未来への植樹祭

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震災から5ねん目の今年は、2011年3月11日と同じ金曜日になりました。 翌12日が大安でしたので、
復興のシンボルとなるワイナリーに黒松と赤松の苗木を植樹 することになりました。

”のだ千年の松”として初めての植樹となる3月12日のタイトルは”未来への植樹祭”。

30年で一人前となる苗木を守り育ててくれるのは子ども達。
子ども達に”2011年の東日本大震災を忘れないで”という想いと”子ども達を災害から 守ってください”との
願で付けられた名前です。

植樹前日の3月11日は雪が舞う寒い日でしたが、12日は晴れてくれました。風の強い一日でしたが、
親に手を引かれた子ども達も会場に来てくれて、本当に”未来への植樹祭”となりました。参加者の想いが
野田村の特産品であるホタテの貝殻に書かれ、苗木を守るように囲んでくれました。
※この植樹祭は公益社団法人国土緑化推進機構の協力を受けての事業です。

海の見える山ぶどうワイナリー。復興のシンボルとなるワイナリーは後日”涼海の丘ワイナリー”と
決まりました。

植樹祭の映像はめんこいテレビ”野田村FAN(www・nodamurafan・jp)”
3月27日放映でご覧になれます。次回は”ネバリ.バザーロさんと野田村です。


※皇居勤労奉仕へのクラウドファンディングを立ち上げています。皆様どうぞよろしくお願い致します。

クラウドファンディング:https://readyfor.jp/projects/iwatenoda
FBページ:https://www.facebook.com/iwatenoda/
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11日の花火

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 今年から8月11日が山の日となりました。記念すべきこの日に今年で4回目となる『11日の花火』が野田村の夜空を飾ってくれました。

花火を打ち上げてくれたのは一般社団法人LIGHT UP NIPP0Nさん。
震災の年から”被災地に花火”をと働きかけて下さいました。
代表の高田さんは『震災で中止になった東京の花火はどうなるんだろう?』の疑問が始まり
だったと話してくれました。

野田村は震災の翌年から花火を上げて頂いています。
震災から2年目の8月11日に村にひとつだけある愛宕神社の参道でみた花火は震災の年の
復興イベントの花火と同じく今でも心の深いところにあります。

2012年の8月11日は愛宕仁者の参道に並べられたテントで、被災された方々の商品を
だらすこ工房のお父さん達と販売をしました。
7時、打ち上げられた花火に復興への夢を重ねると溢れ出る涙で全てが滲んで見えたのを8月
11日の花火を見る度に思い出します。

初年度ははじめての売り子に緊張しただらすこ工房のお父さん達の照れくさそうなお顔を花火が
空から照らしてくれましたが、翌年は売り子にも慣れ余裕が出た様子で、皆さん笑顔で花火を
見上げていました。一年という歳月を有難く受け止めた夜でした。

3年目はスーパームーンと重なって、それはそれは美しい月と花火の共演でした。
そのせいか、花火と共に湧き上がる歓声もひとしお大きかったように思えました。

熊本地震もあり、東日本大震災の風化に加速が付いた今年も8月11日の夜は
LIGET UP NIPPONNさんの花火が夜空を飾ってくれました。
LIGET UP NIPPONNさんの想いのように、会場に足を運ばれた皆さんは夜空を
飾る大輪の花火に笑顔で”ありがとう”を咲かせていました。笑顔と花火。
本当に素晴らしい、美しい時間でした。

震災から5年5ヶ月。皆の心の中の”ありがとう”を8月11日の花火が代弁してくれた
ように思えます。

今年も夜空を見上げながら、いつの日か”ありがとう”の花が野田村中に咲いてくれる夢
を見たLIGET UP NIPPONNさんさんの花火でした。

次回は復興のシンボルとなる野田村の”涼海の丘(すずみのおか)”ワイナリーのお話です。


※皇居勤労奉仕へのクラウドファンディングを立ち上げています。皆様どうぞよろしくお願い致します。
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2011年3月11日の東日本大震災から5年半になろうとしています。「もうダメかも、」と思うくらいに傷ついた野田村ですが、今年4月に復興住宅が完成し、殆どの被災者が仮設住宅を出ることが出来ました。


2011年の春に小学校の避難所で「与えられたものをただ、ただ、食べるだけの私は豚」という言葉に胸を抉られ、同年7月に立ち上げた仮設住宅での内職もやっと役目を果たせたような気がします。


