言えば、

「仲が良かった子もそうでもなかった子も」

と書いた子の気持ちは真実。



ならば、同様の気持ちを表現する方法が、
友だちの気持ちに配慮した別の表現は無いだろうか…?

…と、子どもと共有出来たら良かったのだろう。






それよりも根深いのは、
先生が余裕がなく、
とりあえず卒業文集という公の場で、妙な表現を出すと、自分の指導力不足を露見することになる…?




…ということを恐れたのではないか。






その娘さんの、


「先生が納得すれば済むのだから」



という言葉が、気になる。




小学生6年生の子が、
そこまで大人の事情を汲んでいる…という現状。




教員がそんなことをはっきり言う事はないだろうから、
言葉の端々に、そんな事を推察される内容が含んでいたのか…





事業仕分けで、どの事業に予算を与える与えない、に注目が集まっているが、
教育部門も例外でない。




そこの予算削除など言語道断ではあると思うが、
最も肝心なのは、


「その金を使って、何をどう、誰が、何を目的としてやるのか?」



である。





銃の弾丸の如く、
発射直後に一ミリズレていたら、
ターゲット付近では数メートルの差になる。




それと同様、
教育のスタート時点、
ましてや教師が「考え方が重要」という視点が無ければ、
その子の数年先の人生に大きな影響を残す。





教職を選ぶ人間の責任は重大であると、
改めて認識した次第である。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事
 もっと見る >>

理想形態が『正解』となる為の条件…

テーマ:スポーツ関連
2009-11-23 20:24:44
先日、法勝寺の三田村昌鳳師(元・週刊アサヒゴルフ編集長)のコラムについて書いた。



その続き。




昨年11月に亡くなられた名ゴルファー・島田幸作さんとのエピソード。


バンカーショットに関してのアドバイスの言葉が、
なかなか奥深い。





「バンカーショットの基本は、
まずオープンスタンスにして、
少しアウトサイドにクラブを上げて…
ですが、もちろん、これは正しい。

でも、これは『教科書』なんです。
つまり、『最終的な理想形態。』


理想形態に行き着くまでには幾つかの関門があって、
その意識なく理想形態を目指すと、道を誤る。
そこにたどり着くプロセスの練習法があって良いんです」





そう語って、
少しクローズドスタンスで打つことを指導されたそうだ。


常識からすると、真逆。




真意は、こうらしい。



オープンスタンスにして打て、というバンカーショットの通説は、
二つの条件が出来る、という前提があって…の事だそうだ。


その二つとは、


�砂を薄く「切る」という感覚が分かっていること。

�腰の回転を使って打てること。




その感覚なくして、理想形態ばかり目指すと、永遠に上手く行かない…



と。



クローズドで打つ意味は、

「まずバックスイングは小さく、低く。
そして砂を『切る』ように。
まず砂の取り方を一定にさせることを覚えること。

ボールを打つとか出すとかは考えない。


何故クローズドで打つかと言うと、
バックスイングを小さくしてシャープに振るには、腰の回転をシャープにせざるを得ない。

クローズドにすると腰の逃げ場がないので、意識的に腰を回そうとするクセがつく。

要は理想形態に近付く為のドリル、と云うわけです。」






私はゴルフに特別、詳しいわけではないので、
この考えには賛否両論あるだろう。



そういう枝葉末節は置いておいて、
重要なのは「考え方」。




以前に、

「連続写真に固執する愚」

について書いた事があった。




ゴルフ雑誌で、一流プロのスイングを連続写真で掲載している事が、よくある。



一般ゴルファーは、それを見て、

「そ~か。手首の角度はここまで変えないのか~」


とか、


「この辺では、腰がここまで回ってないとダメなのか~」



などと、その連続分解写真を参考に、
そうなるように涙ぐましい努力をする。




だが…





「そうなる」為には、
ある何かの条件が満たされていなければならず、
また、「そうなる」為には、
その二手・三手前に、ある状態になっていなければ、そのような形にならない。




動きを分解しても、
それは所詮は「分断的なビジュアル」であり、
動きは常に「連鎖・連動」なのである。





何故、このような事を書くのか、と言うと、
全てのスポーツ…



いや、ビジネスの現場に於いても、同じ事が言えるからである。




模倣はもちろん、
己の技量を高める一つの方法論として、重要な要素であるのは間違いない。



だが、ただ真似て、
上手く習得出来る確率は、著しく低い。



「要は、どうなっていれば良いのか」



「要は、どうなっていなければならないのか」



「要は、どこがどーなっていなければ、理想形態になれないのか」






と、云うことになるのであろう。





ビジュアルの研究は重要。



ビジネスに於いて、
結果を出した方々の方法論に耳を傾けるのも重要。

それを記した書物を読むのも大切。





だが、それも、



「その前の段階で、
どうなっていなければならないのか?」…






そこを埋めるのが、「ドリル」。



それを使っての「トレーニング」である。



スポーツも、ビジネスも、
根底は同じである。



「つまりは…」


「要は…」




の検索と

それを邪魔する要素の「消毒」。
(排除)


