メロメロパー
ク
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2006-03-29 13:26:02

仏露篇完結 (6)

テーマ:仏露篇

帰ってきた、俺は道端でもテントの中でも熟睡できるがこと飛行機の中途半端なリクライニングシートでは眠れないデリケートな人なので到着した時には頭がややボーーっとしている、わずか40日間の小旅行ではあったがそれでも懐かしい空気に嬉しさがこみあげる。ただいま、ジャポン。

 

 



前半のパリはまさに描き尽くしな毎日だったが学ぶことがたくさんあった、モスクワ出国のドタバタが決定付けた俺の語学力の貧弱さ。海外に出るのは初めてではないがパリにいた間今までこんなに日本語から離れたことはなかった、基本は貧弱な英語だとしてもいつも何らかの形で日本人が側にいたので言葉に飢えるという経験は俺の中で新しい 、そのことで苛立ちがあったのかニコやシリルの軽いジョークにもいちいち目くじらを立てる場面も少なからずあった、今思うとなんでそんなことでいちいち怒ってたんだろうと思う。しかしその中でわかったのは、自分が日本人だということ。

俺は日本が大好きでしょうがないから日本を歩いているわけではないし、日本が嫌いだから海外に出るわけでもない、しかし日本語に飢え、日本食に飢え、日本を馬鹿にされると怒り、帰ればただいまと息をつく。

国籍がどこだろうが、自分が自分であることに変わりはないけれど、それでも俺は日本人だ。

日本人であることが嫌でも、日本人であることが誇りでも、とりあえず俺は日本人だ。

自分探しなんかしなくても、自分が自分であることに何の不思議もない、だって俺は俺だ。

仮に自分が自分でなくなったとして、ある男が身長も体重も生年月日も出身地も名前も顔も同じだったらそれはもう俺である可能性が高い、とても高いがもしかしたら俺ではないかもしれないがもしそれが俺であってもいい。

言い方悪いが、それはもうどうでもいい。



 


どうでもいいが、少なくとも俺は日本人で、

そして俺はけっこうこの国が好き。自分の周りの小さな日本しか知らないかもしれないが、多分好きだ。


 


この小さな旅の間、今足元にある極東の小さな島国は共に歩いていた。

当たり前すぎるほどに自然に、一緒に歩いていた。

それはこれからもずっと、

きっと、そうなんだろう。













※今回の旅の間お世話になった方々、ご迷惑をおかけしてしまった方々、どうもありがとうございました。無事日本に帰り着きしばらくの休息中です。メール等の返信が遅れてしまい申し訳ないでが本当に色々と感謝しています、近々再会される歩き旅の間もちょくちょく覗いていただければ幸いです、またどこかでお目にかかれることをいのっております。

2006-03-28 23:59:39

仏露篇完結 (5)

テーマ:仏露篇

乗るはずだった飛行機はもう東京に到着しただろうか、、俺は今日もまたこのモスクワで目を覚ました。手伝ってもらった方々、巻き込んでしまった人たちのためにも今日にはなんとしても飛行機に乗らなければ、まぁ一度乗り過ごしてんだからさすがに今日はうまくいくだろうと思いがちだがなにせ相手が相手なのでこちらに非がなくとも再び乗り過ごす可能性も無きにしも非ず、万全を期すことにぬかりはない。


本当なら朝から学校に行くはずのミチが今日も一日休んで付き添ってくれることになった、あぁ、申し訳ないがありがたい、この国で一人地下鉄に乗ることもままならぬ私に彼の存在はまさにカミサマのようなものだ。

昨日空港で会ったおっちゃんは出発の2時間前に来れば何とかしてくれると言っていたがそれをそのまま信じていても心許ない、念には念をというわけでもないがミチに連れられて向かった先は在露日本領事館、俺も詳しいことはわからないが今日ビザの発行をより確実にするためにバックアップをお願いするような感じなのだろうか、奥に通されると領事さん方3人の方が話を聞いてくれた、もちろんこの場でビザの発行などはできないが後々書類などが必要になったら迅速に対応すると言ってもらった、皆さんが俺の情けない乗り遅れ話を親身に聞いてくれて、嬉しく心強くなる。隣でメモを取っていた方がいたがそれはこんな些細な事例でも一応上のほうに報告しなければならないためだとミチが教えてくれた、やれることはやったので一旦引き返し荷造りをする。