高台造成地に移られ新しい暮らしが始まった被災者の皆さんは、始まったばかりの生活に一生懸命になりながらも内職を続けることで心身のバランスを保ってくれています。お喋りをする楽しみの一つとして続いてくれたらと思います。


震災から今日まで一人の自殺者も出さずに歩いて来た野田村ですが、肩を寄せ合って暮らした仮設住宅を出て初めての冬を迎える今年、不安を抱きながらも厳しい寒さを越える為の希望を探していたところ、“皇居の勤労奉仕”のお話しを伺いました。被災された方に話しましたら皆さん「行きたい、行きたい!」と子供のように目を輝かせ冬を越す元気どころか、生きる希望に繋げてくれました。


震災から5年が過ぎ、世界中の皆さまから頂いたご支援に恩返しがしたい、と被災された方が考えるようになった今、日本人だから頂けた支援への感謝を日本を象徴する皇居の奉仕活動でお返ししたい、と勤労奉仕への参加を決めました。
被災者を連れての参加で経費を工面するのに震災からの記録を纏めてみようと思い付き、勤労奉仕の件も含め支援を頂いているシャスタヒーリングさんに相談しましたらセンジュ出版社さんを紹介して下さいました。今年の1月、シャスタヒーリングのお二人とセンジュ出版社を訪ね、代表の吉満さんに話を聞いて頂くことが出来ました。代表の吉満さんは出版に係る経費と時間を説明して下さった上で「今回はクラウドファンデイングでお金を集められてはどうですか?」と言われました。


「今まで頂いた支援に対する感謝を届けに参加する奉仕活動に再びの支援を?」という迷いを吉満さんは一つ一つ丁寧に解決して下さいました。迷いが解け奉仕活動に参加を希望する被災者の年齢と仮設を出て初めての冬を越える希望を併せて考え、シャスタヒーリングさんとセンジュ出版社、吉満代表にご協力をお願いする決心をしました。


「俺は大腸がんになった。でも、皇居の奉仕活動に参加して世界中の人に『ありがとう』を言いたい。だから俺は頑張る。」「お父さんは仮設で死んだけど『こんなにまでして貰って』が口癖になったから私も奉仕活動に参加して『ありがとう』を言いたい。」「俺もだ。熊本もあるけど、まずは勤労奉仕に参加して礼を言って、震災のけじめを付けたい。」と願う被災者達に再びのご支援をおねがいします。


これからは定期的に支援して下さった方々のご紹介をさせて頂きます。

1回目は被災地に花火を上げて下さっているLight up nipponさんです
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岩手県で第2 位の生産を誇る野田村の山葡萄はとても上質なのですが、生産者の高齢化と価格の低下に伴い、明日への希望を持てずにいました。そして"東日本大震災"。
ふる里に戻りたくても"仕事が..."と、一歩を踏み出せずにいる若者達に"雇用の場が出来たら"と願っていたところ、ワイナリーの計画が持ち上がりました。とても有難く嬉しい話です。若い人が戻ると村も活気づきます。
地元にワイナリーが出来ると高齢化した生産者も「よし、もう一年」と停年を先送りしてくれると思います。
風化していく震災を伝える場にもなれるワイナリーに、明るい未来を描いていきます。

是非皆様もサポート会員に!

http://yamabudou.jp/nodamurawinery/

こころはいつものだ村民

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遠く離れていても
心はいつも野田村と共に…
本村は、特にも震災をきっかけに様々なつながりが生まれています。 野田村への愛着や興味とともに交流や支援を続けてくださっている方々を『普段は野田村にいなくても、心と心でつながっている準村民』として登録します。その証として「心はいつものだ村民登録証(木製)」を交付し、村とのつながりを深めていく取り組みです。

以下の野田村公式HPをご参照ください。


http://www.vill.noda.iwate.jp/miraidukurisennryaku/115.html

3月12日(土)大安吉日に国土緑化推進機構とのだ千年の松主催の
「未来への植樹祭、海岸林再生への一歩」
は373名の参加者とともに楽しく終えることが出来ました。
会場にお越しいただけなかった皆様にも心から感謝を申し上げます。
小さなお子様から86歳までの方と共に、赤松15本と黒松15本を野田村復興のシンボルになります
ワイナリーの入り口に植えました。苗木を守るように皆さんの想いを記入したホタテの貝殻が周りを囲っております。
もし、野田村に来られることがありましたら、是非尋ねてみてください。皆の祈りが育っていると思います、
今日まで支えて下さった皆様に改めて御礼申し上げます。

