同窓会は嫌いだ。

なぜこんなものがあるのか疑問でしかない。

日に日に街は背を伸ばし、形を絶えず変え続けるこの世界で、そのままでいることは難しい。

あの時代、あの空気感、あの頃の私たちだからこそ、今も胸にあの景色が残っているのだ。

それをわざわざ蒸し返さないでくれ。

人気ドラマの続編や、スペシャルドラマなどと同じ虚しさに包まれる。

好んでた奴の変化は見たくない。

悲しくなる。

特に進学で地元から離れた奴はよく変わる。

所謂、染まるということだ。

染まるのはきっと良いことなのだろう。

染まった方が生きやすい。

でも売れないロック歌手なら、俺たちが染めてやろうぜ、と言うだろう。

大衆を染める側に立つまでは言わないが、自分の色くらい自分色にしよう。

わざわざ都会に合わせて塗り替える必要なんかない。

見分けが付かなくなる。

皆さん、てきればあの頃のままでいてください。

せめて芯は残してください。

無理なお願いだ。

変わっていく世界で変わらない方が難しい。

だから同窓会が嫌いだ。

思い出は思い出のままだから美しいのだ。

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教養のある漫才。9

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そして地味に私も大学進学の時。

未だに理解不能な「地元思考」。

価値観が固まらない若いうちに外の世界を見てきなさい。

より大きな都市へ。

日本なら無論、東京へ。

そこで自分の了見の狭さを感じてきなさい。

世界の大きさを知りなさい。

あなたの小ささを知りなさい。

地元なんていつでも帰れる。

地元思考の奴は例外なくつまらない人間だ。

金銭面とか色々言う奴は、小ささ過ぎて自分が見えてない。

人間その気になればどこでも生きていける。

ある程度なら何でもできる。

その小さい世界観を少しでも広げよう。

サッカーをやっていた人なら一度は言われる「ピッチを広く使え。」と。

その通り、広い世界なんだからもっと広く使おう。

東京なんて言わずに、リオデジャネイロだって使おう。

広く広く生きていこう。

大きな人間になろう。

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教養のある漫才。~番外編~

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時短という言葉が至るところで呼ばれている。

そんなに時間ないのか日本人。

でも時短は時短でも二種類に分けられるらしい。

一つは一行程省くこと。

コーヒー牛乳を作るとき、コップに移すのを省き、口の中で牛乳とコーヒーを混ぜる行為。

実に効率的だ。

入れ歯を洗うとき、コップに入れ歯と洗浄液を入れるのを省き、口にそのまま洗浄液を入れて濯ぐ行為。

後に食べた全ての料理が酸味を帯びる。

もう一つは行程をまとめること。

シャンプーで頭を、ボディソープで体を洗ったとき、別々に流さずまとめて流す。

実に効率的だ。

カツラにボディソープを付けてハンドタオルのように全身を洗う。

CM間で風呂に入れる。

うーん、年を取るのも悪くない。



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