自分の無意識を意識化する難しさ

テーマ:仕事記録・考察
2007-06-30 23:08:29
今日でパーソナルトレーナーの育成コースが終了。


内容については毎回反省ばかりで、
もっと上手く、もっとスキルアップ出来たのではないか?、と、
悔やむことばかり。

自分の中だけの問題だが、
皆が稼げて初めて成功となる。



毎度思うことだが、
教育にゴールはないな~とつくづく思う。




それはそれとして話は変わり…




先日、あるフィットネスクラブに勤めている若者と話す機会があった。




「少ないスタッフで多くのお客様に対応するの、大変だろ~」


「そーですね。まあ出来る限りのことを頑張ってやってます。」




「ところで、たくさんのお客様を少ないスタッフで接客指導するわけだけど、
当然、一度に接客できないよな?
自分がどんな順序でお客様に接触しているか、意識したことある?


「え…?
やっぱり不慣れに見える人ですかね~」



「不慣れに見える人が複数いたら?」



「う~ん…(かなり考えて)
正直言って、何となく話掛けやすそうに見える人ですかね…」




「うん、それでその次は?」



「えーっ?その次~?…
自分がたまたま最初に接客して、顔見知りって言うか…」




「話掛けやすい人?」



「そうですね…」




「じゃあ、たまたま接点が無くて、
それほど不慣れに見えなくて、
声掛けにくそうなお客様は、必然的に接する機会がない、ってこと?」


「…そー…なりますかね…」




フィットネスクラブに勤めた若者には、
必ず問い掛ける質問である。
一見、意地悪に聞こえるが…


肝心なことは、
自分が無意識でやっていることが、
実は自分なりにある種の法則がある、ということである。


その上、大抵の場合は、
声を掛けやすい人は多くのスタッフにとって声を掛けやすい存在で、
接客上かなり穴が出来やすい。
つまり、声を掛けられないお客様は、ほぼ永遠に声を掛けられない。
かくして、そういう人が退会していくことになる。




飲食店では、必ず全員が何かしらのオーダーをするし、
エステなどではマンツーマンだから、スタッフが接しないことは有り得ない。


つまり、フィットネスクラブでは同じ金額を払っているにも拘わらず、
サービスに不均衡が生じているのである。



また、
フィットネスクラブに通っている方は想像が出来ると思うが、
実はスタッフがお客様と接している時間は、思いの外、少ない。


恐らく、一時間のうち、平均すると10分以内であろう。



そうなれば、普段声を掛けていない、
「声を掛けにくい」人にも行けるはずだ。


何故行かないかと言えば、
単に「行かない」だけ。


大義名分としては
「あの人は声を掛けてほしくなさそうで、黙々てトレーニングしたそうな人だから」
ということになるが、
それはほとんどの場合、「言い訳」。


これでは生産性は上がらない。


ほとんどのフィットネスクラブが、ここの認識が甘い。



この問題の解決は、
業務マニュアルの整備と徹底もあるが、
現場リーダーの指導手腕に懸かってくる。


リアルタイムでの指示、教育に勝るものはない。



現場も生きているし、
また研修・教育も生きた中で行われるべき、というのが私の持論である。


だが何よりもまず、
自分の「無意識」の部分には何らかの「意図」があり、
それがどのような論理構成でなされているかを「意識化」することである。



これは、自らの行動変革を狙う場合、
共通した考え方であると思われる。
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最近何に感謝し、心を込めてる?

テーマ:スポーツ関連
2007-06-14 01:40:55
野球の桑田投手が、幾つものアクシデントや年齢の壁を乗り越え、
見事にメジャー昇格を果たした。



こういうニュースを聞くと、世間の反応は大きく分けて二つ。

「感動した~頑張って欲しい~」

というオーソドックスな反応と、

「ま~興味ないけど良かったんじゃない?彼がハッピーなら。」

と冷めた反応。



もちろん、所詮は他人事だから、
「関係ないし」というのも理解できなくはないが、
桑田投手が発した言葉には傾聴すべきものがある。



「野球の神様に、アリガトウゴザイマス、と感謝した」

「これからも、小さなことを心を込めてやっていきたい」




他人事、野球界のスターという特別な存在の人のこと、
と意に介さない、という選択肢もあるが、
こういうことを題材に、化学反応出来る人間でいたいもの。




自分は、日々、何かに「感謝」しているだろうか…?


