“オタク文化”に“理解がある”麻生太郎氏と、彼を特別視する“オタク”と呼ばれる人々
テーマ:思想録さて、これでとりあえずしばらくは、与党第一党たる自民党のトップ、すなわち日本の首相はアソータンと云うことでやっていかれるワケですが……
とか考えてたら、小泉元首相が次の衆院選に不出馬ってコト。
沈没する船からネズミが逃げ出すように、早々に逃げ出したのかなぁ?
アソータンについてのコレまでやってきたコト、云ったコト、それから思想信条などについては、多くの専門家やブロガァが言及するでしょうから、別にボクみたいな素人が今さら書くこたぁないでしょう。
ただ彼を語る中で、非常に興味深く、コレまでの政治家とは異なる点として“オタク文化”に“理解がある”という位置づけがなされ、一部では熱狂的に支持されているとのコトです。
そこで今夜は“オタク文化”に“理解がある”アソータンと、彼を特別視して群がる“オタク”と呼ばれる人々について、少し考えてみたいと思います。
まず何より驚くのが、新聞をはじめとするお堅いメディアですら、アソータンがマンガ通であり"オタク文化”に“理解がある”という人物設定を、臆面もなく受け入れているコトです。
いや~スゴイね、時代は変わったよ。
あ~ゆ~のを見ると“オタク”って人種も、市民権を得たんだなぁってしみじみ思いますね。
しかしね、現在のメディアやそのメディアによって露呈される者たちが語る“オタク”の存在ってヤツ、何て軽くなっちゃったんだろうなぁって思います。
今や“オタク”であるコトは何の引け目でもなく、まるでひとつの個性であり、誰しも持っていなきゃならない必要最低限の要素であるかすらのように語られます。
“オタク”って言葉が誕生し、それが地に潜んで密かに成長していく様を見つづけてきたボクとしては、どうも個性としての“オタク”の位置づけは違和感を感じますし、“カルチャ”と呼ぶにはあまりにも安易で軽薄です。
アソータンの“オタク”ネタなんて、まさしくソレ。
彼がホントにマンガが好きなのかどうかは知らん。
でもね、ソレを全面に押し出して、自分の個性として宣伝材料に使っているのには、あざといと云うか、ある種の気色悪さを感じるのです。
仮にあなたの会社の社長さんが、70歳近くもなってですよ、メイド服着た人形のマンガを真剣に読んでたら、どう思います?
まず間違いなく気色悪いと思うでしょう?
メイド服ってさ、しょせんオトコのスケベ心を誘ってるワケじゃない?
70近い爺さんがさ、幼女趣味の発露と云われてもおかしくないマンガ読んでニヤけてるワケだよ?
やはりどこか異常な光景だよ。
普通の爺さんだと気色悪いが、アソータンならステキに見えるのかい?
でもって、ソレを堂々と公言している爺さんを「カッコええ……」とうっとりと眺める連中って、間違ってもお付き合いしたくない。
もちろんそれだけのよさがあるマンガも無数にあるし、オトナ向けのマンガも多い。
でもコドモのころに読んでいたマンガは、青年期にはつまらなく感じる。
青年期に読んでいたマンガは、中年になっておもしろく思えなくなる。
多くの場合、ヒトの成熟にともない、ほとんどのマンガが、その人生から振り落とされていくのではないでしょうか?
身体に合わなくなった服は捨てられるように、ココロに合わなくなった“カルチャ”は忘れ去られる。
当たり前ですよね。
それが成長であって、成熟なんですから。
内容が幼稚だからとか、ガキが読むものだからとか、そういう次元ではなくってさ、ヒトは今の自分の習熟度に見合ったモノを手にするのがもっとも自然なのであって、それが文化なんですよ。
だから、それができないヒトって、やはりどこかいびつだ。
自分だってマンガ読んどいて何ですが、いやむしろ読むからこそ云うのですが、マンガってどう転んでも成熟したオトナの“カルチャ”ではないって思うのですよ。
ましてやその“オタク文化”の理解者面をしている麻生氏ですが、どこまでその想いがあるのでしょうか?
「首相だってオレたちと同じ“オタク”だッー!」って叫んでも、しょせん、地位も名誉もある大金持ちの70歳近いジジイと、毎日の生活にもヒイヒイ云ってる貧乏な若者。
わかりあえるなんて考えるコト自体、ギャグとしか思えない。
アソータンを“オタク”なんだって思うコトで、今の自分に勝手に免罪符あげないでください。
彼は“オタク”の王様に選ばれたんじゃなくって、日本の首相に選ばれたんだよ。
コレからのお仕事は、政治なの(多分)。
「自分たちと同じ“オタク”だ~」なんてアホくさい幻想、とっとと捨てて、現実見ようぜ。
アソータンはいわゆる“オタク”と呼ばれる人々のように、その存在そのものが、生活の根幹をなしている立場ではありません。
泥の海をはいずりまわって、自らの血肉でもって、必死でその“カルチャ”(そう呼ぶにふさわしいのであれば)の肥となって生きているワケでもありません。
このようにして生まれてきた“カルチャ”の精製された部分のみを、献上された品々として食する立場なのです。
今の“オタクカルチャ”がアソータンにお気に召すモノを献上できなければ、彼は当たり前のように、それを切り捨てるでしょうし、なくたって別に何も困りません。
ホントの“オタク”のように、必死こいて求める必然性などないのです。
こう云っちゃ何だが、身分が違うのですよ、身分が(ザクとは違うのだよ、ザクとは)。
第一、マンガやアニメに“理解がある”アソータンが首相になったトコロで、業界関係者の賃金がはね上がって、待遇がよくなり、続々と名作が誕生するはずはありません。
“オタク”たちの社会的地位が向上して、彼らが“オタク”であるコトにより、おクニが何らかの保障をしてくれ、遊んでても暮らしていけるようになるわけでもありません。
業界人の労働環境は、やはりよくないままで、“オタク”たちは依然何も生み出しません。
結局、アソータンが“オタクカルチャ”に貢献するコトなど、せいぜい彼らの自尊心を刺激してやれるくらいしかないのです。
まぁでもね、あの爺さんが若い連中にウケようとして、ムリに“オタク”ぶってる可能性もあるからね。
だとしたら、そんなくだらん媚を売るジジイなんぞ、みっともないコトこの上ないし、喝采をおくる連中もいい面の皮さ。
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1 ■無題
管理人様がこんなに分かりやすく書かなければならないほど、今のオタク方はおバカになってしまわれたのですね(TOT)