今日、東京郊外のとあるフィットネスクラブが九月末日で閉店になるということで、
私が利用しているクラブの系列で、
知人もいることもあり、最後のトレーニングということで、利用してきた。


閉店になるのは別に営業成績が悪いということではなく、
土地の所有者の都合で場所を借り続けることが出来なくなったためである。
充分黒字運営だったので、会社的にも何とも無念だっただろう。



お客様にとっても長く利用し親しんできた「オラがクラブ」であり、
みな別れを惜しんで、
様々なイベントに興じたり、思い思いに写真を撮ったり、
ラウンジで軽食をつまみながら談笑したり、最後の一日を惜しみながら楽しんでいる様子だった。


閉店時間間際になると、手の空いているスタッフがお客様をお見送りしながら別れを惜しんでいた。




残念なことではあるが、こういう時に本当のクラブとお客様との関係性が明らかになる。
惜しまれれば惜しまれるほど、お客様と良好な関係を構築出来ていたことになり、それはそれでスタッフとしては達成感を感じられる面もある。




違う側面から見ると、
こういう感覚には「本部スタッフ」と「現場」には大きな隔たりがある場合が多い。
本社にとっては「店」は数字を上げるコンテンツのようなものであり、
もしインタビューすれば「私達も一つ一つの店に愛情を持ってます」とは言うだろうが、
今日のような「ライヴ」感覚はないので、そこは永遠に捉らえ方が一致しない点かも知れない。



極論を言えば、
「あ~あ、売上が一店舗分減った」というだけの感覚。



もちろん、感傷に浸っていても飯は食えないから、危機感はあってしかるべきなのだが、
この商売は物販ではないので、
特に「人対人」のリアルな勝負であり、その積み重ねでしか数字は生まれない。



無論、最近は「場の提供業」の側面が強いが、

普段は口を利いたことも無いスタッフも、
実はその日々の立ち振る舞いがお客様の深層心理に刻み込まれているものらしい。




トレーニングを終えて着替えていると、
皆さんお互いに、
「またどこかでお会いしますよね~」
と、ある意味互いの健闘を称え合うかのような光景。



次に出てくるのが、



「次、どのクラブ行く?」





「○○トラル行く?」
「う~ん…あそこは…だから」


「○○ルドジム行く?」「う~ん…あそこは…だし」


「○○シス行く?」
「う~ん…あそこは…でしょ」





つまり、
立地が良いとか自宅から近いとか、そういう理由も多いだろうが、
要は「このクラブが良かった」のである。




だが、こんなリアルな声は運営本部スタッフは知らない。
ましてや経営陣などは…



このクラブの社長は、
この日、一人でクラブに見届けに来ていた。
それはこの会社、クラブがより良くなれる可能性を秘めている事象と思う。
だか、その次に続く立場の人間だちは来ていたのか…
(私も一日いなかったのでワカリマヘン~)



お客様のこのような声、想い、
全てを肝に銘じることこそ、商売・商人(あきんど)の源泉なのかも知れない。



そう、「肝に銘じる」がないと、
心がない商人にしかならない。
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業界の不穏な振動

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激震、とまで言うべきか迷ったので、
とりあえず振動、ということに…



フィットネス業界を新興勢力として席巻していた、
あるフィットネスクラブ運営会社が間もなく倒産する。




私も薄~く業界に関わっているので、
このニュースには驚き。また、こちらの会社の立ち上げの際に、少しお手伝いをしたこともあり…




後輩や友人、教え子なども多数、こちらに勤務していたこともあり、
そちらも心配で方々に連絡をしたりしている。


かくいう私も自分の頭上のハエも追えないような立場なので、
何が出来る、というわけでもないのだが。




フィットネス業界なんてのは、実はまだまだ「業界」にはなっていないのが実態で、
未だこれからの業態である。
だからこそ、勇気をもって旗揚げした新興勢力にはエールを送っていたし、頑張ってももらいたかった。