本心から「心を込めて」何かに取り組んでいるだろうか…?



桑田投手の好き嫌いは別にして、
論理的にもかなり困難な局面から、己の目標を達成可能なレベルまで引き寄せた男の言葉は重い。



どうでしょう?



貴方は、友人でも家族でも恋人でも同僚でも会社でも仕事でもお天道様でも、
何かに「感謝する」って、最近ありました?




仕事でも恋愛でも趣味でも何でも良いのですが、
「心を込めて」って、ホントに出来てます?



それだけでも、
桑田投手に「感謝」したいし、
「心を込めて」活躍を見守りたいですな~


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本当は頼られたら困る…

テーマ:仕事記録・考察
2007-06-13 00:38:13
表題の意味は、フィットネスクラブのはなし。


どこかのクラブに会員になっている人はわかると思うが、
最近はどのクラブも
「相談に乗ります」
「役に立ちます」
といった類いの唄い文句でキャンペーンを展開している。


だが、実は…



本当のところ、皆が大挙して相談に来られたら、お手上げ、なのが実状。


物理的にも、能力的にも。


通っている方はわかると思うが、
大体広いジム内に、およそ100�にスタッフは一人強の配置。
50人前後に一人の割合。
物理的に無理である。



また能力的には、
日本のフィットネスクラブはかなり水準は高いが、
それでも対象は「人体」の話。
全てを網羅して対処出来るというのは、そう簡単なことではなく、
かなりハイレベルなスキルが要求される。



もちろん、そのようなフィットネストレーナーも存在する。
そのようなスタッフに巡り合うことが出来たら、事実上、かなりラッキーと言える。
会員として通っている方がいたら、
もしそのようなフィットネストレーナーがいたら、
絶対に離れないように、ストーカーのごとく手放さない事だ。
そういうスタッフに巡り合うことは、宝くじに当たるほど、難しい。

これが本音。





とは言うものの、
そういうスタッフを育成するのも、私の仕事だったりする。



だが、いくら教育しても、
「情報」はインプットさせられても「知識」にまで昇華させるのは難しい。
「知識」とは、数ある情報を、クライアントが求める形に「編集」し、
望まれる「商品」に仕上げて提供する、という工程が要求される。



つまり、その知り得た「情報」を望まれる形に「編集」するには「感性」も必要であり、
教えてどうこう、というより、
その人が普段、何を考えて生きているかという、
根本的な「物事の考え方」に依存する形になってしまう。




以前にも同じことを書いたが、
人の教育について、私が到達した結論。


「他人と過去は変えられない」

逆に

「自分と未来は変えられる」

ということだ。




つまり、教育とは「交通標識」のようなもの。



例えば、どんなに交通標識を工夫しても違反は無くならず、
相変わらず事故は絶えない。




だが、例えば一時停止の標識の代わりに、
一時停止を無視した人の事故映像や画像を随時流せるように出来たら、
恐らく事故は減るかも知れない。
映像はかなり生々しいし、実現可能かどうかは別にして。



つまり、同じ標識を見ても、
それに反応する人もいれば反応出来ない人もいる。
結局、それに反応出来る、感じられるかどうかは本人に委ねられるわけで、
反応の仕方まで教育するのは不可能。



そう、他人を変えるのには限界があるわけで、
こちら側の対応を変えるしかないのでは?と思うのである。



ある意味、私が少ない経験の中から到達した、
自分なりには究極の結論である。



と、言いながら…




でも、同じ交通標識を見ても、反応出来る人を今よりもっと増やせるはずだ…




と、どこかで諦めてない自分もいる。



教育論については、そこをさまよって、探している。
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「企業=悪事」が儲けの条件か

