堀川炎:いつでも反抗期

世田谷シルク主宰、堀川炎(ホリカワホノオ)の演劇系まいにち。

2.10 更新

<2015年>

<フランス>アヴィニョン→クレルモン=フェラン→パリ→
<オランダ>アムステルダム→<ベルギー>ブリュッセル→
<イギリス>ロンドン→コッツウォルズ→バーミンガム→湖水地方→
<スコットランド>グラスゴー→エディンバラ→<イギリス>ロンドン→
<フランス>パリ→<スウェーデン>ヨーテボリ→
<クロアチア>ザグレブ→プリトヴィッチェ→スプリット→


<2016年>
<クロアチア>ドブロブニク→<スウェーデン>ヨーテボリ→
<デンマーク>コペンハーゲン→<ドイツ>ベルリン→ハンブルグ→
<スウェーデン>ヨーテボリ

に、います。




テーマ:
まだ上げておく、2月の記事です。
だんだんブログというよりもはや覚書ですが、ご了承を。


荷物の整理に深夜までかかり、
日本へのダンボールの郵送は
この数日結局時間がなくてできず、
慌てながら朝、アパートを後にする。

それでも部屋は掃除して、
ドライフラワーになってしまった黄色いバラを
テーブルの上に、いたずらのように置いてきた。

そしていざ出発。

ところがこの重い荷物。
一階に降りるのも一苦労で、
持っている荷物をひっくり返してしまう。
さらに外に出ると……………
なんと、、雪…。

う、嘘、、…とてもじゃないけど
こんなの絶対持っていけない…。
数メートル歩いてみるものの、左右のバランスが取れず、
荷物が一つ雪の中に落ちる。


それを拾い上げながら、すでに運ぶ意欲を失いかけていると、
すると10メートル先にタクシーが止まっている。

迷わず日本式的に右手を上げて、
車に乗ってそのままユキさんちまで
運んでもらう。
とてもここから近い場所ゆえに、
色んな部分が痛む。

といってもわざわざ
人に助けを求めるほどでもない。

仕方ない…

すでに約束の時間から30分ほど遅刻していたので、
急いでアパートについて建物の中に入ろうとするけど
やっぱり荷物がうまくコントロールできなくて
ドアの間に引っかかったりする。
トランクはいいけど、ドアが壊れたらまずいので、
とりあえず持てる力と知恵を振り絞って
床に他の荷物をほっぽり投げ、
バックを強引に引きずり、
ようやくエレベーターに詰め込んで乗り込む私。

なんとか無事ドアの前に到着。
つ、ついたー!!!

ユキさんちがとっても広くて素敵で、
ソファに座った彼女の姿なんかもう、眩しい。

私が大好きな岩井俊二監督の映画に出てきそうだった。

そんなイメージ。

それに比べて私の汚い荷物といったら、
トランクは派手だし
完全に部屋のバランスを侵食していて無様な様子をお見せしてしまって、
なんて言ったらいいやら、
恐縮してしまった。

そして自分の濡れているトランクやローラーを
拭かなくてはと思ったものの雑巾なども
用意していない。。(←後日拭いた

とりあえず本だけださせてもらって、
その後二人して家を出る。

バスに乗っているとちょうどダンサーの響子さんも乗ってくる。そのまま劇場へ。

そして二人とお別れした後、受付で借りていたアパートの鍵を返す。

さてこれからどうしようか…
なんて考えている暇もない。

実は今日は荷物だけ置かせてもらってこれから一泊二日で
ストックホルムの知人の家に遊びに行くのだ。

その方はリチャードと言って、
スウェーデン人の俳優さんで、
イギリスで仕事をしている。


今回はたまたまヨシさん繋がりでヨーテボリにリハーサルを見にきていて
そこで知り合った。

少し歳上で、彼氏にはどうかなという感じなので、(←失礼
俳優の先輩、お兄さんのとこに、ちょっくらお邪魔するかんじ。

ヨーテボリのセントラルステーションで
電車を待つ前、
コーヒーを買おうとカフェに入ると、
私の前にバタフライでスズキ役をやっているカタリーナが。

実は彼女とはなぜかご縁があって、
カフェの外を歩いている彼女に遭遇したり、
この間も車の中から、彼女がこっちに向かって歩いてくるところに遭遇したり、
そして今日、今、目の前に。

