コンディショニングを終え野沢へ

テーマ:ブログ
2006-08-27 22:15:11
20060827192520.jpg
日頃からお世話になっている札幌のトレーナーの方の御依頼で、
都市対抗野球に出場しているチームの選手のコンディショニングを行う為、宿舎のホテルに出向く。








さ、このまま明治大スキー部の合宿で、野沢へ直行。


居眠りしないように、運転しなきゃ…
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「自信を持つ」ことと「慢心」の境目

テーマ:仕事記録・考察
2006-08-19 03:19:12
妙に自信満々な若者に会うことがある。
恐らく自分なりに思考し、努力していることは推察出来るので、それを非難はしないが、
一歩間違えてしまうと、自分の成長を妨げてしまうことになる。




春のクールでフジテレビで放映されたドラマ「医龍」。
その中で、印象的なセリフがあった。





優秀な外科医の条件は「臆病であること」。
それと、それを認められる「強さを持っていること」。





自分がそうだ、などと偉そうに言うつもりはないが、
私はいまだに自分に自信がない。
患者さんやクライアントの方が読んだら誤解されるかも知れないが、
いまだに「これで良いのか?」「本当に最適な方法か?」
と、迷う日々である。




確かに、「自分に自信を持つことが大事」というのは、
それは最終的にクライアントなどに何かを施す直前ではそうだが、
普段は常に迷っている。
自信もこれっぽっちも持っていない。




だからこそ、自信満々の若者を見ると、
純粋に、うらやましい。





だが、迷いが無いのも怖いもの。




迷うから、まっさらな気持ちで人の話を聞ける。
臆病だからこそ、全ての人から何かを学ぼうとする気持ちを持つことが出来て、
向上したいと思う気持ちを維持出来る。




その反面、自信のないトレーナーや治療家に身体を託そうとするクライアントなどいるわけもない。




自分にとっては、永遠のジレンマ。




以前に、「自分以外はすべて自分に対する教師」というエントリーを書いたが、
自信を持つ中にも、多重人格的に「臆病」な自分も住まわせておきたいもの。




説教するつもりは毛頭ないが、
若い人にもその気持ちと、「すがすがしい謙虚さ」を持って歩んで行ってほしい、




…と思うのであった。
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外見上の恐さと、トレーニング時の集中の是非

テーマ:仕事記録・考察
2006-08-12 02:20:54

くだらない話と真面目な話を混在したネタを一席。


行きつけのフイットネスクラブのスタッフと先日話していたときのこと。

「あんまりスタッフの方、あたしに話し掛けてくれないんですよね~」


と言ったところ、


「最上さん、言いにくいんですが、やっぱトレーニング中の最上さんには話し掛け難いですよ。」


……


理由は「恐そうだから」らしい。


だ、だって~~!


それなりの負荷を掛けて、ある程度、集中してたら、
そこそこ恐い感じになるじゃないのさ~!
それって、みんな一緒じゃん!


…ってなグチは置いといて、
少し関連したまったく別の話へ。


前にもこんなようなテーマで書いたような気もするが、
ま、気にしない気にしない。



トレーニングするときは、使っている筋や部位に意識を集中する、というのが原則になっている。

怪我の防止と、意識を集中させる事で、トレーニング効果を上げる、と言うのが理由である。


だが、実は別の側面から見ると、
意識を集中させない方がむしろ良い、という考え方もある。
アスリートはもちろん、一般の方にとっても、である。
これはトレーニングの習熟段階にも拠るが。


たとえばジャンプをするという動作を考えた場合、
大腿の筋の事だけを考えて動作を起こすわけではない。
体幹の状態や地面に対する重心の掛かり具合い、その他のことを瞬時に判断しながら大腿の筋力発揮を考えているのである。
無意識に。


つまり、実際の動作を起こす時、
ある一カ所の筋に意識を集中させていることはないのだから、
トレーニングにおいてもある一点に意識を集中させずに筋力発揮を習慣づけた方が良い、
とも考えられるからである。


昨今、バランスボールの上や、不安定板に乗ってエクササイズする事が流行っているのは、
もちろん、バランス感覚を養うといった大義名分もあるが、
実は、ある種の「気を散らす」為の手法という側面もある。


つまり、実際の動作は、ほとんどの場合、足に荷重を感じながら大腿なら大腿の筋力発揮が必要になる。
レッグカールマシンのように、荷重が掛からない状態で筋力を発揮する場面は、かなり少ない。


もちろん、とは言っても個々の筋力が不足している段階であるとするならば、
まずはその部位の力を出させる「教育」は必要になる。


トレーニングとは、筋・神経に対する「教育」である。
「教育」には、意図を持った反復練習が必要な段階と、
実務などに則した「実戦訓練」の段階があるのと同様である。



……さて、最初の話に戻るが、
そう考えると、あたしはトレーニング時に、意識を「集中」させ過ぎだったかも…?