テーマ:仕事記録・考察
2007-06-07 01:31:03
最近の新聞紙面を見ると、以前と様相が変わったことに気付く。



三面記事ページを見ると、毎日のように「おわび広告」が。
特にこの日はキッコーマンでミスが発覚し、
(健康食品の材料に禁じられているガンマ線を照射した疑い)
キッコーマンと商品を提供していたノエビア、ファンケル、資生堂などの有名企業が紙面のかなりを占めて一斉におわび広告。



今日に限らずのおわび広告の多さだが、
これは「潔く早めにミスを認める」というご立派な意味ではない、というのは周知の事実。



以前にミスをひた隠しにした企業が結果的に致命的なイメージダウンに繋がり、
業績不振からなかなか回復出来ない状況があり、
その後、別の企業がその事を教訓に、
早め早めに事実を明らかにし、結果としてミスを犯したにもかかわらず、企業イメージが上がった。




その例を見習っての、
いわば「狙ったおわび広告」が最近のモノだ。



もちろん、ミスや不祥事は早く明らかにすべきなのは当然だが、
「とりあえず謝っとけ」
「謝りゃいいんだろ」
の安易さがミエミエで、あまり愉快な状況ではない。




ミスは人間である以上、仕方ないこともあるし、二度と起きないようにしてもらえば良いのだが、
不祥事となると話は別だ。
まあミスも広い意味では不祥事になるわけだが…


新聞やニュースで、企業や団体の不祥事を聞かない日はないくらい、
最近の日本の状況は危機的とさえ思えてくる。


恐らく、個人のモラル低下も、
こういった企業の姿勢が反映された結果としての象徴のようなものかも知れない。
個人が先か、企業が先かは分からないが。




話はやや飛ぶが、
先日エスカレーターに立っていると、右脇の空いているところを皆が歩いて通過していた。


それは良しとして、一人の女子高生がテニスラケットを背中でタスキ掛けに背負って歩いていたのだが、
かなり斜めになっていて、身体からかなりはみだしている。



当然、そのまま歩いたらエスカレーターに立っている人にバチバチぶつかるわけで、
その女子高生は脇目も振らず身体を斜めにするでもなく、「スイマセン」の一言もなく、
ひたすら前だけを見て進んでいくのであった。



あまりにも目に余ったので、私が一言
「オネェさん、ラケットもう少し立てるとかしないとぶつかってるでしょ。それにぶつかってたら一言何か言った方が良いんじゃない?」
と言ったら、この世のものとは思えない能面のような顔で射すような視線で睨まれ、
「チッ!…っせぇな…」と捨て台詞を残し、相変わらずバチバチぶつかりながら去って行った。




些細な出来事だが、
何故かこの時、「日本はこのままだとヤベェな…」
と感じたのであった。





この少し前のエントリーで、「儲かる」と「役に立つ」と二者択一が企業モラルを決める、というような内容を書いた。


今日、日本がここまでの状況になってしまったのは、
「消費させる、消費する、ということが最も美徳」とも言える刷り込みが要因と思われる。


つまり間違った「お客様は神様」解釈である。




個人レベルでは色々なものを購入することを目指し、
他人が持っているものは自分も持っていないと満足出来ず…となり。


同時に、「金を払っている以上、こっちゃあお客様」とばかりに、
必要以上に自分を二段、三段上に置くような勘違いぶり。



だから、私が高校生ぐらいのころはそれほど所持金もなく、今ほど消費者になるチャンスはなかったが、
今は高校生も立派なお客様になれている。

だから勘違いが起こる。





企業は企業で、そういう消費者の目をいかに欺き、
お得感を演出しつつ、実は大きな利益を獲得するか、に知恵をギリギリのラインで絞る。



あくまで第一に「儲ける」ために。




誤解を恐れずに言えば、
企業とは、バレない程度に消費者をソーッと騙し、下請けや取引先に無理難題を言って泣かせ、自分の会社だけが儲かるように仕向ける存在、

とも表現できる。


また、そういうことが上手い社員が会社から認められ、
事実、出世していくものである。



そう考えると、企業での会議は、
消費者をどの程度まで欺くか?またはその方法は?を考え、話し合う場である、


とまで言っては言い過ぎか?