(このブログ、『検索と消毒』の項、ご参照のこと)


それらの、習慣化である。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

美学、の問題か…いや、生き方の精度の問題

テーマ:ブログ
2009-11-17 00:08:44
今日、仕事後に患者さんと一杯やり、
帰り道の電車内。



六本木駅から大挙して人が乗ってきたが、
場所柄、キレイなオネェちゃんも多数乗ってくる。




そのうちの一人、
着飾って顔立ちも可愛いオネェちゃん…




乗るや否や、
おもむろにバッグから菓子パンを出し、大口開けて食い始めた…






公衆の人前でモノを食う…

という文化は、私が中学生くらいまで(30年余り前)は無かった文化。



とは云っても、時代が違うのは承知している。

それを全否定するつもりも、今さら無い。




だが…




キレイな格好をしたオネェちゃん…


もしかしたら、ついさっきまで彼氏とデートしてたか、
お店で接客していたか…





それが、ものの数分経たぬうちに、電車内で平気でパンを食う…





…何となく、


「この人の、美的感覚基準は、どこにあるのだろう…」


と、感じてしまった。



もはや、車内でモノを食うなとは云わないが、
自分を客観的に見た場合の、いわゆるギャップ…



て、ことは考えないのか……



なぁ~…なんて。







いや、別にみすぼらしい格好の人なら、
車内でモノ食ってもおかしくない、という事でもないんだけど…










ちょっと話を変えるが、
私はトレーナーを目指す人達に対して、
結構、「形」にこだわる。




例えば今は、


「パートナーレジスタンストレーニング」(第三者が抵抗を掛けてのトレーニング)


や、



「パートナーストレッチ」(第三者がストレッチを施す)



などを指導している最中であるが、
無論、手を触れている、その在り方や角度なども大切なのだが、
最も大事なのは、


「姿勢」。


「体づくり」。


「足下の形」。




である、と考えている。





これらがしっかりしていると、
クライアントの身体の状態や抵抗感が手に取るように分かり、
またフレキシブルに身体を自在に動かせ、コントロールも出来る。






つまり、




形にこだわらないのは、
自らの仕事の精度…




言わば、心の在り方まで、全く無頓着で、
意識が全く無い…




という事を意味する…



と、考えるのである。






他人だから、どう見えても構わない…


肝心なのは触れている手だから、他はどうでも関係ない…






自分という人間は、根本的にどう在りたいか…?



自分は、どういう程度の仕事をする人間になりたいのか…?







そこまで考えるのが面倒くさいなら、
そこまで気にする必要も無いし、
それもまた、その人の人生。





しかし、自分の人生は、


「態度」



「立ち振る舞い」



が、かなりの確率で関わる…






私は、そんな気がするのである。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

残念~!

テーマ:スポーツ関連
2009-11-09 12:16:50
de0d56d9.jpg


いやぁ~



残念…


優勝したNo.36 PETRONAS TOM'S SC430は、4番手グリッドからのスタート。しかし、スタートドライバーを務めたアンドレ・ロッテラーが絶妙のダッシュを決め、1コーナーで2台をパス。ポールスタートのNo.38 ZENT CERUMO SC430(リチャード・ライアン)に次ぐ2番手でオープニングラップを終える。

No.8 ARTA NSXはラルフ・ファーマンがスタートを担当。スタート直後の1コーナーではNo.36 PETRONAS TOM'S SC430(アンドレ・ロッテラー)がこれをかわし、トップに躍り出る。だが、この2台はタイヤの選択が異なっており、柔らかめをチョイスしていた No.36は22周を終えてピットイン。脇阪寿一への交代と給油、4本のタイヤ交換を29.7秒で終えて、レースに復帰する。一方、ミディアムタイヤの No.8は31周を終えるまでピットインを引き伸ばし、やはりタイヤを4本交換。伊沢拓也への交代を終えて、No.36の前でコースに復帰することに成功した。

