犀の角 完結
テーマ:ブログただいま!
もう一週間経ちましたが無事東京に帰り着きました、長い遠足の終わりです。帰ってきたのはいいが帰る家が無かったり引越し先を探すにも先立つ資金が0だったりと相変わらずてんやわんやしていますが元気です。
宗谷岬から札幌に戻ってもしばらくは実感がなく(今もあまし無いけど。)朝起きて雨が降っていたりすると、「あぁ今日はしんどいなぁ。。。」と、歩いていた日々の感覚はまだしばらく残りそうです。あれだけ「早く終わらせたい。」と思っていた毎日がやはり終わってみるとなかなか寂しいもので、まだ歩き続けているぶんきちさんご夫婦 やふみさん がちょっとだけ羨ましく思えたり、、、、、、こんな気持ちになるとは、歩いている間は思ってもみませんでした。
それだけ内容の濃い楽しい毎日だったのだと思います。多くの方々からの温かい励まし、思いやり、時には叱咤してもらえた事全てがこの旅路を面白可笑しく支えてくれていたのだと思います。時間にして約一年八ヶ月、延べ615日で出会った人達・動物達・物達は数えきりません。ここで一人一人の名前をあげることはできませんが、この感謝の気持ちは直接ではなくとも何かの折に少しづつ返していきたいです、本当に本当にありがとうございました。
無銭の旅、実をいうとなんだかんだで0円スタートはしんどいだろう(最初の波照間島には島民自体が少ないのです。)と一万円は持っていこうと考えていたのですが、出先にバタついてしまい波照間島に着いた時には110円ほどしかありませんでした(島にはもちろん銀行もありません。)。結局その110円も使わずに徒歩縦断開始3分でパトカーに乗せられ連れて行かれたテトラポット作業所、その作業の合間をぬって描いた壁画の収入から島を脱出、それが始まりでした。それから四苦八苦が続きながらも絵画収入だけで宗谷岬に辿り着くことになります。この一年八ヶ月の総収入は約100万円にまでのぼりそのほとんどを使いきりこの旅を終わらせることになりました。
まさかそこまでいけるとは思いもしなかったというのが正直なところ、中でもこのブログの維持に関しては途中何度も悩まされたものです。ずっとメール送信での更新だったのでそのために持っていた携帯はメール定額に加入しても基本料・通話料をあわすと月額1万円が平均でした、最終的にこのブログの維持のために20万円ほどの出資だったわけです。当初携帯代に関しては無銭旅行とは別物と考えていたために少ない残高の口座から引き落としにしていたのです、しかし残高はみるみるうちに無くなり東京に着く頃には遂に尽きてしまいました、そこから先は携帯維持のために毎月最低1万を稼ぎ出さなければならず、加えて旅行開始前に揃えておかねばならなかったいくつかの高額装備も途中余裕ができるたびにちょこちょこと買い足していかねければなりません、急遽フランスやロシアに行くことが決まったりなどいよいよ維持が難しくなってきた時もありましたが、このブログを最後まで続けることができたのは読んで下さっているみなさんのおかげだったと言う他にありません。
毎夜(でもなかったが)テントの脇で携帯をピコピコしているのも味気なく思っていたのですが、ここから繋がった出会いもやはり数え切れないのです。それは直接的な出会いであったり、応援のメッセージであったり、情報であったりと、様々な形で僕をバックアップしてくれていました。逆になければないで全く違う出会いもあったはずです、しかしやはりこの日記を書き続けて良かったと今は思います。
歩く間一番多く尋ねられたことはやはり、
「何故始めたのか?」
ということでしたが、未だにその理由はわからないのです。
いっちょやってみるか的な軽いノリだったのは確かですが、、、話は変わりますが僕は数字の語呂合わせというものが好きです。この間テレビでやっていたのですが松田優作の行きつけバーに残されていたキープボトルのナンバーがちょうど命日の日付と同じだったそうです。同一の対象物を羅列した作品を数多く残したポップアート界の巨匠アンディーウォーホルが死んだ日も、やはり同数字が並ぶ2月22日でした。『最後の日』というものに何かをなぞらえるならば、10月9日は「どこか遠く(10・9)へ」なども考えるのですが、やはり『talk(10・9)』が一番しっくりきます、本当に『会話』という一言に尽きる毎日だったように思えるのです。
「会いたい人に会いに行ってくる。」
あえて言うならそんなことだったのだと思います。
そしてそんな理由だったからこそ、まだ何も終わらないのです。
短くつたない文章、そして謎の語呂合わせで締めくくるのもなんですがこの『犀の角』はひとまずここで完結します。
お世話になった方々、長い間支えてもらい応援してくださった方々、何度書いたかわからないしくどいかもしれませんが、本当にありがとうございました!!もう少しして余裕ができてきたらゆっくり手紙を書いていきたいと思っています。
日記は少しの間お休みするかもしれませんが、只今準備中の新HPと併せてリニューアルしようと考えています、その節はまた覗いてもらえると嬉しいです。新しい住処はまだどこになるかわかりませんが今回日本中にできた繋がりは大事に続けていきたいです、ひょっこり顔を出す事もあると思いますのでその時はまた宜しくお願いします。
また何処かでお会いできることを祈って。
2006年11月18日東京 香川大介

















1 ■寂しくなった
また何処かで逢おう!