アスリートの場合、よく用いるのが、
実際の試合の映像や音声を流しながらトレーニングをする、
というような事をやるが、
自分は今は現役アスリートではないし…


そうだ!


「笑顔」だ!


笑顔でトレーニングをする、というのも、
一見ふざけているようだが、
前述のように、意図的に「気を散らす」為のひとつの手法となる。


でも…



こんなゴツいオッサンが、
急にニヤニヤしながらスクワットか何んかやってた日にゃー、
違う意味で「恐い」でしょうなぁ~



……


やっぱ、フツーにやろっと。



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ジャンプサマーGPスタート

テーマ:スポーツ関連
2006-08-08 10:26:41

SANSPO.COM > スポーツ


ジャンプサマーGP、日本10位で2回目に進めず


スキー・ジャンプサマーグランプリ(5日=日本時間6日、ドイツ・ヒンターツァルテン、共同)日本は1回目で448.0点の10位に終わり、上位8チームによる2回目には進めなかった。日本は岡部孝信(雪印)の98メートルが最高で、一戸剛(アインズ)が97メートル、竹内択(北野建設)が95メートル、吉岡和也(土屋ホーム)は88.5メートルだった。オーストリアが優勝し、2位フィンランド、3位ドイツと続いた。






北海道新聞 スポーツ


岡部が17位 ジャンプサマーGP  2006/08/07 14:05


 ノルディックスキー・ジャンプのサマーグランプリ(GP)は6日、ドイツのヒンターツァルテン(HS108メートル、K点95メートル)で個人第1戦を行い、岡部孝信(雪印)は99・5メートル、97・5メートルの242・5点で17位だった。





世界選手権に向けて、海外試合も本格スタート。


まだ調子は出ていないが、今は色々な選手を試している段階。
ここから徐々に世界選手権代表メンバーを絞り込んでいく。


それでも、さすがベテラン岡部選手。
本調子でないながら、きっちり日本選手の中では最高成績を上げる。


がんばれ!TERAM JAPAN!


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アスリートとして稀有な存在、「為末大選手」と、アスリートは何の為に競技をするのか?

テーマ:スポーツ関連
2006-08-08 10:25:25

陸上競技ハードル選手の為末大選手。
最近は陸上の分野のみならず、様々なメディアに登場している。


トップアスリートとして、彼の存在は稀有な存在である。
競技は違うが、他の競技でトップを極めた存在と言えば、
中田英寿選手やイチロー選手、スケートの清水宏保選手などがいるが、
これぐらいのレベルになると、どうも一般的価値観と共有できなくなるらしく、
彼らに共通しているのは「孤高」のイメージになる。


だが、為末選手は、どのメディアに登場しても
その「感じの良さ」を崩さない。
努力してそうしている、という感はなく、
あくまで自然にそうなっている、という印象である。


その一方で、政治の話になれば若手国会議員のように熱弁をふるい、
得意のファンドの話題になればアナリストのように緻密な分析を披露し、
(最近「インベンスメントハードラー」という投資の本を出版したらしい。読んでみようと思う。)
トレーニングの話になれば運動生理学者も顔負けの持論を展開する。
かと言って自分を押し付けるでもなく、共鳴できない場合もその相手をバカにした態度をとるでもない。
常に相手に尊敬の念を向け、誰に対しても笑顔を絶やさない。
見ていて嫌みでなく、非常に好感も持てる。
話を聞いていて、実に楽しい。