これだけ企業がとんでもないことをやっていることが発覚すると、
こう考えた方がむしろつじつまが合うような気さえする。



企業とは、基本的には消費者をダマす存在なのか…


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「ヨガ特許」は知財権侵害?

テーマ:仕事関連ニュース
2007-06-07 01:29:49
Yahoo!ニュース - 時事通信 - 米の「ヨガ特許」は知財権侵害?=インド政府が抗議へ





米の「ヨガ特許」は知財権侵害?=インド政府が抗議へ
6月2日7時0分配信 時事通信


 【ニューデリー2日時事】ヨガの知識やポーズ、関連商品などが米国で特許・商標登録されているのはインド数千年の知的財産を侵すものだとして、同国政府は2日までに登録の取り消しを求めて米国に抗議する方針を決めた。
 インド各紙が政府高官の話として伝えたところでは、保健・社会福祉省の伝統医療担当部局が既に、ワシントンの大使館を通じて米特許商標庁への抗議準備を始めたほか、商工省も米通商代表への抗議手続きに入った。抗議案件には、高温多湿下で行い日本でも「ホットヨガ」として人気の「ビクラムヨガ」が含まれるらしい。






どーなんでしょ。これ。




このこととは別に、
これだけの「ヨガらしき商品」が乱立していると、
少々違和感は覚えるな~と感じていた矢先。



商売成り立たせてる人や会社も多いし。



でも、確かに「特許」までだと、少し行き過ぎかもな~



今後も注目ですな。

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松坂選手に見る感覚と実態の差

テーマ:トレーニング関連
2007-06-07 01:28:58
先日、今季からメジャーリーグで活躍する松坂大輔投手の記事を目にした。


なかなか思うような結果を残せなかった序盤、
復活を期して様々な調整法を試行錯誤していた時、
試したのが「外でのランニング」だったそうだ。


もちろん、それだけのことではないだろうが、
その後の登板から投球内容がよくなり、勝利が挙げられるようになったようだ。
(この記事を書いている日の登板は、6失点と奮わなかったようだが…)



さて、ここで注目したいのは、
「外で走った」という点である。



つまり、それまでアメリカでは「トレッドミル」(ランニングマシン)でほとんど走っていたそうだ。
本当は野外で走りたかったそうだが、
天気の問題や、熱狂的ファンの目や、諸事情を考慮しての事だったらしい。


松坂選手は「感覚的に違う」と語っていたようだが、
実際に野外を走るのと、ランニングマシンで走るのでは、違うものなのか?



筋電図やカロリー消費など、
いわゆる実験上のデータ的には、
外を走ってもランニングマシン上を走ってもほとんど差はなく、実質上は同じ運動とは言えそうだ。



だが、感覚的には違うような気が…




私は研究者ではないので、倹体を使ってデータをとったわけでなく、
ここから先は私の主観である、という前提でお読み下さい~




恐らく、個々の走り方によって大きく異なると思われる。



一歩一歩を、しっかりと地面を踏み締めるような走り方
(言い方を変えると、一歩一歩ブレーキを掛けるような走り方)
だと、あまり差は生じないかも知れない。
(消費カロリー的には)



だが、いわゆるフラット走法だと
(足裏全体を出来るだけ同時に接地し、足裏全体で後ろに掃くように送り出す走法)
身体の上下動を極力抑え、ランニングマシンのベルトが動くスピードに上手く合わせられる状況であれば、
野外を走るランニングに比べると、かなり省エネ走法になるかも知れない。




つまり、動く地面に対して、うまく身体を乗せて、重心をわずかに前に移すだけで移動が可能になり、
恐らく微々たる差だろうが、若干違うことになることが推察される。。


逆に、ベルトの動きにタイミングが合わず、
若干ベルトの動きを停めるような力が働くような走り方だと、
フラットに足を降ろした場合は特に、腸腰筋や腹直筋が過分に働くことになり、
細かく考えれば運動効果的には少し高まることが期待できる。