普通こういう時、話しかけるものかもしれないのだけど、
意外と人見知りの私は
一度しか話したことのないカタリーナを目の前にして
コソッといなくなるという、ガッツのない行動をとってしまった。

せっかく3度もチャンスをくれたのに。
いつかの4度目は話し掛けよう。


それから他の場所でコーヒーを手に入れ、
悠々自適に列車の旅。
窓の外を見て過ごす。

そして、列車は少々遅れてストックホルムへ到着。

リチャードにあって歩きながら話していると、
英語を聞き逃すことが多くて、
このまま明日まで持つかしらと不安になったけれど、
少々時間が経つと、無事彼の英語に慣れてきたみたいで
会話できるようになって安心した。

まぁもしくは、彼が私に合わせてくれただけかもしれない。

しばらくは観光して、
あれは劇場、あれは有名なホテル、こっちは教会、などなど
案内してくれる。

それから建物には、あちこちにスウェーデンの国旗が飾られていた。
私が思わず、

It's absolutely different from Japan.
Because if I have a Japanese national flag and I have hung it in front of a door at home, it's like to respect Emperor as God and agree with the Second World War. It's not good situation for people. We don't have war authority. Japanese flag is..is....like

と言って文法わやわやな英語に加えて言葉に詰まると

Yes, nationalism.

と返してきた。
あー、そうそう、と私。

彼がどこだっけ?アトミックボムというので、

Nagasaki? Hiroshima?

というと、今度はそれそれ、と向こうが言う。
私はまた、

It was horrible and ridiculous. Japanese think that  we don't need to spend a time for war. Unfortunately, our politics become change from nothing weapons to having that, just now. Actually, We have never experienced such a war for 70 years. But, at the same time, Japan needs powers of negotiation against U.S., Korea, China because 
 if Asia countries attack to Japan, we would have to give up immediately without weapons. I have no idea how we should do it. It's just in my opinion.

と、恐らくもっと、わやっと言った。
今日は日本語にはあえてしない。

知らなかったけど、
彼は日本の歴史や文化にも詳しいようだった。


それから美術館。
こっちはポリティクスによって無料になっているそう。
展示を見て回っていると、
どうやら私は観覧するのが早いらしく、
その部屋を見終わって振り向くと、
まだ半分ほどしか見ていない彼を見つけ
なんだか芸術を堪能できない女のようで、
恥ずかしい気持ちになった。

思わず、一度見た絵をまた初めてのような顔して見て、時間を稼いでしまうあたり、
せっかちだなと反省しつつ、
それもすぐ終わってしまい、
意味分からないけどフリーズしたみたりする。

ある特設展示場で
これはスウェーデンで有名な女性画家でね、
と教えてくれる彼。
亡くなってから評価されたという彼女の絵は繊細で
柔らかで、美しかった。
それから、ピカソ以外みんなそうねと言うと
笑っていた。


その後、ラーメン屋にいってまた日本のビジネスマンの話などして、
なんだか非常に興味をもつ彼。
そのあとごちそうさまして、彼の家に。


家には、大学生の息子がいて、
実息子との方が私の年齢が近い。

キッチンダイニングで、

私 こんにちは、何してるの~?
息子 音楽の◯◯を英語で学ぶようにしてるんだ。スウェーデン語と書いてあることが全く違って面白いんだ。
私 私はradio head とかunder world が好きなんだけど…