このことによって、一般の人に対する業界イメージが悪くなるのも残念だし、
この業界を目指す人達が「やっぱ大きな会社でしょ」と短絡的に考えてしまうようになるのも恐れている。


だが、そう考えるのも無理からず…




いずれにしろ…





経営者というのは大変だ。



神様でも何でもない一個人の舵取り一つで、
大勢の人間の人生を激震させることになる。
取引先や家族も含めたら、関わる人数は計り知れない。
相当の覚悟を以てしても、やはり大変な責務がある。



業界の成長に水を注すことにならないことを祈るばかり…
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「ピーターの法則」の憂鬱

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「ピーターの法則」に、安倍前首相をなぞらえた記事が夕刊紙に載っていた。



「ピーターの法則」とは、1968年に米国の教育学者ローレンス・J・ピーター博士が提唱した理論である。




「人間は、ある階層に至り機能しなくなるまで昇進し、無能に陥るレベルに達すると昇進が止まり、結果、組織全体が無能化する」

という考え方である。




分かりやすく解説すると、
係長で優秀な人が課長で優秀かと言うと、そうとは限らない。
ましてや部長で優秀だから役員が務まるかと言えばそうとも言えず、
専務で優秀だから社長が 出来るかと言えば、そんなことは無い。



簡単に言えば、「分相応」。
課長には課長の役割があり、
部長には部長の、
ましてや社長には社長ならではの持っていなければならない資質や能力がある。


どちらが優れているかどうかという問題ではなく、
求められる能力が違う、という事だ。


野球に例えると、常時三割を打つ打者と、
送りバントと盗塁成功率90%の打者がどちらが優秀かと、一概に言えないことと同じである。
同じ土俵で比較するものでもなく、異質なものである。


求められるものは、その組織によっても異なる。




その記事は、
要するに安倍前首相が、首相の器ではなかった、とピーターの法則を引用して解説していた。


拉致問題を担当していた時や、官房長官の時は能力を発揮しているように見え、
「こんな人が首相になったら…」
と思いきや、逆に組織や日本が硬直化してしまった…



つまり、
「どんな有能な人も、出世するにつれ(求められる能力に対して、いつかは…)無能になる」
という、極めて当たり前の真理である。





これはスポーツの世界にも言えることで、
名選手が良い指導者になるとは限らない。
また良いコーチが優秀な監督になるとは限らない。
それぞれ、求められる能力が全く違うのである。




逆に言えば、選手としてはイマイチであったが、指導者としては優秀であったりとが、
指導者としてよりもマネージメント能力が高いとか、
会社で言えば、部長としては視野が狭いが、現場マネージャーとしては高い能力を発揮するとか、
そんなことは誰しも思い当たるフシがあるのではないだろうか。





自分自身も己の本質を見極め、
組織やチームも冷静に必要な人材と能力の分析を行う。







手前味噌だが…




私などは基本的にナンバーツー気質で、
トップに立つより、トップをサポートし盛り立てる方が能力を発揮しやすいタイプである。

チーフトレーナーやコーチに耳打ちしつつ、
その組織に必要な事柄を提案していく裏方が性に合っている。





自分自身を卑下するとか、低く置き過ぎて成長を諦めるとかではなく、
完全なる客観視が必要である。
イメージだけで見ると失敗することは、安倍前首相の例を見れば明らかである、




適材適所、とは口でいうほどたやすくない。



冷静な、第三者的な視点が欠かせないのである。
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品格とインセンティブ

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新聞の記事で、
「朝青龍の品格欠落はインセンティブがないため」との見解を読んで、妙に納得した。


横綱に「品格」が求められるが、
よく考えると基本的に相撲しかしてこないで、
若くして付き人など付いて、
取巻きにチヤホヤされて、一般常識が欠落した20代の若造に品格などを求めること自体、論理的に無理がある。



