蝶化身 | 不思議なことはあったほうがいい

ショック! 前回の「蛍」魂という話 でいうと、小林秀雄の「あ、オッカサンだ!」というのが有名だけれども、人の魂は別のイキモノ、例えば、蝶々green蝶々になって帰ってくる、という話もあった。


 時は平安後期、ある人が、京都の円宗寺というお寺でおこなわれた法華八講に参加しようとやってきて、始まるまで近所の家を借りて過ごすことにした。

 その家は…

…作れる家のいと広くもあらぬ庭、前栽を、えも云はず木ども植ゑて、上に仮屋のかまへをしつつ、いささか見ずをかけたりけり。色々の花、数をつくして、錦を打ちおほへるが如く見えたり。殊にさまざまなるキプリスモルフォ蝶、いくらともなく遊びあへり

 カンシンして、家の主人に、メズラシイですなあ、と話を訊くと、その人は大江佐国という人の息子であるという。


 佐国は、だいたい後朱雀~白河天皇のころに朝廷に仕えた官人で、当時はちょっと名の知れた漢詩人であった。生前花を愛し、例えば『本朝無題詩』には「卯花を翫ぶ」とか、「池辺に残菊を翫ぶ」とか、「紅桜花下に作る」とか花鑑賞をテーマにした詩が残っている。


 で、

六十余国見れども、未だ飽かず。他生にも、定めて花を愛する人たらん

 などという意味の漢詩を詠んだこともあるという。

 ある人の夢に佐国が現れて、「揚羽蝶標本蝶に生まれかわって花をめでたい」というような趣旨の事を言ったとか。それで息子さんは、心当たりのあるこの辺りに草花を植えて、さらに「ただ花ばかりは猶あかず侍れば、あまつら蜜なんどを朝ごとにそそぎ侍る」。

 それで、ここには花々が咲き乱れ蝶蝶々が乱舞しているのであった。。。つまり、この蝶々淡purple蝶々が佐国の転生である…かもしれない。。

 鴨長明『発心集』にある話。


 長明じしんは「執着」の心が、来世で動物に身を落とす例としてこの話を出しているのであるが、人の魂が蝶黄色い蝶々になるという話はほかにも、ポツポツある。



 時代下って、「御伽草子」の「朝顔の露の宮」というお話。


 ヒーローは桜木帝の三男坊・露の宮。ヒロインは梅枝中納言の娘・朝顔。

 なんだかんだあったあげく相思相愛の仲になるが、朝顔の継母・浮草の前がイジワルで、夫・梅枝に「行方もなき人に契りを籠め、一夜の隔てもなく座すなり」と讒言、父も「その儀真にてあるならば、何方へも逐ひ失はせ給へ」。……洋の東西を同じくして後妻をもらった男は女に甘いのであった。。。(→継母譚「紅皿・欠皿 」)


 「父御の御詞の変らぬ前に、急ぎ朝顏の上を具して、遠からん山へ棄て申せ」。

あら痛はしや姫君は、浮草の手下の武士どもに山奥へと投げ捨てられた。叫び

 露の宮は、パニックしてしまい、恋人を求めて日本全国津々浦々探し回るが…捨てる継母あれば拾う山姥あり、朝顔は、同じく継母の虐めで山中に捨てられ今は年老いた女性と称する「中将姫」に保護されていた、ああほっとした。…ニコニコ

 ‥…と思ったボクが甘かったガーン

 慣れぬ山暮らしの末、三年後、朝顔は十八歳の若さで死んでしまうのだショック!

 トンチンカンにめぐりめぐって露の宮が当地へやってきたとき、愛しき人は既に土の下。絶望した露の宮もその場で自害して果てるしょぼん

 現場を目撃した刈萱大夫が彼の遺骸を朝顔のそれと同じところへ葬ると、顛末を桜木帝に報告。怒った帝は浮草を空船(うつぼふね)にて流した。

然れば浮草の前辛き心持ち給ふその因果、忽ちに身に来り、今の世に至るまで、平地にさへ根をささで、水の上に萍となり、浮き沈みの苦を受け侍るなり。これ人間の上に、入を妬み強情(つれな)き心持つ人の、報を知らせん方便なり」。

 ちなみにカノジョの娘・葵もポックリ死に、それが葵の花の、パッと咲くが、春まっさきに枯れてゆくという由縁である。ばかおやじの梅枝も津国に流刑とした。今に残る「難波の梅」はこれのことである。帝はそのまま長男に位を譲り、吉野山中に出家して亡くなり、吉野の名桜となった。露の宮の母・菊御前と乳母・小車は連れ立って修行旅に出て野に斃れ、それぞれ、野菊と旋覆草となった。じつは露の宮には薄という婚約者があったが、フラれたにもかかわらず、彼のために弔いをしてやったが、やがて儚くなり、朝顔の乳母・青柳も果敢なくなり、それぞれ薄と楊柳と転生し……。

