同情は愛に変わるか……?
テーマ:思想録ここ数日の社会の動きからいくつか考えたコト。
先日、青森県でおこなわれたタウンミーティング(国民と閣僚との対話集会)で、教育基本法改革について内閣府が、賛成発言を誘導するようなヤラセ質問をした疑惑が出ています。
さらにコイズミ政権時代から同様のヤラセがあった疑惑が、担当室長のコメントで浮上しています。
活発な意見交換をうながすためだと、内閣府は弁明していますが、何を目的としているかは明白ですね。
官による民意の誘導です。
実際、ソレっぽい意見を云わなくても、議論をある方向性に誘導するのは、それほど難しいコトではありません。
メディアが普段、民意だの国民の意見だのと云っているシロモノってな、しょせんその程度のもんじゃないのかな?
逆に、そんな風に国民が改革を望んでいるって風潮を、セコくねつ造しなければならないほど、国民は別に望んじゃいないってコトじゃないかな?
他の記事でも云ったコトあるけど、現在の教育基本法を変える必要なんて、コレっぽっちもありません。
次に東京都の足立区(イナカモノはちゃんと東京って入れなければ、どこかわかんないって)の小中学校をランク付けして「特色づくり予算」に格差をつけるって報道がありましたね。
大学入試を偏重したあまり、正規の履修教科を教えていなかった問題が全国的に騒がれていますが、その騒動が下火にもならないうちから、そんな無意味な競争をあおるような予算付けをしようなんてって、批判が噴出してましたが、さすがに時勢がマズイと思ったのか、慌てて撤回しました。
ランク付けして、一体どーするつもりなんだ……?ソコんトコがわからねぇんですよね。
しかしまぁ、一体誰がそんなコト、考えつくものか?
教育……少なくとも、公教育のもっとも大切にしなければいかない理念は「平等」であると思いますし、教育を受けようとする者たちに対しては「選択肢」や「機会」を確保する責任があると思います。
もちろんすべてに対して平等などというコトはありえませんし、望まない者にムリヤリ教育を押しつけるコトはありません。
お金のあるなしや環境にによって、受けるコトができるはずの教育の程度に差があったり、選択肢が限られるのは、よくないコトだと思います。
もちろんコレは公教育でのハナシですし、その場を離れて塾や家庭教師による教育を、制限すべきだと云ってるワケじゃありませんが。
大切なのは、望む者に対して、可能な限り負担の少ない教育の場や機会や選択肢を提供するコトであると思います。
つづいてイジメ問題。コレは簡単なハナシ。
イジメをするヤツは、そいつがクズなだけです。
イジメられるヤツが「気持ち悪い」とか「オカシイ」とか、だからと云って、イジメられる筋合いなんてコレっぽっちもないし、するヤツラにもそんな資格はありません。
気に入らないヤツを、自分が嫌えばそれでよい。そうすればよいだけです。他人まで巻きこんで陰湿な行為をするコトは、結局ソイツらがクズなだけであって、ただそんだけの問題です。
イジメるヤツラは、相手が死んでも反省もしないし、かえって自分たちの方が理不尽に非難されるぐらいにしか考えません。
見て見ぬ振りをしたヤツラも同罪。ヒトが死んだら、ソイツらも人殺し。
手を打たなかった学校とか教育委員とかは、ソレを助長させただけで主体はイジメたヤツラ。
結局、イジメをするヤツラ自体が変わらなければ、イジメはなくならない。
それで国が何らかの介入をするんだったら、加害者たちを犯罪者として扱い刑に服させるか、しつけを重んじて、道徳観念を養わせる他はないのです。
あ、もちろん、今の政府がやろうとしている教育改革とは、まったく別物だよ。
あんなコトやったって、子どもはよけいにネジ曲がるだけです。
それから最近の教育問題についての報道についてひと言。
コレって、どこかで感じたコトあるような気がするなぁってよく考えたら、財務省だったか大蔵省だったかの、ノォパンシャブシャブのスキャンダルや、外務省の予算やムネオハウスのスキャンダルと同じようなカンジによく似ているんじゃ……?
アレって結局、大騒ぎしてネズミがチョロチョロ走り回って、ソレで終わり。
センセショナルなネタにワッと群がって、ソレ以外は部屋の隅へ押しやって……で?一体何が変わった?