3月25日

のだ千年の松 代表 坂本久美子


〔以下は当日の御挨拶です〕

本日はお忙しい中、未来への植樹祭、海岸林再生への一歩に足を運んでいただけましたこと、
心より嬉しく思います。ありがとうございます。
かつて野田村には約1万本の黒松防潮林が海岸を飾ってくれました。その姿は国土緑化
推進機構のパンフレットにもあります“緑の晴れ着”そのものでした。美しい松林は村民
の心を癒すだけでなく、東日本大震災では村を守ってもくれました。倒れてもなお復興へ
の歩みを助けるかのように黒松被害木は“だらすこ工房”で新しい命にと生まれ変わり、
手に取って下さった方々のもとに旅立っていきました。
その姿に「もう一度、美しい緑の衣を」との想いが芽生えました。海岸林を再生する事
が出来たら、逞しく生きる被災者の姿と共に語り継げるのでは、と考え“だらすこ工房”“く
る美人”の理解と協力を得て“のだ千年の松’’は始まりました。
それはこの震災を忘れないだけでなく、育ちゆく苗木に復興への祈りを込めたものでも
ありました。小さな個人の思い付きが今日まで続けられたのは、ご支援下さる方々の温か
いお気持ちがあったからです。
大沢航平君、小林友美さんという若い力が入った今でも、“のだ千年の松”は今日植えら
れる苗木よりまだ小さな芽を出したばかりの幼な木です。
でも、沢山の方々のお知恵とお力を温かいお心に支えられ、世代を越えて守り続けられ
たらまた、堂々と海岸を飾ってくれる美しい緑の衣に育ってくれると信じています。
野田村を築いてきた先人達のように、平成28年3月12日の未来への植樹祭が復興の
シンボルとなるワイナリーと共に、いつの日か子供達に夢と希望を与えてくれる、語り継
がれる一歩になってくれることを夢に、光に向かって進んでいきます。
今日この日を楽しみに支えて下さった大勢の方々への感謝と、これからもどうぞ共に歩
いて下さいのお願いをしまして、“のだ千年の松”からのメッセージとさせて頂きます。
本当にありがとうございました。

のだ千年の松による「未来への植樹祭」は

震災記念日の翌日3月12日に300人以上の参加で開催することができました。

村内はもとより、首都圏や遠く名古屋そして九州からも駆けつけてくださり、大いに盛り上がりました。沢山の激励の言葉や支援の品々もいただきました。御礼申し上げます。


本来の植樹予定地である海岸防潮林や復興公園の整地作業が大幅に遅れているため、野田村やまぶどうワイナリー建設地での植樹祭となりました。

当日はこの集まりを第一部は共催、第二部は主催する立場でのだ千年の松グループは参加しました。

当日は早朝から、だらすこ工房のお父さん、くる美人・結の会のお母さんなど多くの方々が協力し合いました。

今回の盛会は、来年の本格的植樹祭に向けての大きな励みとなりました。

皆様のご支援に本当に感謝します。

当日の経過はまた別途紹介しますが、とりあえず御礼申し上げます。


私達の“のだ千年の松”主催による『未来への植樹祭』がいよいよ3月12日に開催の運びとなりましたので概要をお知らせします。

植樹予定の被災海岸林地域や被災跡地に造成中の公園の基盤整備工事は当初の予定より大幅に遅れており、本格的植樹は平成29年度になる予定です。こうした状況ですが、復興のシンボルでもある野田ワイナリーの3月の完成に合わせて、来年の本格的植樹に向けたプレイベントとしての植樹式を計画しました。この開催日の設定に当たっては、震災5年目の3・11で区切りをつけ、翌日の平成28年3月12日からは「本格復興に向けての新たなスタート」にしたい、との皆の想いを考慮しました。どなたでも歓迎です。どうぞ皆さん植樹式イベントに参加し、楽しく盛り上げてください。ライブ演奏や餅まきもありますよ。詳細は案内パンフをご参照ください。

◆『未来への植樹祭』 海岸林再生への一歩

日時:3月12日、12時より、参加無料

場所:マリンローズ広場

主催

第一部:主催(公益社団法人)国土緑化推進機構、のだ千年の松

・挨拶、苗木贈呈式、参加者による植樹、他

第二部:主催、のだ千年の松

・炊き出し

・ライブ演奏

・餅まき、など