例のサンケイ今村記者の文章だが、突っ込みどころが多すぎる。
 
『羽生三冠が131手で勝ち第一人者の意地を見せた。この結果に胸をなでおろしたのは棋士たちだろう。
 ある棋士はこう話した。「われわれの仕事はいい棋譜を残すこと。本当によかった。もし三浦さんが勝ったら“羽生さんが緩めたのでは”などといわれかねない。どんな相手にも十分、技や力を出させ最後に勝つ羽生さんの面目躍如だった」。敗れたものの三浦九段の復帰戦としてはベストの相手だったようだ。』
 
→毎度毎度の「ある棋士」。実在するか全く疑わしい。仮に実在するとして、棋譜の内容から本気度を推測する能力もないことの自白ではないかと私は感じてしまう。
 
「ベストの相手」というのも、恐らくはこの組み合わせは「意思が働いている」ので、ベストも何もないと思う。(トーナメントのドローに人為的要素があることは知られていて、近いところでは藤井対加藤がそう。竜王戦6組のアマの対局も新鋭と意図的に当てていた時期があったし、王座戦の女流棋士一斉対局の組み合わせも同様であった。)
 
 別のエントリーのコメント欄にもご指摘があったが、この記者は「三浦に李下に冠を正さず」を求めていた。三浦は黒どころか灰色ともいわれないために身体検査を要望した。その上で、三浦にネガティブな記事を書く。いったい何をすれば満足するのだろう。負け役は斬られていろ、とでもいうのか? 
 
 この記者、内容のない章を書いているのは将棋だけではない。豊洲市場の『記事』(これを記事と呼んでいいのかも躊躇いを感じる)も底の浅いものだった。ジャーナリストの職掌は、事実にのっとり合理的な分析、評価をすることだと私は思い込んでいるのだが、どうやらそれは間違いで、自分の情緒にのみ依拠してロジックのかけらもない文章を書くことらしい。その上、給与をもらえるのだから、この記者の境遇が羨ましいわ。
 
 こういう記者は真剣勝負の場には不要。暴力団の取材でもしているがよい、といったら暴力団に失礼か?
 
 
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