だが、そのような消費カロリー的な運動効果は別にして、
ランニングの効用はもっと別にある。



フラットに足を接地して、足裏全体で地面を後ろに送るような走り方(掃くような)と、
地面を足で受け止め、膝の曲げで引っ掻くような走り方を比較すると、
特に野球のパフォーマンス向上を考えると、圧倒的に前者が貢献度が高い。


あくまで可能性の問題で、松坂選手がどういうレベルの走り方をしているか不明だが、
ランニングマシンに比べると、外で走った方がその理想の走り方が、偶然とは言え出来ていた可能性はある。
ランニングマシンだと、逆にスピードに上手く合わせられると、ハムストリングスに大した負荷が掛からず、
身体を前方に推進させる力に繋がりにくい。


補足すると、
腿裏の筋であるハムストリングスは二つの機能があり、
一つは膝を曲げる動作。
もう一つは股関節を支点としたスイング動作である。



走るにしろ、ボールを投げるにしろ、タックルのように身体をぶつけるにしろ、
基本的には股関節を支点にしたスイング動作が強調されていた方が効率が良い。



膝を引っ掻くような動きが主体的にインプットされていると、
例えば投球動作における体重移動(並進運動と呼ぶ)が、地面を掃くように押す動きに繋がりにくく、パフォーマンスが落ちる可能性がある。




話がかなりややこしく、文面だけでは分かりづらい部分が多いかも知れないが、
松坂選手が外を走ったことが、
(パフォーマンス効果は相乗効果なので、一つの要素だけで何とも言えないが)
このような効果をもたらした可能性も十分に考えられる、ということだ。


あくまで可能性の問題。




つまり、たかが走る、ということだけでなく、
持久力うんぬんのみならず、身体を前方に推進させるという、スポーツの動きの基本を秘めている、ということを再認識し、
ただ「走っとけ」ではなく、
「どう走らせるか」がパフォーマンスを変化させることを知るべきなのである。


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「役に立つ」会社、と「お天道様」という理念

テーマ:仕事記録・考察
2007-06-07 01:27:52
新興企業が生まれては消える昨今、
100年単位で会社を存続してきた老舗企業の経営に注目があつまっていると、新聞記事にあった。
その老舗企業の魅力を描き、ベストセラーになった本もあるそうな。



日本は創業100年以上の会社が10万社以上とされる老舗大国らしい。
これは世界でも突出した数字だそうで、
例えばお隣りの韓国では100年続いている店や企業は「ひとつも無い」そうだ。



中国では血縁以外を排除する同族経営が発展を妨げ、
そもそも紛争や内戦が多かった国では企業の存続は難しい。
アジアは植民地化が爪痕を残しており、
古い伝統のイメージの強いヨーロッパでも日本ほど古い会社は多くないらしく、
最古でも設立は14世紀。
日本ではこれより古い店や会社が100社近くあるそうだ。





…で、何故今、老舗の経営に注目が集まるかと言うと、
「揺らがない理念」ということに注目が集まっているらしい。
つまり、多くの老舗は「儲かる」か「人様の役に立つ」かの二者択一を迫られた場合、「役に立つ」を選んできた、ということのようだ。




最近は、景気は良いはずだが、個人の生活は楽にならない。
そのくせ企業の悪事やセコい背任行為は後を絶たない。
生保は不払いを「バレなきゃいい」と横並びでやって、
社会保険庁は平気で「記録がない。自分で証明して。」と真顔で言い。
賞味期限切れの原料を平気で使う食品会社も出てくる始末。
新入社員は三年以内で辞め、成果主義も結局は企業が儲かるためだけのものと気付き。
失業率は相変わらずで、ワーキングプアなる言葉が生まれる…




そんな昨今、
「最近の経営者は理念を語らない」との思いが蔓延し、
綺麗事ばかり並べる現状に閉塞感を覚えていることが、
原点回帰と言わんばかりに、老舗の経営戦略に注目が集まっていると推察する。



言ってみれば、皆が不安を感じはじめ
「何のために働くか」を考え出して、それを老舗の理念の中に求めている結果であろう。



前述のベストセラー本の作者も老舗の良い点として、
「社員が自分探しをするように、会社自身も迷っていて、会社探しをしている。
だが、老舗は自分探しをしなくて良い点が強い」
としている。