 

 


 

 

 

  

 

 

 

 

  

平日は道が混む可能性もあったので早めに予約したタクシーが空港に着いたのは出発の4時間前だった、用心深いことに越したことはないがさすがに早く来すぎたな、2時間前を指定されてはいたが実際にそこからまただらだらと手続きされたのではたまらない、少し待ちながらも時間前には再びあの内線ボタンを押した。



反応はない、しかし指定された2時間前までにはまだ時間もあるので待つほかにしょうがないだろう。念のために他のカウンターから連絡ができないかを問いかけてみるのだが「応答がないのはそこに誰もいないから。」の一点張りで受けあってもらえず、しかし昨日からもう何時間も押し続けているわけでその間誰もそこにいないなんて事はあり得ない筈である、しかもここは俺のような緊急を有する人間が駆け込む場所でありそんな場所が、はーい今日はお休みでーす、とはいかないだろう。釈然としないが待つこと数十分、遂に約束の2時間前になった。

…しかし、一向に連絡が繋がる気配はない、確かに昨日この時間を指定されたはずだ。焦りも加わり電話機のボタンを連打するが繋がらない、不安がよぎる、まさか、今日も帰れない?


ミチが領事館に連絡を入れる、そこからロシア側に連絡を入れてくれるようだ。しばらくやり取りが続いた結果領事館が必要書類をロシア側にファックスすることであとはあちらの連絡待ちとなった、、、もう2時間前はとっくに過ぎてはいるが、ひとまず連絡がついたことで安心する。

しかし、もうとっくにファックスが届いてあるはずなのにあちらからの返答がこない、時間はじりじりと迫っている。焦りと苛立ちで頭がボーっとしてきた。



 

 


 

 

 

  



一人の男性が近寄ってきた、俺が電話機を連打しているところで目が合った。どうやら彼が待ち望んだ人物だったようでミチが事情を説明してくれている間横でただその様子を眺めているだけしかできない俺はもどかしくも時計を見ながら時間が迫っていることが何よりも心配だった、昨日チェックインに失敗した時刻ももう過ぎている、おっさん、早ようちゃっちゃとやってくれやーー!!

パスポートを受け取り彼は奥のほうに消えていった、早く、早く、焦る気持ちとは裏腹に彼はその後数十分姿を見せない。もはや陰謀か?ロシアは俺をこの国から出さないつもりであろうか、しかしその理由は?俺が知らないところで何か大きなプロジェクトでも進行しているのですか?わけのわからないことを考えながらパニック寸前、やっと彼が出てきた、手には新しくビザが発行された俺のパスポート、受け取るや否やすぐさまチェックインカウンターへ。



今度はうまくいった。出国カウンターを出るとガラス越しに心配そうに俺を見送ってくれたミチの姿が見えた、手を振り別れる、次に会うのはいつのことだろうか。

ちなみに後で聞いた話あの電話機、

でんわ

やっぱり故障していたらしい、数時間かけて押し続けた俺たちの努力は一体…。

とにもかくにもやっと出発までこぎつける。



 

 

離陸までの間、この24時間の間に起こった出来事を思い出す。

本当にたくさんの人たちに迷惑かけてしまったことが申し訳ないが、もしかしたらとても貴重な24時間だったのかもしれない。何が惜しいって言えば、あの時の写真がないこと。

飛行機に乗り遅れ、誰も相手にしてくれなくて、テレホンカードを買うことさえできなかったあの時の俺の顔、どんな顔をしていたんだろう、

もしあったら、とても笑えたであろうに。

2006-03-28 23:58:52

仏露篇完結 (4)

テーマ:仏露篇

さぁこの怪しい電話機、AとBの内線ボタンを押すことで関係部署に連絡ができるというしろものだとカウンターのおばはんが言ってはいたが、、、はたして。   押す、ボタンを押す。 反応は無い。もう一度押す、、、、同じく反応は無い。これ壊れてんじゃねーか?