No.36 PETRONAS TOM'S SC430  35周目、5コーナーのコースサイドで出火したマシンがあり、セーフティカーが出動。火はすぐに消えたが、こぼれたオイルの処理の間、4周にわたってセーフティカー先導のままの周回に。各車の間隔は一気に詰まる。
 39周を終えて再スタートとなるが、ここでNo.8 伊沢はたくみな加速をみせ、No.36 脇阪とのギャップを開くことに成功する。その後もNo.8 伊沢は好ペースを維持。終盤には、No.36 脇阪のタイヤがグリップダウンしてきたこともあって、その差を9秒以上に開き、最終的には約8.8秒の差を保ったまま、トップでチェッカーを受けた。
 No.8 ARTA NSXは第7戦富士につづき、今季2勝目。NSXのSUPER GT最後のレースを、最高の形で締めくくった。
 2位はNo.36 PETRONAS TOM'S SC430(脇阪寿一/アンドレ・ロッテラー)。優勝にはあと一歩届かなかったが、このレースまでランキングトップだったNo.1 MOTUL AUTECH GT-R(本山哲/ブノワ・トレルイエ)がノーポイントに終わったため、逆転でドライバー、チームの両タイトルを獲得した。脇阪/ロッテラー組のチャンピオンは2006年以来、3年ぶり2度目。LEXUS TEAM PETRONAS TOM'Sのチームタイトルは昨年に続き、2年連続となる。

3位に入ったのはNo.17 KEIHIN NSX(金石年弘/塚越広大)。予選では9番手に留まっていたが、タイヤ交換を後輪だけで済ませる作戦でピット作業時間を短縮。終盤には塚越広大が No.38 ZENT CERUMO SC430(立川祐路)、No.6 ENEOS SC430(伊藤大輔)らを次々と抜き去るパフォーマンスをみせ、第4戦セパン2位以来の表彰台を得た。
 一方、ここまでランキングトップだったNo.1 MOTUL AUTECH GT-Rは、スタートドライバーのブノワ・トレルイエがポジションアップを狙って激しい走りを披露するが、ピットイン目前の17周目にタイヤが悲鳴を上げてしまう。パンク状態となったタイヤの破片でフェンダーまで破壊されてしまい、長時間のピット作業を余儀なくされてポイント圏外に去ることになってしまった。

 この結果、ランキング2位はNo.8 ARTA NSX(ラルフ・ファーマン/伊沢拓也)に。No.1 MOTUL AUTECH GT-Rの本山哲はランキング3位、同じくブノワ・トレルイエが4位となった。




TEAM NISMO、チームランキングで3位。


タイヤパンクでフェンダーまでが破損してしまい、
ピットインが長時間に及んでしまったそうで…



5ポイント差で、前レースまで首位だったが…



また切り替えて、来シーズンへ!



de0d56d9.jpg
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

おめでとう!!松井秀喜選手!

テーマ:スポーツ関連
2009-11-06 12:21:25
養生整体師&スポーツトレーナー・最上晴朗-20091106113906.jpg

いやあ~

あんまり嬉しくて、帰宅してから夜のスポーツニュース、
ハシゴして全部見ちゃいましたわ~



おんなじ映像、何度も…











ホントに良かったでんな~

松井秀喜選手。






このブログでも何度となく書いているが、
私は松井選手、大好き。


(もちろんあたし、アッチ系ではありまへん)




どんなにイチロー選手が偉業を達成しても、
私は断然、松井派。




決して順風満帆とは云えないメジャー生活の中で、
何が起きても一定姿勢。



浮かれもせず、
必要以上に落ち込み悲観することもなく、
自分に出来ることを最大限に努力し、
黙々と仕事をこなす。





恐らくその中に、
理想の仕事人の姿、日本人の誇りを感じるのだと思う。




松井選手のはじける笑顔、
久しぶりに見た感じがして、こちらまで幸せな気分に。





神様は見てますな~





ホントに、おめでとうございます~っ!!
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

いよいよ決戦!!…その前夜…

テーマ:仕事記録・考察
2009-11-06 02:28:52
養生整体師&スポーツトレーナー・最上晴朗-20091104173139.jpg

厳密には前夜の前夜…か。



昨日はNISMO訪問。

クルーのメンテナンス。

写真は館内のフロア案内図。








社内は写真が禁止なんで、
撮れるのはこの辺まで…






現在、首位を走っているものの、
二位とわずか5ポイント差。



今週末の最終戦で雌雄を決す。



最終戦で優勝出来なくとも、
相手の順位を上回りさえすれば、総合優勝が決まる。




最終戦は栃木・ツインリンクもてぎ。




さあ~、いよいよ最終決戦!!