確かに、私も以前の記事でblogにて書いたが、
人は迷いを解消してやると「燃えて」働くもの。その迷いが無いのが、老舗の強みなのかも知れない。





記事にもある、
「儲かる」と「役に立つ」の二者択一になった場合、
もちろん企業である以上、儲けることは至上命題である。
要は「どう儲けるか?」であり、
そこの羅針盤になるのが「理念」である。




だが、私も企業にいた経験上分かるのだが、
基本的にそんなに企業内に悪党はいないはずだが、
「儲ける」という共通の目的を持った社内の人間が集まると、
役に立つ、ということも意識にありつつ、
いつの間にか儲けるが主体に話がすり代わり、「役に立つ」が「拡大解釈的」になってしまうことが、しばしば起きる。



つまり、

「ま~お客さんに喜んでもらうことが前提ではあるが、
これで満足するお客さんもいるだろうし…
やっぱり利益に繋がらないと意味がないわけだし、
この程度は許される範囲だろう~?
全ての人に納得してもらうのは限界があるし、十分役に立つ、と言えるんじゃないか?」

のような、上層部に言われるとビミョーな展開になる。




で、恐いのはこれが繰り返されると、
脳に刷り込みがされて、洗脳とまでは言わないまでも、
何事も企業に都合よく解釈され、
「こう考えれば、お客様の為になってる、と考えられるな」
となってくる。
そしてそのうち、それを疑問にすら思わなくなることだ。



勘違いしないでいただきたいのは、
私のような個人がそんなことは無い、ということではない。
私も多くの間違いを犯している。
皆、自分が可愛いし、綺麗事を言うのは簡単だが、皆んな自分の生活や人生を最優先に考える。
開き直るわけではないが、ある意味、当然のことだ。




だが、私のような最小単位組織の場合、
そのようなお天道様に背いた行為をしたら、
その影響が自分に返ってくるのが早い。
(負のレスポンスが早い)
そして、言い訳も出来ず、人のせいにも出来ない。
だから「自分の都合の良いように解釈しようとしてたな~」
と、早く気付くことが出来やすい。



つまり、老舗というのは、
こういう「個人に近い」感覚が、
長くお客様に支持されてきた歴史を経て、しっかり刷り込まれていることに他ならない。
言わば、理念が「お天道様」になっているのだろう。




その道の研究者の間でも、老舗を学術的に捉らえる動きが盛んになっているようだ。
あるアンケートによると、消費者から支持されている老舗ほど、取引先との信頼関係を大切にし、社是・社訓を忠実に守る傾向が見られたという。



西欧流の商習慣は日本にも深く入り込んできた。無論、商売である以上は一時的な利益を求めて人員整理もいとわない冷徹な経営判断が求められる時もあれば、
日本に根付いた共生型の経営が有効な時もあるだろう。



だが、その理念の根底には、
「結局、それ役に立つの?
ホント~に喜ばれんの?」
が無いと、何の為に仕事をしてるのか、迷宮に入り込むことになるかも知れない。


もちろん、稼がなきゃ話にならないのだが…




ま、お天道様はお見通し、ってことですかな。


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「頑張りましょう」の再考論

テーマ:ブログ
2007-06-07 01:27:02
「頑張りましょう」
「頑張って下さい」

は、実に便利な言葉である。
特に人に対して何らかの指導のようなことをする場合、
特に意味もなく、「頑張って下さい」と付け加え、
何となく話を締める、なんて使い方をし、
とりあえず収まりが良い気がする。



学校やスポーツ現場、
フィットネスクラブなど、そこら中で乱発されている、非常に汎用性の高い言葉だ。




だが、「頑張る」ってのは、
よく考えると眉間にシワを寄せ、何となく人として不健全な感じがして、
第一、美しさは感じられない。



「頑張る」と言うと、
「いま出来ない事を出来るようにしろよ」
や、
「いま自分が想い描く理想の状態にないとしたら、それになれるように努力しろよ」
と言われているようで、冷静に考えると心地が悪い。



そう考えると、そもそも「頑張る」必要があるのか?
その前に、いま目の前にあることや、いまやっていること自体を「楽しく」感じられることの方が大切ではないだろうか?