と話していると、
歳が近いせいか仲良くなる。
彼も私を気に入ってくれたようで
次の日、この家を出るまで、ずっとすれ違うと最高の笑顔でニコニコしてくれたのだ。

この日は、お部屋を借りたらすぐ就寝。
軽い引っ越しと小旅行を経験し、とても疲れていた。



19日
そして翌日、朝から携帯と格闘。

実は私の日本のクレジットは使えず、
この日ヨーテボリに帰る切符が取れていない。
とっても安い、いわゆる格安列車がネットで販売しているんだけど
残念ながらこのカードは使えないらしい。
彼は私のために自分のクレジットを使って
取ってくれようとしたんだけど、
自分の問題なのと、
すっかりカード社会に浸かってしまっていた私は、
現金を持っていないので丁重にお断りした。

そんな問題があってあの手この手を使って、
少々高めだけどクレジットの使えるサイトで
ようやくチケットを手に入れる。

ところがこれが後でとんでもないことに…


朝食は、フルーツやらグラノーラをいれたものを出してくれて、
その後リチャードと彼の演出と、出演をした
オイディプスのDVDを見たりして
ここはああだこうだと話し合う。

それから近所を散歩して、写真美術館へ行き、
入り口でお別れした。
また連絡するよとお互い、演劇人として
有意義な時間を過ごしたことに
とても胸が温かい。

それからは日本人の作家も多かった、写真美術館。随分面白くて時間かけてしまった。

時間に気がついて急いで出たものの、
16時の予約した子供の芝居の開演には比較的ギリギリ。
それでも腹ペコ。
マックで遅めのお昼をとって、地下鉄に飛び乗ろうと思ったら、
今度は1日パスがないという始末。
確かにポケットに入れておいたはずなのだけど…

駅近くの隅っこで鞄を漁るあたり、
明らかに旅行者丸出しなので狙われたくないのだけど、
時間も迫ってきていて、今すぐ乗りたい。

けれどない、、
乗りたい、、
ない、、

パスを使えないのはもったいないので、
遅れるのを覚悟でマックに戻ると
自動ドアのマットの上にそれらしきものが。
落としていたようだった。

それを取って、地下鉄に飛び乗って、
駅から劇場の建物に繋がっている通路を走って、
エスカレーターも駆け上ってようやく到着。

今ストックホルムで走る人は私だけかも、
なんて、考えていると、あら、、

するとすでにドアが閉まっている…!!

お、お姉さん!これ、これ、と言ってチケットを見せると
私の気迫に気がついたのか、
けれどお姉さんは
ええ、でも16時半からだから、
まだ開場してないのよと申し訳なさそうに笑った。

そう、16時からと勘違いしていたのだ。
恥ずかしくて消えてしまいたいと思いながら

あ、あ、あいむうぇいてぃんぐ…。

と告げた。


その後気を取り直して劇場ロビーに入ると、
怪獣のような小さな子供たち。

そして子供向けの紙を題材にした演劇を見た。

言葉がないものだったんだけど、
子供より大人が笑っていた。
どっちも楽しめるっていいよね。

それから時間を潰して
ユキさんちにお土産でキャンドルと、
あちらこちら行ったら必ず記念で買っている自分用のポストカード。

そこでこんなことが。
ある店で雑貨を見ていると、
私の近くのおばさまが急にガチャーンと音を立てて
ガラスを床に落として割る。
そのまま店員さんに申告するだろうと放っておくと、
おばさまはススッと早足で向こうに行ってしまう。