また先日、下村官房副長官が「保育所に税金投入するのはよくない。母親が家庭で育てるようにするべきだ」と発言したそうです。
え~と……まぁね、オタクが自分の家の方針でそうするのなら別に文句云わないけど、ソレを全国の家庭に押し付けるのはどーかと……
ボクんちは、芳乃さんは専業主婦だよ。子どもが小さいころは、母親が家にいて育てるってのがウチの方針。
でもその代わり、生活は苦しい。
そりゃできるんだったら、芳乃さんに仕事してもらった方が楽だけど、可能なら母親は家で子育てするべきだとボクは思いますよ。
でも経済的にそんなコト無理な家庭もあるし、仕事するコトを望む女性も多いじゃないですか。両親がいない子だっているし、オトコが家事をするコトだってあるのだ。どこの家庭だって、状況は様々。
ウチはお互い納得してこのような形(つーか、向こうの方がそれを望んだ)だからいいけど、仕事したいって女性もいるし、自営業や農業みたいに家族ぐるみでやらなきゃいけないものだってあるワケだし、そんな時は否応なしに女性だって仕事の場に立たなきゃいけない。
この官房副長官とやら、仕事ってったらサラリィマンばかりと思ってんじゃないかな?
必要なのは、仕事と子育て(男女問わず)、どちらかを犠牲にするコトなく、両立させられるような環境作りであって、そのために国は努力しなければいけないんじゃないかな?
経済的な理由で働かなければいけない女性って、すごく多いよ。特に子どもが学校行くようになってからは。
もしそんな事情を無視して、家庭がどうしても必要だってんなら、安心して女性が家庭に入ることができるように、経済的な裏付けをするべきだ。
そもそも保育所は、現代ではすでに育児のプロと親が連携しておこなう子育ての一環であって、ただ単に仕事があるから子どもを預けるための場所ではなくなっているのです。
大体、戦後、社会構造や家庭のありかたを壊してきたの、自民党だろ?
もう少し、国民の生活事情をわきまえてから発言してくれよ。
もうひとつ。国内ではたいそう威勢のよいオッサンたちは、核兵器ってオモチャがほしくてほしくてしょうがなくって「ほしいな~ボク、アレほしいな~、いいじゃんかよ~、買ってくれたって」ってブツブツ云ってる模様です。
そんなオッサンたちには、育児中のお母さん風にこう云ってしつけなおしてあげるのが、オトナだと思う。
「我が家ではアレは必要ないから、買いませんッ!!そんなに核がほしいんだったら、ヨソのウチの子になりなさいッ!!」
アベタンにしたって、憲法改正する、9条は現代にそぐわないなんて云ってる模様です……海外で。
こっそり海外でインタヴュに答えるなんてセコいなぁ。国内で云ったらきっと非難されると思ったんだね。
自分の信念を、堂々と語ることもできないのかな?
と他人事ながら、思わず心配しちゃうぐらい、ミジメったらしいと云うか、何か見ている方が痛々しくって辛くなってしまいます。
思わず「ガンバレ、アベ内閣」とつぶやいてしまった、ココロ優しいボクです。
……はッ!?コレってハメられてる!?同情が愛に変わるってヤツ!?
ホント、大丈夫かこの内閣?
それと、最後に今日知った記事。
講談社の雑誌で「媚朝外交」や「統一教会との関係」を批判されたアベタンが、社長宅に抗議の手紙を送ったらしいです。
痛いトコロをつかれたアベタン、キレちゃったみたいですね。
「もう講談社の取材は断わっちゃうもんねッ!ぷんぷん」って云ったらしい。
あ~ホラ、みんな笑った。いやいや、幼稚園児のやるコトじゃなくって、ナイカクソーリダイジンですよ。
まともな知性や理性のあるオトナなら、そんなバカなコトするなんて、ちょっと考えられないね。
だから多分、アベタンの名前をかたったナニモノカが送ったんでしょう。きっとナニモノカがね。
釣ろうとしてるのかな、コレ?でもまぁ、一応云っておくか。「ガンバレ講談社」ってね、今のトコロは。







1 ■同情の根拠は愛情である
みんな同じ人間ですから。残念、ということでしょうか?向こうはそうは思っていないですが事実関係は同じ人間です。