例えば、勉強もそれ自体が十分楽しいことだろうし、
運動やトレーニングも、「目標」を持って「頑張る」時点で苦痛になり、
やっている瞬間自体は結構アドレナリンが出たりして、楽しいものである。



もちろん、目標を持ち、達成した画を思い浮かべて楽しめる人はそれで良いが、
実は目標ありきで、それに囚われ過ぎて、結果としてその瞬間を楽しめず、目標にも到達出来ず、目標を持ったが故に「挫折」することにもなる。


「楽しんでる余裕なんてないよ」という反論が聞こえてきそうだが、
実は楽しめるか、楽しめないかは、
自分の心の在り方が決めるようである。



だから、
「楽しんで下さいよ」
と言うのも、本質的には違うと言える。
「楽しむように、頑張って下さい」
と結果としてなり、やはり心地が悪い。



う~ん。

日本語は難しい…





それに、「頑張る」という言葉のイメージが、
やけに「固い」「硬い」「堅い」感じがする。



かくいう、私もまだまだ修行不足で、
つい意味なく「頑張りましょう」と言ってしまうのだが、
個人的には随分前から

「普通に行きましょうや」
「適当が良いんですよ。適当が。」

と努めて言うようにしている。



「普通で良いのよ」
「適当がイチバン」



ま、その「普通」「適当」ってのもなかなか奥深いですが…



ただ、むやみやたらに「頑張る」のも、
「頑張らせる」のも良くないですなぁ~、と思った次第で。



まあ、たわ言なんで「普通に」受け止めて下さいやし。


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人はなぜ変われないのか?~魔の数字2・3・5~

テーマ:仕事記録・考察
2007-06-07 01:24:38
FPN-魔の数字2・3・5 ~教育研修現場の落とし穴~


あるコラムで見つけたものの抜粋。



随分前にストックしておいたが、記事にするのを忘れてた…







魔の数字2・3・5 ~教育研修現場の落とし穴~

2007-4-24 7:17:00 by taka-mia
今回はいきなりクイズから入らせて頂きます。
Q:『2・3・5』と言う数字は何の数字だと思われますか?




ヒント1.教育研修と関係があります。

ヒント2.非常に危険な数字です。

ヒント3.営業やビジネスマナーに特に関係があります。

答えは、ある種の研修において最も注意しなければならない数字なのです。



その研修とは例えば以下のような研修です。


□営業スキル研修
□ビジネスマナー研修
□理系職のスキルアップ研修(実技)
□その他実技系研修全般


これらの研修に共通するテーマは何でしょうか。



もうお分かりの方も多いと思いますがこれらの研修は全て以下の目的で作られています。


それは『受講生の行動パターンを変える』こと。


悪い行動パターンを良い行動パターンに変えることが研修の目的なのです。




「それと『2・3・5』がどう関係があるの?」



と思われた方はもう少し待ってください。






ここでは行動パターンを変えるためには一体何をしなければならないのかを先に考えることにします。


私はやるべきことは以下の2つだと思います。


(1)研修期間中に正しい行動が『できる』ようになること
(2)正しい行動を習慣化させること


世の中のほとんどの研修で担保されているのは(1)のみであるように思うのですが皆様の会社ではいかがでしょうか。


私は(2)までを考えた研修カリキュラムを組んでいかない限り結局
それが習慣化されるかどうかは受講生次第になってしまうような
気がしています。



私は仕事柄、最近3年間で数100社の人事部や社長室を訪問してきました。



「研修直後はいい感じっぽいんだけどねーーーー」

「現場に戻って実践できてナンボだよなーーーー」



これらの言葉はその中のほとんどの研修責任者の方が話している言葉です。



そしてその方々の発言の共通点から浮かび上がってきたのが次の恐ろしい数字です。




「2・3・5」




<忘却の2>
2日以内に研修で習った内容を復習または話さないと半分以上忘れる。

<後戻りの3>
3日以内に研修で出来るようなったことを現場で実行しないと、研修前とほとんど変わらなくなる。

<途中挫折の5>
5営業日連続で実行し続けないと習慣化しない。(3日間は比較的継続できる)




皆様もこんな経験はありませんか?