 「然る程に露、朝顔は冥途の御契深く渡らせ給ひ、塚の中より若君一人出で給ふ。然れども御父母の坐さねば、いかが育ち給ふべき。やがて露と消え給ひ、その魂の胡蝶揚羽蝶標本となり、萬の花に戯れ、父にて坐す、母にてや侍るかと、明暮れ歎き給ふ。今の世までも、父母無くして土より生じ、花の露にて命を継ぐにより、徒なる事をば胡蝶の遊びと譬へ侍るなり。

 こうしたインネンで、朝顔の花は夜露にふれて朝は咲くけど、昼にはしおれる、露の宮の魂はさらに天に登って雷光となったという。「朝顔の露・雷の影・胡蝶の遊び」、これ諸行無常の象徴的なことばだから、みなもよおく心を素直に・情け心を忘れずに後世菩提の事を大事にしましょうよ…というような話。


 ちょっと横道

 『今昔物語』巻十四に、修行僧が越中の立山で修行のおり、そこの地獄谷で、ナゾの女と出会う。この女は近江国の木仏師の娘で、<仏様の形を売って衣食を得ていた罪>で地獄に堕ちたという。しかし、生前観音経を読んでいた功徳で、観音様が月一回身代りなってくれるので、今日は責めもお休み、お坊様、どうか法華経を供養してくれるように故郷の家族に連絡してくれまいか、、。坊さんの話を聞いた両親はさっそく法華経を書写供養したので、後日娘は地獄を脱し忉利天に転生できた…という話がある(巻十七にはまったく同じストーリーで、ただしお地蔵さんのおかげで一服できている、という話もある)。

 同じく巻十四に、越中国の官人(書生)の妻が死んで、母を慕った子ども等が立山の地獄谷で母と再会し、母の訴えをいれて千部の法華経書写に挑む。国司もこれに協力し、隣国の坊さんたちも手伝って写経は完成し、女は成仏する、という話もある。

 で、この立山の「地獄」とは、ようするに観光地・温泉地にあるアレなのであるが、『今昔』の表現を書き抜くと

その所の様は遙かに広き野山なり。その谷に千百の出湯あり。深き穴のなかより湧き出づ。巌をもちて穴を覆へるに、湯荒く涌きて巌の辺より涌き出づるに、大きなる巌ゆるぐ。熱気満ちて人近付き見るに極めて恐ろし…。



…しかるに昔より伝へいふよう『日本国の人、罪を造りて多くこの立山の地獄に堕つ』といへり


…湯の涌き返る焔、遠くて見るにそら、わが身に懸かる心地して暑く堪へ難し。いかに況むや、煮ゆらむ人の苦しび、思ひやるにあはれにかなしくて……


 というわけで、先の書生の子供たちも母が地獄での苦しみを追体験(?)したくて立山を訪れたのであった。だから、ここでのふしぎな現象があれば、地獄に堕ちた人の苦のあらわれと思われていた。


で。

  『和漢三才図会』巻六十八の「立山権現」の項に、

地獄道追分地蔵堂有り。毎歳に七月十五日の夜、胡蝶アゲハ蝶数多出で此の原に遊舞す。呼で生霊市と曰ふ。高卒塔婆を立て、無縁の菩薩を弔ふ」。


 即ち、蝶は供養されない死に切れない魂の象徴ということであろう。

 

 

ひさびさに開く『現代民話話』に、

"インパール作戦のとき脚気で動けなくなった隊長を残して部隊が移動したが、夜中に黒い蝶々蝶が飛んでいたのを見たある隊員が「隊長が帰ってくる!」と騒いだら、ほんとうに翌日やってきた〝 とか、

"枕元に置いていた虫かごの中で夜中に蝶々アゲハがバタバタ騒いだ、ちょうどそのとき義父が亡くなった〝 とか、

"仏壇とか車の中から黒いアゲハアゲハ蝶が飛び出すことがあると、きまって親類が亡くなった!〝 という体験談が、ちりばめられていたりする。


 そのほかにも、蝶を故人の魂とみたりする話・風習がポツポツあるようなのだが……、けっこうポピュラーな昆虫のわりに、昔の伝説や文芸にとりあげられる機会は少ないようである。

 一説に、人の死と直結してイメージされすぎるから忌避されたののだともいうが、どうもナットクできないが、、、、


 花好きで蝶になった大江佐国とは、近い親類だったかもしれない、大江匡房の、『詩花和歌集』(巻十・雑)に採られた歌。


堀河院の御時百首の歌奉りける中に


ももとせの花に宿りてすぐしてき この世は蝶ちょうの夢にぞ有りける



……バカボンとかで、頭をぶっつけたときにチョウチョウがヒラヒラするのは…??