では過去の横綱たちには何故、品格(らしきもの?)があったかと言えば、
(朝青龍に比べ)
それは引退後も協会に残り相撲の発展に貢献したい
(または食いっぱぐれ無い生活を確保したい)
との考えがあり、それがいわゆるインセンティブ(動機づけ)になっていた、ということである。


何の見返りもなく「品格」を持つ、というのも理屈の上では有り得るが、現実は難しい。
得られるものがあるから、少なくとも「品格」を持とう、または持っていると見えるように努めよう、とするのであろう。



会社員も同じであって、会社の求める方向性に著しく外れないように振る舞うことが、
会社の求める「品格」に繋がり、そういう辛抱をすることで、出世したり、生涯雇用が得られたりする。




私のように、その会社に骨を埋める気が無ければ、おかしなことにはおかしいと言えるし、
バカバカしい慣習には背を向けることも出来た。だが私が世間に背を向けたかと言えばそんなことは無く、
世間の常識とは会社の常識とは離れたところにある事が多かった為、
おかげで私の場合は会社外の世界で何とか生きていられる。
世間的な、あるいは業界的な、最低限の「品格」はスレスレあったようだ。(笑)







つまり、朝青龍には
将来協会に残ろうとか、相撲で安泰に暮らそうとか、そういうインセンティブを持ち合わせていなかった、ということだろう。

だから「品格」など考える必要性もなかった。




その部分だけは、私に近いかも知れない。





恐らく、サッカーに興じたように見えた例の件も、怪我をしていたのは事実だろうが、
(無理すれば巡業に参加出来なくもないレベルの怪我)
本人的には、頼まれたから、チャリティーだから、と
「怪我をおして」チャリティーに協力したのに…
そこまでしてボランティア精神で協力したのに…なんで?



という感覚なのだろう。


だから、謝ろうなんて気には到底ならない。





それが、相撲界だけの常識から外れた行為ならばまだしも、
少なくとも(モンゴルの慣習は分からないが)日本での一般的感覚からは大きく外れてしまった。


「無理して巡業参加できるレベルなら、そっち優先しろよ~。
それをしないなら、せめて嘘をつき通せよ~」

という感覚。




だから、誰も彼の擁護をしない。




ま、少なくとも、
彼の中に相撲という一つの「文化」に対する愛情も尊敬も無いことは確か。
金を稼げる「プロ相撲競技」には興味はあるだろうが。




インセンティブを持っていない人に、「品格」を求めても本末転倒である。

妙高サマージャンプ大会結果

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強風の上、目まぐるしく変わる不安定な風のため、成年組は一本のみで終了。

優勝・葛西紀明選手

二位・岡部孝信選手

三位・金子祐介選手





女子の部は90mを超える最長不倒をマークした葛西賀子選手(日本空調サービス)が優勝。


少年部は栃本翔平選手が順当な勝利、

と、いうわけで

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午前が空いてしまったので、
トレーニングタイムに(自分の)充てることに。


誰もいない赤倉温泉スキー場。









ここをダッシュで駆け登る。



…いや、途中から歩く…


ここを越えたところに妙高赤倉シャンツェ(ジャンプ台)がある。

IN妙高

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仕事終えて夜中に東京を出発。

朝方に妙高に到着。

すぐ出りゃ良かったのに、トレーニングしちゃったから、
眠いの、だりーのなんの…





試合は明日で今日はオフィシャルトレーニング(公式練習)だが、
台風の影響か、強風で午後に延期。


でも午後も出来るかどうか…




写真は強風で破壊されたテントとジャンプ台。
今日、日本におけるパーソナルトレーナーの今後の在り方と将来展望についての座談会形式のミーティングがあり、
日本のフィットネスクラブの上位数社のパーソナルトレーナー部門の責任者の方々などが都内某所に集まった。
(会社名などは敢えて伏せておきましょう。)