<例1>
金曜日に研修で新しいことを習った。
→でも翌月曜日に一生懸命に思い出そうとしても半分くらいしか思い出せない。


<例2>
ゴルフのレッスンを受けてボールが真っすぐに飛ぶようになった。
→でも翌週コースに出るといつもどおりの大スライス。


<例3>
毎日ジョギングをしようと固く誓い実行に移した。
→でも4日目の雨天をきっかけに挫折。



情けないことに私は全て経験があります。


そしてこれらは多くの研修責任者の方々と共通した悩みであるということもわかりました。




では、企業はこれらの課題を解決するために何をすればよいのでしょうか。


やり方はいろいろあると思いますが大きく分けて以下の2つなのかなと思います。


・受講生の上司、講師、研修企画者など関係者全員を巻き込んだ研修への取り組み

・研修前、研修中、研修後にやるべきことの明確化



つまり研修を受講生と講師に任せきりにしない、研修の瞬間だけで終わらせない、ということです。


皆様の会社ではいかがでしょうか。



私は研修を提供する企業の研修開発マネージャーです。
この立場で私は少なくとも以下のことを意識して、お客様に研修を提供しなければならないと思っています。


・研修の真の目的を事前に関係者全員で共有する

・お客様(受講生)が現場感を持てる研修を作る

・現場における習慣化の施策までを提案する



非常に難しい課題のようですが研修を依頼する側、受注する側、受講生が一体となればこれは可能です。


弊社の研修が終わってから数週間後、お客様の中で「新しい行動パターンの定着」が「新しい成功パターンの定着」に変わっていることが私の願いです。



■出典元:MIAビジネスコラム
http://www.mia.co.jp/business-columns/column_105.html


■アソシエイト 高橋 研
http://www.mia.co.jp/associates/associate_32.html










これは少なからず、思い当たる人が多いのではないだろうか。


自分自身はもちろん、
人の教育や研修に携わっている人はなおさら。



特に。「2・3・5」という魔の数字は納得がいく。


<忘却の2>
2日以内に研修で習った内容を復習または話さないと半分以上忘れる。

<後戻りの3>
3日以内に研修で出来るようなったことを現場で実行しないと、研修前とほとんど変わらなくなる。

<途中挫折の5>
5営業日連続で実行し続けないと習慣化しない。(3日間は比較的継続できる)


である。



手前味噌になるが、
私も遥か以前は、自分がワークショップやセミナーを受ける側で、
受講した時は「なるほど~!」なんて、分かった気になっていたものだが、
結局はまったく進歩していない自分に気付いた。



で、考えたのが、
必ず自分で「人体実験」してみることであった。



トレーニングに関することだったら、一定期間はその手法を自分で実践してみる。
その上で、クライアントへの指導で実践してみる。
(自分の身体で変化が実感出来ないものは、他人に勧めるべきではない)
情報や知識的なことであれば、受け売り丸出しで、
まず他人に話す機会をつくり、語ってみる。



そうすると、初めて脳の中に染み込む「自分のモノ」になる。
逆に言えば、それをしなければセミナーなどを受けても、
「すげぇ~」で終わってしまうのが常なのである。



このコラムでは、
教育も含め、研修というものの目的は、
「行動パターン」を変えること、と説いている。


その為には、

(1)研修期間中に正しい行動が『できる』ようになること
(2)正しい行動を習慣化させること


である、ということだ。




私も、学生への講義、選手への指導、企業での研修、
自分なりには考えて仕組みを作っているが、
やはり(2)の「正しい行動を習慣化させる」点が、まだまだ弱いという実感がある。
学生などは。毎回小学生のように「はい、やり直~し」と、
小姑的にしつこく言えば基本的な事は改善するが…




まだまだ、色々考える余地はありそうだ。


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