でんわ

通りかかる空港関係者らしき人にこれってどうなの?調で聞いてみてもみんなわかんなーい、だとさ。中には反応のない電話機をまるで壊れたテレビのごとくがんがん叩くお姉さんまでいてウケたがそんなことを言っている場合ではない、再びカウンターで応答なしの旨を伝えてみたところでそれでも頑張れみたいなことしか言われない。どうすんのよ。

 

仕方なくボタンを押し続けながら応答を待つも返答なし、半ばあきらめつつもしつこく食い下がっていたかいがあったのかスーツを着たそれらしきおっさんが通りかかり「何をしているのだね?」と聞いてきてくれたよ。

かくかくしかじか状況を説明するとおっさんはビザの延長料金は$25だと教えてくれた、しかし今日はもう無理だと、明日出発の2時間前にここに来れば手続きをしてくれると彼は言いその場を去っていった。どうやら今日中に事を成すのは難しいようだ、仕方が無い、今日は引き下がろう。


 

 

 


  

 

 


時間はもう12時近くなっていたのだがミチの同僚の方が空港まで迎えに来てくれていた、本当にありがとうございます(T。T)赤ナンバーの車に揺られ今日は戻るはずのなかったおうちにバック、出かけにきれいに整頓していった場所に再び荷物をおろしきれいに畳んだマットレスを再び広げる。

程なくしてお声がかかりお隣に住む河合さん宅へ、ミチが状況を話してくれていたために迎えてくれた二人は「いやぁ大変だったね~。」と笑ってくれた。夕方からのドタバタで腹ペコだった私達を暖かい晩御飯で迎えてもらう、もう12時は過ぎているのに、、、、、今日あった事の顛末を話しながら笑い声と共にささくれ立った気持ちがほぐれていく、

「乗り遅れたのは大変だったけど、大介さんの顔また見れてよかったわ。」

奥さんのその言葉で救われた気がした。


本来ならもう飛行機の中で寝に入っている時間だったであろうか、

いるはずのない場所で、なかったはずの笑い声に囲まれた半日不法滞在者はさっきまでの泣き顔を忘れのんきなもんだ。

2006-03-28 23:55:47

仏露篇完結 (3)

テーマ:仏露篇

空港で待つこと二時間、救世主が現れた。そう、ミチである。


彼は俺を見送ったあとすぐに家に戻ったのだがまさかあの状況で俺が乗りそこねたなどとは露とも思わなかったようで電話が繋がったときはひどく驚いていた、しかしそこからすぐに空港に走り今こうやって俺のとこまで来てくれたのである、くたびれ果てた体が一気に息を吹き返したのがわかった、もう、大丈夫だ。




彼を伴なって再びカウンターに向かった、時間は11時、日付変更までもう時間は無い。彼はカウンターのおばさんの言うとおりだとVIPルームの側にその電話機があるらしいという、しかしはてさて俺も散々探したがそんなものは無かったぞ…。

まぁとにかく再び探してみるしかあるまい、いわれるがままに歩き始めた。



 

 

 

 

 


たかしです

たかしです2



…やっぱりそれらしきものは見当たらない、ガセネタか。

その時ミチが何かを指差し、見つけた、と言う。し、しかし…、これは!?




でんわ












こ、これは! !!!!!!!!!!!!!!!!!!


わかんねーよ!!

全部ロシア語だしこんな怖いボタン躊躇なく押せるやつなんていねーよ!!!

どうみても空港関係者が使う内線ボタンにしか見えない、これを「行けばわかる」とのたまったあのおばさんの神経がわからん、わかるかアホウ。

これは一応書いておくが本当にこのロシアという国ではロシア語がわからないとつらい、何処に行っても英語表記がないのである。かなり大きな観光名所などに行けばある場合もあるのだがそれは稀なケース、空港でもそれは例外にもれず、最低限の英語表記はあってもそれ以上のとこにはあらず、例えばこの電話機も見かけはどうしようもなくどうしようもないがこうやって外国人がビザの云々で最終的に頼りの綱となるべくはずが、ここにもロシア語表記しかない、しかも半分キオスクの影に隠れてしまっている始末だ。

今回はミチが全てをやってくれたのでなんとかここまでこれたが(まぁ最後にこうやってしてやられることもあったが。)とにかく言葉というものにイロイロと考えさせられる国である。