私は企業に所属していないが、
トレーナーの育成などで業界に携わっていることもあり、
いわば客観的な立場で参加した。



内容の詳細に触れることは避けるが、
いくつか言えることは、



フィットネス業界においてのパーソナルトレーナーへの取り組みは始まったばかりで、
いまだ試行錯誤の域を出ない。



どの企業も、どうして行けば良いか分からない。


これが会社として本当に魅力ある商品なのか?
と一部疑心暗鬼な意見もありつつ、
将来像として発展することを期待しつつ…
といった姿勢。
はっきりとした根拠は無いが…
唯一、「アメリカでも成功しているんだから…」という事のみが根拠らしきもの。







…とまあ、こんなところか。






私なり持論はあるが、場の空気を壊しそうで、
(業界の将来を否定しているようで…)
発言は避けたが…



例えばー



パーソナルトレーナーの需要は、むしろフィットネスクラブ以外にある。


とか、




そもそも、パーソナルトレーナーという人種をきっちり管理しようとすること自体に無理がある。




とか、




パーソナルトレーナーを根付かせたかったら、
クラブの月会費を下げるべき。
(その為の利益構造も再構築)




とか、




パーソナルトレーナーうんぬん以前に、
まずクラブ自体が「期待してもらえるクラブ」になるべき。






とか…





ま、私自身も未だ確証が無いんでね~





ただ、フィットネスクラブの常識、という範疇だけで考えていると、
将来は開けないでしょーな~
久々に説教魂に火がついて、偉そうに能書き垂れちまって…


合宿での一コマ。


私の目からはチンタラ見えたので、表題の言葉を。


「てめえら、魂込めてトレーニングしてんのか、コラ。」
と。




では、「魂を込めたトレーニング」とはどういうことか?


端的に言うと、
「目標と、それに対する自分なりの目的を明確に、且つ認識し続ける」
ということになる。



例えば、現状が日本で二番手、三番手の選手とする。
日本一になるためには、当然現状のままではなれないので、
良い点を伸ばすか、弱点を改善・向上するか。
厳密に言えば、県大会で勝つか、日本で勝つか、アジアで勝つか、環太平洋で勝つか、オリンピックで勝つか…

それらと自分の能力を比して、改善ポイントや方法、掛ける時間も変わってくる。


つまり、自分がどこを目指すのか、という明確な意識と、
それに対する自分の能力の客観視と、
それに向かう自分のモチベーションと、
それらを「強烈に意識する」
ということである。



つまり「ただ、やるな」ということで、
それが「魂を込める」という意味である。



選手の意識レベルによっては、トレーニング自体が目的になってしまうことがよくある。




これは仕事にも言えることで、
例えば私の仕事でもあるトレーナーを目指す場合でも、
セミナーや講習会などの「勉強」それ自体が目的になってしまっており、それに本人が全く気付いていないケースが頻繁にある。



何故か?というと、
勉強それ自体が満足感(自己満足)を得られ、
トレーニングも、ちょっと辛い思いをすると、それだけでも「オレって、頑張ったジャン」感覚が得られるからである。



競技に於いては、
県大会レベルなら(その選手の現状レベルによる)それでも何とかなるかも知れないが、
以前のエントリーでも触れた、いわゆる「ラフなトレーニング」では、どうにもならない。



これは、トレーニングならばコーチやトレーナーが、
仕事ならば上司が指摘してやらないと、ほとんど気付けない。



気付けるとしたら、ある種の「宗教」感を有する選手。
あるいは、自分に課せられた(課した)「タスク」に対して、強烈なまでの愛情をもっている選手。


これとて、仕事も同様だろう。




例えば、これが「お天道様」でも良い。
(これも以前のエントリーで触れました。)



競技選手に関して言えば、
多くの日本選手と外国選手との大きな違いは、
この違いだと考えている。




もっと言えば、引退後の人生にまで影響を及ぼす、とも思っている。



この件は、また改めて触れましょー。
(覚えてれば)



さ、あらためて。




魂を込めてトレーニングしてますか?



魂を込めて、部下育成してますか?



魂を込めて、会議に出席してますか?


魂を込めて、お客様(クライアント)をお迎えしてますか?






魂を込めて、仕事してますか?