ここ数年では、アスリートの中で、
松井秀喜選手と並んで広い意味でのトップの存在だと思う。


これは彼の人生観に依るところが大きいようだ。


彼はよくこんな発言をする。


「僕にはコーチがいない。だから自分以外の人は全てが“師”だと思っています。
分野を問わず多くの人の話を聞き、知識を得ることが、最終的には自分の競技にフィードバックされていく。
自分の知らない世界にはハードルの技術を磨くヒントが隠されているんですよ。」


なんと非の打ちどころのない、素晴らしい考え方。


事実、ファンドの勉強をすることで「情勢」を見るという習慣や目が養われ、
それが試合で他の選手の「状況」を見る目につながった、と話している。

それが前回のヘルシンキ世界選手権での豪雨の銅メダルになった、と後述している。



ここから先は、私個人の考え方だが…


アスリートとは、いったい何のために競技をやるのであろうか?


もちろん個々の記録やパフォーマンスを向上させて、
最終的には「勝つ」ことが目標なのだろうが、
果たしてそれだけか?
そこで終わって良いのだろうか?


私もよくこのような話は選手とするのだが、
結局、競技とは人間力の勝負であり、
逆に言えばアスリートは競技でけで終わってはならない、と思う。
人間として、自分がどうなりたいか?
最終的に死を迎えるまでに、何を全うするか?という
一つの方法論、表現方法として競技がある、と考えるべきであろう、と私は考えるし、
選手にも今自分がやっている競技について考えてほしいと思っている。


そうでないと、
たとえば30前後で競技人生を引退して、
さてこれから第二の人生、と今までの競技人生がまったく生かされない、あるいはそこが完全に分断されたその後の生き方であれば、
いったい今までの苦しい競技人生は何だったのか?
と考えざるを得ない。


つまり、競技成績を上げようと思った場合、
まずは、


「自分は何のために競技をやっているのか?」


「自分の長い人生の中で、競技とは何の意味を持つものなのか?」


「自分は、どう生きたいのか?」


を自問すべきなのかも知れない。


一見遠回りのようで、
実はそこに問題点が潜んでおり、
何らかの解決法が見出せるのかも知れない。


競技は、競技だけで終わるものではない、と。


…などと、私は考えているのである。


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亀田騒動に想う「事実の冷静な認識」と、意図の読み方

テーマ:スポーツ関連
2006-08-05 02:07:25

亀田興毅選手の疑惑の判定に関するバッシングが止まらないようだ。


八百長疑惑だの何だのから、亀田選手の素行や言動に対する批判まで飛び火し、
一体、そもそも何を論じてるんだか分からない始末。
ま、それだけ亀田選手が影響力のあるアスリートに育った、という証明になった、
と言えばそれまでだが。


大切なことは様々あろうが、
判定に疑惑があったとしても、少なくともライトフライ級一位の選手と闘い、
19歳の少年が互角以上に渡り合ったのは事実。
それはそれで凄い事実である。
裏で何かが行われたとしても、それで彼が「弱い」という事にはならない。
彼がどこまで知っていたかは別だが、
何かあったとしても周囲の大人の問題であろう。


私は彼が好きでも嫌いでもなく、
擁護する気持ちもまったく持ち合わせていないが、
周辺環境を除去し、まずは事実のみを冷静に認識することが大事だと考える。
そうでないと、大切なことを見誤る。


同時に、今回の疑惑の判定に関しては、
そもそもボクシング興行の特異な仕組みに問題があるようだ。


聞いたところによると、
ジャッジ(審判員)は全員アマチュアだそうで、
これもボクシングの特異な仕組みだが、一番の権力者はWBAでもWBCでもなく、
まずは「興行主」なのだそうだ。
ジャッジには交通費や宿泊代は連盟や協会から支給されるが、
基本的にはアマチュアなので、「無給」なのだそうだ。
つまり、その他経費などは興行主から支給されるらしく、
構造的には興行主に雇われているのに近いそうだ。
そうなると、興行主から「何か」を頼まれたり指示されたら……


断れるのか…?