話は戻ってさぁこのクソ怪しい電話機にトライしてみるのだが、やっぱりここからもトラブル続きなのだ。






ここまで頑張って書いたけど続きはまた明日。

メールまだ返せてない人たちごめんなさい、もうしばらくお待ちください。

2006-03-28 23:55:19

仏露篇完結 (2)

テーマ:仏露篇

頭の中は真っ白だがどうにかしなければどうにもならないのである、とにかくカウンターの姉さんにどうすればいいのか聞くとアエロフロートのカウンターに行けと冷たくあしらわれる、どこにあるのか聞いてももう教えてはくれない。


大都市のわりには狭い空港だがそれは成田等のばかでかい空港と比較して、さすがにここも国際空港なのでそれなりに広い。歩き旅の時とほぼ同じ30数キロの荷物を抱え歩くのはこたえる、心境が心境だけに足取りも重い。空港関係者と思われる人に片っ端から声をかけなんとかアエロフロートのカウンターを見つけたがここからはたらい回し。。。「あすこのカウンターで聞きなさい。」 「チケットはここではありません。」行く先々でつじつまのあわないことを言われながら右往左往する、もう飛行機は飛び立った頃だろうか、2時間半も前に空港に到着していながらこのざまはなんであろうか。。。なんとかここだという場所にまでたどり着くがここに来て最後の壁が立ち塞がった、そう『VISA』だ。

俺はぎりぎりの日程でビザを取っていたために今日なんとかしなければ不法滞在になってしまう、カウンターでチケットだけは変えられそうだが肝心のビザがなければ意味が無い。カウンターのおばさんにどうしたいいのかをつたない英語で聞くのだが、、、わからない。

どうやら彼女は電話しなさい、と言ってるらしいがそれはどこへ?番号は?加えて、「番号はいらない、電話代もいらない、電話機があるからそこに行けばわかる。」とかなんとか言ってるようだ。さっぱり意味がわからないがこのまま話していても埒があかないのでなんとか書いてもらった地図でその電話機とやらに向かってみた、が、どこにもそんなものは無い。

周りの人に聞いてみても、わからない。

この地で俺の話を聞いてくれる人は、何処にもいない。





万策尽きた、これはもう俺一人ではどうしようもない。

頼れるのは一人しかいない、たまたま電話番号を書いた紙がポケットに入っていたのが幸いだった。





電話、電話、、、、電話ってどこさ!?やっと見つけた公衆電話は空港の端っこにポツンと置かれていた。いざかけようと思っても、使い方がわからん!!カードを入れるところはあるのでまずカードを買ってこいということか、近くの売店で聞いてみたがどうやらここには売っていないようだ、ロシア語オンリーのおばちゃんはジェスチャーで他に当たれと言ってる様だ、んじゃ他にあたろう。。。。。。ほとんどの売店を回ったがどこにも無かった、何故だ、このままじゃ電話がかけれん。結局最初の売店に戻り同じおばちゃんに聞いてみた、俺も疲れていた、本当はちゃんと売ってんのに俺に電話をかけさせないための嫌がらせか?どうなんだ、とおばちゃんに激しく問いかけるも反応は同じ、一昨日来やがれ、そういわんばかりの態度である。

ふと、横にいた米人らしき女性が話しかけてきた。 「こっちよ。」 最後の望みを託し着いていく。



「ここで買いなさい。」 そう言われた場所は普通の立ち飲みバーだった。どこの売店にも売ってないのになんでまたバーなの?と訝しむもカウンターから普通にテレホンカードが出てきた、わけがわからぬ。

親切な女性に深々と頭を下げつつ、これで電話がかけれると希望が見えてきた。やっとの思いで電話機にかじりついたわけだが。。。。。。。やっぱり使い方がわかんねーよ。どうやればいいのか、うわーー。

教えてもらっていた番号が間違っているのか、何度も何度もかけるがつながらない。。。。。。。。

。。。。。。。。。。。。。。。。。

焦りがつのり、嗜好回路はショート寸前(byセーラー○ーン)。

隣でタバコをふかしていたアラブ系のおっさん二人と目が合う、涙ながらに訴えた、

「ヘルプミー…。」



その後彼らは俺の教えた番号から代わりにに電話をかけてくれ、つながらないことに気付くと俺のメモ紙を覗きこう言った。

「この番号は携帯か?だったら頭の数字は7でなく8だぞ。」

おもむろに彼は自分の携帯を取り出し電話、しばらくして回線が繋がったのか俺に携帯を手渡した。

彼のおかげで繋がった命の糸(大袈裟か。)、やっとつながった電話にかじりつき状況を伝え何とかの打開策を見つける。

横で安心したのかおっさん達にも笑顔が見えた。

もう時間だから、と去っていく二人の恩人は振り向きざまに、

「7じゃなくて8だぞ!」

と何度も何度も叫んでいったのである。

 