ち、ちょっとおばさま、、
これ、まるで私のせいに見えるじゃない…

私は焦って、同じく去ろうとすると音を聞いてやってきた店員さんと目が合ってしまう。
若干睨まれている気が…

ち、違う、私じゃないです…

と、心の中で言っていると、
次の瞬間また別の場所でガチャーンという音が。
おばさま、二回続けて割ったらしい。

店員さんはチッと舌打ちし、
私は心の中であぶねぇ…と言いながら
急ぎ足で外に出た。

こっちの人って品物割っても言わないのかなぁ、、、

そしてようやく時間が来て、
ストックホルムセントラルの駅へ。

ここで、コーヒーとホットドック(←大好き
を買ってあわてて電車に乗り込もうとしたところ
おや、、電車がこない、、

プラットフォームを間違えたかとキョロキョロするけど
どうやら様子がおかしい。

けれど電光掲示板はスウェーデン語。
全くわからない。
隣のお姉さんに英語で聞いてみると、
なんと、列車が遅延しているとか。
そして、一本後の1時間半後の列車に乗れるよと書いてあると。

まさにその時間、もう一つの、
私がネットで購入できなかった格安列車は
颯爽と通り過ぎる。

なんてこと…。

しばらく待って、ホットドックを食べてパズドラもやって
電光掲示板に戻ってきたけど、
するとさらに遅延という情報が…。
ガラス割り犯人にされそうだったし、
もう、早くおうちに帰りたいのですが…。

そこへ先ほどのお姉さんがああ、いたいたとやってくる。
あっちでチケットを次の列車のに代えてくれるから
行ってきたら、と。
お姉さん、わざわざ私を探してくださっていたらしい。
またありがとうと言って、キップ売り場に行くと、人だかり。

日本人なので、大人しく順番待ちして
スタッフの前まで来たのだけど
みんなスウェーデン語な上に後ろからわやわや交渉するので
一番前にいるのに全然自分の番にならない。

もー…頭上でチケットやりとりが行われながらも、無事交換がすむ。


結果3時間以上の遅延。



この3時間の間、
座って待っていたら
通路を挟んだすぐ左手のショーウィンドウが、
一気に崩れ落ちるという事故が起こった。

どうやらスタッフの手違いにより、
イスをコンっと当ててしまっただけなのだけど、
ギャグみたいに全て小さな破片になって上から下まで崩れ落ちてしまったという
ハプニング映像で見るような世界に
そこにいた私たち、全員ドン引きだった。

と、同時に、私はちょうどイライラがマックスで、
ちらっと見た瞬間バラバラに崩れるという状況だったので、
あら超能力かしらと勘違いするところだった。

あぶねぇ。
そういうのは何にもない人間だった。


ようやく列車到着。
指定席に座る!
もうok!
隣に座ったお姉さんにここだよねって確認すると

今度は確かにここだけど、
多分私たち違う列車よと返される。
な、なにー。どういうこと!

そのお姉さんは少し目に障害のある人だったのだけど、
それはともかくとして、
どうやら途中で列車一本が2本に分裂するそうなので
ヨーテボリなら後ろの方の列車じゃないといけないはずだとか。

私のチケットは確かにこの席だと思うけど、
お姉さんが向こうだから行きましょうと言うので、
お姉さんについて電車を降り、後ろの方に乗り直す。

ところが次は私たちの席らしきところには
別のおっさんが。

しかも酔っ払っていて取り合ってくれない。

いいわ、こっちに座っていましょうと
強気な、でも見えているのかどうなのか、ちょっと不思議なお姉さん。

はい。

そしてようやく動き出す列車。

2時間ほど過ぎた時、
私を連れてきてくれた
そのお姉さんは、何も言わずに降りて行った。


ヨーロッパにいると、
よく助けてくれたり話しかけてくれたりする反面、
一度話して意気投合しても、
行きずりの人たちは、
去るときはみんな何も言わずにいなくなる。

自分は一度話した人には
必ずせめて、じゃあねだけでも、
ご挨拶しておいとまするようにしているんだけど
彼らにはそれがない。

きっと彼らにとっては本当に、なんでもない
日常なんだろうし、
私にとっては、
こういったことがいちいち嬉しいので、
別れの言葉がないと、
どうにも悲しい気持ちになるんだけど、
それは自分が敏感すぎるだけのことかもしれない。

