よく鑑定をしているとお客様から『自分のオーラの色は何色ですか』と問われることがあります。


お子さんを持ったご経験のある方ならお分かりでしょうが、すべての命を持つものは

生まれながらに自我を持っています。


基本的なオーラの色はそのときの自我が基本になります。しかし感情を持つ者は常に平常心を保っているわけではありません。環境やおかれている立場により感情は変化します。


シャボン玉の色や輝きはまさにオーラの色の比喩に最適だといえるでしょう。


シャボン玉の色はまさにオーラの色、いえ魂そのものの形状や生命力に酷似しています。


例えば下記に表現させていただいたのがオーラの持つイメージです(輝きにより若干の差異はありますが)。


『赤色系』愛・情熱・怒り・派手・命・高いエネルギー


『黄色系』明るい ・元気 ・おおらか ・危険 ・楽観的


『橙色系』活発 ・明るい ・陽気な ・親しみやすい ・暖かい ・健康的な ・おいしい


『桃色系』優しい ・可愛い ・穏やか ・甘い ・女性的 ・恋愛


『黒色系』暗い ・高級 ・強い ・硬い ・孤独 ・不安


『青色系』清潔 ・さわやか ・冷たい ・知的 ・落ち着き


『緑色系』自然 ・癒し ・新鮮 ・安心 ・安全 ・公平


『紫色系』エレガント ・気品 ・セクシー ・神秘的 ・大人っぽい ・派手 ・神聖


『白色系』清潔 ・純粋 ・清らか ・あっさりした ・空虚



先だって亡き母の代わりに雑誌の取材を受けました。酎ハイを爆発的にヒットさせた居酒屋の『屋号』の由来についてでした。


母の人生は波乱万丈で『第二次世界大戦・太平洋戦争』中、小学生のとき兄弟はいたのですが唯一の女の子だったので単身で親戚の家に疎開をさせられました。


母方の祖父は軍事工場で働いていて叔父達も学徒動員の為に一緒に疎開することができなかったのです。


疎開先の親戚の家には母と同級生の女の子がおりました。


母はすぐに持ち前の明るさで同級生と仲良くなり親に会えないさびしさを紛らわして勉強に励む毎日だったそうです。


しかし学校にはそう長くは通えませんでした。


理由は、学校に弁当を持参して通っていたのですが、親戚の娘さんは白米におかず、母はサツマイモだったので、同級生や先生から親戚の娘さんが


「なぜ同じ家なのに、二人の中身が毎回違うの」と問われ、


それを忌み嫌った娘さんが叔母(娘さんの母親に)「いじめられるから明日から母を学校へは行かせないで」と懇願した為、翌日から親戚の家が印刷工場だったのでそこで働かされるようになりました。


小学生だった母は逃げ出すこともせず活版印刷の手伝いをしながら漢字を覚え帳簿をつけるので

そろばんを覚えたそうです。唯一の心の支えは、実家にいる親との手紙やり取りでした。


しかし現実は更に残酷でした。


母が戦争が終わり実家に戻ったときに知らされたのは、母方の両親は空襲で亡くなっており、


母の手紙の返事を書いていたのはご近所の方だったという残酷な事実だったのです。



父と知り合いボックスバーを数件、母が帳簿づけから何から何まで切り盛りするようになりました。


父は電車で出勤した母を迎えに行くだけの毎日でほとんどの時間を家で寝て過ごしていました。



私は父に『転生浄業』を告げ



日本で初めて『酎ハイ』を売りにした屈指の居酒屋を母の稼いだお金で立ち上げさせました。


その居酒屋の屋号は、母が思い入れが深かった『紫苑』の『ムラサキ』を残したいとの意志を成就させるため、小学生だった私が学校で習った


『村』と『来』を当てたのが由来と取材に応じさせていただきました。



今日は『終戦記念日』、亡き母が生前、自身の生き様を文章にしたいという意志を

このブログをとおして書かせていただきました。
 


多くの犠牲者の方達にご冥福をお祈りいたします



清宮一成 @ 中野 占術師☆彡のブログ


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