 

 


二人が何人かわからなかったので思いつく限りのお礼の言葉を叫んだ、   サンキュー ありがとう メルシー スパシーパ ズゥドラストビーチェ ………。よっぽど感情が昂ぶってしまったのか最後のズゥドラストビーチェは『こんにちは』の意味。ありがとうありがとうありがとうありがとうこんにちは!まるで昔あった変なオウムのゲーム機のようなセリフだが、二人は笑いながら手を振ってくれたよ。

2006-03-28 23:53:29

仏露篇完結 (1)

テーマ:仏露篇

帰国からもう3日もたってしまった。書こう書こうとPCを開くところまではうまくいくのだがそこからいざ書き出そうとなると手が止まる、約40日間の国外滞在は終わってみればあっという間だがこれを総じて完結篇とまとめるにあたってはなまじ簡単にはすみそうにないと無意識に思っているのか。

そんな前置きはまぁ言い訳でしかないのだが帰国してからはとくに絵を描くこともなく身辺の整理やお土産物の散布に時間を費やし他はまぁ時差に体を徐々に慣らしつつのんびり美味しいものも喰って日々が過ぎました。

まぁそんなかんじで、この短い滞在の締めくくりを書いてみます。









モスクワ最後の日(正確には一日前)、のんびりと起きながら今日やることっていったら荷物をまとめることくらいだ、昼は同僚の人たちとなにやら集まりがあるとのことで出かけたミチが帰ってくる前に日記を書いたりパッキングしたりで予約したタクシーが来るまでに十分終わらせてしまう、他にやることといったら窓の外を眺めるくらい、来る前は最初で最後なんていってたがまたこの国に来たいと思う気持ちが強くなりその景色をまぶたのう裏に焼き付ける作業は欠かせない。

2時過ぎ、帰ってきた家主と一緒にお茶をすすりながらこんなにのんびりした出発日を迎えられたことに満足していた。そもそも今までがバタバタしすぎていた、本来出発前というものはこうやってのんびりリラックスするものであろう、しかしこの今までにない落ち着きが逆に心にひっかかったのも事実、「このままですむだろうか……。」 最初の兆しである。



やや早めに出発したのは万一道路が混雑しても余裕をもてるように、暖かい日差しにタクシーの中で居眠りしつつ道を快調に走り搭乗時間2時間半前に空港に到着した。順調である。

離陸2時間前にならないとチェックインゲートは開かないためにミチと二人でゲートすぐ近くのカフェに入る、注文した軽食とドリンクが20分経ってもこないことに苛立ちを募らせつつもまだまだ時間はあるのでそこは大きな心で、しかし前日に話があった同じ飛行機に乗る家庭教師息子はいずこに、、、、ミチの携帯に連絡が入り聞いてみるとなんと彼はゲートが開いたと同時にもう中に入ったとのことだ。たしかにゲートを見ると2時間前になりチェックインが始まっている、つってもまだ2時間前なんだからせっかちさんだなぁとか話しつつ僕らはまだ動かない。しかしこれが二度目の兆しだった。


ようやくゲートに向かったのは一時間半前になってから。まだまだ余裕はあるけれど用心に越したことはない、入り口付近に群がる人だかりに一瞬躊躇したがこれはもう少し後の北京行きに乗る中国人団体でチェックインが始まるのを待っているようだった、三度目の兆し。難なくカウンターに向かうが並んでいる人もまばらで問題はなさそうだ、ここまで見送ってくれたミチと最後に握手をして別れを惜しむ、次会うのはいつのことかわからないがお互いの健闘を祈りつつ手を振った。程なくして順番がまわってきたのだが荷物の重量がオーバーしていたために追加の料金を支払わなければならないと通告される、わずかに6キロだが結構な額をとられるのだろう(というか20キロ制限というのが腑に落ちない、まぁ安い飛行機だから致し方なし。)、いったん下がり手荷物に6キロ分を移し変えた、その間5分、しかしこの行動が後に俺の首を絞めることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