お時間のある方、ぜひサーキットへ!!
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

コトの原点は「幸せ」を感ずること…のはずだが…

テーマ:ブログ
2009-11-03 01:23:44
しあわせは、いつも自分の心が決める…






とは、かの相田みつを氏が云った言葉。





彼に対する好き・嫌いはさて置き、
この言葉、考えれば考えるほど、奥深い…







フツーに仕事が毎日ある人にとっては、
忙しい日々が常に続けば、仕事がなく青ざめた顔で毎日を凌いでいる人の気持ちは分からない。




それが高収入の仕事であっても、
業界の相場に照らし合わせて割に合わないと感ずれば、何故か一気にモチベーションが沈む。




端から見れば、十分な報酬であっても。





毎日のように旨いものを食っていれば、
そもそも旨いモノ、という概念さえ無くなる。




旨いモノ、と云っても人それぞれ。


実際に旨い!というのもあれば、
心が豊かになる旨さ、もある。





また、同じものでも、
話が弾む気の置けない間柄で食事をすれば、楽しい時間をも含めて

「旨い!」

となる。



同じものを食っているのにも拘わらず…








身体に痛みがあるとする。





痛みは客観的に定量化出来ないが…







100ある痛みのうち、
50取れたとして、




「50も痛みが減った。良かったヨカッタ。」



と感ずる人もいれば、






「まだ50も痛みが残っている。」





と思う人もいる。







毎日が完璧に過ごせないと満足出来ず不満ばかりの人もいれば、



朝、とりあえず、
お日様が昇って青空ならば、それだけで神様に感謝する人もいる…








…とまあ、何を云いたいか、ってこともないのだが…








幸せ、ってのは、
結局は自分の心の有りよう、てなコトで…







ちなみに、あたしは…







もちろん、お金は無いよりはあった方が嬉しいのは事実ですが…







一番は、




「期待されている」


こと、っすかね~







実際は、ホントはどこまで期待されているかは永遠に分からないんで、




「期待されていると勝手に感じている」




と、云えますかな。






もちろん、一方的な勘違いもあるでしょう。







それも含めて、結局

「しあわせは自分の心が決める。」


と。





しあわせ、ってのに慣れちまうと、

しあわせ、ってコトが何なのか分からなくなり、
ずっと幸せを感じられないのかも知れませんな~







当たり前、が、
実は当たり前ではなく、
当たり前であることの素晴らしさに気付いた時、
ホントの意味で感謝出来て、
自分の何かが変わるのかも…





な~んて。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

「天然」か「養殖」か、の本質

テーマ:スポーツ関連
2009-11-01 00:45:59
夕刊タブロイド誌にメジャーリーグのスカウトの話が連載されていて、


先日、アマチュア選手の「天然」か「養殖」かの見極めが重要な仕事である、と書いていた。


「養殖選手」とは、少年野球などでコーチからきっちりメニュー管理で鍛えられ、
体が出来上がり、技術も兼ね備えている選手を意味しているようだ。


養殖選手の多くは、すでにピークに達しており、
肉体的に精神的に脆い、というケースが少なくないそうで。


ここまで聞くと、
ではきっちりした環境でやってきた選手は弱い、
という論理になる。


確かに、幼少期から管理された環境でやっていると、
言われたことを言われたままにしかやらない、
いわゆる「口を開けてエサを待っている状態」の選手が育つ傾向にはあるようだ。



対して「天然物」と評される選手は、
粗削りで体力、技術は見劣りするが、伸びしろが見込める選手…



という事らしい。




だが、果たして問題の本質は「養殖」か「天然」か、
という問題だろうか?



理想的なトレーニングや、身体の手入れ、身体の使い方、
しっかり管理された正しい情報を習得する方が良いに決まっている。




つまり、
「養殖物」が問題だ、と云われるのは、
その「管理のされ方」…



要は、「誤った教え」が刷り込まれている事が問題である。




また、管理という側面は、
「無駄の排除」という面を併せ持つ。



だが、あまりに外部が無駄を排除して、ムダを省いたトレーニングばかり用意していると、
自分で全く考えない選手になる。




考えられないから、一人になった時にいざ事が起きた場合、
自分で対処が出来ないような選手に育ってしまう。






あまりに「除菌」「抗菌」とこだわり病的なまでに清潔にこだわり過ぎ、
ちょっとした雑菌に耐えたれないのと似ている。




そうなると、青少年期の指導者の教えというのは、
大変に重いものになる。



大切な事は、


「正解は一つではない」


ということと、





いかに、

「原理」「原則」


を教えられるか。


または、そういうものに出会った時に、
「受け容れられる素養」を育むこと。








つまりは、「物事の考え方、捉え方」。







同じ事象を見ても、

見方、捉え方で全く受け取り方は違う。




その違いが、
場合によっては自分の人生を大きく変えてしまうこともある。







天然か、養殖か、…


は、本質は恐らくそこにあると思われる。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。