別れの言葉っていうのは、
次会うまでの惜しみの言葉であって、
もう一生会わない人には、
いう必要なしと結論づければ
彼らが何も言わないのも納得できる。

けれど、そこは根本的に私とは違う考えで、
一期一会でも私は覚えておきたいから、
記憶の締めくくりとして、やはり挨拶はしたいのだ。


腹ペコな私は隣のビジネスマンの黒人がどこからかコーラとスナックをもらってくるのを繰り返し見ていて、
けれど仕組みが結局わからない。
探しに行くものの、分からず席に戻ってしばらくすると
黒人さんは私にスウェーデン語で話しかけてきた。
もちろんチンプンカンプン。

ヘイとタクタクしか知らないんですけど…

そもそも、スウェーデン語話せる顔してないじゃんと言いたかったけど、
とりあえず

やーやー

と言ってみる。



そうしてようやく、
深夜1時過ぎにヨーテボリに到着。

そろそろ慣れてきたかなというヨーテボリ駅周辺の深夜1時半過ぎは、
やけに寒いやらガラがよろしくなく怖いやら、
しかしお腹が空きすぎるものの、
でも怖くてお店にも入れず、
かなりナーバスになりながら
バス停に到着。

ところがここもまた20分以上待ち、、
他の帰り方はよく知らない。

怖い、凍える、ということでまた
日本式黄金の右手を使ってしまう。

昨日に引き続き今日も懐を痛めつつ、
タクシーの運ちゃんは無事ユキさんちのアパートに送り届けてくれる。

今日は荷物も軽いのでドアを痛めるような危険もなく
半ば急ぎ足でアパートの中へ。
彼女も寝ているので、起こしちゃまずいと
とにかく布団にダイレクトに入り、就寝。


大冒険だった。

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2月の記事、もう少し上げておきます。



17日
セコンドのカラがやる蝶々夫人のプレミア。
私は明日アパートを出なければいけなかったので、
その支度をしながら劇場に向かう。

予定では明日からワルシャワとクラクフに行く。それで24日にポーランド発で日本に帰るつもり。

ところが旅の最後はここで終わりたいという欲が出てきてしまった。
できたら最後の1週間もここにいたい。

それくらいここのヨーテボリは素敵な街なのだ。

響子さんの助言もあり、
オーケストラでバイオリンを弾いているユキさんに
しばらくおうちに泊まらせてとお願いするため
意気込んで(?)劇場に向かう。
忙しそうだったら、ヨーテボリのドミトリーを探すか、
もしくはせめてスウェーデンということで、
知り合いのいるストックホルムに行ってしまおうと、歩きながら考える。


次の日が予定が分からないなんてことは、
東京にいたらほとんどない。

劇場は1年半とか2年、
下手すると3年先のを予約するものだし、
逆算して予定を入れるので、
だんだん動かせない予定が増えていく。

でも明日自分がどこにあるか分からないって、
なんか、好きかも。


そんなことを考えていると、劇場に着いた。

そして、響子さんと会う。
今日はバックステージツアーに連れて行ってもらう約束をしていたのだ。

あまりにも劇場内が広いので、
あとについて行きながら、
迷子になりそうとフラフラしつつ、
ウィッグ、帽子、靴、コスチューム、コスチューム倉庫、
生地、染物、小道具、大道具のセクションと周っていき、
ついでに奈落まで行って
作業場を見学させてもらう。

自分がここのスタッフだったら、衣装かなぁと
ボヤボヤ考えながら、
最後は舞台美術のデザインの部屋へ。
中にはCADを使って、
次の舞台美術の3Dを作っている方がいて、
画面の階段と、実際の図面を見せてもらう。