軽くなったリュックを手に持ち振り返った俺は我が目を疑う、さっきまでがらがらだったカウンターが一瞬にして戦場と化していた、北京行きのチェックインが始まったのである。

さっきまで入り口にたむろしていた中国人団体が波となってカウンターに詰めかけ事態は急変していた、俺も列に加わるがなんでそんなに荷物が多いんだよという彼らの運搬カートに四方を囲まれ身動きがとれない状況になってしまった。

若干焦りつつもその時はまだ時間があったためその波にのる、が、10分、、、20分と時間は流れるが列が進む気配は一向に無い、皆無だ。ただでさえモタモタしがちなカウンターに一人で3つも4つもスーツケースを抱えた中国人が押しかけているのである、パンクしたカウンターは中に混じっている東京行きの乗客のことなど考えもしまい、一度カウンターでチケットを見せた俺が東京行きであることはわかっているはずだ、これがもし成田空港だったら「東京行きのお客様~~。」とかなんとかなにかしの声はかけてくれるだろうがいかんせんここは成田ではない、このままでは、やばい。

チェックインの後ろでは出国手続きにも長い列ができている、そのこともふまえつつもう限界だと判断した俺はなんとか最前列まで割り込みチケットを振り回した。

「ノーーーーターーーイムーーー!!」

受付嬢がチケットを受け取りキーボードをたたき始めた、ひとまずホッとする。後ろの中国人たちは割り込んだ俺に罵詈雑言を浴びせかけているようだがそんなこたぁ知らん。早く早くとせかす俺に顔を上げた受付嬢は信じられない一言を発した、離陸45分前のことだ。


「あなたの飛行機はもう行ってしまいましたよ。」

 

 

 

 

 

 

たかし君







過去二回同じセリフを聞いたことがあるがこんなに凹む言葉も無い、つっても過去の二回は乗り継ぎ便が実際に飛んでいってしまった後だったので納得もできようが今回はまだ45分あるのである、んな馬鹿な。

おそらくもうゲートが閉じてしまったのだろう、つーか早えーよ、なんとかならないものかとこの現状を訴えるがもうどうしようもないらしい、とりあえず涙も使ってみたが新たにやってきた空港関係者3人も携帯でどこかに連絡しつつ「もう遅い。」の一点張りである、泣き損である。事態を理解したのか後ろにいた中国人が笑い声をあげる中俺は放心していた、とりあえず俺は何をどうすればいいのかわからないので荷物を拾いロビーに戻ったのである。

2006-03-28 23:10:40

騒動から一夜明け。

テーマ:仏露篇

無事日本に帰り着きました。時差の関係もあり今日はもう眠りこけそうなので、また明日。

モスクワからの出国に際して、たくさんの人に迷惑をかけたし助けられました、本当に感謝してます。

改めてまた明日、日本は暖かいぞー、帰りの電車から桜が見えた。もう春だな。

2006-03-27 14:20:49

不法滞在中。

テーマ:仏露篇

あー着いた着いた、日本はやっぱりえいわぁ。。。窓からはモスクワの空港と似た風景が見える、飛行機は毎度のごとく時間に遅れたりはせずに珍しく定刻よりも早く飛び立っていった、ほうほうやれば出来るじゃないかアエロフロート、ただひとつの問題は、俺を残していったことだ。


僕はここにいるよ!!

帰ったら諸々の理由も詳しく書くが見事に乗り過ごしました、

なんかねー、いつもばたばたするのに昨日に限ってはうまくいきすぎてそれが不安だったんだけど、まぁ見事に毎度のごとくばたばたと奔走することになって、しかしまぁ、またかよ、よっぽどこの国の空港と相性が悪いらしい。。。。。


あいた~ (あいたーー。)




なわけでビザの延長手続もしつつ、24時間後の同じ便で。。。。。。

帰れたらいいなぁ。

2006-03-26 19:36:18

帰国します。

テーマ:仏露篇

遂に帰国日となった、昨夜飲み過ぎたためかだるそうなミチが昼の用事を済ませている間俺は近所の市場を散策したりのんびりとしている、搭乗は夜になるので時間的な余裕がありこうやって日記の更新もいつものばたばたから開放され実に良し。


