「乳幼児の心理的誕生」M・マ-ラ-(6) | 精神分析学講座 (nakamoto-masatoshi.com)

「乳幼児の心理的誕生」M・マ-ラ-(6)

     再接近危機

壮大さと愛情喪失の恐怖

 再接近期にある子どもの両価傾向(母親を押しのけたい願望と、母親にしがみつきたい願望)は、一方では分離し全能でありたいと望み、一方では助けが実際には外界から成されるということを認めることなく、願望を母親に魔術的に満たしてもらいたいという期待に基づいているように思われた。この時期、大半の事例では、全般的な不満足,急激な気分の変化やかんしゃくの傾向が認められる。

 さらにこの時期の子ども達の特徴として、「自己の延長」として母親を使うということがあった。例えば“クレーン現象”。あるいは、言葉でよりもむしろある魔術的な身振りだけで呼びつけられた母親が、自分のその時の要求を察してくれ満たしてくれると期待する、など。これらは子ども達が苦痛な分離の認識をなんとか“否認”しようとするやり方である。

情緒的範囲の拡大と感情移入の始まり

 こうした期間中、幼児が体験する情緒の範囲は拡大され、分化されるように思われる。母親への失望,悲哀と怒り,自分自身の能力の限界を知ること,寄る辺なさの認識…。この時期、子ども達は泣きたい気持ちを押さえて闘っている様子が見て取れるようになる。また泣いている他の子ども達に対して攻撃を加えたり、時には共感を示したりといったことが観察される。

 またこの時期、他者の態度、特に母親と父親の態度との同一化の多くの徴候が見られるようになる。

再接近期の個々のパターン化~最適な距離

 21ヶ月までに、再接近の苦闘が減少していくのが観察された。全能的支配への願望,分離不安の極端な時期,接触欲求と自律欲求の交代…、これらはすべて、各々の子どもが母親からの最適な距離、最高に機能できる距離を見出したとき、少なくともしばらくの間沈静化した。

 母親から離れて機能するのを可能にした要因は以下のものと思われた。1.特別な言葉による物の命名、および要求の表現・伝達という面での言語発達。物の命名能力は、環境の支配が可能であるという感覚を幼児に与えるように思われる。2.内在化過程、母親や父親に付与した“良いもの”との同一化、および規則や両親の要求の内化(超自我の始まり)。3.練習、熟練のための遊びばかりでなく、象徴的遊びを通じて願望や空想を表現する能力の発達。

性的同一性の始まり

 内的自我装置にどのような性差が前もって存在していようとも、「子どもが解剖学的な性差を発見すること」で、性差は明らかに非常に複雑となり、全般的に増大する。

 男の子が自分のペニスを発見するのは普通ずっと早い(生後1年目まで)。直立歩行できるようになり、観察が容易になって以降は特に。しかしそこにどのような情緒的要素が生まれるのかは不明である。女の子の場合、ペニスを発見することで、女の子にはかけているものに直面する。この発見は、明らかに不安や怒りや反抗を示唆する一連の行動をもたらした。彼女達は性差を取り消したがった。

 要するに、分離した個体になるという課題は、この点で男の子にとってよりも、女の子にとって一般的により困難な課題となるように思われた。何故なら性差を発見して、女の子は母親の元へ行き、母親を非難し,要求し,失望し…、にも関わらず両価的に母親に結び付けられるからである。他方、男の子はやっと後になって去勢不安に直面することになる。男の子は快感と満足を求めて外界や自分の身体に向かうことが容易であり、また同一化すべきものとしての父親に向かいやすい。

再接近期(再接近危機)に関する検討

 再接近期において、なぜ危機が生じるか、それが解決されない精神内葛藤となるか、を見てきた。そこには口唇期,肛門期,初期性器期に関する諸問題が交差しているだろう。再接近危機は、好ましからぬ固着点を作り、エディプス的発達を阻害するかもしれないし、少なくともそれはエディプス・コンプレックスを解決しにくくさせ、ある傾向や色合いを生じさせるだろう。

 子どもは再接近危機を通過する中で、共生的全能性を断念する必要があり、母親の全能性への確信も揺らぐ。

 対象喪失や対象放棄の恐怖は、この発達段階を通過する中で和らげられていくのだが、一方また両親の要求を内化することで非常に複雑になる。それは超自我の始まりであるが、「対象の愛情を喪失すること」への恐怖の形でもある。対象の愛情を喪失することへの恐怖は、親からの承認・不承認に対する非常な敏感さとなって現れる。

 再接近危機の中で、葛藤はまず“行動化”される。母親に対して強制的な行動を取り、母親を子どもの全能の延長として機能させるよう、意図される。これらは死に物狂いのしがみつきと交互する。つまりあまり望ましくない発達をしている子どもにおいては、両価的な葛藤を、しがみつきと拒絶的・攻撃的行動を急激に交互させて表現することが、確認される。あるいは両価的な葛藤は、対象世界を“良い”と“悪い”に分裂させることによって反映され、防衛されるかもしれない。この分裂によって、良い対象は攻撃衝動の派生物から破壊されてしまうことを免れるのである。この二つの機制、“強制(操作)”と“分裂”は、程度が過ぎ永続的なものである場合、成人の境界例患者に特徴的なものとなる。

第7章.第4下位段階~個体性の確立と、情緒的対象恒常性の始まり

 この下位段階には二つの要素がある。(1)ある面では一生に及ぶ個体性の確立,(2)ある程度の対象恒常性の達成。これらは、おおよそ2年目の終わり頃に始まり、しかもこの段階を経ても未完結である。この期間中に、ある程度の対象恒常性が達成され、自己表象と対象表象の分離が充分確立される。母親は外界における分離した人間として明確に認識され、そして超自我の先駆となる「親の要求の内化」の明確な徴候がみられる。

 情緒的対象恒常性(Hartmann,1952)は、一貫して積極的にリビドー備給された母親のイメージを内在化することによって確立される。永続的な対象についての認識という基礎が作られる。この事によって子どもは、ある程度の緊張(欲求)や不快にも関わらず、分離して機能できるようになるのだが、しかし対象恒常性とは、愛情対象が不在の時にもその表象を保持できること以上のものを意味している。それは“良い”対象と“悪い”対象を、一つの全体としての表象に統合することをも意味する。対象恒常性が確立された状態においては、例え愛情対象が満足を与えられないときでも拒否されたり、他の対象と取り替えられたりすることはない。そしてそうした状態の元では、対象はなお熱望され、ただ単に不在であるという理由だけで憎まれることはない。

個体性の達成

 再接近期に発達した“言語伝達”は、この第4下位段階においてより発達する。遊びはより意味のある構成的なものとなり、そこには空想的遊び,役割演技などがみられるようになる。外界への観察もより詳細となり、観察の結果が遊びの中に取り入れられ、母親や遊び仲間以外の大人に対する関心も増大する。時間感覚(空間感覚)も発達し、分離に耐えたり、満足の延期に耐えたりする能力も増大していく「後で」とか「明日」といった概念が理解され、使用される。この時期、大人達の要求に対する積極的な反抗や、多くの欲求や自律への願望がみられるようになる。頻発する穏やかなある程度の拒絶は、同一性の感覚の発達にとって欠くべからざるものであると思われる。

 このように、第4下位段階は、複雑な認識機能(言語発達,空想,現実検討)の展開によって特徴づけられている。