すると強度のためか、画面のCADでは柱が太くなったり、数本増えている。

これってこの方が計算して支えを足しているのかなぁ?
そんな疑問を響子さんに口にすると、
聞いてみたら?英語で大丈夫よと言ってくれる。

ところが思わずとっさに、

「え、英語で、な、なんて聞けばいいかわからない…」

と、ここにきておバカ発言をする。

ヨーロッパきて八ヶ月も経ってるんですけど、、
日本人と一緒にいて気が抜けていたこともあり、
何て言えばいいのか文法が全く出ず、
お願いしてしまった。。

響子さんが尋ねてくれている間、
恥ずかしいなと、努力しなかった自分に激しく反省…。
これくらい、がんばれ、私、、

それにしても、この舞台美術のデザインがすごく良くできている。
私は時期的に見られない公演なんだけど、
かなりスタイリッシュな作品になるんだろう。

お礼を言って、作業場を背にする私たち。

たくさんのセクションが見られて大満足な反面、
こんなに多くの人が働いているのかと
改めて驚かされた。

メインの蝶々夫人であるナンの言葉が頭をよぎる。

「演出家は、音楽、照明、衣装、、すべての分野に長けていないと」



最後はブループラネットという演目を
リハーサルしているオーケストラにお邪魔し、
よそ者のくせに座席で堂々と観るという、
ふてぶてしさを発揮した。




その後ユキさんに会って事情を説明、
無事泊まらせてくれることになった。


それから素敵なカフェに連れて行ってもらい、
ごはん。
何を話したのか覚えてないほど、
話題がコロコロ変わりながら、
確か先日頂いたサッカー選手の本の話をした。
とにかく話題が尽きない。


その後別れてから一度家に帰り、
また部屋を片付けて着替え、再度出かけようとした時、
最後だから紅い口紅でもつけておこうと、
ふと思い立って化粧ポーチに手を伸ばす。

この口紅はロンドンで買った。

もう10年くらい前に、花街で出会った
びっくりするほど綺麗なお姉さんがつけていた
口紅に色が近い。
私は何かあるごとにそのお姉さんに近づきたくて、
ずいぶん似ている口紅を探していたんだけど、
結局10年経ってしまい、
数ヶ月前ロンドンで、
ブランドも、きっと値段も違うであろう
とっても安いこの口紅を見つけたのだ。

私はあの時のお姉さんの年齢も、すでに越えてしまっている。

だけど大切な日、
脳裏にこびりついたお姉さんの顔を想像しながら、
彼女の顔に近づけないかなと未だにジタバタする時がある。


そうして、プレミアを客席から迎えた夜。
私がしょっちゅうみている一番上の下手から、
みんなを見下ろしながら
ああ、これで最後だなと感慨に耽る。


相変わらず、
シンガーの歌の上手い下手は、わからない。

オーケストラのいい音かどうかも、わからない。

私がわかるのは、舞台の上の人たちが今日は
普段とどこの動きが違うかってことくらいで、

オペラの稽古を見てきて一体何がわかったのか、
自分自身も、わからない。

とりあえず、わからないながら目に焼き付けておく。

終演後に食堂にいると、帰り支度を整えた主演のカラが、荷物を持って横を通り過ぎた。
声をかけて、ハグするふたり。

私 「これから飲みに行くけど、一緒に行く?」
カラ 「今日家族が来てるの、ごめんね」
私 「ああ、わかった。とにかく、プレミアおめでとう」
カラ「うん…今日の、どうだった…?」

おずおずと尋ねるので、

It's so great and fantastic. I became emotional because a song of yours is beautiful. So, I respect you.

と、超簡単な英語で答えると、
カラがとっても笑顔になってすっごく喜んでくれた。
お互いこんな英語でしか話せないんだけど、
話せない同士、また通じあう部分があったような気もしなくもない。

カラは、またメールしていい?と言ってくれたので
もちろんと答え、そしてバイバイした。

すると彼女はまた急ぎ足で去っていく。
きっと数ヶ月ぶりの家族との再会なのだろう。

それから、日本人同士テーブルを囲んでバーで飲み。

明日はアパートを出て、ユキさんちに行く。
別れ際、寒い道路で響子さんが
移動する荷物、手伝うことあったら言ってねと
言葉を掛けてくれた。
自分は酔っ払いながらも、また寂しくなった。