つまりは「プロスポーツ」の体を為していない、と言わざるを得ない。


そういう実態を改善していく動きにしないと、
問題は何ら解決しない。


実は過去にも同様の問題があり、
鬼塚勝也選手も数回、疑惑の判定があり、
今回の対戦相手、ランバエダ選手は過去にも新井田選手とも対戦し、
やはり微妙な疑惑の判定で敗れている。
今回、亀田選手のように、社会現象にまでなっている選手だったからこそ、大きな問題になっているに過ぎない。


要は、マスメディアも、
目立つ所にだけ騒いでいるに過ぎない。
ある意味、同じ穴のムジナと言うべきだろう。


また、この問題に乗じて
亀田興毅選手の言動に対する批判も起きている。
「疑惑の判定で勝ったくせに、相変わらずのデカイ態度」が気に入らない、ということだろう。


問題なのは、彼は何も犯罪行為を犯していない、ということ。
彼があのような横柄な態度をとるのは、
彼(親父さんかも?)が何らかの戦略を持っているのかも知れない。

良いか悪いかは別にして。

ロックスターがいつでもサングラスを外さないことや、
江頭2:50さんや猫ひろしさん、古くはたこ八郎さんなどが、
どんな場面においても、あの強烈なキャラクターを崩さないのと同じことだろう。


要は、意図があって作為的にキャラクターを構築しているとするならば、
それを簡単には崩せないのは当たり前のことだ。
逆に言うと、この状況化でそこを貫き通す、
彼(亀田一家&協栄ジム)の根性と信念に頭が下がる。


何度も言うが、好き嫌いは別にして、
状況を論理的に、冷静に判断した場合の見解である。


だが、なぜ彼がそのように意図的にキャラクターを作り上げようとしているかは分からない。
ボクシング界の盛り上げの為か、ただの目立ちたがりか。
それとももっと大きく、日本のプロスポーツの活性化を見据えているのか。


ただ、私が興味深いのは、
世間の子供たちが彼に憧れてボクサーを目指した時、
同じように「タメ口」で応答することを奨励するのかどうか?
自分に対して「タメ口」をきいた時に容認するのかどうか?
そこで「目上には敬語で話さんかい!」と諌めたら、これこそ筋違いである。


彼が真のアスリートになるとしたら、
世間に対する影響度、ましてや子供たちに対する影響は無視できない。
本人は意図するかどうかは別にして、強くなる、ビッグになる、トップに立つ、
というのは、同時に責任も必然的に伴うという事である。


本人がいくら否定しても、そこは逃げられない。


さて、亀田選手がどこまで意図しているのか。


強くなる、強さを目指す、名声を勝ち取る、ということは、
自分に降りかかるであろう責任まで覚悟する、ということなのである。


そうでないと、彼もマスメディアに、世間に、潰される。


たとえ試合に勝ったとしても。


最後にもう一度。


私は亀田選手は好きでも嫌いでもありません。


いつでも、事実を、冷静に客観的に判断したいだけであります。



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亀田選手も人の子、ということと…

テーマ:スポーツ関連
2006-08-02 22:22:30

ジムでトレーニングしながら見てた、亀田選手の世界戦。


強気な彼もやはり人の子ということか。
明らかに普段よりは身体に力が入り、動きも悪かった。


僅差の判定勝ちでタイトル奪取、となったが…


う~ん


当然、相手方からクレームはつくでしょうな。この結果。


あまり多くは語りたくないが、
どーもきな臭い感じはしますな。
確かに、負けたらスポンサーやTBSさんは大弱りでしょうし…
逆に言うと、多くのモノを背負ってしまってますな。亀田選手。


ただ、僅差の勝利であることは別にして、
熟練したテクニックを駆使する相手に、少なくとも互角以上の戦いをしたのは事実で、
一部報道にあった、実力に疑問府?という事にははっきり否定できたことは確か。


まだまだハートに鍛える余地があることが分かり、
まだまだ経験を積む必要があることも分かった。
強そうに見えても、まだ少年の域を出ない。
すべてはこれから。


明日のスポーツ紙はどのように報じるか。


少なくとも見たくないのは、
評論家たちが「それ、見たことか」みたいなコメント。
専門のトレーナーではない父親の指導をいぶかしく思う声も多い、と聞く。


ただ微妙な判定は別にして、
少なくとも彼が世界レベルにあることは立証されたのは紛れもない事実。


やって来たことは評価してやり、
これからの成長を期待してやりましょー。


でも…


喉から手が出るほど欲しいコンテンツとは言え、
ちょっと浮き足立ち過ぎじゃあない?
TBSさん。


逆に亀田ブラザースが潰されなきゃいいけど。


マスメディアは恐いからね~。


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