2008-03-01 18:30:37

夢をカタチに 資生堂ヘアメークアーティスト原田忠さん

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夢をカタチに 資生堂ヘアメークアーティスト原田忠さん


お笑い芸人に、ハリウッドきっての二枚目スター。整髪料「UNO(ウーノ)」で、日本を席巻する大型CMを手がけたかと思うと、世界の流行・ファッションの発信源、パリやNYコレクションのランウェイ(ショーの花道)に登場するトップモデルを担当する。


そんなヘア&メークのトップアーティスト6人で結成する資生堂の先鋭集団「SATSS」のメンバー、原田忠さん(36)は元自衛隊員。クーラーなしテレビなしの集団生活。ほふく前進に銃をかついで訓練の日々。徹底した精神的・肉体的訓練を経て「平和を守る人から平和をつくる人へ」転身した異色のキャリアを持つ。


美容院を営む家庭に生まれ、群馬で過ごした少年時代。高校卒業後の進路に自衛隊を選んだのは「パイロットになりたい」というシンプルな理由だった。最初の配属は山口県の防府北基地。全国から集まった若者13人で編成する「班」に入った。訓練、食事、就寝と方言の飛び交うメンバーと集団生活の毎日だった。


しかし一番の夢だったパイロット試験には2度、落第。「戦闘機の近くで働けるのなら」と20歳で進んだ道は航空管制官だった。大好きな航空機に接する仕事だったが、違和感を覚えるようになったのは「500人もの人間が乗っている飛行機が、モノに見えるようになったこと」。実家の美容室にきたお客さんの喜ぶ顔が浮かんだ。


まる3年を経て除隊。美容専門学校ではいつも「人より3年遅れている」との思いで勉強した。都内のヘアサロンで5年を経るころにはコンテストで入賞し、店長を任されるようになっていた。勉強も兼ね、手にとるファッション雑誌で「いいな」と思う写真の髪形を手がけるのは「いつも資生堂のアーティストだった」。


本業である化粧品の製造・販売と同時に、世界のファッション・メークの最先端に常に社員を送り込んできた資生堂。社の仕事にとどまらず一流のショーや広告の現場で活躍する「SATSS」を結成しているのには、理由がある。


「そこで集めた世界最先端のファッションシーンの情報、感じ取った現場の空気を、資生堂製品に落とし込んでいる」。現在SATSSの一員となった原田さんは言う。雑誌の写真に引き寄せられるように、資生堂の養成機関のSABFA(サブファ=資生堂アカデミー・ファッション&ビューティー)の扉をたたいた。卒業の2000年、資生堂社員として働く道を選んだ。「ファッションの最前線で起きていることを日常にフィードバックできる仕事に魅力を感じたから」だ。


「正しい一本の道をいくのではなく、いろんな道を通っても最終的に美しければいい」。表現について語るとき、自身の歩んできた道そのものを語る言葉になっている。


出典:MSN産経ニュース

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