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2月のスウェーデンの記事、まだまだ上にあげておきます。


16日 

朝から子供のためのワークショップに行ってくる。この劇場に来るのは3回目で、
初めは公演を見に、
次はディレクターのナスリンに会っておしゃべりして、
私のたまたま持っていたダイジェストの作品を見せたりした。

彼女はiPadばかり使って虚ろな子供たちが悲しいと言う。
使うのが効果的なことだってあるだろうし、
時と場合によるから一概には言えないけど、
でもiPad以外で遊んで欲しい、
それが彼女の意見だった。

ところがこのワークショップ当日、
前日の疲弊感があり
ぼうっとしたテンションで行ったので、
本来の降りる駅を乗り越して一駅先で降りてしまった。
そこで反対側の電車もこなそうだと雪の中、
10分以上かけて一駅戻ってみたら
なんと、元から降りた駅が考えていた所よりだいぶ手前の駅。
無駄に戻ったので、
すっっごく早く出たのに、結果遅刻してしまった。。

シアターのビルが入っている呼び鈴を鳴らす。

「はろー、まいねぇいみず、、、あいけぃむひぃあ、びこーずおぶうぉっちんぐ、あ、わーくしょっぷ、、やー、やー、」

子供達に影絵を作らせるワークショップはすでに始まっていた。

「そ、そーりー、とぅれいと、、」

そういってノコノコ部屋に入り、
20人ほどの子供達を眺めながら、
子供達に説明している
分からないスウェーデン語の説明を、
分かったような顔して
とりあえずにこにこしておく。

このシアターのディレクターであるナスリンは
影絵を自分たちで作ることを通して、
子供達が家でもゲームをしないで本来の遊びをするように
促す効果を期待している。
それがこのワークショップの意義のよう。

しばらくするとナスリンはわたしのところにやってきて、
「赤ずきんちゃん」のシチュエーションを、
影絵で作っているんだよと英語で教えてくれた。

子供達は白い紙にまず登場人物の赤ずきんや、狼、人、家など割り当てられた役をドローイングする作業なんだけど、
彼女曰く、
子供達は絵を詳細に書くけど、
まだコントロールしきれていないという。
だから、一度描いた絵をより簡単になるよう簡略化して書き直してもらう。
さらに今度は黒い紙に白い鉛筆で書き写し、
それを切り取って棒につける。

こうして影絵の素が出来上がる。

それから少しだけ各テーブルの先生方がカッターで穴を空けてあげて、
黒い影の隙間から、光が差し込むようにする。
例えば人の目とか口、家の窓、など。

白人の子供達に混じって、一人だけ黒人の男の子がいた。
ずっとおしゃべりしたり勝手に動き回るので、
先生にしょっちゅうたしなめられる子なんだけど、
彼の作った影がどうにも秀逸で魅力的だったので、
その子が握りしめていた、
その棒の先についた黒い人型を
繰り返しチラチラ見てしまった。

それから4グループが赤ずきんちゃんを発表。

終了して、子供達は帰る支度をする。

ナスリンが近寄ってきて、私の耳元でこう囁いた。

「あの男の子は来た時初めは「やりたくない、やりたくない」と、ずっと言っていたのよ。
だけど、出来上がったら、「見てみて!できたよ!自分でやったんだ!」と言って見せに来たの。」

彼女がしたり顔だったので、
私も思わず「ぐれいと!」

と返した。


わたしはこの中で唯一のアジア人だからか、
子供によってはこっちをじっと見ていたり、
わたしが手を振るとビックリして、
知らんぷりな子もいる。
逆に手を振れば振り返すボーダーレスな子もいて
とりあえず言えることは、みんなかわいい。