今日からロシアはサマータイムになり時計が一時間進むというのを俺もミチもさっき気づいて、、、まぁ早く気づけて良かった、空港へは余裕を持っていく予定なんで良かったがもしこれが俺一人なら気づかずに飛行機を見送ってたかもな、出発ギリギリでミチの家庭教師のおばさんの息子がたまたま俺と同じ飛行機で日本に観光に行くとのことで、空港で落ち合うことになったり、ゆったりながらもちょっとした出来事が楽しい。



たった一週間ではあったがロシアの良い面がたくさん見れて良かった、パリとあわせると大体40日弱ぐらいだがまぁ早かったのか遅かったのかよくわからない今回の滞在でした。

詳しくは帰国してからまた、仏露篇総集としてこの日記に書こう。

ニコ、シリル、ミチ、お世話になった方々、どうもありがとう。

とにかく明日の午前中には日本に戻ります、もう春なんだろうか、

このダウンジャケットはもう暑すぎるかな。

2006-03-25 18:50:38

モスクワ滞在一週間目。

テーマ:仏露篇

観光は今日が最終日となる、金曜日。週末と言うこともあり早めに帰ってきた家主と前回中に入ることのなかったクレムリンへ、長い列が出来ていたが意外にもするすると進み程なく中に入れた。


hade



そもそもクレムリンが何か知らなかった私なのでおおまかに何かのお城なのだろうと思っていた、門をくぐると広大な広間、さらに歩を進めるとそこにはこれでもかというくらいの教会群、現在修復中の塔も含め大きく7つの教会が広場に林立している。

外観はそれぞれに個性的なのだが今まで見てきた悪趣味な建物と構造はほぼ一緒ながら色彩がややおとなしくなった分厳かな雰囲気を醸し出していた。


工事中 大砲


これを書いている現在ちょっと時間がないので写真をメインに駆け足で書いてしまいますがごめんなさい。


中心の塔 別の塔 ドア

 

 

 

一つ一つの教会内部はそれぞれに違いいくつかは博物館に改造されていたが真ん中にあった大型の教会ともう一つの教会は当時のそのままを残していた、壁に張り巡らされた強烈なイコンが印象的でいったいこれほどのものを作るのにどれほどの時間と情熱が必要なのかと、ため息が出るばかりである。


イコン イコン2 イコン3 イコン4



大まかに見て回り修復中の塔の前まで来ると修理中ながらも内部に入ることが出来るようだ、ここには今日は入れなかった武器庫(武器よりも主にこの城にある宝物類が陳列されてあるらしい、開放は制限されていて入れない場合が多い。)にある宝物類の一部が展示されているとのこと、中には光り輝く金銀財宝の品々、当時の皇帝が身につけていた豪華な衣装やアクセサリーが並び眩しい。まさに贅の限りを尽くした感じなのだがその中でも一際目につくものがあった。


王冠 (これは!?)



まさに絵に描いたような『王冠』である、東急ハンズにも売っていそうなベタなデザインの王冠、さすがに本物はその重量感からしてただ者ではない雰囲気だ。



なかなか見応えのあったクレムリンをあとにして最後のお土産巡り、

その後はまたもミチの同僚のひらく寿司パーティーに同行、日本人ロシア人あわせて十数名の賑やかなパーティーだった。このパーティーでは前回のように日本語の話せるロシア人はいなかったため(一人片言の子はいたが)俺もなかなか話すことが出来なかったが、その手持ち無沙汰な様子に気づいたロシア人の子達が「ダイスケにも通訳してあげて。」と気を使ってくれたりが嬉しかった、けっこうシャイなロシア男子達によく気が利くロシア女子、本当に気のいい奴らだ。


前のパーティーでもご一緒した堀内さんともまた色々と話が出来たのもよかった、もうすぐでロシアでの2年が終わりもう1年今度は別の国での研修に向かうそう、やっていることはもちろん俺とは全く違うが又どこかでお会いする機会があれば嬉しいなぁ。






だいぶ遅くまでパーティーは続き、結局タクシーで家まで戻る。

モスクワ最後の夜、キッチンで遅くまで語り合ったのであった。。。。。


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