そしてワークショップが終わり、
先生方に連れられて、
みんな小さな帽子とマフラー、
そして小さな長靴を履いてぞろぞろ帰っていく。

誰もいなくなった部屋で、
明日も明後日も、今とっても忙しいの、
と彼女は言う。
新しいプペットの発注をしていて、
再来週から2週間キューバにツアーに行くらしい。
そして、改めてお互いの連絡先を交換し合う。


実はこのワークショップのお昼休み、
とてもいいことが起こった。
それは教室で二人きりになった時、
ナスリンが私にこんなことを言ってきたからだ。

「あなたの作品って、
大きい劇場じゃないとできないの?
こっちのフェスとかで、何か作品できない?」
「私は200くらいのサイズの劇場の方が好きだけど、でも小さいところでもできるよ。5人くらいで」
「うちの劇場でもできる?」
「レパートリーあるから、
そのサイズに合わせてリクリエイトできると思う」
「例えばお互いの国の劇場でやってもいいし、
コラボとかできないかしら。」
「…!!やりたい、」

そんな申し出があって、
いつになるかわからないけど
子供の芝居でコラボできる日が来るかもしれない。
ということは、つまり、
またこのヨーテボリに戻ってこられることになる…!
昨日まで悲しんでいたことが嘘のようだった。

国際共同制作をするとなると、
色々大変な面は出てくるし、
私もやったことがない。
でも例え、このお話がなくなっても、
彼女らの作品を日本で上演出来るくらいの
キュレーター的立場の力も私が持っていたらいいな。

そんなわけで、連絡先を改めて交換し合ったのだ。

話はずれるが、
実はこの話をもらう直前、
つまりワークショップ中、
一つだけ気をつけていた行いがある。
私はそれがきっかけで彼女はこの話を持ちかけてくれたのかな、
とこじつけたい気持ちがあるので、
それを少し紹介したい。


話は今年1月ごろに遡るんだけど、
このヨーテボリの劇場に
和太鼓グループ鼓童の元メンバーだった日本人男性が、
演奏でいらっしゃっていた。
そのときに私が彼から勝手に学んだ、
おまじないみたいな行為のこと。

私が彼に対してとても感心っていうとなんだかあれなので、
すごいなぁと思ったことがあって、
それは彼がバタフライのオペラ稽古に見学に2回ほど来た時、
リハーサル室でも劇場でも、
他人の稽古を、
背もたれに背をつけていないで、
ずっと姿勢を伸ばして
見学していたことだった。

それはもしかしたらこの方のスタンスというほどではなくて、
たまたまだったのかもしれないけど、
一緒に劇場で稽古を見ているとき、
隣で赤いシートに背をつけて
ゴロゴロしている私とは全く違って、
ピンと背筋を伸ばして腰掛けている彼を見ながら
ちょっと恥ずかしくなったのだった。
それにこの広い客席で、
誰も気にも留めないかもしれないのに、
ビシッとした姿勢はとてもかっこいいと思った。

だから、次に人の仕事場にお邪魔した時は、
たとえ何時間いようとも、
私も背もたれによっかからないよと決めていた。

それが今回のワークショップだったわけで、
彼を思い出してひたすらピンとしていたのだ。

するとさっそくそんな嬉しいお話が来たので、
偶然かもしれないけど、
これはこの仕事を見る姿勢を取得したおかげ、
ということにしておきたい。

いつか会ったら与太話としてお礼を言おう。


その後帰宅して、
帰国用のダンボールを買ってきたりしたものの、
結局ぼうっとしていてほとんど何も終わらず。

何をしていたのかも、あんまり定かでない。
とりあえず、お世話になっている大好きなダンサーの響子さんに
プペットの公演について電話報告して
昨日の不安が嘘のように、またヨーテボリに戻ってこれるかもという
嬉しさの中、長話した。

話があっちこっち飛んでしまうが、
ナスリンはお別れ間際、
ため息まじりにこう言った。

「あなたの作品とても好き」

私の作品を認めてくれた
最初のヨーロッパ人だった。


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